第32話『何度でも惚れ直してください』
シマはまったく気付いてなかった。
明かされるまで、お告げは荷運びの独占を解決すればいいんだと思っていたし。シマ自身、親の出身地も知らなかったんだ。保護してくれる血縁もなかった事で、シマは幼い頃に辛い目に遭ってた。
キヨはグラスの縁を指で辿る。
「先に話すこともできねーしな、先に話したって無断で調べて知ったことには変わりないし。シマは今、俺たちと旅してそれなりに楽しい人生送ってるし、そんな重い情報突然明かされんのがいい事なのか……だからそのまま明かさずにいるべきか、エインスレイのために明かすべきか、俺には選べなかった」
でもお告げのクリアのためには、明かすしかなかった。
今までシマが出来る限りみんなに話さずにきた家族の、しかもシマも知らない事実をキヨが知っていて、それをみんなの前で明かすのだ。
「明かさなくてもシマさんは幸せだったけど、明かしたことでお兄さんもできて家族の話もできるようになって、もっと幸せになったと思うよ」
コウがそう言うと、キヨはしばらくグラスを眺めてから一口飲んだ。
「でもエインスレイの捜してる家族が、なんでシマの家族だと繋がったんだ」
シマの家族の話とエインスレイの家族の話は、ラカウダロガで確認した時初めて繋がったけど、それまではかすりもしてない気がするんだけど。
「エインスレイの復讐が届いていない理由を考えたんだ。店に掲げてるけど届いてない。つまりウタラゼプにはいない。荷運びルートを限定しても届いてない。つまりラカウダロガにもいない。他の街にいるとか、知ってて隠れているならどうしようもないけど、聞き込みの感じだとそれも無さそうだし。探されてる事も知らないのだとしたら、もしかするとすでに届かない人なのかもしれないと思った」
だからすでにに亡くなっている境遇の似たシマの家族が、エインスレイの捜している家族かもしれないと思ったのか。時期的なことや、ラカウダロガがあれほど小さい集落で確率高いことも決定打になったのかも。
だけど実際シマは、エインスレイが探し始めるずっと前にサフラエルに引っ越してるんだから、本当に今回ウタラゼプに来なかったら二度と巡り会えなかった可能性が高い。
「すごい、そう考えると本当に運命的だね」
レツが思い付いて里帰りしなかったら、今までの二十年と同じように、シマは自分の家族の存在を一生知らずにいたんだ。
俺がそう言うと、レツはなんだかくすぐったそうに笑った。
「血の繋がった兄貴が出来た途端に友達に食われてるってのはアリなのか」
「キヨくん」
コウが咎める声を出した。食われてるって……俺は思わず顔を伏せた。
「僕はお告げのクリアのために動いただけですー」
まぁ、実際にはそうなんだけど。そうなんだけど……それってシマ的にはどうなんだろうな……プロのお仕事。
エインスレイ、本気でハヤのこと好きになってたりしないのかな。カリーソの時みたく悪印象で別れたわけでもないんだし。
「僕的には惚れられるのは大歓迎だけど?」
ハヤは罪のない顔で笑う。そりゃモテるハヤにとっては、惚れられること自体は珍しいことでもないんだろうけどさ。
でもエインスレイがここに留まってとか言ってきたら困……らないのか、応えなきゃいいんだから。あ、でも、
「キヨがハルさんと旅を離れるかもって思ってたけど、シマが旅を離れたりしないよね?」
俺がみんなを見回すと、キヨは据わりの悪そうな顔をした。
「シマさんにその危惧は必要ないと思うけど」
「何かここ、とばっちり食らってる人が」
「キヨリン、マジどうすんの?」
「どうって……」
キヨは拗ねるように視線を外す。
「こればっかりは、こっちに選択託せないからね。チカちゃんと僕たちじゃ、真逆を取るから」
キヨはやっぱり違う方向を見てグラスに口を付けた。まだ決めてないのかな。でもお告げクリアしちゃったし、ハルさんへの回答期限は来ちゃってるような。
「まぁ、キヨくんが幸せならそれでいいんだけど」
「「よくない!」」
レツとハヤに即答されてコウは首をすくめた。いやそこ、否定しちゃだめだろ友達として。
「だいたい一昨日だって闇魔法使った時、倒れたりしないでちゃんとクリアして、ハルさんに全然危険なんてありませんでしたーってやらなきゃいけなかったのに!」
レツは机をドンと叩く。そう言われて今度はキヨが首をすくめた。
そうだね、あの時のレツはちゃんと闇魔法のリンクも切ったし罠の人形だって退治したんだから、レツはキヨに強く言う権利あるよな。
「え、なにそれ聞いてない」
ハヤがそう言うのでレツが顛末を説明した。
「そんでキヨが倒れかけたところに、ハルさんが王子様みたいに現れて抱き留めたわけです」
レツの説明は身振り手振りもついてて大げさだ。
「なんでそんなドラマチックにしてんだよ」
キヨは肘をついた手で顔を半分隠して、うんざりした表情で突っ込んだ。いやでも、実際そんな感じだったもんな。ハヤはため息をついて首を振っている。
「いつもだったら確実に萌えポイントだけど、今はそれじゃダメだわ。確かに全部問題なくクリアできてないんじゃ、チカちゃんいくらでも突っ込めるじゃん。なんでキヨリンそんな虚弱なの!」
レツも憤慨したように強く頷く。それにはキヨには反論できない。
酒ばっかり飲んでご飯食べなくて鍛えてもいないんだからしょうがないよな。そう言えば今日夕飯も食べてないだろ。
「キヨくん、お告げもクリアになったし、ハルさんとこに話しに行った方がいいんじゃない?」
コウが伺いながら言うと、キヨはちょっとだけ視線を落とした。
ハルさんは今朝別れる時、なんだかキヨにはあっさりだった。いやいつも別れはあっさりなのだけど、何というか、かいがいしさがないというか。
もしかして結局ハルさんナシでクリアできなかったことで、やっぱり問答無用でキヨを旅から引き離すって決めたから、いつもみたくする必要なかったとか。
「う……ん。そうだよな、やっぱ行ってくる」
キヨはそう言って立ち上がったけど、何となく揺れてる気が。大事な話をするには飲み過ぎてると思うんだけど。
「ああ、やっぱりここにいた」
「チカちゃん!」
「ハルさん!」
ハルさんはみんなに小さく手を振って「シマくんはいないんだね」と言った。それから店員にメルナを注文する。
唐突にハヤは立ち上がっていたキヨの腕を引っ張って座らせると、そのまま腕に抱きついた。それ、渡さないって意思表示?
「今、ハルチカさんのところに行こうと……」
ハルさんはキヨの言葉に「ん」と小さく返して、メルナを受け取りながらキヨの隣に座った。それから隣のキヨをしばらく眺めると、小さく吹き出して笑った。
「なんでそんな俺がいじめてるみたいな顔してんの」
「そんなこと、」
「いじめてるもーん、仕事と私どっちを取るのっていじめだもーん」
ハヤはキヨの背後から言う。キヨは「お前は、」とか言いながら腕から逃れようとしたけど、ハヤはがっちり抱きついていて離れなかった。
ハルさんは机に頬杖をついて眺めている。
「ホント仲良くて妬ける。だから引き離しちゃおうかって思っちゃうのはあるよね」
ハルさんは手を伸ばしてキヨの肩を引き寄せる。
「ダメだよ王子、これは俺の」
ハルさんがそっとそう言うとキヨは真っ赤になって俯いて、ハヤは唇を尖らせて腕を離した。
ハルさんはちょっと微笑んで「いい子」と言って、手を伸ばしてハヤの頭を撫でる。うわ、ハヤが子ども扱いされたの初めて見た。
「チカちゃんそれ心狭い。キヨリンとの付き合いは僕たちのが長いんだからねー? そんな理由でキヨリン連れてっちゃうとか僕たちを路頭に迷わす気?」
そんな理由って、ハルさんはキヨの恋人なんだから別に間違ってないような気もするけど。路頭に迷うのも間違いないけどさ。
「だから王子たちがホントに路頭に迷うはずないでしょ、あんだけ強いのに」
だいたい路頭に迷うの用法違うと言ってハルさんはため息をついた。
「……強いから、キヨだって大丈夫かもじゃん」
レツもちょっと唇を尖らせて言った。ハルさんはちょっとだけ笑う。
「心配なのは、強いからゆえかもね」
ハルさんは小さくそう言って、それから引き寄せたキヨの頭をぽんぽんと叩いた。
「ヨシくんはホント、ほっとくと興味本位でどんどん深みに行っちゃうし、危険なことでも平気で試しちゃうから、こうやって手の届くところに置いておきたいのだけど」
キヨはちょっとだけ顔を上げると「そんなことねーし」と小さく言った。
事実と照らし合わせて全然説得力無いけども。
「……でも、手元に置いて誰にも何にも触れさせなければ大丈夫ってのは、俺の怠慢だよね」
ハルさんはキヨの髪を指で梳いた。キヨは何だか不思議そうな顔でハルさんを見た。
「王子を軟禁してた娼館の彼みたいにすれば安心は安心だけど、そんなのすぐ嫌われちゃいそうだし。ヨシくんが危ない手を使ってでもお告げクリアに努めるのと同じくらい俺も頑張らないと、いつかフラれちゃう」
キヨは否定しようとしたのか少しだけ口を開いたけど、ハルさんはそんなキヨを少し笑って見た。
「だから前言撤回。ヨシくんが危険な目に遭ったら、どこにいてもどんな時でも俺が助けるから。だから思う存分お告げクリアして、誰かを救ってあげて」
キヨは真っ赤になって驚いた表情でハルさんを見た。
それって、キヨは旅を離れなくていいってことだよね!?
レツを見たら俺と同じ顔をしていた。俺は嬉しくて声が出そうになったけど、二人を見ていたら声が出せなかった。
キヨはそのまま俯いて、それからハルさんの肩に額をつけた。
「……何それハルチカさん、超かっこいい」
ハルさんは満足そうに笑って「何度でも惚れ直してください」と言った。
「ただし浮気はダメです」
「いや、したことねぇし」
キヨは顔を上げると真顔で突っ込んだ。
キヨ、これからも一緒に旅ができるんだ! 俺は嬉しくなってレツとメルナで乾杯した。
「ちょっとチカちゃんどういう心境の変化ー?」
いやもうキヨが旅を離れないんだったら、理由とか聞かなくてもいいんだけど。ハルさんは「んー?」とか言いながらメルナを一口飲んだ。
「一緒に旅してみてね、普段はいつも通りだけど、お告げになるとみんな変わるんだなっていうのがね」
お告げが絡んだあの罠回収の時のことなのかな。あの時ハヤがいない分の回復とか白魔術師の役割をハルさんが担ってくれた。俺たちはいつも通りのバトルをしていたつもりだけど、何か違ったんだろうか。
「レツくんも、勇者らしくなったよね」
ハルさんにそう言われて、レツはちょっと照れたようにえへへと笑った。
お告げの時のレツは、普段のバトルのレベル通りの剣士じゃない気がする。それってやっぱり勇者だからなのかな。
「シマくんもよく見てるし、王子の潜入とかもすごいけど、なによりコウくんがヨシくん押し倒すとか絶対あり得ないもんね」
ハルさんがそう言うと、コウは盛大にむせて、ハヤとレツは爆笑した。まぁ確かにあり得ないよな、お告げが無かったら。
キヨも表情を隠すみたいに片手で口元を覆っていた。
「チカちゃんよくそれで妬かなかったじゃん」
いや、妬いてたよなって、ハヤは知らないのか。ハルさんはチラッと俺を見た。ハルさんが妬いてたのを俺が知ってるからかな。
「ヨシくんの『ヤバい感じ』は返してもらったから大丈夫です」
ハヤはそれを聞いてきょとんとした。
ヤバい感じってコウの言ったあれだよな。でもキヨがハルさんを脇から無言でパンチしていて、ハルさんは笑ってその先を説明しなかった。
「それにヨシくんの言う通り、今引き離してもどうせみんなが気になっちゃうなら、ずっと浮気されてるようなもんだからね」
そっちのが堪えると言って、ハルさんはメルナを飲んだ。
俺たちは顔を見合わせて、それから何だか嬉しくなって笑った。
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