第33話『してないし、不穏な妄想やめて?』

 旅立ちの朝は気持ちよく晴れていた。


 俺たちはこれからクダホルドに向かうことになった。せっかくここまで来たのだから、同じルートでサフラエルに帰らなくてもいいかってことになったのだ。

 いろんなところを旅して、いろんなお告げをクリアするのが本来の勇者の旅なんだし。


 クダホルドまでは街道が通っているから危険は少ない。

 この前の罠回収の時のバトルで結構稼げてはいるけど、無理に馬を購入するのはやめて、預けていた二頭を引き取って歩きでの旅路となった。


 実はキヨが交易の危険を取り除いたことを運び屋たちに伝えたことで、お礼にベスメルをたんまり貰ったので、馬を荷運び用に使わないとならなくなったのだ。これだと人数分以上に必要になる。

 知り合った運び屋の為になることだから伝えたんだろうけど、あれって絶対お礼に酒貰えること見込んでたよな。


「シマさんやっぱ残らないんだね」

 歩きながらコウがそう言うと、シマは「置いてかないでよ」と言ってコウをつついた。シマはあの日の夜のうちに宿に戻ってきた。エインスレイは泊まっていけばいいと言ったらしいけど。

「落ち着かないだろ、娼館に泊まるとか」

 シマはそう言って腕をさすった。それってどういう意味で落ち着かないんだろう。


 俺たちはその後、数日をウタラゼプで過ごした。その間もシマはエインスレイのところに顔を出して、いろいろ話していたようだった。

 血の繋がりがあっただけでお互いずっと一人で生きてきたようなもんだから共通項がないとは言うものの、二人とも引き出しは多いタイプだから話は尽きないらしい。

 でも何となくシマの言い方だと、兄弟って感じはあんまりしない。


「街を出る時にもう一度会いに行くつもりだけど、ここに留まるつもりはないよ」

 シマは簡単に言って笑った。いるはずがなかった家族ができたってのに、そんなもんなのかな。もっとちゃんと知り合ったりしなくていいんだろうか。


「でもきっと違うよ」


 レツはそう言って笑う。

 レツも突然家族ができて、できたけど一緒にいないんだった。それでも家族がいるといないとでは違うって言い切れる何かがあるんだろうな。


 エインスレイ自身、ウタラゼプに引き留めたりしなかったらしい。シマは勇者の旅に参加している冒険者だから、もともとどこかに留まれないしね。それに二人ともいい大人でそれぞれの生活があるもんな。

 ハヤは唐突にシマに寄りかかった。


「いつでもそこに家族って存在があるってのは孤児の僕とかにはわからない感覚だけど、コウちゃんにもレツにも見習いにだってある当たり前の幸せの感覚なんだから、口に出していいんだからね」


 シマはそれを聞いて結構驚いた顔をしたけど、少し俯いてものすごく小さい声で「ありがとう」と言った。


 そうか、今俺たちの仲間の中で、家族をまったく知らないのはキヨとハヤだけになっちゃったのか。最初はみんな孤児院で繋がった家族だったのに。

 キヨにはハルさんがいるけど、ハヤには……ハヤはエインスレイと一緒にとか思ったりしないのかな。あの時、結構本気で気遣ってる感じだったのに。


「ハヤはエインスレイに会いに行かなくてよかったのか?」

 ハヤは俺を見て少しだけ笑った。

「ほら、彼が僕を離さなくなったら困るし?」

「団長がいなくなったら困るよ!」

 ハヤはレツの言葉に「大丈夫だよー」と言って笑った。


 でも何となく……逆もあるような気がするんだよな。

 確かに悪いやり方はしたけど悪意があったわけじゃなかったし、ハヤがそうやって肩入れしたからキヨだって認めてシマのことを明かしたんだし、最終的にはシマのお兄さんだったのだ。

 あの娼館の主としてのキャラだって、本当のエインスレイじゃないのかもしれない。


「それに結局は滞在の間だけの短い付き合いでしょ、娼館なんだから」


 完全に落としてた感あったけど、それって結局本当のハヤじゃなかったんだから騙してたんだよな。

 お告げのためにやったことだし、エインスレイは生き別れの兄弟を見つけることができたから騙してたことに関しては怒らないだろうけど、それでハヤに対する感情は冷めちゃったりするのかな。

 俺は何だか清々しい表情で笑ってるハヤを見た。たぶん、きっと……ハヤはウソをついている。


「それにしてもハルさん、一緒に来ればよかったのにねー」

 レツはぐるんと俺たちを振り返った。

 俺たちがブラウレスに戻らないでクダホルドへ行こうかって話をしているところで、ハルさんは別の街へ向かうと言ったのだ。


「せっかくこっちに来たから、冬本番になる前に小さな村を回ってみたいかな」

 ハルさんはそう言ってグラスに口を付けた。キヨは無表情だ。きっと事前に話を聞いていたんだろな。

「それってチカちゃん、ここ数日の夜に慣れちゃって旅の間もガマンできなくなりそうだからでしょー」

 ハヤがにやにやしながら言うと、レツとシマが「破廉恥な!」とか「風紀が!」とか言ってたけど明らかに喜んでいた。はれんちって何だろう。

 キヨは何も言わずに明後日の方向をむいて酒を飲んでいる。


「移動の魔法があるから夜だけ旅を離れるくらいできますよ」


 ハルさんがにこにこしながらそう言うと、キヨがごふっとか変な音をたてた。

 一瞬の間があってレツとシマと、ハヤまでが「ええええ!!」と驚いた声を上げた。ハルさん、夜にどこか行ってたのかな。


「ちょっと待って、それって今まで……」

「夜の間だけ、どこかに行っていた……?」

「ナニしてても誰も気付かなかった……だと」

 三人は額を寄せ合って話している。ああ、そう言えば。

「ハルさん、シマが用意したモンスターと寝た夜って、結局モンスターのとこで寝てなかったよね?」

 俺がそう言うと、みんなが俺を振り返った。え、何か変なこと言った? 特に三人の視線が怖い。


「んー、俺ヨシくんと違って早起きだから、いつもみんなより早く起きちゃってたけど、それでかな?」


 いや、さっきまで寝てたって跡はなかったと思ったけど……

 でも視線だけで他に情報はないのかって責め立てるような三人と違ってキヨがまったくこっちを見ないので、これは突っ込まない方がよさそうだと判断した。俺も大人になったな。

 ハルさんはその翌日、やっぱりキヨとあっさりした別れをして、ウタラゼプを発って行った。


「ホント、別れる時ばっかあっさりだよね」

 ハヤはキヨを覗き込む。キヨはやっぱり不機嫌そうに見た。

「いつもだろうが、いい加減慣れろ」

「せっかく発つまで宿も一緒にして、毎晩喘がせてあげたのに」

「聞いてたみたいに言うな」


 シマレツはキヨのツッコミにきゃあきゃあ言ってる。二人が喜んでるから何かそういうのなんだろうけど、どういう意味だ。

 俺がきょとんとしてると、にやにやしたハヤが口を開く前にコウが俺を引っ張って遠ざけた。


「コウちゃん、そんなに過保護にしてると拗らせるよー?」

「お子様も妄想力激しくなってきてるしな」

 シマとレツは笑って俺を見た。妄想力って……!

「団長は見境無いからオカズにすんなら仲間じゃなくて、もうちょっと段階的にしてくれたら考える」

 ハヤはつまんなそうに唇を尖らせて「こういうのに段階的とかないんだってばー」とか言ってる。


 俺も大人だから聞いてもいいと思うけど、ハヤの言うのは何となく汚い大人みたいな気もするから、コウみたいになれるならそっちのがいいかな。

 そしたらハヤが俺を覗き込んだ。


「コウちゃんはそんな風に言ったって、やる時はあんなにかっこよくキヨ押し倒せるんだからずるいよねー」

 はっ! そういえばそうだった! いやいやいや、押し倒せるのが汚い大人ってわけじゃないし、だいたいあれは演技だったんだし。

「それは、コウが武術に長けてて強いから、じゃん……」

 あとキヨが貧弱なのと。


 俺がそう言うとキヨがものすごい速さで俺の頭を叩いた。いって! さらにコウが俺の頭をぐしゃぐしゃにして「あれは忘れろーーー」と言った。うわうわうわやめろよ! その背後でレツとシマが「マジ見たかったーー」と嘆いていた。

「じゃあコウちゃんに再現お願いすれば」

「「やらねぇよ!」」

 キヨとコウは同時に裏拳を決めた。


「それにしたって、あのチカちゃんがキヨリン押し倒されてすんなり機嫌直したとは思えないんだけど」

 ハヤはキヨの肩を組んで顔を寄せた。そういえば『ヤバい感じ』を返してもらったって、どういうことだったんだろ。キヨは面倒くさそうにハヤを見た。

「別に、正直にあの時思ってたこと話しただけだよ」

 あの時って『ヤバい感じ』の時のことかな。


「なんて?」

「『これがハルチカさんだったらめっちゃクる』って」


 キヨの言葉にレツとシマがきゃーーーーー!!と嬌声を上げた。うわ、今日一番の音量。ハヤは爆笑している。コウはなんだか複雑な顔をしていた。


「ちょ、キヨリンさりげなく最低じゃね?」

「コウちゃんの立場は!」

「まぁキヨ的には不本意に押し倒されてっけども」

「『抱いて……』ってなったのはコウちゃんの裸だったからなのに!」

「コウちゃん元気出して!」

「いや、キヨくん的には正しいんでそこは」

「キヨリンに振られた分は僕が慰めてあげるからね」


 ハヤに抱きつかれそうになって、コウはものすごい速さでキヨを盾にして回避した。さすが速攻型。でもハヤは盾にされたキヨの左手を取った。


「まぁでも、全部許した感じもないかなー」

 そう言って手首の、あの通信道具のブレスレットを見る。

「これ、何か新しい魔法載せてない?」


 え、どゆこと? キヨはちょっとだけ面倒くさそうにハヤを見た。魔法道具のことならハヤにはすぐバレちゃうだろうに。

「何かあったら助けにきてくれるんだからいいだろ」

 キヨはハヤから腕を外して逃れた。すごいなハルさん、有言実行ってことか。

「それってキヨリンだけじゃーん」

 ハヤはそう言って膨れる。って、キヨが恋人なんだからそこはしょうがないのでは。キヨはちょっと首を傾げる。


「俺がくたばってるなら、お前らだって路頭に迷う時だから、助けてもらえるなら問題ないんじゃね?」


 キヨの言葉に、ハヤだけじゃなくてみんなが「あーーー」と言って脱力した。

 いやみんな、そこはもうちょっと頑張ろうよ。


「知らなかった、ハルさんって実はお父さんポジだったのか……」

「俺たち兄弟を助けに来てくれる……」

「あれ、その話だとコウちゃんがお母さんじゃなかった?」

「それキヨの手前ヤバくね?」

「コウちゃん、下克上してるから」

「奪い愛!」

「してないし、不穏な妄想やめて?」


 コウがちらちらとキヨを気にして言うので、キヨは思わずといった風に吹き出した。


 この人たちの、この距離感って何なんだろうな。距離感というかテンポというか。

 近いようで近すぎない。長く一緒に過ごしていたら、自然とこうなるもんなんだろうか。

 一人で村を出てきてしまった俺には、そんな風に長く一緒に過ごした友達はいないからわからないけど、長く居ればこんな風になれるのかな。

 俺も、もっと大人になった時に、この人たちの距離感に入れるんだろうか。


 ……入りたいな、いつかこの人たちの距離感に。それで一緒に同じ目線で笑ったりしたい。


「どうかした?」

 レツが俺に気付いて声を掛けた。

「俺も、もっと大人になったら、みんなの会話に入れるのかなって」


 ハヤは盛大に噴き出して、レツはとぼけるような顔をして、シマはちょっと困ったように頭をかき、キヨは無表情で知らんぷりした。あれ?


「あーーー!! だから言ったのに!」


 コウは憤慨して棍をくるっと回すと、ハヤのお尻を叩いた。ハヤは「コウちゃんひどい!」とか言って逃げ、他の三人もコウの棍から逃げようと騒ぐ。


 きらきらした陽光が差す、明るい街道をはしゃいで逃げる大人。

 困ったようについて行く馬。

 めちゃくちゃ楽しそうな笑い声が響く。


 っていうかコウ、なんで怒ってんの?

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