第27話『何となく嫌な想像はつくんだけど、ちゃんと説明して』

 基本的にモンスターの脅威のあるこの世界では、冒険者以外は野宿で過ごさなきゃならないような旅に出ない。つまり街道の宿場町へ一日で到達するような計画を立てるのが普通だ。荷物を運ぶ運び屋たちだってその辺は同じだ。

 つまり荷運びのルートは、夜になる前にどこかの宿場に着けるようになっている。


 運び屋は荷馬車で行くのだから、普通に馬で走るならもっと速い。ラカウダロガへ向かうのなら、馬で一日以下の距離だ。


 でも俺たちの目的はラカウダロガじゃなくて、その北側、街道とラカウダロガの間のエリア。モンスターの脅威が増しているところだ。

 この辺は森とまではまでいかない木立が並ぶ丘陵地帯ってとこか。街道を行くとクダホルドまで一週間の距離が直行すれば三日になるのは、基本的に平坦なところが多いからみたいだった。


「ただし片道が一日だから、往復したら二日かかる」

 シマは早足の馬上からそう言った。その上独自のルートを逃げるだけの運び屋と違って、俺たちはモンスターと戦いながらだから時間は取られる。

「実害があって運び屋が仕事を止めるくらいだもんね」


 レツは久し振りの乗馬姿勢をなんとか保っていた。開墾途中みたいなごつごつとした地面はやたらバランスを崩しやすい。

 俺も最近乗ってなかったから体が乗馬姿勢を保ってくれない。前の旅の時あれだけ乗ってたのに。それでなくても体が消耗してるから、意識してないと鞍にずるずるとお尻を擦ってしまう。


「そうだな」

 俺たちの脇をすり抜けざまにそう言ったキヨは、前へ出るとそのままの姿勢で魔法を発動した。また?

「ブラストスアーガ」

 いくつもの真っ赤な炎の固まりが、やたら爪の長いトカゲみたいなモンスターに向かっていく。もうその脇では馬を降りたコウが、魔法の着弾を避けて棍を振るっていた。慌てて馬を降りて前線へ出る。


「はあああ!」

 俺と同時に並んだレツは、コウがヒットした前足を掬うように切り上げた。

 暴れるモンスターを回り込んで、俺は威嚇するように後ろ足で立ち上がったモンスターの脇腹に剣を振るった。

「うわ!」

 鋭いとげの着いた長い尻尾が飛んできて驚いて体を引くと、ぎりぎり避けきれないと思った瞬間、襟首掴まれて引っ張り戻された。コウ!

「下がっとけ、リーチが違う」


 コウは俺を狙った尻尾が戻る前に棍で叩き上げた。尻尾を打たれたトカゲモンスターがバランスを崩す。そこへ翼がカミソリみたいな鳥モンスターが斬り付けて通り過ぎた。シマのモンスター!

「いやあああああ!」

 レツががら空きになったモンスターの胸元へ剣を突き立てた。トカゲモンスターは長い爪をレツに振るおうとして、そこで動きを止めてふわりと消えた。あとにはゴールドが残る。


「もうさ、馬に戻る必要なくね?」

 乗って走って降りて戦ってをくり返していて、なんかもう馬に乗るのも大変になってきた。歩いて行ってもモンスターに当たるだろうし。

「それだと距離稼げないだろ」

 じゃあどこまで行けばいいんだよ。俺がそう言うと、コウは無言でキヨを見た。

「この辺かな……」

 キヨはコンパスと地図を確認してから、荷物を探った。何してるんだろ。


「はいこれ、持って離れてて」

「わーなにこれ! きれいだねぇ」

 レツは喜んで光にかざして見た。キヨが俺たちに渡してきたのは魔法道具だった。乳白色の鉱石が使われた小さなペンダントやピン。コレって防御の魔法道具では?

「キヨくん?」

「……何となく嫌な想像はつくんだけど、ちゃんと説明して」

 シマが顔をしかめて言うと、キヨはとぼけるみたいに眉を上げた。


「えーと、俺が闇魔法を発動して、罠とリンクします」

「ええええええ!」


 それ、絶対やっちゃダメなヤツでは!? つかこの前それで意識失ってたんじゃん! 俺がそう言うとキヨは不機嫌そうな顔をした。

「アレはあの少女の力だろ。あそこまでの力じゃなきゃ大丈夫だろ」

 それから視線を外して「たぶん」と小さく付け加えた。たぶんじゃだめだろ!

「そらハルさんが全力で止めるわけだわ……」

 シマががっくりと肩を落として言った。キヨはあははと笑った。笑い事じゃないだろう。


「モンスターを呼び込める罠が単なる餌くらいじゃねぇだろとは思ったけど、じゃあ何ならそんな術が可能かって考えてたら、ハルチカさんがやたら止めるからもしやって思ったんだ。その感知できた辺りをハルチカさんに聞いてきたから、この辺にまだ効力の活きてる罠があるハズ」


 じゃあハルさんは、感知の力でこの辺に闇魔法の力を感じていて、それがキヨに悪影響を及ぼしかねないから街の外に出るのをあんなに気にしていたのか。

 それを聞いてキヨは自分にしか出来ないこと、つまり闇魔法だと気付いたと。


「それで、どうすんの」

 シマが促すと、キヨはちょっとだけ嬉しそうにした。なんでだよ。

「たぶんリンクしたら罠自体がどこにあって何かわかるから、それを叩く」

「キヨくんがリンクしたままやんの?」

 キヨはうーんと唸って首を傾げた。

「魔法は発動が完了してない時に弾かれると術者に返る。だから途中で何かあったら俺がヤバいことになるんだけど、完了してればそれを断ち切るのは可能だと思う。だからレツ、」

 唐突に呼ばれてレツは「はいっ」と手を上げた。


「俺が繋がって対象がわかったら、リンクを断ち切って」

「わかった!」


 レツは普通に答えたけど、それって闇魔法を剣で切るってことだよな? そんなこと普通出来ないよな? でもレツは何の疑問も持ってないみたいだった。

 そう言えば、あのエルフの少女の繋がりも断ち切ってたし。だからレツが必要だったのか?


「じゃあいくよ」

 俺たちはとりあえずキヨから離れた。キヨは一度深呼吸してから集中する。一瞬、周りの音が遠くなった気がした。それからざわりと嫌な感覚が背中を走る。無意識に腕をさすっていた。

「なんだこれ」

 コウが嫌なものでも口にしたみたいな顔をしていた。そうか、前回はみんな光属性の結界の中にいたから、この感じを知らないんだ。

「前もこうだったのか」

 俺は黙って頷いた。キヨから黒い影がダブって見える。


「アンダカーグナンゲシエス」


 キヨがいつもより低くて掠れた声で呪文を唱えると、真っ黒い影がぶわっと広がって俺たちは一瞬体を引いた。広がった影はぴたりと動きを止め、それからキヨの両手の間に集まり、唐突にどこかへ向かって伸びていった。

「行くぞ」

 コウがそう言ってキヨの影の伸びる方へ動く。え、それ追っていいの?


「リンクした先を叩かなきゃなんねぇだろうが。あれからは距離を保て、どう動くかわからん。絶対に触れるなよ」

 でもコウはものすごく嫌そうな顔をしていた。闇魔法の力の近くに行きたくないみたいだ。俺たちはなるべく離れてキヨの影の伸びる先へ急ぐ。


「あった!」

 あれだ、あの……人形?

「レツ!」

 レツは頷いて、剣を振りかざした。


「はあああぁぁぁぁぁ!」


 全力でキヨから伸びる影に剣を振り下ろす。

 しかし影は剣を受け止めただけで、断ち切ることは出来なかった。


 うそ、この前は切れたのに?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る