第29話『それって財産だよな、よく言った』

「そしたらキヨくん、このままウタラゼプに戻ればいいのかな?」

「いや、」

 コウの言葉に、キヨはちょっとだけ考えるように視線を外した。


 翌々日の朝早くに、俺たちは最後の罠を破壊した。

 その場でハルさんにこの辺り一帯を調べてもらったけど、もう違和感のある場所はないということだった。

 単にモンスターが集まってしまうところはあるかもしれないし、ルートが完全に安全になったりはしないだろうけど、少なくとも罠はもう無い。


「できれば、ラカウダロガに寄りたい」

 エインスレイのルートの行き先の村? そんなところに行ってどうするんだ。

「ラカウダロガに寄る必要ってある?」


 レツがみんなを見回す。

 全然ない気がするんだけど。だいたいエインスレイが荷運びの仕事を牛耳ろうとして罠をしかけてたんだったら、その誰もが見過ごしそうな小さな村を危険回避に使っただけで、わざわざ行く意味なくね?

 でもキヨはまだ理由を話すつもりは無いみたいだった。


「そしたら、俺はここまでかな。罠に関するところまでがエルフの依頼だからね」

 ハルさんはみんなを見回してそう言った。罠の処理以外は、勇者一行の仕事ってことか。

「ハルさんありがとね」

「マジ助かった」

 レツたちの言葉にハルさんは「いえいえ」とか言いながらにこにこ笑っていた。キヨは少し伺うようにハルさんを見る。


「ハルチカさん、」

「はいはい、ウタラゼプで待ってるから。気をつけて」

 ハルさんはそう言って軽くキヨの髪に口付けると、あっという間に移動の魔法で飛んでいってしまった。

 何か、余計なことを言うのも聞くのもしないようにしたみたいな速さだった。キヨは口付けられた髪に少し触れ、それから小さくため息をついた。


「今から向かえば、今日中に行ってウタラゼプに戻れるだろ」

 距離的にも普通に一日くらいの距離だし、行って何をするのかわからないけど、そこまで時間がかかることじゃなかったらそうなのかな。

「んじゃ、とっとと行きますか」

 シマはそう言って馬に戻った。





 ちょうど危険満載エリアの南側を最後に残していたから、ラカウダロガまでは午前中のうちに着いた。

 そう考えると、キヨはそこまで見越して罠をクリアする順番を選んでたのかもしれない。


 ラカウダロガは小さい集落だった。本当に、本当に小さい集落だった。

 木造の家々は地味な作りで、雪国だってのに建て方は俺のいた集落とあまり変わらない。たぶん雪国に特化した建て方ができるほど裕福な集落じゃないんだ。

 それなりの街まで一日の距離なら俺の育った集落よりは行き来がありそうだけど、街道が通っていないのが致命的なんだろう。


 俺たちが着くと、人々が不思議そうな顔で見てきた。立ち寄る旅人も少ないのかもな。彼らは一様にあの民族衣装を着ていた。上着の前面に左右対称の刺繍がされている。あれが家紋になるのかな。


「キヨ、何をするんだ?」

 キヨはチラッと俺を見て、それから馬を降りた。俺たちもならって馬を降りる。

 キヨは俺に馬を渡すと、手近の村の人に声を掛けに行った。村の人は話を聞いて、一軒の家を指さす。キヨは一度俺たちを振り返ったけど、ちょっと頷いて一人でその家に向かった。


「俺も、」

「行って来い」


 俺が言い終わる前にコウがそう答えたので、俺は手綱を任せてキヨを追った。きっとみんなで行くと変な圧があるからキヨだけで行ったんだろうけど、俺みたいなのがいる方が場が緊張しないしね。いや俺だって大人だけど。

 キヨは俺が追いつくと、やっぱりちょっと面倒くさそうな顔をしたけど、何も言わなかった。


 キヨは示された家にたどり着くと、ノックをして待った。

「なんだね」

 扉を開けたのは、長い白髪を後ろに流した老人の男性だった。集落の長か、長老ってとこか。他の人と同じ民族衣装を着ている。


「突然すみません、教えていただきたいことがあって来ました」

「外の者が、何をだね」


 老人はそう言いながらも、俺たちを迎え入れるように脇へどいて腕を開いた。キヨは小さく会釈して中へ入る。俺も後に続いた。

 家の中には、床を高くした座敷があった。たぶん靴を脱いで上がるのだろう。男性は何も言わずに座敷に上がった。たぶん俺たちもそうするべきなのかも。


「お手間は取らせません。お話を聞いたらすぐに戻りますので」

 キヨはそう言うと、靴を脱いで上がらずに座敷の隅に腰を下ろした。俺も隣に座る。老人は少し眉を上げたけど、別に咎めなかった。

「この刺繍の模様を覚えていますか」


 キヨは模様を描いた紙を見せた。それってお告げの刺繍! っていうか、キヨはお告げの刺繍を見れないのだから、あの店の看板ってことか。

 老人はしばらくその模様を見ていたが、小さくため息をついて頷いた。えっ、それってつまりエインスレイはこの村出身ってこと?


「……子どもを置いていった女性ですか」

 えええ!? いや、そんな話どこから? この刺繍はエインスレイが掲げていたんだから彼の家の家紋で……あ、エインスレイは売られたって言ってたっけ。でも売られたのと置いて行ったのって別だよな?

 老人はやはり小さく頷いた。


「母子家庭だった、父親は亡くなっておって。男児だったからな、置いていかせたのはこの村の人間だ。家の紋はその男児に継がせた。が、こんな貧乏な村だ。その男児も結局……クダホルドへ売られてからのことはわからん」


 エインスレイはクダホルドへ売られていったのか。

 もし母親に置いていかれたことを覚えていたのなら、彼は二度も手放されたことになる。それってどれほどの悲しみなんだろう。


「その女性は、ウタラゼプへ?」

「ああ、この辺りじゃ、村を出て行けるところなんぞたかが知れている。その後どこかへ行ったかもしれんが、その先はわからんな……」

 キヨはそこまで聞いてから、少し姿勢を正した。

「その時、彼女は子どもを授かっていましたか?」


 !! キヨ、何聞いてんの? つかそれ、関係あんの? 老人はまったく動かなかった。視線も姿勢も固まったままだ。聞こえたのかな……


「……ああ、そうだ。外の者と通じておった。だから村を出された」


 老人は同じ姿勢のまま、吐き捨てるように言った。


 ……あれ、何か今おかしなこと言ったな? 俺は顔をしかめた。

 いや、その、外の者とか何とかじゃなくて、何か……何かいらいらする!

「別に、」

 思わず口を開いた俺をキヨがチラッと見た。俺は膝の手を握りしめた。


「別に母子家庭だったら新しい恋人ができても何も問題なくね? それで村を追い出すっておかしいじゃん!」


 俺は思わず立ち上がっていた。

「そりゃもしかしたら正式に結婚してなかったかもしれないけど! でも別に誰の迷惑にもなってないよな? 子どもを置いていかせたのが村の人だったら、二人で出て行ったのはちゃんと愛し合ってたからじゃん! 村の人が無理言わなきゃ三人で出て行ってたんじゃねーの!?」

 俺がそう言っても、老人は何も反応しなかった。キヨは俺を見て、口元だけで少し笑った。わ、笑うなよ、そんな大人げない言い方してるか、俺。


「聞きたかったのはここまでです。いや、これ以上あなたは知らないでしょうし。一つだけ教えていきます」

 キヨは言いながら立ち上がった。ちょっとだけ、冷酷にも見える顔で老人を見下ろしている。


「彼女はすでに亡くなっています。男児は今も家族を求めています。あなたがたは家紋を守り継がせていながら、家族を壊しているんです。そんなやり方で家々の幸せが守れるとは思いません。ああそれと、」

 キヨはそこで一度言葉を止めると、老人は少しだけ視線をこちらに寄越した。


「あなたがこの前売った……女性、かな。こんなとこにいる時よりも幸せにしてますよ」


 老人が鋭く振り返ったけど、キヨは無視して家を出て行った。

 俺は何も言わずに睨み付けてくる老人を見やりながら、彼のあとを追って家を出た。キヨは足早に村の入口へ向かう。


「キヨ……」

「その年で家を飛び出して来たお前が幸せ家族出身だって、時々忘れそうになるんだが、」


 え、それってさっきの? もしかして、孤児のキヨには何か嫌な気持ちになるようなこと言っちゃったんだろうか。


「……それって財産だよな、よく言った」


 そう言って俺の頭に手を載せ、ちょっとだけ乱暴に撫でた。

「え、あ……うん」

 そんなことより、キヨが聞いてたことについて聞きたかったんだけど、俺は何となく褒められたことのが嬉しくて、ちょっとだけくすぐったい気持ちでキヨのあとについて行った。


「済んだ?」

 シマがそう聞いてキヨは無言で頷いた。それを見てみんな何も言わずに馬に跨る。

 俺たちはラカウダロガをあとにした。

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