第20話『シマさん朝から自粛して』

 翌朝、コウとの朝練を終えて宿に戻ろうとしたら、通りすがりの店の外テーブルからシマとレツが呼んできた。

 あ、朝食は別の所って言ってたのはここで食べるんだったのか。すごい、テラス席で朝ご飯とか。キヨは居なかったけど、たぶんまだ寝てるんだろうな。


「団長、やっぱり戻ってないみたい」

「キヨが起きてこないからな」


 用事がない限り朝から起きてこないキヨを俺たちは放置してるけど、ハヤはだいたいいたずらしてキヨを起こしたがる。部屋割りはキヨとハヤだったからな。


「昨日、キヨも団長帰ってこないかもって言ってたんだよね」

 レツはそう言って、パンにかぶりついた。ここのパン、パンの中に芋が入ってる……!

「まぁ、団長のことだし、そんな心配するほどでもないような」

 とりあえず一晩だしとコウは言った。シマは少し首を傾げるようにして、

「一晩は一晩なんだけど、昨日の昼間からだしなぁ……」

と言った。ハヤが店の主を占有しちゃってるのが不自然なのか?


「そこは団長のテクをもってすれば」

「どんどん団長に溺れていって」

「気がつけば離れられない体に!」

「もう団長なしではいられない!」

「シマさん朝から自粛して」


 たった二人でも盛り上がるシマとレツにコウが苦笑して突っ込んだ。

 ハヤ、確実に落としてくるもんな。前のカリーソの時も……っていうか、あの時もこんなことしてたのか? 俺は顔が赤くなりそうなのを、布で汗を拭く振りをして隠した。


「でもどっちにしても何か言ってきそうな気もするんだよな。問題があって連絡取れないのか、問題ないから連絡してこないのか、その辺がわかんねぇ」


 シマは結局席を詰めると、コウと俺を座るように促した。

 汗流してきたかったけどね。コウが店の中のカウンターに朝食を頼むよう手を上げると、店の人がすぐ朝食を運んできた。バターとコショウの利いた芋の入ったしっとりしたパン。焼きたてでいい匂いがする。あとトマトの赤いスープ。


「それでキヨは、その辺の見極めに戻ってほしいって言ってたのかー」

 レツはそう言ってお茶を飲んだ。大丈夫かもしれないし大丈夫じゃないかもしれないって、そういうことか。

「でも昨日の感じだと、単にお楽しみに行ってただけっぽかったけど!」

 俺がふてくされてパンにかぶりつくと、シマがまぁまぁとなだめてきた。


「こいつが居れば繋ぎが取れるからな。だから戻る口実にもなるし戻らなくても怪しくないように送り出したんだろ」

 それから「あとは、あの場に留まらなくていいようにした親心だな」と付け加えた。親心ってなんだよ! 別に平気だし! 


「じゃあやっぱ戻ってもらった方がいいのかな? ホントに団長が困ってないならいいけど」

「そしたら酒持ってかないとな」

「そこら辺の酒じゃだめだよね、わざわざ買いに出させたんだし」

「それはキヨくんじゃないと」


 三人は同時に「あーー……」と言って黙った。

 キヨを起こしに行く気にはならないらしい。酒飲んで暴れなくても、寝起きが不機嫌過ぎる方がよっぽど問題じゃんか。


「あれあれみんな、お揃いで。朝ご飯?」

 声に顔を上げると、リュートを携えたハルさんがいた。え、キヨを迎えに来ちゃったとかじゃないよな?

「宿はこの辺だったっけ?」

「飯だけこっちの店なんだ」

 シマが答えるとハルさんは「そかそか」と納得していた。別にキヨ目当てに来た訳じゃないっぽい。


「ハルさんは何してるの?」

「俺はちょっとお仕事と、あとこの辺の民話とか聞きにね」


 そうか、ハルさん情報屋の仕事もしてるんだった。そしたら何かお告げに関係することとか知ってたりしないのかな。

「お告げのクリアは勇者一行の仕事だろが、そういう聞き方するな」

 コウがそう言って俺を睨む。


「えー、でもキヨとかハヤとか、情報収集にあんなとこ行ったりすんじゃん」

「あんなとこ、とは」

 ハルさんが聞くと、シマもレツもコウまでが慌てて「違う違うキヨは何もしてない」と両手を振って否定した。


「今、団長が娼館に潜り込んでて」

「まだ帰ってこないんだよね」

 シマたちの言葉にハルさんはふんふんと頷く。

「ヨシくんがそういうの、ちゃんと王子に任せててなにより」

「キヨくんは大人しく寝ています」

「昨日結構飲んでたもんな」


 俺がそう言うと、三人がハルさんを背に無言で俺を睨んできた。あ。


「あ! そうそう! ハルさん知ってたら教えてほしいんだけど、この辺でちょっと特徴的なお酒ってあるかな?」

「そ、そうそう、なんかそう言うの、地元の話聞いてるとこで聞いたりしてない?」

 レツとシマが話題を変えるように言った。ハルさんは「お酒かぁ」と呟いた。


「俺も自分が飲まないから話半分になっちゃうんだけど、そう言えばメルクフーダでヨシくんが飲んでたお酒、あれの林檎のがあるらしくて甘くて美味しいらしいよ」


 キヨが飲んでたベスメルは甘くないお酒だったんだよな。地元のを買っていったら、きっとエインスレイは知ってそうだけど、それでもいいんだろうか。

「甘いのって団長にお似合いだし」

 レツはそう言って頷いてるけど、ハヤちょっとキャラ変えてたような。俺はとりあえずそこを突っ込むのはやめておいた。


「そしたらみんなは街にいる感じなんだ?」

 ハルさんはそう言って俺たちを見回した。

「一応、団長の連絡待ちっつーか」

「街を離れる予定はない?」

「何かあったですか」


 ハルさんはコウの言葉に「んー」とちょっとだけ考え、

「まぁ、街から離れないなら関係ないと思うよ」

とだけ言った。

「ハルさん」

 シマが唐突に声をかけたので、ハルさんもシマを見る。

 シマは少しだけ言葉を選ぶように逡巡した。


「最終的にはキヨの決めることだけど、あいつ勇者の旅に出てから、いろいろ考えて解明しなきゃならない謎とかあって、すっげー楽しんでると思う。もちろん身の危険もあるけど……今までの冒険者の仕事、あいつ楽しんでる感じはなかったじゃん? だから、ハルさんの気持ちもわかるけど、あいつから勇者の旅取り上げないでほしい」


 ハルさんは返答に困ったように「あー、」と言いながら少し苦笑した。

「……それを言われるとツラいな。事実なだけに」


 キヨ、冒険者の仕事楽しんでなかったのかな。俺なんか冒険者ってだけで満足な気がしちゃうけど。冒険者になるのが夢だからそう感じるだけで、ちゃんと勉強して仕事として就いた職だったら感覚が違うのかな。


 そういえば根っからの獣使いのシマと根っからの医療従事者のハヤに比べて、キヨって何で魔術なのかがわからない。

 向いてたから魔術師になって働いてただけだとしたら、仕事を楽しんでいなかったとしても不思議はない。


 でも俺の知ってるキヨは違う。クリアしたら誰かのためになるお告げの謎を、いつも調べ考えてる。やらされてるからじゃなくて自分から進んで、それに結構楽しんで。それってやっぱり大事なことだよな。


「心配ならハルさんも仲間になっちゃえばいいんだよ」

 レツはそう言って笑う。ハルさんは小さく笑って応えた。

「そしたら、またね」

 ハルさんはそう言って顔を上げると、軽く手を振って歩いて行った。


「……街の外で何かあるのかな?」

 俺がそう言うと三人とも「さぁ」と言っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る