第28話『……そういう問題じゃねーだろ』
あの時切ったのは少女の縛めだけだったから?
レツは力任せに剣を押しつけている。
「うそ、なんで、切れろ! 切れろよ!」
「やべぇ、キヨくんが保たない」
振り返ると、真っ青になって魔法を発動しているキヨがいた。闇魔法の黒い影がかかって死人みたいだ。
「キヨの方が止められないの?」
「それができたら最初からやってるだろ。リンクすることが目的の魔法だから、切るしかねぇんだ」
でも切れるのはレツしかいないのに! 肝心のレツが効かないんじゃ……
背後に嫌な気配を感じて振り返ると、木のお化けみたいなモンスターがいた。そうじゃん、俺たちモンスターホイホイの真ん中にいるんじゃん!
俺が剣を構えた瞬間に、コウが一撃を加えていた。速い! 俺はすぐさまコウが払った足を狙って切りつける。
「レツ一旦離れろ! それだって十分危険だ」
シマはさっきの鳥モンスターを使役しながらレツに声をかけた。シマが相手をしているのは、ばかでかいカエルみたいなモンスターで毒を吐き付けるヤツ。別々にモンスターの相手をしなきゃならないと、いつもの戦い方ができない。
っつか、キヨを狙われたらどうしようもない。
力任せに引っ張って抜けた剣と一緒に転がったレツは、もう一度剣を振りかぶった。そんなレツをシマが背後から引っ張り戻す。
「お前だってこの感じわかるだろ、闇魔法に近いだけで影響あるんだよ」
「いやだ! 絶対諦めない!」
レツはシマから逃れると、もう一度両手で剣を握り直した。
「キヨもみんなも助ける!」
レツの振り上げた剣が、白く輝いたように見えた。あ、それあの時も……
「はあぁぁぁぁぁ!!」
レツは思いっきり剣を振り下ろすと、持ちこたえた影に片足を踏ん張って更に力を込めた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
キヨの闇魔法はギリギリと光に浸食され少しずつ解けていく。
レツがほとんど影の帯に顔から突っ込むようにして力を掛けると、唐突に影のリンクは弾け、切れた影はものすごいスピードでキヨと人形に吸い込まれて行った。
レツはそのまま剣を翻すと真っ直ぐに人形に走り寄り、ものすごい速さで剣を横真一文字に走らせた。光の軌道が巨大な剣みたいだった。
切られた人形は一瞬立ち上る黒い影みたいに広がったが、レツが右に抜いた剣を斜めに振り下ろすと、耐えきれず霧散した。え、レツってこんなに強かったっけ……?
「キヨくん!」
声に振り返るとキヨがその場にくずおれるところだった。
「まったく、」
そう思った瞬間、彼を受け止めたのはハルさんだった。きらきら光る回復魔法がキヨに降りかかる。
「それで、白魔術師ナシでどうやって回復するつもりだったの」
「ハルさん!」
助けに来てくれたんだ! 俺とコウは顔を見合わせて、彼らのところへ駆け寄る。キヨは少し弱々しく顔を上げた。
「……魔法薬は買ってきてたんだけど」
「飲む前に伸びてたら意味無いでしょ、もー」
ハルさんは呆れたようにそう言った。キヨはちょっとだけとぼけるみたいな顔をして、ハルさんから体を起こした。回復魔法が効いたんだ。
「ハルさんマジ救世主」
「ありがとだよー!」
シマもレツも嬉しそうに言って駆けつけた。
「まぁ、ちょっと気になってたしね」
そう言って、レツの切った人形の元へ歩いていく。
「これがモンスターを呼んでたの?」
「人形……っていうかよりしろだね。つまり『にんぎょう』じゃなくて『ひとがた』」
ハルさんはお腹の部分で切り裂かれた人形に触れた。人の形をしたものに闇魔法を移植して発動させてたのか?
「それってつまり、闇魔法って人由来ってこと?」
キヨが肩越しに覗き込む。ハルさんはちょっとだけ嫌そうな顔をした。
「経験者のヨシくんが一番わかってると思うんだけど、そうだね、闇魔法は自然には存在しない。だからエルフの魔法に対抗できるんだよ」
エルフに対抗できる魔法!? そんなのがあるなんて知らなかった。
「知ってる人とかほぼいないんじゃね。そもそも闇魔法自体が魔術師が一応存在だけ習うってレベルのレア具合だからな」
シマがキヨを見ると、「俺だって対抗できるとは知らなかったし」とキヨは言った。そんな魔法を独学で使えるようになってる人が目の前にいますけどね。
「エルフにとってもやっかいだったみたい、今回のコレ。闇魔法はつまり人の力だから、エルフがむやみに押さえ込むと人に害をなす魔法になりかねない。だから手を出せなかったらしくて」
「それってハルさん、エルフに頼まれたりしてたの?」
レツがそう聞くと、ハルさんはちょっとだけ微笑んだ。肯定、なのかな。エルフからの依頼で調べるとか、何かかっこいい。
「それにしてもエルフには闇魔法が使えないとは」
シマはそう言って腕を組んだ。
太古の種族で魔法に関しては何より強いと思ってたのに。でも争いを嫌う平和な種族だし、邪悪な部分を使うからエルフには扱えないのかな?
「それってキヨが邪悪ってこと?」
コウが無言で俺の頭を引っぱたいて突っ込んだ。いや、本気でそう思ってるわけじゃないけども! 単に強い魔術師ってだけじゃ使えないもんなのかな。
「ハルさんは闇魔法使えないの?」
俺が言うとハルさんはやっぱり嫌そうな顔をした。
「あれ気持ち悪いでしょ。発動も難しいし」
あ、そっちなんだ。使えないわけじゃなさそうだけど、使うつもりもないんだろうな。
「レツの剣、何で光るの?」
レツはきょとんとした顔で俺を見た。
気付いてなかったのかな。前にエルフのあの子を解放した時もそんな風に見えたけど。
「エルフの街で、あの存在を解放したのがレツって言ってただろ。前にも話したけど、取り込むのは闇属性。だから俺を取り込んだ属性を断ち切れたレツは光属性を持つ。以前はハヤが属性魔法を付加しないとダメだったけど、レベル上がってその必要がなくなったんだ」
そっか、そしたらレツが安全の保障ってのはそういうことだったのか。レツの剣ならハヤの光属性の結界が無くても闇魔法に対処できる。
「あれ、そしたら取り込む闇属性って闇魔法ってこと?」
取り込むこと自体はモンスターの属性にもある。あれが闇魔法だとしたら、人にしかできない闇魔法がなんでモンスターにもある属性になっちゃうんだ?
「闇属性ってのは、光の逆だからそうつけられてるだけで、闇魔法とは関係がないんだ。闇魔法自体、存在くらいしか教えられないのは会得が難しい上に使用価値が低いからで、一般化してないからネーミングも適当なんだろ」
使用価値が低いのに会得するほど勉強したのか。
レツは腰の剣に視線を落としていた。竜が形を変化させた剣。レツが抜いてみると、青と赤の対になる鉱石はそのままに、握りの部分に黒っぽい蔦のようなものが巻き付いている彫刻があった。透き通って見える白銀のきらめきを持つ刃の真ん中に、一本黒い筋が走っているように見えた。
「何か、デザイン変わったみたい」
俺が覗き込むと、レツは首を振りながら肩をすくめた。気付いてなかったのかな。レツが角度を変えると、黒い筋はかちっとした線にもふわっとした影にも見える。ただの汚れとかかな。レツは剣を鞘に戻した。
「でもそしたらキヨがまた闇魔法使ってレツがリンクを切って、キヨがぶっ倒れて回復を繰り返すしかないのかな」
「ダメです」
ハルさんはそう言うと唐突にキヨの胸に触れた。触れた途端にパンッて音がして、光の結界みたいな小さな魔法陣がキヨの体をすり抜けた。何、今の!?
キヨは反動でちょっとだけ揺れたけど、驚いた顔で胸を押さえている。
「……俺、制御できてなかった?」
ハルさんは小さくため息をついた。
「できてたよ。リンクが切れなかったのもヨシくんの力が強かったからだし、向こうが枯れてきてた分、より力を欲していて離さなかったからで。ただヨシくん魔法の力はあっても、体力ないから体が保たないんだけど」
つまり倒れたのは闇魔法の所為じゃなくて、キヨが貧弱だからなのか。
「キヨくん、やっぱちゃんと食べて体力つけないと」
「あと鍛えないと」
「お酒ばっかじゃだめだよ」
みんなに畳み掛けられてキヨは何だか拗ねるような顔をした。じゃあ今の魔法はなんだったんだろ。
「今のは光属性の浄化の魔法だよ。さっきみたいに強い力で魔法を発動すると、どうしても残滓がね」
早めに消しとく方がいいですとハルさんは言った。
っていうか今ハルさん、魔法陣が必要な魔法を一瞬で発動したよな。キヨやハヤだって呪文なしとかは簡単な魔法だけなのに、やっぱこの人底知れない。
「じゃあ……次はもうちょっと弱いリンクにする」
キヨがそう言うと、他の全員がすごく嫌そうな顔をした。俺もしてた。
「……そういう問題じゃねーだろ」
切りやすいようにリンク弱くしたところで、罠がキヨの魔法を吸い上げようと離さないなら、危険度は変わらなくないかっていうね。
「でもやらないと罠の場所はわかんねぇし、わからなかったら闇雲にモンスターの多いところで彷徨うだけになるだろ」
それはそうなんだけど……俺はチラッとハルさんを伺った。
ハルさんの感知の力ってのがあの距離からこの辺の異変を感じ取れるくらいなら、ここで調べたらピンポイントで罠を見つけられたりするんじゃないんだろうか。
でもキヨはその辺、ハルさんに頼むつもりは無いっぽい。場所を聞いたのはあくまで情報ってだけで、これは勇者一行の仕事だから実際に手を借りるつもりはないんだ。そうなんだけど……
ハルさんは俺の視線に気付いてチラリと俺を見た。それから小さくため息をついて両手を挙げた。
「わかった。今回はエルフからの依頼もあるってことで手を貸す。俺が場所を特定するから、罠の処理は任せるよ」
それからハルさんはキヨに向き直った。
「ヨシくんの仕事を邪魔するつもりはないよ。魔法薬とあの魔法とレツくんで何とか出来ると思う。でも今回は俺のわがまま込みだから」
それってなるべくキヨに闇魔法使って欲しくないってことなのかな。キヨはちょっとだけ不満そうな顔をしていたけど、小さく頷いた。
それ手伝って貰わずに危険な魔法を使いたかったってわけじゃないよな……
「それじゃ、移動しよう」
レツがそう言ったので俺たちは馬に戻った。キヨは次の場所を地図で確認している。ハルさんが気になった場所はあと四つあるのだ。
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