第19話『団長、今夜帰って来ないかもしれない』
走り詰めに走って宿に着いたら、みんな一階の飲み屋に居たけどすぐに俺を連れて部屋に上がってくれた。
「あんなとこに潜入って、何考えてんだよ」
ベッドに座ってブツブツ言う俺をみんながなだめる。だって、潜入したって言ったって、情報収集とか何にもしてないんだし! 何にも……
「何にも、じゃないけど……」
俺は二人を思い出して顔を伏せた。くそっ、ハヤのばか!
「何してたんだ?」
キヨは隣のベッドに座って何のてらいもなく聞いた。言えるかよ!
「キヨくんそれは」
コウがそう言うと、キヨは「え、見せたのか?」と言った。見せ……!
「お子様のこの反応見りゃわかるだろ」
難しいお年頃なんだと言ってシマは俺の頭を撫でた。うっせぇわ! 俺はシマの手を振り払った。
「どっちがシャツを脱いでた?」
は?! 俺はキヨの顔をまじまじと見た。おま、何聞いてんの?
「どっちの方がシャツを脱いでたかって聞いてんだよ」
「キヨくん」
コウが咎めるような声を出す。でもキヨは全然気にしないで俺から視線を外さない。それ、何かに関係するのか? どっちって……
「……エインスレイの方、かな」
キヨは「ふーん」と言ってもう興味を失ったようだった。何聞いてんだよ、悪趣味だな!
「でも団長が酒買ってくるように言ったのって、すぐ戻らないとならないってことなのかな?」
レツがそう言ってみんなを見た。キヨはちょっと肩をすくめる。
「必要があれば戻れるし、戻らなくても大丈夫だろ。その最後のセリフからして」
子どもだからってヤツか。なんでそれでそういうことになるのかわからんねーけど! 俺は口を尖らせた。
「ま、とりあえず団長は無事潜入できたってことでいいのかな。キヨは何か調べられたのか?」
キヨはちょっとだけ視線を外した。
「家紋扱いの刺繍について届出はやっぱり無かった。その刺繍を受け継ぐ民族……っていうのかな、彼らにとっては通用するんだけど、他の人間には意味がないから。扱う人たちには暗黙の了解がなされてるみたいで、模様が被ったりはしないらしい」
「つまり刺繍から一族を特定はできなかったわけだ」
キヨは小さく肩をすくめた。
「でも店に掲げてるんじゃ、主が模様の家の出の人ってことだろ」
刺繍を調べてあの店に辿り着ければよかったんだったら、どっちにしろ辿り着けたからいいんじゃないのかな。
「あの店に何か、クリアすべき問題があるのかな……」
レツは小さく呟いた。でも娼館だろ、そんな……道徳的にアレな店なんて、存在からして問題じゃんか。
「潰しちゃえばいいんだ、あんな店」
俺が呟くと、シマは無言で俺の頭に手を載せた。
「……そういうもんじゃねぇんだよ」
コウがそう言うから、俺はちょっとだけ驚いた。
いつだってそういう発言をするハヤとかを咎めてるのに。なぜかキヨが俺を真っ直ぐ見ていて、それからふいっと視線を外した。
「問題がなければ、団長も情報収集してとっとと帰ってくるだろ。俺たちが今何かする必要もないかもな」
団長の話聞かないとどう転がるかわかんねぇしと言って、キヨは立ち上がった。
「飯?」
「俺はちょっと出てくる」
また酒か。街から離れた旅の間飲んでないから、街に入るとヒマさえあれば飲んでるな。
「そしたら俺も行く!」
レツが唐突に言ったので、みんなびっくりしてレツを見た。え?
「え? レツ、が? 俺と?」
キヨもあまりのことに声を詰まらせた。
そりゃそうだ、レツがキヨについて行ったことなんて無いし、自分から飲みに行きたがることだって無い。だいたいレツは普段飲まないのだ。弱いから。
「お前、酒飲まないだろ」
「じゃ、じゃあ見習いくんも行く」
俺?! なんでそこ巻き込む?? するとレツはめっちゃこっち見て、視線だけで断らないように懇願してきた。いや……そこまで、なら……
「行っても、いいけど……」
俺の答えを聞いて、レツはよしっと立ち上がった。キヨはなんだか困った顔をしてたけど、小さくため息をついて頭で促した。
コウが出て行くレツを指さしてシマを見ると、シマも小さく首を振って肩をすくめている。予定調和じゃないってことか。
俺はなんだか不安な気持ちで、先を行くレツとキヨを追った。
キヨが俺たちを連れて行った飲み屋は、昼間散策していた街の東側とは反対側にあった。
どこも似たような建物が並んでいて一見すると街の中に違いがあるような感じはないのだけど、どうやら街の西側が下町っぽいエリアらしい。
飲み屋の客が騒ぐ声が、昼間入った店よりでかい。
俺たちは今日の夕食にと食事も頼んでおいた。芋のフライとクセのある細切り肉の炒め物。濃いめの味付けが芋のフライに合う。
俺とレツは飲み物のお代わりを買いにカウンターに並んでいた。
「ねぇ」
俺がレツに声をかけると、レツはちょっと難しい顔をして俺を見た。
「何のために来たの?」
レツは、やっぱり聞かれたかーって顔をしてため息をついた。
「あと何で俺連れてきたの?」
「そこは、俺だけソフトドリンク飲んでると何か変だからさ。できるだけ酒を避けられる理由付けというか」
まぁ、そうかなとは思ったけど。キヨのペースに合わせて飲んでたら、翌朝大変なことになっちゃう。俺は二日酔いを思い出して顔をしかめた。
「なんだ小僧、こんなところでおつかいか?」
唐突に声を掛けられてビビって顔を上げた。俺のこと?
「お前さんもなんだメルナなんか飲んで、男なら酒を飲め、ほら」
男性はレツのグラスをひょいと取り上げ、ベスメルの入ったグラスを置いた。それキヨが飲んでた強いヤツじゃ。
「あーできれば割ってほしいかな、俺そんなに強くないし」
レツはちょっとだけ腰が引けてるけど、なんとか対応した。が、頑張れ!
「飲まなきゃ酒の良さはわかってこないだろー」
それアルハラってヤツなのでは。俺はちょっとだけレツの背後に隠れながら見ていた。レツはグラスを取って眺める。
「この酒ってこの辺で有名なの?」
え、もしかしてレツ、聞き込みしてる?! すると男性はおやって顔をした。
「お前この辺のヤツじゃねーのか。ああ、俺はこの酒の醸造所で働いてるんだ。樽で何年も熟成してじっくり育てるからな、俺の子みたいなもんだ」
レツは「へぇ」と言って灯りに少しかざして見た。
「それじゃ他の街にも出荷してるんだ?」
レツはそう言って少しだけ口を付けた。
「まぁな、この辺は芋かコレかって感じだな。ただ最近ちょっと芳しくないが」
「どうして? 冬が来るから?」
男性はちょっとだけ眉をしかめて答えなかった。
……業績落ちてるって言いづらいもんな。レツはこれ以上何をどうやって聞き出すんだろ。レツを見てみたら、ちょっと出し手を失ってるみたいで、間を持たせるようにグラスを舐めていた。
「飲めないヤツが無理すんなよ」
背後から唐突にキヨが現れて、レツのグラスを取り上げた。
「おいおい、俺はこいつに飲ませてんだぞ?」
「酒がわからんこいつに飲ませるとか、もったいないよ」
キヨはそう言ってグラスに口を付ける。
「おお、言うじゃねぇか」
すると別の男性が現れて、キヨの前に小さなグラスを音高く置いた。キヨはちょっとだけ眉を上げる。俺たちはそっとキヨから離れた。
「こいつが飲めるか?」
男性が言うと、小さなグラスに乳白色の酒が注がれた。
あんな小さなグラスで飲むって、逆に相当強い酒ってことなんじゃ……俺とレツは顔を見合わせた。
キヨは黙ってグラスを取ると、ぐいっと一気で飲み干した。ええええ!
「いい飲みっぷりだな! この辺のもんじゃねぇのに、これが飲めるとは」
男性がキヨの背中をばんばん叩く。キヨも楽しそうに笑っている。
「よし! じゃあ次だ!」
男性が言うと「おい、こっちにも!」と別の男性がグラスを求め、注がれた酒をキヨとその人が手に取り、ゴーのかけ声で一気に飲み干した。
グラスを伏せて置いたのはキヨのが一瞬速い。周りの人たちは盛り上がって勝者キヨの腕を上げている。いつのまにか人だかりができていて、俺たちはその外側にいた。
「まだイケる」
キヨの言葉にその場がどよめく。いやもうやめておいた方がいいんじゃねーの? いくらキヨでも強い酒の一気飲みを繰り返すとか危険だよ……
そうこうしてるうちに次の挑戦者が現れ、グラスに酒が注がれた。ああああ、キヨ倒れませんように……でも今回もキヨの圧勝だった。
「レツ、どうする? 止める?」
「うー、ん……」
レツは逡巡している。でもあの場に入って止めるのって難しい雰囲気だ。結構盛り上がってるだけに、下手するとドン引きされそう。
俺たちの心配をよそに、キヨは対戦を繰り返す。力強くグラスをカウンターに伏せる音が響く度に一同が湧いた。……いやなんか、もう心配しなくて大丈夫なのかも。
二戦目を挑んできた男性が、飲み干した後にぐらりと倒れたのを
おごりで飲めればいくらでも飲むって本当だったんだな……
「いやーいいもん見せてもらった。あんな飲みっぷりは久し振りだ」
商人らしき男性が楽しそうにキヨの肩を叩いた。
「俺も、結構飲ませてもらえたし」
羽振りいいんだなあんたと、キヨは言いながら俺たちの近くのテーブルについた。俺とレツは顔を見合わせて、キヨの背後辺りの椅子に他人を装って座る。
「元々もうすぐ冬だからかき入れ時だったんだ。備えるからな」
そう言って男性はカウンターへ酒を要求する。すぐに店員がキヨと男性に酒を持ってきた。まだ飲むのか……
「かき入れ時っつっても、見ず知らずの人間にここまでおごるほど、どこも羽振りがいいわけじゃないだろ」
「まぁな、これはここだけの話なんだが、ちょっといい儲け話があったんだ」
「へぇ、冒険者の俺が聞いてもわかんねぇだろうけど、どんな?」
キヨがそう言うと男性は「商売敵じゃねぇから言えるんだがな」と笑った。
「値の張る商品をやり取りする仕事があってな。ちょっとだけ手伝ったわけよ」
「それっていつもあんたのとこがやるんじゃないのか。おいしい仕事なら、常連になればいいのに」
そうすればいつもたんまり飲めるとキヨが言うと、男性も面白そうに笑う。するとキヨはちょっと顔を寄せて「違法じゃねぇんだろ?」と聞いた。男性は首を振る。
「そりゃな、でもなんつーか、微妙に良心がな」
男性の言葉に、キヨは何か思い付いたような顔をして男性を伺った。
男性はキヨの言うことがわかったかのように、細かく頷いた。キヨも頷いて、それから「なんつったっけー」と思い出そうとしてるみたいに言葉を継いだ。あーとか、えいーとか言っていて、何を言おうとしてるのかわからない。
「あぁ、あぁ、まぁそういうこった」
男性は遮るように言って酒を飲んだ。
「それにちょいときな臭くなって来ててな。こっちの危険が増えたんで、手を引いたってわけよ。どうせ冬には店じまいだし、今年は早めに切り上げたってとこだ。ま、十分稼がせてもらったからいいんだがよ」
キヨはとぼけるように眉を上げた。
「何にせよ商売繁盛でなによりだよ」
キヨがグラスを傾けると、男性はグラスを空けて「それじゃ、また会ったらな」と笑って言って立ち上がり、キヨの肩を叩いてから離れていった。キヨも笑って軽く手を上げて応える。
俺たちは彼が十分離れてから、くるっと向きを変えてキヨのテーブルについた。
「で、お前らは結局何なんだ。聞き込みのやり方を学びに来たのか?」
キヨは言いながらカウンターに手を上げ、グラスを振っておかわりを要求した。まだ飲むのかよ!
「それとも、俺がハルチカさんのところに行かないよう見張りに来たのか」
あ……俺がレツを見ると、レツはちょっとだけとぼけるような顔をしていた。それが狙いだったのか。
「そりゃわかるだろ。シマを連れて来なかったのは、シマが居たら俺が平気でレツを置いてくからだろ? そしたら見張りができねぇし」
あーなるほど、確かにシマがいればレツを飲み屋に置いていっても問題ない。いくらキヨでも、飲めない俺とレツの二人を飲み屋に放置はできないもんな。さっきカウンターにキヨが現れたのだって、明らかに助け船だったし。
レツはちょっとだけ伺うようにキヨを見た。
「キヨ、ハルさんとこ行かない?」
「いや今日行ったところで何の問題があるよ」
だってハルさんのところに行くってのは、つまりそういうことだろ!
「どういうことだよ」
「だから、旅を……」
俺が最後まで言えずに言葉を濁すと、キヨは深いため息をついた。
「このお告げがどうにかなるまで待つって、ハルチカさん言ってただろ。だから別にそれまでに会いに行ったところで、即旅を離れる決断をしたって意味じゃねぇよ」
キヨはそう言ってグラスに口を付けた。
じゃあ、とりあえずお告げがクリアになるまでは大丈夫だと思っていいのかな。
「そしたらさっきの飲み比べはなんだったんだ?」
「寒い地方にはだいたい強い酒があるんだ。一気に温まるからな。強い酒があるところってのは、飲むヤツが多いんだよ」
それであんな無茶な飲み方の余興があったのか。キヨはあれでだいぶ客たちとうち解けてたし、それが狙いだったのかな。それにしても、キヨにしかできない方法だ。あのやり方じゃ学べない。
「でも止めずに見てたのは正解だよ。あそこで邪魔されたら、白けてうち解けられないからな」
あ、もしかしてレツが止めなかったのって、そういう理由だったのか? キヨの身体は心配だったけど、止めたらキヨの狙いを妨げるから。
「でもキヨにおごるほど儲けた商人がいたのはわかったけど、それが何か関わるかな?」
レツはちょっと首を傾げながらグラスに口を付ける。キヨは小さく肩をすくめた。まだ情報が足りないってヤツ? たぶん妄想力が必要なんだよな。
するとキヨはちょっとだけ遠くを見るような顔でぼんやり言った。
「団長、今夜帰って来ないかもしれない」
ええ! それってどういう……レツと俺は顔を見合わせた。
「団長、大丈夫なの?」
キヨはわざとらしく難しい顔をしてうーんと唸った。
「大丈夫な気もするし、大丈夫じゃねー気もする。その辺の見極めにも見習いに戻ってもらいたい気がすんだけど」
俺が、またあそこに戻るの?! だって……別にハヤは全然大丈夫そうだったんですけど……
「お前がすんなり出入りできるなら問題ないしな。ただ、この時間からってなるとちょっと……」
キヨはやっぱり複雑そうな顔をした。
そういう意味、だよな。そりゃ俺だって大人だからそういうのはわかるけど! ……わかるけど、わかるのとは違うのだ。大人って汚い。
キヨはちょっと考えてたけど、「子どもじゃねぇんだし、一晩くらい何とかなるか」と言って、結局諦めるみたいにグラスに口を付けた。
「そしたら、キヨ」
レツがあらたまって言うので、キヨも顔を上げた。
レツは肉の皿をキヨの前に押し出す。
「ご飯もちゃんと食べて」
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