第22話『ちょっとじゃないでしょそれー!』
宿に戻る途中、通りかかった飲み屋にハルさんがいた。
外に出してあるテーブルで、傍らにリュートを置いてなにか書き物をしている。物語をまとめたりしてるのかもしれない。
「どこかにお出かけだったのかな」
にこにこと声を掛けてきたハルさんに、唐突にコウが前に出た。
「申し訳ありませんでした」
「は!? お前何やってんだよ!」
……あ、これはたぶんさっきのあれの謝罪だな。キヨは何だかちょっと赤くなっている気がするけど、これは店の灯りが映ってるだけなのか。
「ヨシくんちょっと、どういうこと?」
「いやだから何でもないって」
「どこに行ってきたんですか」
ハルさんは引く気がない感じ。口を開かないキヨとコウに業を煮やして俺を見る。うっ……
「えーと、ハヤのところ……」
キヨがめっちゃ睨んできたけど、ここでだんまりとか無理だろ!
「王子のところで何があったんですか」
キヨは少しだけハルさんを見て、それからため息みたいに言った。
「娼館のヤツが俺たちが欲しい情報の見返りに、コウに俺を抱けって言ってきたんだ。そんでちょっと押し倒されただけ。そこでハヤが止めたから何もしてないよ」
「ちょっとじゃないでしょそれー!」
ハルさんはキヨを掴んで揺さぶった。コウが隣であわあわしている。
キヨ、こんな時までウソつかないのかよ、そこは上手く誤魔化そうよ大人なんだから!
俺はてっきりキヨが謝るもんだと思ったけど、キヨは唐突にハルさんの腕を掴んだ。
「ちょっとだよ! 別に危険もなかった! 何も起こらなかったし、誰も傷ついてない。情報だって手に入った。それが目的なんだから、何も間違ってねーし!」
え、キヨがハルさんにそんな強く言うとか、初めて見た。
「情報得るためなら何してもいいってことじゃないでしょ」
「だから何もしてない。さっきからそう言ってる」
「何かあったかもじゃん……」
ハルさんはちょっとだけ力を抜いてそう言った。……ハルさんは心配してるだけなんだよね。あとちょっと嫉妬してるのと。
「無い。無くなきゃ行ってない。俺たちが追ってるのはお告げのクリアだ。誰かがそれで救われる。そのために動いてる。でもだからって俺たちが何でも犠牲にするつもりはない。ちゃんと考えてる」
ハルさんは真っ直ぐ目を見てそう言ったキヨを、辛そうに、少しだけ眩しそうに見た。
キヨはそれからふいっと視線を外し、「つか、そんなに信用ないと思わなかった」と小さく呟いてテーブルを離れた。
「キヨ!」
俺が声をかけたけど、キヨは振り返らずに行ってしまった。あとに残された俺とコウは微妙な空気の中、立ち去ることができなかった。
「……あー、やってしまった」
ハルさんが呟いたので、俺はそっと座った。コウはテーブルの脇に立っている。
「普通、妬くよね」
ハルさんは軽い感じで俺に言った。まぁ、普通は。
「申し訳ない」
「いやコウくんの所為じゃ無さそうだし」
ハルさんはすとんと座ると、ちょっと苦笑して脱力するみたいなため息をついた。やらかしたのはコウだけど、コウに嫉妬してるわけじゃないのか。
もしかしてハルさんは、キヨがやることたくさん心配しちゃうから、一緒に旅をしないんだろうか。キヨと毎晩通信して話をするのとは違う、目の当たりにしちゃったらいくらでもハラハラして心配してしまうから。あと多少の嫉妬と。
キヨが言うとおり、キヨがやってるのは全部お告げのクリアのためだ。
キヨができることをキヨがやっていて、それは他の人にやらせればいいってもんじゃない。たぶんあの場にシマが行ったとして、同じ展開になったかはわからない。
もしかするとキヨだったからあんな余興を求められ、それでも問題なく情報を引き出せたんであって、シマだったら余興にならず話がまとまらなかったかもしれない。
キヨは何かあるようなことは無いから行ったって言ってた。確信があったんだ。
「あの時、ゴーを出したのは団長です。キヨくんじゃない」
コウがぽつりとそう言った。え、そうなの?
「キヨくん、そういうのしないから。今日だってキャラは芝居なのにウソは一個もつかなかった」
うん、確かにウソは言ってなかった。言い方だけで相手にそう思わせるけど、キヨは芝居でも口から出任せは言わない。でもハルさんはそういうのも苦手なんだよな。
「キヨが絶対ウソは言わないの、ハルさんがそういうの嫌いだからなんだよね」
俺がそう言うと、ハルさんはちょっとだけ笑った。
「実際キヨくんに何か手があったかどうかはわかんねぇです。俺はマジで手詰まりだと思ったし。でも団長がゴーを出すってことは勝算があるってことだし、俺にはそういう作戦とか考えられねぇし、キヨくんは一応暴れたりして、とりあえず俺も時間稼ぎに上脱いだりしてみたけど、キヨくんなんかヤバい感じだし」
「ヤバい感じとは」
ハルさんに突っ込まれて、二人はしばらく無言で向き合った。
「……申し訳ない」
コウがとにかく謝罪すると、ハルさんは「謝らないでよもー」と手放すようなため息をついた。
「でもキヨくんそういう場面でめちゃくちゃ演技する時あるから、どういうつもりだったのかわかんねぇし」
あー、マレナクロンとかエストフェルモーセンでのあれか、ギャップ萌えか。顔隠して赤くなってたけど、本気でヤバいって思わせる演技だったってことか。一体どうやったらそんな自由自在に顔を赤くできるんだ。
「俺の知ってるヨシくんは、そんな演技とかしない可愛い子なんだけど」
いやその可愛いキヨってのが誰も見たことないと思うんですが。ホントに同じ人の話ですか。ハルさんは俺の言葉にあははと笑った。
「でもみんながお告げのことに真剣だってのは、わかってたけど……わかってなかったんだな、覚悟っていうか。君たちみんな楽しそうだし、いつもの冒険の仕事の延長みたく、いつでも手を引けるものみたいに捉えてたのかもしれない……王子だってそんな店に潜入して何日も過ごしてるんだもんね」
ちゃんと謝らないと、と言いながらハルさんは手元のグラスを傾けて眺めていた。ハヤの潜入は、趣味と実益を兼ねてる気がしなくもないけどね、エインスレイの落とされっぷりをみると。
「でもキヨがあの潜入で手に入れたかった情報って一体何なんだ? 交易のルートなんて、お告げとは関係ないだろ」
そんなの、今まで話に出て来なかったのに。コウはわからないと言った風に肩をすくめた。
「見習いが店に向かったあと、キヨくんが起きてきて経緯を聞いたんだ。そしたら確かめたいことがあるって言って、それで」
それで二人で店に来たんだ。
たぶんコウの役どころはホントに護衛だけだったんだろう。キヨの聞きたいことを俺が聞いて行けてれば、ハヤに伝えられたのに。
「街の外に出るつもりなの?」
ハルさんはちょっとだけ真剣な顔で聞いた。そう言えば、そんなこと前も言ってたっけ。
「わかんないけど、キヨがさっき聞こうとしてたのはエインスレイの交易ルートだよ。彼のとこだけが安全に動いてるとかで」
ハルさんはそれを聞いて少しだけ眉根を寄せた。何かあるんだろうか。
そう言えばキヨも、エインスレイ以外のルートは危険が伴うとかで運び屋が渋ってるって話だった。キヨが言うならそれもウソじゃないハズ。あ、飲み屋で聞いたヤツか!
「ハルさん、何かあるんだったら教えといてもらえるとありがたいんだけど」
コウがそう言って伺うと、ハルさんは小さく「うん……」と言った。
「やっぱりヨシくんにちゃんと話すよ。さっきのこともあるし」
ハルさんは書き物をまとめると傍らのバッグに入れて立ち上がった。そしたら一緒に行くのかな。俺も立ち上がってコウと一緒に歩き出した。
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