第31話『それ、復讐になるのかな?』
「お告げの刺繍が、キヨリンしか見たことなかったんだったら、マジでキヨリン以外にクリア不可能だったんじゃない?」
ハヤはそう言ってグラスでキヨを指す。キヨはちょっとだけ眉を上げて「俺は見てねぇよ」と言った。お告げのはシマのじゃないってことかな。
「元々家紋は刺繍なんだから、石の看板じゃなくて刺繍でどこかにあるはずだろ」
お前もそれを探してたんだろうがと、キヨはハヤに言う。ハヤは「まぁそうだけど」と答えた。
それが滞在中ハヤが探ろうとしてたものなのか。単なる情報じゃなくて、お告げに現れた刺繍を探してたとしたら、あの部屋に留まるだけじゃないくらい潜り込めないと探せないよな。そりゃ不審に思われる危険を伴うかもしれない。
俺たちは宿の店に戻ってきていた。今回はハヤも一緒だ。
エインスレイはハヤがお金持ちの振りで潜入してたことについて、特に何も言わなかった。失ったと思った家族を見つけられたんだから、騙されてたことなんかどうでもよくなっちゃったのかもしれない。
「お告げが石の看板だったら、荷運びの妨害を何とかすればクリアだったかもしれないけど、刺繍だったからな」
キヨはベスメルのグラスに口を付けた。ボトル空けたってのにまだ飲むのかって言ったら「もう醒めた」とか言ってた。アル中め。
でも何となく眠そうな雰囲気あるし、歩いて戻ってくる時はちょっとふわついてたから、たぶんいつもよりは酔ってる気がする。
「石か刺繍かでそんなに変わる?」
レツがそう言って首を傾げた。模様は同じだけども。それってエインスレイの持ち物か、シマの持ち物かっていう違いかな。俺がそう言うとキヨは「そうじゃない」と言った。
「どちらもエインスレイのものだったとしても、石ならあの店に、刺繍なら彼の家族に関わるみたいな?」
コウの言葉にキヨは小さく頷いた。
俺はシマの刺繍をお告げで見たんだと思ったけどね。そう言えばシマの家族はあの民族衣装も着なかったんだよな。やっぱり集落を出されたりしたから、一族とは縁を切って暮らしてたのかもしれない。それでもお守りに家紋の刺繍を忍ばせた。
「……あそこでお守りを広げる必要はなかったんだ。お守りの確認ナシでシマの両親の情報には行き着いてたし。ただもしあのお守りがお告げと同じ刺繍だったら、エインスレイも出してくるんじゃないかと。そしたら、俺が並べる情報より説得力はある」
ハヤはそれを聞いて、キヨにわざと寄りかかった。
「説得力っていうか、お互い強制的に素直にさせる方向のだよね」
キヨは面倒くさそうにハヤを押し返す。同じ家紋の刺繍を持っていたら、いくらあり得ないと思っていても簡単に否定は出来ない。
シマはあの後、エインスレイの所に留まった。
「積もる話もあるでしょうから、僕たちは宿に戻るけど」
ハヤの言葉に、シマはちょっとだけ不安そうに俺たちを見た。
「別に置いてきゃしねーよ」
キヨはシマの肩を叩くとそのまま部屋を出て行った。置いてってるじゃん、ってそういう意味じゃないだろうけど。
「できるなら、お前が覚えている家族の話を聞かせて欲しい」
エインスレイはそう言ってシマを見た。何だか穏やかな表情だった。シマはそれを見て少し逡巡したけど、黙って頷いた。
「あ、でもできれば別室で、ちゃんと座れるとこがいいかな……」
シマが伺うように言うと、エインスレイは今頃気付いたようにガウンの前をかき合わせると、
「着替えて行くよ。奥の書斎で待っててくれ」
そう言って笑った。
優しげに笑った顔には、確かにシマに似た面差しがあった。
「シマさん置いてきちゃったけど、初対面でいきなり半分血の繋がったお兄さんとかいろいろ盛りすぎな感じだけど大丈夫なのかな」
コウはベスメルのグラスに口をつけた。シマの社交性なら問題なさそうだけど。
「逆に僕たちと一緒にこっち戻ったら、改めて会いに行く方が腰が重くなるじゃん。いいんだよ、こういう時は無理矢理近づける方が」
ハヤはそう言って笑う。シマっていつもは飄々としてるけど、なんだかんだでお兄ちゃんポジだから、お兄ちゃんにお兄ちゃんができるのってどんな感じなんだろ。
「……シマさんに突っ込んで聞いたことないけど、あんな呼び方されたりするとか、結構虐げられたりしてたんじゃないのかな」
コウはテーブルの上でグラスを傾けながらぽつりと言った。
あんな呼び方。『親殺しのガキ』。
幼い頃にそんな風に呼ばれて虐げられていたのに、シマはひねくれたところがない、すごくいい奴だ。それってものすごいことだよな。
「シマ、全然そんなこと言ってなかった。あんまりいい思い出無いって言ってたけど、そんなの、むしろ辛い思い出ばっかみたいだったんじゃん」
レツはメルナのグラスを握った。
たぶんレツは、何も知らずにウタラゼプへの旅を誘ってしまったことを思ってる。でもそれはシマがいい奴過ぎて、その辛い過去を誰にも見せず誰にも匂わせなかったからだよな。
「……でも、来なかったら兄貴も見つからなかっただろ」
キヨは小さくそう言った。レツはちょっとだけ顔を上げる。
「それに、シマって今まで親を知らない僕たちには家族の話できないし、そうでなくても楽しく家族を思い出しちゃいけないと思い込んでたなら、家族のことを楽しく話せる相手が出来て嬉しいと思うよ」
しかも血の繋がったお兄さんだしねとハヤは笑った。レツはそれを聞いて、少しだけ嬉しそうに笑う。やっぱりあの時のレツの表情は、お告げがクリアになったことを感じたからだったらしい。
「そう言えば、キヨが出来なかった選択って一体なんだったんだ?」
キヨはちらりと俺を見た。
「選択は……そのまんまだよ。エインスレイを揺さぶるには、家族が見つかったけど亡くなってたってことだけで済む。でもそれだとお告げのクリアにはなり得ない。ただの情報だし、何かが解決したわけでもない。最悪あの罠の必要がなくなるって意味では、交易の回復って解決はあるのだけど」
何をもってクリアなのかが見えてこないって、そういう意味だったのか。
「そう言えばあの罠って結局何が目的だったんだ?」
コウはキヨを見た。あの罠、荷運びを独占するのが目的じゃなかったら、何が目的だったんだろう。
「あれはだから、復讐を届けたかったんだろ。彼の名をできる限り、あの村に」
え、つまりエインスレイは、あの罠を仕掛けて他の運び屋がクダホルドへ行く直通ルートを潰し、ラカウダロガを経由するルートを使わせることで、エインスレイの名前をラカウダロガに運ばせたってこと?
「それ、復讐になるのかな?」
レツがそう言うと、キヨは左右に首を傾けた。
「どうだろな、復讐を届けたかったのか、母親が帰ってるかもしれないと思ったのか。ただ少なくとも、エインスレイのところにラカウダロガの女性が身を売られている」
それ、そう言えばあの長老のところで言ってた! でも何で知ってたんだ?
「飲み屋でお前も聞いただろ」
俺が? ってことはレツも聞いてた時ってこと? 俺はレツと顔を見合わせて、同時に首を傾げた。
「何かあったっけ?」
「エインスレイが荷運びに手を出してるって知った時だよ。あの時の羽振りのいい運び屋、値が張るが良心が咎める商品をやり取りしたって言ってただろ」
あ! あの時の! あれ、娼館の人を指してたのか……っつかあの時、エインスレイが荷運びやってるってどこでわかったんだろ。俺、何か聞き逃したのかな。
「あの店一度しか入ってないけど、なんつーか、殺伐とした感じもないし、結構環境良さそうだったんだよな。それに団長が何だかんだで肩入れするタイプのヤツだろ、たぶんあの村にいるよりマシな生活できてそうだなと」
だから名は届いてたんだろうなと、キヨは言ってベスメルに口を付けた。
でもそれは、エインスレイの求める形じゃなかった。ハヤは何も言わなかったけど、何となく満足そうに微笑んでいた。
「ハヤは、わかってたの?」
キヨは選択ができなくて、ハヤに聞くと言って店に乗り込んだのだ。ハヤには、その選択肢がわかっていたんだろうか。
「僕がわかってたのは、エインスレイが家族を捜していて、みんながちゃんと見つけてくるだろうってことだけだよ」
いやいやそんな話、一ミリもしてなかったと思うんですが?!
「でも復讐を届けるって話でちゃんと伝わってたじゃん。僕だってあの辺から気付いたんだから、キヨリンあたりならわかると思ってたし」
ハヤはそう言って琥珀色したソーダ割りを飲んだ。俺は届けるのは荷運びの商品だと思ったけどね。それも信頼なのかな。
「だから選択肢の片方は、キヨリンが選択出来ないって言うからわかったようなもんかな……」
ハヤはわざとらしくキヨに寄りかかると「いつだってこの子は家族取られると思うとご機嫌斜めになるからね」と言った。キヨは不機嫌そうに押し返す。
「お告げのクリアに必要だったのは……」
キヨは小さくため息をついた。
「……お告げのクリアには、その生き残りの家族との再会が必要なんだろうと思った。それはつまりシマの家族を、シマに無断で明かすことになる」
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