第30話『今から重大発表するから、黙って聞く』
キヨは宿の部屋に篭もってしまった。
俺たちがウタラゼプに戻ってきたのはその日の夕方くらいの時間だった。
宿に戻って飯を食べに店に行こうとしたら、ちょっと考えたいからと言ってベスメルのボトルを取って部屋に引っ込んでしまったのだ。
いくらキヨでもあれ、ボトルで飲むのは危険な酒だと思うんだけど。
前みたいな引きこもりじゃなさそうだから、ホントに何か考える必要があるんだろうけど、一体何を考えてるんだろう。
「結局、キヨくんがラカウダロガで聞いてきたのって何なの」
俺は夕飯を食べながらコウを見た。今日の夕飯はパイに包まれた煮込み。ごろっごろの大きめ野菜とフォークで刺すだけで崩れる柔らかい肉。
「なんかあの刺繍の模様を長老みたいな人に見せて、これを覚えてるかって」
コウは少し難しい顔をしたけど、それから眉を上げた。
「まぁ、あの村の存在を知っていたから、ルートに組み込めたってこともあるわな」
「でもそれは、」
俺は言いかけてレツを見た。
レツは俺の視線を受けて、パイを崩すのをやめてフォークを置き、ちょっとだけ申し訳なさそうにした。
「うん、まだお告げクリアになってない。だからあの交易ルートを妨害して荷運びを独占しようとしてたってのは、お告げの目的じゃなかったことになる」
あの罠を全部壊しても、お告げクリアにはなっていなかったのだ。レツがそう感じるのだからしょうがない。でもそれはレツが申し訳なく感じる必要はないんだけど。
「エインスレイがあの集落出身だったとして、それで何かが変わるかな?」
出身と言っても、彼はあの集落で二度も手を離された。それに復讐してやろうと成り上がり、今は娼館を持ち、荷運びにも手を広げて成功している。
でもそれはラカウダロガに行く前からわかってたことだ。
「彼の母親は集落の外の人と出会って、それで村を追放されたみたい。彼女はウタラゼプに来たらしいんだけど」
キヨはそこまで聞いていたけど、彼の母親の行き先とかが俺たちの目的とどう関わるのかわからない。シマは呆れたような顔をした。
「集落外の人と出会って即追放かよ」
「即、じゃないと思う。子どもを授かったってキヨが言ってて……」
「どっちにしろ理不尽に変わりねぇよ」
コウはそう言って水割りのグラスに口を付けた。
俺もそう思う。愛し合って家族が増えるなんて、嬉しい以外の何ものでもないはずなのに。
「でもキヨはそれもわかってたみたい。聞きに行ったって言うより、確認に行ったって感じだった」
最初から、『子どもを置いていった女性』って言ってたし。エインスレイの名前を出さないための言い回しだったのかもしれないけど、キヨのことだからそうじゃない気がする。
「なんにせよ、キヨが考えちゃってるのが何なのかもわかんねぇしな」
シマは小さくため息をついてソーダ割りを飲んだ。
「あと団長も……どうするんだろうね」
レツはぽつりとそう言った。そうだ、ハヤの様子も見に行かなきゃならない。
二日くらいなら召使いが顔を出さなくても不自然じゃないって話だったけど、今日がその二日目なんだし。このあと一度行くべきなのか?
でもハヤを迎えに行く時には解決してなきゃって言ってた。でも今、どう考えても解決してる感じじゃない。
「あれ、キヨくん」
コウの声に顔を上げるとキヨが立っていた。
みんな思わずぎょっとした。何だか雰囲気的に、泣きはらした後みたいなひどい顔をしてる。ベスメルのボトルがほとんど空になっていた。
っつか、これすごいアルコール度数高いよね?! もしかして酔ってるのか?
「……なんかもう、俺が考えてもわかんねぇ。だから団長のとこ行ってくる」
ええええ! どういうこと?! ハヤのとこって、ハヤ今エインスレイのところに潜入してて、ハヤだけどハヤじゃないんだよ!?
「バレちゃわないの?」
「いやそれ、団長が危険なんじゃ」
「つか乗り込んだらキヨだってバレるじゃん」
キヨは一斉に言われて少し首を傾げたけど、残りのベスメルを飲み干すとボトルをテーブルに置いて店から出て行った。ちょっ……
「あれって、もしかして行っちゃう感じ?」
「酔って暴走はキヨのキャラじゃないけど」
「キヨくん酔ったら寝るから、あれ実はシラフなんじゃ?」
「そんなこと言ってないで、ホントに乗り込んだらヤバいんじゃないの?!」
みんなは顔を見合わせると、慌てて食事を平らげてテーブルを立った。店の外に出てみたけどキヨの姿は見えなかった。
「とりあえず、宿見てくるわ」
あとで追いつくと言ってコウは走り出した。俺たちはハヤがいる娼館に向かう。
キヨ、一体何考えてんだよ。
「わかんないにしたって、とりあえず団長を連れ戻してから話聞いて貰えばいいんじゃねーのかな」
ホント、シマの言うとおりだよ。
キヨがわからないのが何なのかわからないけど、それをハヤに聞いて欲しいんだったら、単に俺が行って仕事が出来たとか言って連れてくればいいんだ。こっちから乗り込んで全部バラしちゃう必要はないだろ。
「酔った勢いもありそうだけど」
いつもは全然酔ってる感じに見えないけど、あの表情は何だか目が座ってて眠い一歩手前にも見えるから、意外と間違ってない気がする。
「でもキヨが考えてわかんないことって、なんだろうね」
レツはそう言ってシマを見た。シマはそれこそわからないって風に肩をすくめた。
あんなに洞察力があって、先のことまで読んじゃうキヨがわからないこと。いつもその考えを俺たちが辿ろうとしたら、ヒントがあっても一日かかっちゃうのに。
俺たちは何となく早足で店に向かった。
「あ、あれ!」
もう何度か通った店に辿り着くと、ちょうどキヨが入口を入るところだった。やっぱりこっちに来てた! 急いでキヨのあとを追って店に入る。
「うわあ」
「大盛況だな」
この時間だからか、今まで見たこと無いくらい店の中には客が大勢いた。
空いたテーブルも無いくらいだから、俺たちが入った時すぐには店の人は近づいてこなかった。きっとキヨはあの部屋に向かったはず。
「こっち」
俺は人の間をすり抜けて階段を上った。階段の途中にも、飲んで抱き合ってる男性や女性がいる。これなら見とがめられずに部屋まで行けちゃうかも。
俺はあの部屋の扉の前まで着くと、シマとレツを待って扉を開けた。
部屋の真ん中にキヨが立っていた。その向こうに、ベッドに腰掛けて頬杖ついてるハヤがいた。
「なんだ、お前らは」
部屋に入った俺とシマとレツを見て、エインスレイが睨み付けてきた。けど、ハヤがそれを片手を上げて制する。
俺はともかくシマとレツはまったく知らな人だもんな。キヨはあの時の商人だと思ったかもだけど。
「それで」
ハヤは頬杖をついたまま、キヨを促した。
「どうすべきなんだ、これ。どっちを取ればいいのかわかんねぇ」
「じゃあ見つけたんだ」
キヨはその言葉に、小さく頷いた。見つけたって、何を?
「単に揺さぶりをかけるだけならできる。でもそれだとたぶん、クリアにはならない」
ハヤはそれを聞いて、何だか嬉しそうに笑った。
「そっかー、ならこっちのことも話すけど、こいつ結構いい奴だよ」
エインスレイはそう言われて怪訝な顔でハヤを見た。
「呪術的な罠仕掛けて他の荷運び妨害しててもか」
「お前、なぜそれを」
エインスレイの言葉に、キヨはちらっと彼を見た。
「まぁそこは、珍しいもん手に入れて思い付いちゃったからやらかしたんだろうけど、フォローはしてたらしいよ。金はあるからね」
……フォロー、されてたのか? 罠を仕掛けて危険になったルートで荷を失ったりした運び屋のフォローをエインスレイがする。そしたら運び屋はさらにエインスレイに頭が上がらなくなる。
そうか、それでも交易を押さえることはできるのか。
「……俺は、そいつがどれだけいい奴でも、俺が決めて話していいことなのかわかんねぇよ」
キヨはそう言ってハヤの前に跪いて視線を合わせた。ハヤはそれを見て、「キヨリン、結構飲んでるね」と言った。
「俺はそいつのことを知らない。本来ならレツに決めさせることなんだけど、あいつだって俺と同じか俺より知らないくらいだ。団長だってこの数日だけだけど、それでも知ってるだろ。だから、お前が決めてくれ。俺には選べない」
そう言ったキヨを、ハヤは真っ直ぐ見ていた。キヨは言わない言外の意味をハヤに伝えてるみたいだった。
何を……選ぶんだ?
「お告げクリアには、どっちかしか無いんじゃないの」
キヨはそれを聞くと、少しだけ泣きそうな顔をした。ハヤは少し笑って体を傾けてキヨの背後を見た。
「レツー、お告げって、クリアにならなくてもいい?」
えっ! それはダメなんじゃないか? っていうか、お告げってクリアしたら誰かのためになるもんなんだから、クリアした方がいいに決まってるよな?
レツは「うーーーー」とか唸っている。
「……やっぱお告げはクリアしてほしい。それが辛い選択でも、そうすることで救われるのは事実だよ」
レツはちゃんと考えてからそう言った。それってセオの時のように……ハヤは少しだけ笑って目を伏せた。
「お前たちは一体……」
扉のところにコウも駆けつけていたけど、エインスレイは護衛を呼んだりしなかった。何だか戸惑った顔で俺たちを見回している。
すると唐突にハヤがエインスレイのガウンを引っ張って自分の横に跪かせた。
「おいっ、お前何を」
「今から重大発表するから、黙って聞く」
そう言ってキヨを見た。
「選択したのは僕だから、キヨリンは責めを負わなくていいよ」
それからちょっとだけキヨに顔を近づけて「家族だから、大丈夫」と言った。
キヨはそれを聞いて、深く息を吸ってから意を決したみたいに一気に吐いた。それからエインスレイを見る。
「あんたの復讐は届かない。届ける相手が、もう亡くなってるからだ」
キヨの言葉に、彼は驚いてキヨを見た。
「あんたがあの家紋を店に掲げるよりずっと前に亡くなってる。だから復讐は、どこにも届かないんだ」
エインスレイは愕然とした顔で、視線を落とした。
家紋を使って復讐を届けたかった相手って、自分をクダホルドに売った村の人じゃなくて置いて行った母親だったってことなのか。村の人が対象だったら、村に伝えれば済むことなんだ。
「……でもあんたがその復讐を、復讐と言いながらずっと家族を捜していたんだってのはわかってる」
そういうやつだから団長もあんたを選択したんだろうし、とキヨが言うと、エインスレイは眉間に皺を寄せて顔を上げた。
え、復讐って言葉の通り復讐じゃなくて、復讐と言いながら家族を捜していたってことなのか? もしかして照れ隠しとか?
いや、こんな娼館を仕切っていてお金も持っているエインスレイみたいな人が家族を捜していると知れたら、悪用する人が出てくるかもしれない。
自分を捨てた家族を求めてるなんて、ちょっとなめられそうなことを大っぴらにできないのもありそうだ。
「覚えてるかもしれないが、あんたを置いて村を出るよう強制されたあんたの母親は、村を出る時に子どもを授かっていた。その時の子どもはまだ生きてる」
どうする? と、キヨは小さく付け加えた。エインスレイは少し視線を落として、それからちょっとだけ首を振った。
「そいつは俺の存在すら知らないんだろう、俺が、今更そいつに会ったところで、何が……」
キヨはそれを聞いて思いっきりため息をつくと、乱暴に頭をかいた。なぜかハヤが嬉しそうに見ている。
「くそ、なんだよそれ、」
「だから言ったじゃん、いい奴だって」
キヨは面倒くさそうな顔でハヤを見た。
売られた子どもから成り上がって、復讐とか言いながらもずっと家族を捜していたのに、いざ見つかったら教えてもらうのを躊躇うとか。
娼館を仕切ってるのは、威張れる仕事じゃないかもしれないから?
キヨはしばらくエインスレイを見ていた。彼はなんだかキヨの視線を避けるようにしている。
あの時コウにキヨを抱かせようとした威圧感なんて微塵もない。ここにいるのは、ずっと家族を求め続け、ずっと応えて貰えなかった孤独な男性だ。ラカウダロガの長老が壊した家族。
キヨは小さく息をつくと、意を決したように立ち上がった。それから振り返って扉近くのシマのところへ行くと、唐突に胸元を掴んで引っ張った。
「え、ちょ、あ?」
キヨはシマを引っ張ったままハヤの前まで来ると、シマをその場に座らせた。シマはなんだか不安そうに周りを見た。
俺とレツとコウは顔を見合わせて、何となく近づいた。
「外に出る前に、民族衣装を扱う店を中心に聞き込みしたんだ」
あの家紋の刺繍には届出は必要ないけど、必要ないくらいその一族には見分けがつけられているんだっけ。
「それでも、その家紋の家族の情報は得られなかった。ただそれぞれの村を出てウタラゼプに流れてくる一族の者はそれなりにいるらしくて、そういう人を助ける横の繋がりがあるって聞いて」
村の外の人との間に子どもが出来ただけで追放するような集落もある。
そうでなくても、ただ貧困から集落を出る人だっているだろう。そういう元一族の人たちを助ける人がウタラゼプには居たんだ。
「その人が以前流れてきた家族に、街の中でモンスターに襲われて亡くなった夫婦がいたと教えてくれたんだ」
シマはゆっくりと顔を上げてキヨを見た。
「街の中でモンスターに襲われるなんて、普通ないだろ。だから……でもその時はまぁ……そのあとお前に聞いた時も、ああ知らされてないけど実は一族出身なんだなって、思ったくらいだったんだけど」
キヨはそう言って少し視線を落とした。
「出る直前にもう一度、その人のところに聞きに行ったんだ。関係ないならそれでいいし」
「何を聞いたの?」
レツに言われてキヨは口をつぐんだ。それからシマを見る。
「シマ、お守り持ってるか?」
「え? あーお守り?」
「ぐずぐずしてると脱がすぞ」
キヨがドスを利かせて言うとシマは「あわわわ」とか言いながら胸元から小さな巾着を出した。首から提げていたのか、紐が付いている。
「開けて」
いや、お守りって開けちゃいけないもんじゃないのか?
怪訝な顔をしているシマにキヨは顎をしゃくって促す。俺たちは中を覗こうと近づいた。シマはしばらく逡巡していたけど、思い切って袋を開けて中身を取り出した。
「あ……」
最初に声を上げたのはレツだった。それって、
「お告げの刺繍……!」
シマは呆然としていた。お告げの刺繍、ずっとシマが持ってたのか!? それってどういうことなんだ?!
すると突然エインスレイが立ち上がり、慌てたように部屋を出て行った。え、どういうこと?
「……お前、中見てないって言わなかったか」
シマは不愉快そうな顔でキヨを見上げた。っつか、今そこ突っ込む?
キヨはちょっとだけ首を傾げる。
「言ってない」
「言っただろ! お前と初めて会ったの、この時だから覚えてるぞ」
「言ってない。『開けて中を見たか』って言われたから『開けてない』って答えたんだ。俺は中身が出てる状態で落ちてたのを拾って、中にしまったんだ」
シマはそれを聞くと複雑な顔をした。
まぁその言い方、普通、開けてなくて中も見てないと勘違いするよな。キヨってその年からそんな言い回ししてたのか。面倒くさいガキだな。
「俺は赤い布の刺繍って言われて最初にそれを思い出した。模様までは覚えてなかったけど。でもシマは全然知らないみたいだったから、やっぱ違うのかなって。絶対中を見ちゃいけないっつってたけど、ホントに中見てなかったんだな」
シマは手のひらの上の刺繍を眺めている。
「……俺が聞いたのは、そのモンスターに襲われた夫婦の出身地だよ。ラカウダロガだった」
そこへエインスレイがやたら急いで戻ってきた。なんだか妙に真剣な顔でハヤの隣に戻ると、握っていた手を差し出してそっと開いた。
そこにはシマのものと同じ刺繍があった。赤い布に家紋の刺繍。
キヨはラカウダロガで家紋について聞いた時、すでに特定した誰かを想定していた。
それってつまり、シマは……
「つまり俺は、この人の母さんを殺したってことか」
!!
シマはなんだか別人みたいな表情で、何だか少し怖い笑みを浮かべていた。
「シマさん!」
「違うよ!」
「違わないだろ、俺が飼ってたモンスターに父さんも母さんも殺されたんだ、俺が殺したようなもんだろ、俺の……俺だけの親なら俺が責められればいい、親殺しのガキならいくらでもそう呼ばれてた。でもそうじゃない。そうじゃなかったんだ! 俺はこの人の家族も、」
声を上げるシマを、唐突にエインスレイが抱きしめた。
「……もういい、もういいから」
シマは抱きしめられて、なんだか泣き出しそうな顔をした。
「お前は、親殺しのガキなんかじゃない。俺がずっと探していた家族だ」
エインスレイがそう言うと、シマは肩に顔を埋め、おずおずと彼の背中に手を回して抱きしめた。
レツが何かに気付いたように顔を上げて、それからすごく幸せそうに笑った。
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