第16話『負けたら俺のとこに来て』

「おおーなかなか」

 ハヤは額に手をかざした。


 近づけば近づくほどその街の広さがわかる。城壁がずっと左右に続いている感じがする。

 街の周りは田畑が広がっていて、所々に木立はあるけど近くに森もないからとにかく視界が広い。でもここまで街道を来てわかったけど、街道以外は開墾が進んでいないのか、歩くにも大変そうな地面だった。ごつごつと木の根っこや岩が転がっていたりする。


「ムダに広いんだ」

 シマはそう言って笑う。土地だけは余ってるから道幅とかもやたらあるんだと。あと冬には厚く雪に閉ざされる地方だから、そういう意味でも道は広く作られてるそうだ。まだ冬本番にはほど遠いから、雪に足止めされることはない。


「雪降ると全部埋まるからな、そういう意味でも隠せたんだよね」


 シマはちょっとだけ遠い目をした。きっと、隠して飼ってたモンスターのことを思い出してる。やっぱり思い出すとしたらそういうことになっちゃうよな。俺はチラッとレツを見た。ホントに来ちゃってよかったのかな……


「ぜってーそんな時に来たくねぇ」


 メルクフーダで裾とフードにファーのついた上着を買ったキヨが即答した。想像したのか、別に寒くもないのに前をかき合わせる。っつか、友達の出身地にそれ言うか?!

 でもキヨの言葉にみんなが「寒がりさんかよ!」と笑った。一緒になって笑うシマにも、もうさっきの表情はなかった。


「キヨくん冬になると旅の仕事で戻ってこないの、そういう理由だったんだ」

「えええ、僕、単に仕事ですれ違って会えないんだと思ってたけど、そうだったの?!」


 それを聞いてレツとシマはさらに爆笑した。

 でも今までは自分で仕事選べたから寒い地方を避けられたけど、勇者の旅じゃそうはいかないんじゃ……って、そうだった、キヨ旅を離れるかもしれないんじゃん。また思い出しちゃった。キヨ、ほんとにどうするんだろう。

 チラッと見てみたけど、ファーに触って「もこもこかわいいね」とか言ってるハルさんに笑ってるキヨは、街についたら結論出すみたいな深刻な雰囲気はなかった。



 街に入ると確かに今まで訪れた街とは違った印象があった。

 なんというか、閑散としている。いや全然そんなことはないんだけど、道幅がやたら広くて人混みが感じられないからだ。


 不揃いな赤茶色の石で造られた街並みは堅牢な感じだけど、壁に装飾がない。雪が重く積もっちゃうからかな。今までの街は漆喰に木の柱が見えてたり花が飾られてたりしたから、もっとカラフル感じだったけど、ウタラゼプは全体的に色味が少なかった。二階より上に窓が多いのは一階が雪で埋まるからなのか。

 屋根は一様に急な作りで、壁とはうってかわって明るいエメラルドグリーンだった。


「どこに行くにも遠そうだな」

 コウは街を見やりながら言った。うん、王都みたいにでかい街って感じは全然ないんだけどね。


 俺たちは貸し馬屋に馬を預けると、キヨについて何軒かの宿を回った。馬を売ってしまわなかったのは、帰りのことを考えたからだ。

 お告げを受けてはいるけど、もともとシマの故郷を訪ねるのが目的だったから、なんとなくサフラエルに戻るつもりがあった。


「そしたら、俺はちょっと別に宿を取るよ」

 宿を決めたところで、ハルさんが唐突に言った。

「えっ、なんで?」

 キヨは本当に驚いてるように見えた。その反応、話してたんじゃないのか。


「チカちゃん、僕たちそこまで野暮じゃないから、ちゃんと昨日みたくみんなと離れた同室にしてあげるよ?」

 覗いたりしないしとハヤが言う。いや覗くなよ。

 ハルさんは「そういうのとは違うんだけど」と言いながらちょっとだけ首を傾げ、それからキヨの頭に手を載せた。


「お告げが来ちゃうのは想定外だったから、じゃあここでって言えなくなっちゃった。だから一応、このお告げが何とかなるまでは待ってあげる」


 じゃあ、このお告げがクリアになるまではキヨは一緒にいられるんだ! 俺はちょっと嬉しくなってハヤたちを見た。


「それ、別に宿取る理由になってる?」

 キヨはちょっとだけ拗ねたような顔をした。ハルさんは小さく笑うと、

「いるけどいないって心理戦。負けたら俺のとこに来て」

 そう言ってキヨの頭を撫で、「それじゃ」とあっさり出て行った。みんな呆気に取られてその後ろ姿を見送る。


「……チカちゃん、やるわー」

「よ、余裕……」

「大人の駆け引きだな」

「あれに勝たなきゃいけないのか俺たち……」


 でもキヨが負けなければいいんじゃ……ってキヨを見てみたら、真っ赤になったままさっさと部屋を取りに行っていた。

 なんかもうだいぶ負けてる気がしなくもない。





 荷物を置いたら、さっそくキヨは調べ物に出かけてしまった。

「役所に届け出るとかは無い気がするけどねー」

 ハヤはそう言いつつキヨを見送り、自分も何か回ってみると言って出て行った。

 いつもの聞き込みできない組の俺とレツとコウは、シマの案内で街を見ることになった。


 物理的に大きな街ではあるけど、道幅が広いだけで王都みたいなせわしなさはない。馬車や街を行く馬も何だか大柄でゆっくりしてる。

「普通の馬だと、冬の間は使い物にならねーんだ」

 雪がどれくらい降るのか俺には想像つかないけど、確かに俺が知ってる馬やロバは厚い雪の降り積もる土地では、何となくか弱く見えるかも。足とか細いし。街を行く馬のフサフサの毛の生えた足は、俺の知ってる馬の倍くらいの太さがありそうだ。


 街の大通りには賑やかな店が並んでいた。露店もたくさん出てる。

 街の感じはサフラエルやクルスダールに近い。必要な店が必要なだけある感じ。マレナクロンや王都みたいな都会っぽさはないけど、このくらいのが性に合ってる。


「そう言えば、あんまり無いね」

 コウが通りを見ながら言った。何が?

「刺繍を売ってる店。この地方独特のデザインの服はあるけど、刺繍に特化した感じなくね?」

「そう言えばそだねー」


 レツも言いながら服屋を覗く。すっぽり被って腰をベルトで留める、エルフ服のごつい版みたいな服が並んでいた。

 布地がしっかりしてるからエルフ服みたいな繊細さが感じられないのか。あれがこの地方の民族衣装なんだな。でも店にあるのは同じ色やデザインばかりで、特徴的な刺繍はされてなかった。


「シマさん、ああいうの着てたの?」

「いや、俺んちは全然。そういう血筋じゃなかったのかな」


 シマは並べてある紺色の服に触れた。俺も触ってみたけど、何か違う繊維を織り込んであるのか、思った以上にごわごわしていた。でも服の内側に触れると、ただの布なのにぼんやりと温かく感じる。すごい、保温性重視なんだ。


「さて、どこへ向かう? これと言って見るほどのもんはねーけど」

「えーと、とりあえず……シマがよければ、お墓参りしない?」


 レツがそう言うと、シマはちょっとだけ面食らって、それからそっと笑った。


 シマの案内で、俺たちは街の東側にある墓地へ行った。

 シマの両親の墓は、墓地の片隅の大きな木の陰にあった。思ったよりキレイにしてある。墓守がちゃんとした人なんだろうな。シマはちょっとだけ墓石を撫で、それから途中で買った花を手向けた。


「俺はこうして墓があるから、いい方だよな。キヨなんか墓もねぇ」

 そう言えばクルスダールでは着く前からばたばたしてたし、墓参りなんて考えもしなかった。

「……どっちがいいかはわかんねーよ」


 コウがぼそっと言うと、シマはちょっとだけ笑った。

 花を手向けられる墓があるのは、死を伴う別れを知っているからだ。キヨは墓を持たないけど、別れの記憶もない。


「ちなみにその時のモンスターの墓はコレだ」

 シマはそう言って傍らの大きな木を叩いた。ええええ?

「ばたばたした最中に、あいつの毛を一房切ってこの木の洞に入れたんだ。もうその洞も塞がってるから、これがあいつの墓」


 シマは、両親とモンスターのどっちも弔ったんだ。普通その年で両親を亡くしたら、絶対モンスターを憎みそうなのに。でもそれがシマってことなのかな。


「こんにちわー、シマはこんなにおっきくなりましたよー」

 レツは唐突に木に抱きついた。え、何してんの。

「ちっこいシマを知る方にご挨拶をと」

「いやそれ、普通ご両親の方にしない?」


 俺が突っ込んだらコウが小さく吹き出した。まぁレツっぽいと言えばレツっぽいけど。

 レツはやっぱりふにゃーって笑っていた。シマはレツの頭を撫でて「ありがとな」と小さく言った。


 俺たちは墓地を離れると、お昼に軽食を買って食べた。

 芋と白身魚のフリッター。味付けはシンプルに塩だけだったけど、独特の香りのするビネガーがかかってて食欲をそそる。使い古した紙でくるんであって歩きながら食べられるのだ。公園を抜けて大通りを渡り、目的もなくぶらぶらしていた。


 マレナクロンとかじゃ武器屋を見たりしたけど、エルフの街でそれなりの魔法道具も買ってるし、今は装備を調えなきゃならない感じがないから本当に散策してるだけだ。

 ハヤとキヨはお告げを調べてるってのにいいのかな。いつも通りと言えばそうなんだけど。


 大通りから路地を入ると、何となく人通りの雰囲気が変わった。路地と言っても今までの街なら普通の通り並みの広さだ。

 そうか、道に品物を出す露店がないからだ。それじゃなんの店が並んでるんだろう。


「シマさんこの辺」

「あ、やべ」

 コウに言われてシマは唐突に回れ右すると、「はい撤収ー」とか言いながら俺を押し返した。え、どういうことだよ!

「お子様の教育上ね」

 コウはそう言って俺の顔辺りに腕を回す。ちょ、見えねぇ!

「ほら、レツも行くぞ」


 だからなんでだよ! 俺はコウ腕から逃げてレツを見た。レツはぼんやりと店の屋根辺りを見ている。それからゆっくり指さした。


「あれ」


 レツが指さしたのは、店の屋根じゃなくて入口付近の模様だった。

 街の大多数の建物同様赤茶色の石造り、何の店かわかる看板は出ていないけど、アーチ型の入口の上部に建物とは別の石で模様が描かれている。左右対称の模様は店の看板にも見えるけど文字ではない。あれじゃ看板になってない。


「あれがどうかした?」

 レツは俺を見た。何となくぽかんとしてる。


「お告げの刺繍」

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