第25話『何を拗ねてんだ、刹那的な快楽を売る店の主が』

 翌日、朝練から戻るとキヨは出掛けていた。

 キヨが早起きするなんてと思ったけど、やらなきゃならない事があればちゃんと起きるんだったあの人。


「偵察が戻る前に調べたいことがあるんだって」

 レツはのんびりと食後のお茶を飲んだ。

 偵察って俺のことか。俺がハヤの所へ行って、戻ってから外へ行くって話だったからかな。俺が何事もなくすぐ戻ってきたら、午前中には出掛けられちゃうわけだし。


「調べ物って時間かかるのかな」

 レツはシマを見たけど、シマも肩をすくめるだけだった。

「今さら何調べるのかも聞いてねぇ」

 そこは聞かないんだ……結局いつものように考えるのはキヨに任せちゃってる感。そう言うとシマはレツと顔を見合わせていししと笑った。コウもとぼけるように眉を上げる。

「まぁ、そこはキヨくんに絶対の信用があるから」

「キヨだって根掘り葉掘り聞かれるのは趣味じゃねぇだろ」

 そりゃ元々そういう人じゃなければ、いつだってみんなに話してくれてたとは思うけど。


「ま、それでも帰ってくるまでに外出る支度はしておけってさ。俺たちはあとで預けた馬を取りに行って、さらに人数分の馬を借りないとだからな」

 そうか、外回りって城壁周辺ってわけじゃないもんな。それなりに遠くまで行ってくるんだったら、馬じゃないと効率が悪い。


 でも俺たち全員で行く必要ってあるのかな?

 一応危険があるところへ行くのだけど、荷運びの人たちには悪いけど5レクス外のモンスターだって相手にしてる勇者一行の、しかもチート級の冒険者だったらみんなで出掛けていくことないんじゃないのかな。

 特に俺なんか。


「お前だけ残ってたって、団長のところで部屋の外に立ってるくらいしかすることないだろ」

 そりゃそうだけど。比べたら戦力にならないのは俺とレツだけど、レツはキヨが必要って言ってたんだよな。なんでかわからないけど。

「でも全員行かなくても、例えばキヨとレツとシマとかでも大丈夫な感じじゃない?」

 そしたら、少しでも街に戦力が残せる。俺がみんなを見回して言うと、シマはちょっとだけ考えるように首を傾げた。


「お前が言うのは団長を心配してんのかもだけど、召使いの役割のお前はともかく、コウちゃんはキヨの護衛として面が割れてるから乗り込めねぇよ」


 あ、そうか。いくら興味ない商談だったとは言え、余興にしちゃった人たちじゃ顔を覚えている可能性はある。顔はおぼろげでも店の人たちには肉体美で覚えられてるかも。

「そう言えばルートは知らせてきたのかな」

「まだ何の手紙も届いてないって。午前中に来たら、午後には出られるんだけどね」

 それから俺たちは、今回は何と言って部屋に入り込むかの作戦を立てた。





 シマとレツとは店に向かう途中で別れた。

 彼らの行く貸し馬屋は街の西側下町にあるからだ。俺たちの馬もそこに預けてある。俺は三日連続で訪れてる娼館の前に立った。


 今日も問題なくハヤはあの部屋にいるのかな。

 っていうか何日もずっとあの部屋にいるのって、それはそれでおかしいよな? ほぼ……軟禁状態じゃないいか。別に何かに繋がれてるわけじゃないけど、でもやっぱちょっと普通じゃない気がしてきた。俺は足早に店に入る。


「あらあら、今日は早いわね」

 昨日も会った女性が、また俺を迎えた。いや時間的には全然早くないんですけど。俺はちょっとだけ小さくなって「おはようございます」と言った。

「ご主人様なら上よ、ちょうどいいからこれ、持ってって」

 そう言って俺にトレイに載せた紅茶のセットを持たせた。朝のお茶ってやつなのかな。まぁ、一日中酒飲んでるよりはいいか。

 俺はちょっとだけ緊張しながら階段を上った。


 扉をノックすると「入れ」という声が聞こえたので、俺はトレイのバランスを取りながら扉を開けて入った。


「なんだ、子どもに持たせたのか。お前の店の人間は手を抜くなぁ」


 ハヤは俺に近づいてくるとトレイを受け取った。やっぱり昨日みたいなガウン姿。ふわりと甘い石鹸の香りがする。

 俺が声に出さずに「大丈夫?」と言うと、俺にだけ見えるようにウィンクした。

「あの、ご主人様」

「何だ?」

 俺はちょっとだけ躊躇ってから続けた。


「あの、うちの者が、まだ戻らないのかと聞いておりました。そろそろ街を離れる頃合いではと……」


 ハヤはそれを聞いて、何だか優しそうに笑った。これで、俺たちがちょっと街を離れるって伝わる、ハズ。伝われ。

「うちのヤツらが放蕩息子を心配しはじめたぞ」

 ハヤはちょっと冗談めかしてそう言った。ほうとうって何だ。それからトレイを背もたれの近くに置く。


「お前は店にいるだけだからずっとここにいても問題はないだろうが、俺はそろそろ一度宿に戻るべきなのかもな?」


 言いながら、俺に紅茶を入れるように手招きした。

 ハヤが話しかけてる割りに姿が見えないと思ったエインスレイは、ベッドに腰掛けていた。天蓋のカーテンで俺からは見えなかったんだ。

 俺はハヤの傍らに座ってお茶を入れる。床で入れるのって地味にこぼしそうで緊張するな。


「……お前も、置いていくのか」

 エインスレイの呟きに、ハヤは顔を上げた。

「何か言ったか?」

「いや、」


 エインスレイは言葉を濁したけど、ハヤに聞こえてなかったとは思わなかった。ハヤは俺の入れた紅茶を持って立ち上がると、エインスレイのところへ行く。

「たまには体を休ませるものも飲んでみろ、ほら」

 そう言ってソーサーごと渡した。紅茶はハヤのリクエストだったのかな。エインスレイは少しだけ躊躇っていたが、諦めたように視線を外して受け取った。

「いい香りだろう」

 ハヤは顔を近づけてそう言うと、彼の隣に座った。


 ハヤはなんだか、エインスレイを本当に気遣っているように見えた。これもプロのお仕事? でもエインスレイが他の運び屋たちを危険にさらすような事をしてるんだったら、悪い人なんだよな。


 そっか、だからどれだけ気に入られるように取り入っても、後腐れ無く別れられるのか。カリーソの時がそうだったように。

 でもカリーソの時はこんなに長く一緒に過ごしてなかったよな。キヨも言ってたけど、ハヤは何を探ろうとしてるんだろう。


 ぽつんと座っている俺を振り返って、ハヤが笑った。

「そうだ、俺が戻るかって話だったな。さて、どうすべきか」

 ハヤは腕を支えにベッドに横たわり、答えを促すようにエインスレイの腕を軽く叩いた。彼はちょっとだけハヤを見た。


「戻りたければ戻ればいいだろう、別に止めてはいない」

「何を拗ねてんだ、刹那的な快楽を売る店の主が」

「お前は何も買ってないだろう」


 ハヤはそう言われて明るく笑った。

 あれ、昨日は引き留めたいように言ってたのに、今日は止めないって言ってる。もうハヤの魅力の効力は切れちゃったのか?


「あぁ、俺は客じゃないから、お前がわがまま言っても許されるな」

 どうしてほしい、とハヤはいたずらっぽくエインスレイに聞く。彼は紅茶を持ったまま何も言わなかった。ハヤはごろりと反転してから立ち上がった。


「そう言えばこの店、名前を知らないな。表に看板みたいな模様が出ていたが、俺には何だかわからなかった」

 それ刺繍の模様のこと! 俺は紅茶のトレイを片付ける振りをした。

「……あれは、家紋だ」

「変わった家紋だな、お前のか?」


 ハヤは言いながら衝立に近づき、俺たちに背を向けたままガウンを脱いだ。ガウンの下は真っ裸だった。ちょ、ハヤ堂々とし過ぎ! びっくりして思わず視線を外す。

 ハッ! っつか、これこそ召使いの仕事じゃんか! 俺は走ってハヤの服を取って手渡した。ハヤは合格とばかりに俺を見て笑った。


「あぁ……捨てられた家紋だ、復讐のために掲げている」


 捨てられた家紋? 復讐? ハヤがエインスレイを振り返ったので、俺もこっそり盗み見た。彼はなんだか眩しそうにハヤを見ていた。

「こんなに成功した俺を見ろとでも?」

 ズボンを履きながらハヤがそう言うと、エインスレイは吐き捨てるような笑いを見せた。ハヤは俺からシャツを取ると、着ながら彼に近づいた。

 それからさっき同様彼の隣に座ると、何となく視線をそらせているエインスレイを膝に頬杖をついて見た。


「何だ」

「いや、何となく。話すなら待ってる」


 エインスレイは鼻で笑った。でもハヤは同じ表情のまま彼を見ていた。

「俺は部外者で、ここにはしばらく滞在するだけだ。だから言うだけ言っても後腐れ無いだろ」

 俺はハヤが着ていたガウンを拾って丁寧に畳んで衝立にかけた。それから、彼らから隠れるようにカーテンの影に立つ。

 召使いなんて気にも止めないのはハヤがお金持ちキャラだからで、エインスレイは違う気がしたからだ。


「……俺は売られたんだ」

「その売ったヤツの家紋があれってことか」


 エインスレイは何度か浅く頷いた。

 つまりエインスレイは昔、親か保護者に売られて、でもその後ここまで成り上がったことを知らしめるために家紋の模様を掲げているってことなのか。

 子どもを売るような大人が今も貧乏だったら、成功した彼を見て惨めな気持ちになるのかもしれない。むしろ彼を頼って来たら冷酷に突き放すこともできる。そういう復讐ってことなのかな。


「娼館を丸ごと持っていて、しかも交易も押さえてるんじゃ、なかなかの復讐だな」

 エインスレイはそれを聞いて小さく「そうだな」と言った。現在いまの成功を認められたはずなのに、何だか嬉しそうじゃなかった。


「荷運びを始めたのは最近だ。売り買いできるもんをやり取りしただけだ」

「ここだって儲けてそうだが、荷運びに手を広げる必要があったのか?」


 エインスレイはハヤを見る。あ、今ので変に探ろうとしたのがバレたとか、ないよな?

 ハヤは他意のない顔で彼を見ていた。エインスレイは視線だけ落として、少しだけ逡巡した。

「……他の街に、届くだろう」

 ハヤはそれを聞いて少しだけ眉を上げた。

 そりゃ荷物を運べば届くよな。でもハヤはわざとらしくとぼけるように口を尖らせただけだった。


「それで?」

「何が」

「俺にどうしてほしいか、まだ言ってないだろ」


 え、ハヤ戻るつもりないのか? エインスレイも何も言わなかったし、着替えたから戻るもんだと思ったのに。まだ情報が必要ってこと?


「家の人間が戻れって言ってるんじゃないのか」

「別に戻れって言われただけで、戻る必要はないよ」

 いやマジでテキトーだな、まぁそんな家無いから言えるんだけど。


「……別に居たければ、居ればいい」

 どうせ客じゃないと、エインスレイは付け加えた。ハヤは少しだけ微笑んで、

「おい、家には俺はもう少しここに居ると伝えろ」

と俺に向かって声を掛けた。

 俺は慌ててカーテンから出ると、二人にぺこんと一礼してから扉に向かった。


「ああそれから、仕事なら任せるから好きにやれと言っておけ」

 俺はそれを聞いて、もう一度彼らに向き直ってぺこりと頭を下げてから部屋を出た。

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