第24話『愛だねぇ』

 部屋の扉をノックすると、中から何となく「俺が出る」って言ったような声がした。あんがい声漏れないんだな。


「はい」

 少し扉を開けたキヨは、上半身裸にシャツを引っかけただけの格好で、なんだか気だるげな顔をしていた。え、

「寝てた?」

 思わず咄嗟に聞いてしまった。

 キヨは俺だとわかるとちょっとだけ意外な顔をして、もう少し扉を開けた。壁に片腕を預けて寄りかかったまま、ゆっくりと俺に顔を近づける。

 少し紅潮した白い胸、眩しそうに細めた目で不敵に微笑む。


「……寝てた、けど?」


 ハスキーな声。うっかりちょっとドキッとした。寝てねぇよって突っ込まれると思ったのに、寝てたって……え?


「ヨシくん、またそういう格好で!」

 俺が顔を赤くしてるとこへ脇からハルさんが現れて、だらしなくはだけたキヨのシャツのボタンを順番に留め始めた。


 キヨはぴょこんと姿勢を正すとされるがままになっていて、さっきまでの気だるげな雰囲気はどこにもなかった。

 はっ! 今の、ビビらすための冗談か! びびびビビってないぞ俺は!


「いいじゃん別に」

「よくないです。そういう格好で人前に出るってのが見習いくんの教育にも悪いし、来たのが誰か知らない人だったらどうすんの」


 あ、もしかして潜入の時の服を着替えてたのかな。それならそう言えよ、タチ悪いな!

 でも何となく二人とも、さっきまでのケンカしてた感じは無いみたい。仲直りしたのかな。仲直り……したら、また旅から離れる可能性が上がりそうではあるけど。


「どうしたんだ? ハヤが帰ってきたのか?」

 俺は首を振った。

「報告してないだろ、シマたちが話聞きたがってて」

 キヨは「あー」と言いながらちょっとだけ視線を上げた。あ、これ話す気ないやつか?

「……ま、いっか。まだ全然最終的なとこまで見えてないんだけど」


 キヨはそう言うと、部屋の中へ戻った。俺はなんとなく部屋を覗き込んだ。さっき着ていた服はそこら辺に脱ぎ散らかしてあって、キヨは無造作に拾ってベッドに投げた。転がったブーツを拾って履いている。ベッドだってぐちゃぐちゃだ。やっぱ寝てたのか?

 つかキヨは昼まで寝てたんじゃん、これでまた寝てたならもう病気だろ。いやハルさん居たんだからそれはないか?


 ハルさんは紙束を整えてバッグにしまっていた。ハルさんが集めた物語も聞いてみたいな。あとうたも。

「ハルさん、ここでも詩とか歌ったりしてるの?」

 ハルさんは靴を履き直したのか爪先をとんとんしながら、床に落ちていたベストを取って着た。ん? なんでハルさんの服まで床に? 椅子に掛けてたのが落ちたのかな。


「うん、午後は書く方に使っちゃったけど」

 そう言ってバッグを軽く叩いた。

「行こう」


 声に顔を上げると、いつもの格好のキヨがいた。

 防寒の上着を着てる。さっきまでの二代目商人感はどこにもない。ハルさんは近づいて来たキヨのぼさぼさの髪を手櫛で少し直した。キヨはちらっと見て笑った。





 店まで来ると、シマたちは中のテーブルに移動していた。

「いくら飲んでても夜はちょっと冷えるからな」


 そう言って、ベスメルのグラスを合わせて「はいはい、おつかれー」と言った。みんな水割りにしてるのに、キヨの分だけストレートだ。

 俺は運ばれてきた食事を眺めた。赤身の魚をたくさんの野菜とスープと一緒に焼いてある。魚派と言っていたハルさんがちょっとだけ嬉しそうに食べ始めた。


「で、どうなの」

 シマがそう言うと、キヨは「雑な聞き方だなー」と言って笑った。

「今一番気になってるのは、団長がいつ戻ってくるかだな」

 え、そこ? ハヤに問題はないだろ。あれだけエインスレイが骨抜きになってるのを見ると、いつでも好きなときに出てこれそうだけども。


「そんなに?」

 レツはそう言って俺を見た。うん。

「エインスレイが『何なら引き留められる』って聞いてたし」

 それでハヤが『面白いこと』って言ったから、あの余興になっちゃった気がしなくもないんだけど。でも金もかからずルートを手に入れられたんだから、結果オーライなのかな。


「やっぱ団長なしじゃいられない体に」

「たった一晩で流石」


 コウは突っ込もうと口を開いたけど、この会話さっきも聞いてる感じだったからか小さなため息に変えて何も言わなかった。もしかしたら自分が俺の前で見せたアレを思い出したのかもしれない。


「団長ってあの店の、お告げの模様の看板見たのか?」

 キヨはそう言って俺を見た。それなら最初に店に入る時にじっくり見てたっけ。俺は頷いて答える。

「あ、そう言えばハヤ、キヨがあの店にハヤがいるの知ってるかどうか確認してきたよ」


 ハヤが潜入するって話になった時、その場にキヨだけがいなかったからな。

 結果的にその後二人が来たから、俺が伝えたのはほんの少し早く知ってただけになっちゃったけど。

 キヨは俺の言葉に「ふーん」と言って何か考えるように視線を外した。

「じゃあ……いっか」

 そう言ってベスメルに口を付ける。食事にはまだ手を付けてない。温かいうちに食べるって習慣がないのかよ。俺が「キヨって猫舌?」って聞いたら、めんどくさそうな顔で「はぁ?」って言われた。


「そう言えばなんで交易ルートなんて聞きに行ったの?」

 レツは言いながら魚を口に運んで「あつっ」と言ってふーふー吹いた。

「ルートがわかるならラッキーだけど、ルート自体が目的じゃないっつーか」

「じゃやっぱ確認が目的だったのか」


 シマがそう言うと、酒を飲みながら肯定するみたいに眉を上げた。

 え、ホントにそうだったのか。だったらあんな余興に乗らずに逆ギレして出てきちゃえばよかったんじゃね。確認はその前に取れてたし。俺がそう言うと、コウがちょっとだけ情けない顔をした。


「いや、団長がゴーを出したんでその必要があったんだと思う。俺もそうして帰るかなって思ったとこだったから。別に俺たちに興味はないだろうけど、勝手にキレて帰られるのと、自分の好きに動かしたと思えるのでは違うだろ。残った団長にとっては持ち上げといて欲しかったんだと」


 キヨもハヤが合図出したのわかってたんだ。それが危険は無いって確信してたってヤツなのか? 俺はそう言って魚を頬張った。ちょっと塩気の利いた身が野菜と食べるのに合ってる。


「いやそれは昨日の話。お前がエインスレイのがシャツ脱いでたって言っただろ」

 俺はわけがわからなくて眉をしかめた。それがなんで?

「あー。団長が主導権を握ってるってことか」

 コウはそう言って魚を口に運んだ。レツもあーあーあーと頷きながら、「団長バリタチだからいつもそうだと思うけど」と言った。ばりたち、とは?


 じゃあホントに行く前から、ハヤがあの場で主導権を握れてて、危険は無いと信じられたから乗り込んだってことなのか。それって仲間への信頼なんだな。俺はチラッとハルさんを見た。


「でも結局、団長のお陰でルートも手に入りそうだし、そしたらちょっと行ってみて、何でそこだけ安全なのかの確認もできるかなと」

「街を出るの?」


 ハルさんがそう言ったのでみんな顔を上げて彼を見た。そう言えば、その話キヨにするって言ってたんだった。


「いやでも戻ってくるし、」

「そうじゃなくて、その危険な方を確認に行くってこと?」


 キヨは視線だけちょっと外した。あ、そうなんだ。そうだよな、安全なルートは問題ないんだから、そこ以外を調べたがるよなキヨは。

 ホント、キヨって言い方で煙に巻くけどウソはつかないんだな。


「ハルさん、さっきも話してたけど、街の外に何かあるの?」

「この辺の荷運びの連中が、街道からそこまで離れてないルートでも普段に比べて危険が多いってのはみんな噂してることだよ。ハルさんがそこまで気にするほどでもない気がすんだけど」


 モンスターの脅威は5レクス圏内でも無いわけじゃない。街道をアンカーにして広げた結界だから街道沿いが一番安全ではあるけど、全ての荷運びが街道だけを利用してたら、時間もかかるし他との差別化もできない。だから近道をする業者はいる。


 ただ荷運びは冒険者じゃないし、冒険者を雇うと逆にお金がかかるから、だいたいの業者は荷馬車の防御を万全にして速さで逃げるようにしている。

 つまり、何かあった時に逃げられる独自のルートを持っているのだと、シマは聞き込みした情報を説明した。


「普通、地図は街道と地形を描いてるだけだろ。これだと自分とこの荷馬車がどの位のスピードで走れるかはわかんねぇ。それを目的地ごとに開拓して、このルートなら何かあった時にこう逃げるって独自の地図を持ってるんだと」


 ただその逃げるルートが、モンスターの脅威が増していて逃げ切れないことが増えてるってことなのか。


「どこかにまた結界の綻びみたいのがあるのかな」

「いやそれはねぇだろ。あれ以後王家に不安なんてないんだし」


 じゃあなんで……俺は何となくハルさんを見た。

「荷運びは、もともとモンスターに襲われる危険性があるのを承知で仕事してる。その彼らが、この時期かき入れ時なのに店じまいを余儀なくされる危険度って、結構深刻だと思わない?」

 ハルさんはそう言ってキヨを見た。


 対モンスターで言うなら、勇者一行は5レクス外まで冒険の旅をするし、それでなくてもうちのパーティーはチートレベルで強いんだけど。ハルさんだって旅のバトルでそれは見てるはずなのに。

 キヨはハルさんを真っ直ぐ見ながら、ちょっとだけ首を傾げた。たぶん言外の意味をはかってる。


「ヨシくん、お願いだから行かないで」

 キヨはそう言われて、無言のまま深呼吸するみたいに深く息を吸った。それから意を決したように短く吐いた。


「なるほど。じゃあやっぱ俺が行くしかないんだ」

「キヨ?!」

「キヨくん?」

「話聞いてた??」

 一斉に突っ込まれてキヨはあははと笑った。あははじゃねーよ!

「じゃあハルチカさんは、天職である吟遊詩人なんかやめてつったら、やめてくれんの?」

 ハルさんは困ったような顔をした。


「今そういう話してないでしょ、危険があるからで、」

「そしたら、ハルチカさんがやりたい事でハルチカさんしか出来ないことでそれなりに自信があることでも、俺が行かないでって言ったら、行くのやめんの?」


 ハルさんは一瞬言葉に詰まってから「や、やめます」と言った。でも一瞬言葉を詰まらせたことで、キヨはやっぱり笑った。


「やめますやめます」

「無理だよ。それに言うこと聞いてもらったら嬉しいけど、そこ曲げるのは俺の好きなハルチカさんじゃない気がするし、たぶんやめなかったら悲しくなるけど惚れ直すと思う」


 ハルさんはものすごくびっくりした顔をして、それから難しい顔になってゆっくり片手で口元を覆った。

 シマとレツがめちゃくちゃ元気にテーブルをバンバン叩きながらひゅーひゅーはやし立てる。ハルさん耳まで真っ赤だ。


「……ちょっとヨシくんズルすぎませんかそれ」


 うん、たぶんキヨのことだからウソはついてないんだろうけど、ハルさんはこれで絶対にキヨを止められなくなってしまった。

 いやハルさんは惚れ直さないタイプだったら止めてもいいのか。でもキヨはなんだスッキリした顔をしていた。


「でもなんか、ちょっと問題ハッキリした。ハルチカさんてそんなに感知広いんだっけ?」

 ハルさんはそっと手を外して恨めしそうにキヨを見る。

「エルフじゃないんだから広く浅くですよ」

「じゃあピンポイントってことか」


 ハルさんの言葉にキヨは小さく呟いた。何の話だ。それからキヨはこっそり「いつの間にバレてたの?」と聞く。ハルさんが呆れた顔をするとキヨはやっぱりあははと笑った。ハルさんは諦めたようなため息をつく。


「必要以上に心配をかける誰かさんの所為でどんどんそういう方面に強くなってる気が」


 もしかしてハルさんがチートレベルの青魔術師になったのって、キヨが心配かけまくるからなのか?

 吟遊詩人として普通に暮らしていたら、魔術のレベルアップなんてそんなにするハズないもんな……


「愛だねぇ」

「愛だ」

「愛ですね」


 シマとレツとコウがうんうんと頷きながら納得している。

「でもホントこれだけは、本当に安全って保障がないと」

「大丈夫だよ、そりゃ団長がいればもっと安全だと思うけど、うちにはレツがいるし」


 レツ? レツが安全の保障? 俺以外のうちのパーティーで唯一チートレベルじゃないレツが? 俺はレツとキヨを見比べた。

 当のレツも自分を指さしてきょとんとしている。どういう意味だろ。


「えーと、」

「そしたら団長の諜報活動はもうちょっとかかるってことだから、また明日見習いにお伺いに行って貰って、俺たちはちょっと外回り確認に出る感じかな」

 あ、でもルートが来ないと出発はできないかと、キヨは独り言みたいに言った。

 えーと、全然話が見えてこないけど。いつものごとく。


「今回のお告げ、やっぱりそのモンスターが荷運びの邪魔して街の交易妨げてるのを何とかするってやつなのかな」

 レツはキヨを伺うように見る。キヨはグラスに口を付けたまま眉を上げた。


「王子が戻るのを待つことはできないですか」

 食い下がるハルさんにキヨは、今度はちょっとだけ表情を引き締めた。

「……もし団長が俺と同じことに疑問を持っていたら、もうちょっと懐入り込めるまで粘ると思う。それは俺にはできねーことだから、急かすわけにはいかない」

 キヨがそう言うと、ハルさんは納得してないだろうけど引き下がった。

「俺なんかよりあいつのが危険いっぱいだよ。結局一番怖いのは人間だし」


 ハヤはチートレベルの白魔術師だけど、絶対に人を傷つけないから、何かあった時に暴れて逃げるとかできないかもしれない。だからこそ、勝手な手出しを俺たちがするわけにはいかないんだ。


「団長がそんなへましないでしょ」


 コウは他人事みたいに言って水割りを飲んだ。食事の皿はいつものようにきれいに平らげられている。おお、ちょっとおろそかになっていた。俺は魚や野菜の細かい残りもフォークで掬って食べた。


「エインスレイも完全骨抜きらしいしな」

「うん、あれもうベッドで暮らしてる感じだよ」


 俺がそう言うとコウは盛大に酒を噴いた。他のヤツらは爆笑する。え、いやだって今日の帰りもベッドに入ってった……し?

「うんうん、そうだな見たまんまだな」

 シマは楽しそうに俺の背中をばんばん叩いた。痛いっつの。


「マジ見習いが拗らせたらみんなの責任だよ……」

「コウくんも心労耐えないね」


 コウとハルさんは同時にため息をついた。

 いやそれ、俺の話?

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