第17話『そんなに過保護にしなくたって、その内勝手に知るよ』

 レツがお告げで見た刺繍が、なんで石の模様としてあそこにあったのかは考えてもわからなかった。

 俺たちはその場から離れると、大通りを外れたところにある飲み屋に入った。まさかあの店の近くで話してるわけにもいかないし、なんとなくまだ宿に戻る時間でもなかったからだ。


「意外とメジャーな模様だったとか」


 コウが言うとシマはちょっと難しそうな顔をした。

 お告げで見たから唯一無二のモノだと思ったけど、ありふれたモノなのだとしたら手がかりにもならない。でもそう言っちゃったら、紫の花だってそうだったよな。


「でも俺が見たのは刺繍だよ?」

 レツはみんなを見回す。

「刺繍が家紋みたいに独特なんだとしたら、その模様を家紋としてあそこに掲げた……ってことかな」

 シマが考えながら言う。

「いや、でも……家紋、掲げるか?」

 コウがそう言うと、シマは深いため息をついた。

「一体なんなんだよ、なんで変なんだ?」

 俺が聞くと二人は視線を交わして、難しい顔で黙っていた。教えてよ!


「やっぱり、コウちゃんたちだった!」


 声に顔を上げるとハヤが居た。「さっき通りで見かけて」と言いながら手を上げて酒を注文し、俺たちのテーブルについた。

「どしたの? 難しい顔して」

 ハヤは言いながら届いたグラス受け取る。


「レツがお告げの刺繍を見つけたんだ」

「えっ、マジで?」


 ハヤはレツを見た。レツは眉根を寄せて「ちょっと違うんだけど」と言いながらシマに振る。シマはうーんと唸って天井を見上げた。

 俺は散策中に、レツがお告げで見た刺繍と同じ模様が石で描かれた看板があったことを説明した。


「なのにシマとコウが何の店なのか教えてくれないんだ」


 俺は憤慨しながらグラスに口を付けた。ここのソフトドリンクは何だか牛乳みたいな白い飲み物だけどちょっと酸味がある。薄いヨーグルトみたいな感じ。メルナというそうだ。ハヤは目線だけでシマを見た。シマは諦めたようにため息をつく。


「まぁ、隠してどうこうできるもんじゃねーから言うけど、あの辺はトゥニハクロンってエリアで、ウタラゼプじゃ有名な歓楽街なんだ。あの店は、娼館だよ」

「娼館?! マジで!」


 ハヤはなんだか嬉しそうに言った。シマは「昼間だからうっかりした」とか言ってる。

 しょうかん……て? 俺はみんなを見回した。

「美人が体売ってるところ。お子様にはまだ早いから」

 ハヤは簡単にそう言って俺の頭を撫でた。体売っ……!

「あーあー真っ赤になっちゃって、かわいいかわいい」

「団長」

「そんなに過保護にしなくたって、その内勝手に知るよ」

 ハヤは鼻で笑ってグラスに口を付けた。


 そりゃっ、俺だって大人だからその内知るけども……! 俺は撫でられたまま顔を伏せていた。

 娼館っていうのか、そういうとこ……マルフルーメンでのいかがわしい感じの路地とか、何となくそういうのはわかってる気がしてたけど、俺、なんてことを聞き出そうとしてたんだ恥ずかしい……隣のレツが何だか優しく俺の背中を撫でていた。


「で、乗り込むの?」

「団長、楽しそうなとこ悪いけど、まだ刺繍の模様があっただけでお告げとの関係とかは」

「調べなきゃわかんないじゃーん」


 ハヤは何となく気乗りのしない俺たちと違って、乗り込む気満々みたいだ。

 シマはなんとなくそういうとこに行きそうにないし、レツは合コンだって全然だった。コウはバリバリ硬派だから論外。キヨはハルさんがいるし、正直うちのパーティーでそういうところに行って気後れしないのってハヤだけって気がする。まぁ、キヨは潜入捜査ならできそうだけど。


 乗り込めない組の俺たちは何となく顔を見合わせていた。

 でもキヨを待ったところで、『娼館の看板にお告げの刺繍の模様がありました』って伝えても、何にもならない気はする。


「でも娼館にその模様があったって、なんにも事件になってなくない? 調べることある?」

 レツがおずおずとそう言って俺たちを見回した。

「洞窟の宝石だって廃墟だって、お告げの時点では事件になってなかった」

 コウはそう言って酒を飲む。

 ああ、そう言えば……調べたから、何かがあったんだっけ。それでも何となく腰を上げない俺たちを、ハヤはちょっと憤慨したように見た。


「わーかった、じゃあ僕が行くから。っつかその店、もう開いてんの?」

「あー、さっき見た感じでは、もう開いてた」


 シマはそう言って首をかいた。なんだかんだでシマはちゃんと見てるんだな。それから店までのざっくりした道順を教える。

 ハヤはそれを聞いて、ちょっとだけ考えるように口元に人差し指を添えていたけど、よしっと立ち上がった。


「ちょっとお子様借りるね」

 ええええ?! 俺?!

「団長それは」


 コウがやんわりと止める。お、俺もちょっと俺には荷が重いと思います! いや俺も大人だけど!

 ハヤはわざとらしく膨れてみせた。


「ちゃんと理由がありますー。情操教育の一環とかでなくて必要なんだってば」

「娼館行くのが情操教育であってたまるかよ」

 シマが半眼で突っ込んだ。ちょ、みんなもうちょっと頑張って!

「そしたら行くよ」

 ハヤはそう言って俺の頭を軽く叩いた。俺はなるべくゆっくり立ち上がってみんなを見回した。


「き、気をつけて」


 レツはおどおどと手を振った。

 唯一乗り込んで情報をゲットできるハヤに、理由があるとまで言われたら止めることなんかできない。俺はしぶしぶハヤについて店を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る