第15話『そんなの、他で出たら困るからダメです』
「くっっっっそ寒い!」
「キヨくんお子様が真似する」
コウに突っ込まれてキヨはちょっとだけとぼけた顔をした。たまにコウは言葉づかいが汚くても突っ込みを入れる。俺だって大人だから、汚い言葉づかいくらいするんだけど。
北の山中を旅してそろそろ二週間、5レクス境界の際をつかず離れずのルートを選んでショートカットした山脈はノチェカンザというらしい。だいぶ山を下ってきたけど、まだ一番難所の山を越えただけだ。
でも明らかに山の反対側に来たら空気が変わった。ウタラゼプを出た頃はまだ暖かい季節だったから、着るものに関してはちょっとだけ油断した感はある。
「キヨリン、ホント寒さに弱いよね。クルスダール育ちっつても五歳くらいまででしょー?」
いい加減慣れなよと、ハヤは呆れて言う。キヨ以外は平気な顔をしていた。つってもまだ秋だし。
ハルさんは「あそこは一年中過ごしやすいからね」と言いながら、毛布を出してきてキヨをくるんだ。クルスダールってそんなに気候がいいのか。
「でもまぁ、もうすぐウタラゼプだし」
シマがそう言って先を見やった。え、そうなの?
「この先の山を越えたら、だばーっと平野になるんだ。そしたらこんなに時間かからないし、すぐだよ」
俺はキヨを見た。キヨは毛布にくるまって小さく肩をすくめる。
「山際に近づくように曲がった街道が『この先の山』の向こうにあるんだ。だからそこからは5レクス圏内」
じゃあ山を越えたら街道を行くのかな。そしたら旅も楽になる。ここまで移動だけなら四週間くらいだし、だいたいキヨの読み通りに進んでるのかも。
「そしたら、えーと、はい」
レツがみんなを伺いながら挙手した。ハヤがレツを指す。
「はい、レツくん」
「お告げが来ました」
「ええええ!!」
俺だけじゃなくてシマもハヤもコウも声を上げた。
こんな山の中で?? いやエルフの街から考えたら三週間くらい経ってるから、ペースとしてはこんなもんか? それにしたってこんな所でお告げって。
「それ、今後の進行方向に関わってくるんじゃ」
シマがそう言ってみんなを伺う。お告げはざっくりした映像だ。こんな山中で受けたら目的地が変わったりする可能性もある。
みんなはレツを見た。レツは左右に首を傾げる。
「それが全然わかんないんだよね。何か、赤い布なの」
「赤い布」
それが何に関わるんだろう。いや赤い布なんて世界中どこにでもあるじゃんか。
レツは「刺繍がしてあってキレイなんだよねー俺も欲しいくらい」と何だか嬉しそうに言っている。今回もお告げのハードル高いな。
「ヨシくん?」
ハルさんがぼんやりしているキヨに声をかけた。キヨは何だか考え事をしていたみたいで、誤魔化すようにちょっとだけ笑った。
「まぁ、明らかに全然わかんねぇ時は、目的地変更ナシだよな」
シマはキヨを見る。キヨも肯定するみたいに肩をすくめた。キヨが言うなら進路変更ナシか。
俺たちはなんとなく話を切り上げて歩き出した。
宿場町に着いたのは、それから四日後だった。
『この先の山』を越えるのはあれから二日でなんとかなった。山を越えると、確かに広い平野地帯になった。メルクフーダというその街は、だだっ広い平原の中、ひたすら真っ直ぐに続く街道に沿って現れた。
いや、存在は確認していた。ずっと遠くに見えていたからだ。
「シマのうそつき、平野に出たらすぐって言ってたのに全然じゃんか」
シマは「いしし」とか笑っている。小さい頃の記憶だし、その時の移動には馬車を使ってたんだろうけど。
何というか、平野が広すぎるのだ。振り返れば俺たちが越えてきた山々が見えるけど、その麓からずっと平野だ。
視界の先にずっと見えてるのに、対象物が全然近づいてこない。丸一日ただ街道を行くだけなのに疲労の度合いが違う。馬で走れれば違うんだろうけど。
「つっっかれたーーーー」
俺は宿のベッドに頭から突っ込んだ。ちょっと遅い時間になってしまったから夕飯はついてない。これから外に食べに行くのかな。
「横になったら、飯に出るのが億劫になるな」
シマの言葉に俺はがばっと起きあがった。コウのご飯も美味しいけど、せっかくの街でのご飯を逃すのはイヤだ。
「早く行こう!」
そう言ってベッドから飛び降りる。シマとレツは荷物を置くと笑って着いてきた。みんなの部屋をノックして回ると、みんなすぐに出てきた。
いつものように適当な店を決めて入る。ウタラゼプまでもうすぐっていうこの街には、なかなかの繁華街があった。大きな街の一つ前の宿場だからか結構賑わっている。
四人掛けのテーブルを近づけて、とりあえず乾杯した。俺とレツはいつものソフトドリンクだけど。
「結構賑やかな街だね」
エストフェルモーセン前のマルフルーメンとは違った趣の賑やかさ。あっちのが王都の近くだけあって都会的ではあったかな。
夕飯に頼んだのは、ちょっとクセのある肉料理だった。肉のにおいを消すための香草とちょっと甘みのあるソースが独特だ。付け合わせの芋はバターの利いたマッシュ。ソースが甘いからパンより芋が合う。
「今回はウタラゼプに行くのが目的ではあったけど、お告げが来た以上、やっぱ何か調べるべきか」
キヨはグラスを傾けながらぼんやり言った。
この辺で飲まれている茶色くて強い酒はベスメルと言って少しずつ飲むタイプらしいけど、キヨはうっかりすると一気で飲んじゃいそう。ハルさんがキヨのペースを心配そうに見守っている。
「でも刺繍の赤い布だろ?」
シマは言って肉を頬張る。刺繍の布が一体何に関わるのか。って言ったら、紫の花もそうだったけど。キヨはちらっとシマを伺った。
「お前、なんか思い当たることとかある?」
シマはちょっとだけ考えるように視線を上げた。
「いやー、特には」
キヨはそれを聞いて「そっか」と小さく言った。目的地がシマの出身地だから、何か知ってることあると思ったのかな。
「ハルさんって、こっちに来たことあるの?」
俺は全然ご飯を食べないキヨを注意してるハルさんに聞いた。
「んー、ウタラゼプまではないかな。街道からだと結構遠回りだし」
キヨはサフラエルを拠点にしてたから、ハルさんもそうだったのかも。だとしたら、街道沿いに移動してたら数ヶ月かかっちゃうんだった。
「移動の魔法使ったりしねーの?」
俺がそう言うと、ハルさんはちょっとだけ笑った。
「なんとなく、足で稼がないと物語が薄っぺらくなっちゃう気がしてね」
「魔法は便利だけど、便利にするために使うのとは違うの」
ハヤはそう言って俺の頭を突いた。そうかなぁ、キヨとか焚き火に火を付けるのに簡単に使うのに。
「お告げの映像が直接何かに関わってるんじゃなかったら、刺繍を調べても意味ないか」
キヨは独り言のようにそう言った。言った時にはもうグラスを空けていた。あーあ、やっぱ早い。
そりゃね、キヨがいなくなっちゃう映像だって結果的には関わったけど、映像がヒントにはなってなかったもんな。そう考えると、お告げって結局なんなんだろ。
お告げって何かクリアしなきゃならない物事のヒントのような気がしてたけど、意外とそうでもないんだよな。
鏡だって紫の花だって関わりはあったけどヒントにはなってない。だから今回も赤い布が何かに関わるんだろうけど、それがクリアしなきゃならない人や物事に直接関係するとは限らない。
それに今回はすでにある噂とかを追うわけでもないから、聞き込みだってすることがない。ないんだけども。
「やっぱちょっと出てくる」
そう言うとキヨは立ち上がった。ハルさんが捕まえようとしたけど、するりとテーブルを抜ける。
「ヨシくん、ご飯食べてない」
「もう入んない。早めに戻るから」
そう言い残して店を出て行った。いやー、調べること、あるか?
「……飲みたいだけだよね、あれ」
「キヨくんこういう時ホント早い」
俺たちはぼんやりキヨの出て行った店の出口を眺めた。
「っつかチカちゃん残して行くか、普通?!」
「まぁ、俺飲まないから、誘われても困るんだけど」
むしろ飲むの止める係だからねと、ハルさんは肩を落として言った。
キヨの飲み方からしたら、だいたい誰でも止める係になると思うよ。
俺はキヨが置いてった肉を、テーブルの反対側からフォークを伸ばして食べた。レツが気付いて皿を回してくれる。ハヤが何か思い付いたように顔を上げた。
「キヨリンってチカちゃんの前でべろべろに酔っぱらったりするの?」
「安心感あるから!」
「ハルチカしゃん、しゅきーーー」
レツはそう言ってシマに抱きついた。コウが冷静に「絶対なさそう」と笑う。
「いや、全然。どんだけ飲んでもほぼ変わらないまま、寝ます」
「あーーーーーーー……」
それなら知ってる。キヨは散々飲んで、唐突に寝る。騒ぎも暴れもしないから、どんだけ飲んでも別にいいってみんな言ってたけど。
「つまんないなー、べろべろになってめっちゃ色っぽく誘うとかだったらいいのに」
「そんなの、他で出たら困るからダメです」
だめだめと首を振るハルさんに、ハヤは笑ってグラスを傾けた。
ベスメルをソーダで割っているから、キヨが飲んでいたものと違って琥珀色だ。色っぽく誘うキヨとか、想像の範疇を越えててまったくイメージわかないんだが。
「にしても、これから調べるとか」
「キヨくんマジメだから」
「でも何かあると思う?」
「全然わかんないよ」
みんな口々に言うけど、そうは言ってもお告げだし調べるのが本来じゃないのか。キヨいなかったら進む方向もわからないを体現しているな。ハルさんは苦笑してみんなを見た。
そりゃ苦笑もするよな、ハルさんはキヨを旅から引き離そうとしてるのに。
……あ、そうだった。ハルさんもあの街から一緒に旅してて何となく新しい仲間みたいな気分でいたけど、ウタラゼプに着いたらキヨと一緒に旅を抜けるかもしれないんだ。
ハルさんは、旅の最中のバトルに介入しなかった。
青魔術師だからキヨみたいに攻撃できるしハヤみたいに回復もできるんだけど、「呼吸の邪魔をしちゃうからね」と言って離れて俺たちのバトルを見守り、最悪みんなヤバいってなるまでは一切手を出さなかった。
たぶん、自分で勇者のパーティーではないと線を引いてるんだろうな。それがなんとなく、わちゃわちゃしたがる仲間と違ってきちんとした大人の対応って感じがした。
だからよけいに、俺たちがきちんとしなければキヨを連れてっちゃう気がするのだ。
お告げがあったから、それがクリアになるまではキヨは一緒にいてくれると思ってるけど、それだってまた危険に巻き込まれたりしたら、ハルさんが答えを急かすかも知れない。
もしかして、キヨがこんな時にもお告げを調べるのって、もし仲間を離れてもできるだけクリアに近づけるように考えて、とかないかな……あって欲しくないけど。
俺が肉を頬張ったままチラリと視線を上げたら、ハヤと目が合った。
ハヤは何となく、俺が考えてることがわかってるみたいにちょっと寂しげに笑った。
翌朝、朝食はパンだろうと思っていたら、芋だった。
この地方は芋が名産だと宿屋のおやじに言われて知った。バターをたっぷり載せて焼いた大きな皮付きの芋に、辛めのトマトソースで煮た豆が載っている。朝から重いと思ったけど、朝練でしっかり体を動かしてたからか意外とイケてしまった。
育ち盛りだもんな。いや、俺はもう大人だけど。
「おはよう」
食事をしていたらハルさんとキヨが現れた。キヨは相変わらず歩きながら半分くらい寝てる。むしろ寝ながら歩いてる。声をかけてきたのはもちろんハルさんだ。
「昨日は遅かったみたいね」
「そんなことないですよ」
ハヤの言葉にハルさんは普通に返す。キヨ、早めに戻るって言ってたし、寝坊なのはいつもじゃね?
「昨日調べたこと、聞ける感じじゃないね」
レツは言いながらキヨの顔を伺う。キヨは見られてることにも気付いた様子はない。あの芋は俺のもんだな。
「何か言ってた?」
そう言ってハルさんを見ると、ハルさんはちょっと首を傾げた。
「話してる余裕あるわけないじゃん」
「団長」
ハヤにコウが突っ込むと、レツとシマはわざとらしく小声できゃーーと嬌声を上げた。ん? 今の会話、なんで指導が入ったんだ?
「まぁでも調べることも曖昧な状態で聞き込みしても、まだ情報集める段階だから、はっきりわかったこととか、不審なことは無いんじゃね?」
シマはそう言ってお茶を飲んだ。そりゃそうだよな、お告げが何を指しているのかは、何かが起こらないとわからないんだし。
俺はハルさんに起こされてなんとかお茶を飲んでるキヨを見た。普段はパーティーの頭脳なのに、この人ほんと落差激しいよな。
するとキヨは何かに気付いたように顔を上げた。向かいに座るレツが不思議そうに見る。
「……レツ、お告げの刺繍、どんなのだった?」
掠れた声で聞く。レツはううーんと唸って眉根を寄せた。
「どんなって、えーと、なんかこう……」
こんな感じのと、レツは両手で空に描いた。けど、一体何を描いてるのかまったくわからなかった。
「また見ればわかるか?」
「たぶん……?」
レツが首を傾げながらそう言うと、キヨは「ふーん」と言ってお茶のカップに視線を落とした。今の何だったんだ?
説明を求めてハヤを見たら、ハヤは小さく肩をすくめた。わからんってことか。
「ヨシくん、何かあるならちゃんと話してあげないと」
ハルさんがそう言うと、キヨはちょっとだけ顔を上げてハルさんを見た。
ハルさんが言えばキヨは起きるもんな。説明してもらえるならありがたい、ハルさんグッジョブ! 俺は心の中でハルさんに親指を立てた。
「この前みたいに、みんなわかんないと困るでしょ」
あ……えーと、そういうことなら、説明なくていい……かな。
いつもみたいに最後までわかんなくて、最後にキヨに説明してもらえるなら、その方が最後までキヨがいるってことだし……
キヨは思い出したように小さく「ああ」と言うと、眠気を覚ますように少しだけ目を擦った。
「この地方には、家紋みたいに受け継がれてる独特の刺繍があるんだと。レツが見たのがそういうのなら、どこかの家と判別できるかもしれない」
キヨはそれだけ言って、やっぱりまだ眠そうにカップに口を付けた。
……説明されちゃった。なんだろう、ずっとキヨの秘密主義を不満に思ったりしてたのに。
キヨも、まだ情報が足りないとか言わずにすぐ明かしてくれた。隠すほどの情報じゃないからだろうけど。もっと隠してくれればいいのに。
「そっかー、そういうの調べられるのかな」
レツはそう言ってシマに振る。シマは首の後ろをかいた。
「現地に行ってみないとなー」
あれ、シマはその文化知らなかったのかな。あ、でも小さい頃だし、そういうものとして認識してなかったのかも。でもそういうの調べるとなると、やっぱりキヨがいないとだよな。
俺はちょっとだけ期待してキヨとハルさんを見た。ハルさんは俺に気付いて苦笑した。
「見習いくんの視線が痛いなぁ……」
えっ、俺、そんなガン見してた? みんなを見回すと、ハヤが唐突に俺の頭を抱き寄せた。
「ここ、総意だから」
それってハヤも同じように思ってるってこと? っつか、みんなそうってことかな。ハルさんは困ったように笑って、でも何だか嬉しそうにため息をついた。
「……えっ、朝から芋?」
やっと脳みそが起きたらしきキヨが唐突にそう言ったので、みんな一斉に吹き出した。
ウタラゼプには明日着く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます