第2章 北の街
第14話『ここをキャンプ地とする!』
「ここをキャンプ地とする!」
ちょっとだけ開けた木立の間に立つと、シマは高らかに宣言した。
ああ、うん、そうだね。もう多くは望まないからそろそろ休みたい。俺はため息と共にその場に座り込んだ。
エルフの街を出てから一週間、俺たちは難所と想像していた5レクス外の山越えに苦戦していた。実際、特に道のない山中を馬二頭連れて登るのは大変だ。
しかもモンスターは5レクス外の凶暴なヤツだし、今まで見たことのないのがたくさんいる。足場は斜面だし、木々は邪魔だし、実働部隊の俺とレツとコウは、とにかく大変だったのだ。まぁ俺やレツと違って、コウはそんな弱音吐いてないけど。
「もうちょっと、なだらかだと思ったんだけどな」
キヨはそう言って地図を見比べる。
ああ、距離が長いのか高低差が無いのかは、微妙に読めない地図だったのかな。っつかそれって、この高低差で距離も長いって最悪の事態になっちゃうんじゃないか。俺がそう言うとキヨはとぼけるように眉を上げた。
「見習いの割りによく気がついたな」
「そのくらいわかるし!」
山間の貧乏集落じゃ山しか遊ぶところねぇんだよ!
「山育ちなのにバトル時の体勢がなってねぇぞ」
コウは集めてきた薪の枝で俺を突いた。いていて、俺もやりますって。俺は立ち上がってコウを追う。
だってあの頃はちゃんとした剣なんて持ってなかったし、モンスターに対峙したこともなかったんだからしょうがないじゃんか。だいたい山で追いかけっこしてた俺より、サフラエルの街育ちのコウのが山の足場に強いってなんでなんだ。
っつか、コウが使う足場は地面だけじゃなくて木の幹や枝もなんだけど。ほぼ軽業師だ。
「あの新しい武器、いつ手に入れたの?」
コウはいつも長い棍を使っているのだけど、山に入ってから別の武器を使っている。短い棍が三つに分かれて鎖で繋がってるのだ。
「三節棍。サフラエルに戻ってた時にな。修行中に使ったことはあったけど、俺は普通の棍のが性に合ってたし」
「そしたらなんで今?」
コウは枝を脇に抱えたまま肩をすくめた。
「狭い場所でのバトルに有利かと」
今までそんなに狭い場所のバトルって無かった気がするんだけど、その時にこういう状況を想定してたってことなのか。
コウが使うと、繋がった棍がまるで生きてるみたいに敵を攻撃する。コウの動きとも相まって、まるで踊ってるかのようだ。
あんまり格好いいからちょっとだけ使わせてもらったけど、鎖部分が不安定すぎてまともに狙いを定めることすら出来なかった。……いいんだ、俺は剣士だから。泣いてない。
「ウタラゼプってどんなところか知ってる?」
拾い集めた枝を抱き直しながら聞くと、コウはちょっとだけ難しい顔をした。たぶんシマの過去を知っていたから、あんまり突っ込んで聞いたことがないのかも。
「まぁ、寒いところらしいな。サフラエルも大概だけど」
サフラエルって寒いんだ。冬の間に居たことはないから気付かなかったな。
でも山を越えると風土って結構変わるってキヨも言ってたし、それでなくても北に向かっているから結構厳しいところなのかもしれない。
言われてみれば、何だか肌寒くなってきている。山に入ってから木々が遮って日の光が薄いからかと思ったけど、それだけじゃないのかもしれない。
その日のご飯は肉だった。モンスターに怯えて逃げてきたところを捕らえてしまったのだけど、運良く小振りの鹿を狩ることができたのだ。
実は前にシマは狩りをしないんじゃないかと思ったけど、そこはそれらしい。
「食事は食事。感謝して食べる」
シマは両手でご飯を捧げ持ってから食べ始めた。
俺はじっくり火の通った肉にかぶりついた。塩と香草を揉み込んで焼き色つけたあと、蓋をした鍋の中で野菜と共に火を通す。
コウが作るとただ焚き火に突っ込んで焼くだけじゃないから、どこの店よりも美味しい。
「これは……ヨシくんが旅を離れたがらないわけがわかった気がする」
ハルさんは「いつもは魚派なんだけどね」と言いながらも、ちょっと感心して肉を頬張った。合流してからご飯の度に褒めてたけど。
野菜と一緒に蒸し焼きみたくなってるから、さっぱりしていてちょっと辛めのソースが合う。ハルさんの言葉に、なぜかキヨが嬉しそうに笑った。
「胃袋完全掌握されてっから、今更他の旅の飯には戻れねーよなー」
シマも笑って言う。コウは「シマさん、ささ、どうぞどうぞ」とシマの肉に追加のソースをかけていた。あはは、照れ隠しだ。
「コウちゃんの食事もだけど、今の見張りナシに慣れたらホントに普通の旅に戻れないよ」
ハヤはそう言ってお茶を飲んだ。
ハルさんがいることで、交替の見張りの必要がなくなってしまったのだ。眠い時間に起き出す必要がないから、ものすごい贅沢な感じがする。
「一晩キープするくらい大したことないよ。魔法道具もあるし」
ハルさんは簡単に言った。
そう言えば旅の始めの時、ハヤも見張りは要らないって言ってたんだ。ただあの頃はレベルを考えてもちょっと難しかっただろうし、みんなの手前見栄を張ってた感じもする。
でも今は結界を扱える魔術師が二人いるので、一晩中見張りを立てる必要がない防御が敷けるのだ。
「ハルさんって、普段の旅はどうしてるの?」
「俺は人の居るところじゃないと仕事にならないからね、基本的には街道を行くから宿に泊まるよ」
でも街道だって危険はあるし、物語を求めて小さな村とかにも足を運ぶって聞いたのにな。するとハルさんはちょっと考えるようにして、
「一人分の結界なら、魔法道具で固定すれば寝てても平気ですよ」
と言った。へぇ……そうなんだ。俺が感心してたらハヤが唐突にため息をついた。
「見習い、そういうレベル異常の言葉を鵜呑みにするんじゃない」
えっ、レベル異常?!
「チカちゃん、こんなだけど実力は青魔術師だからね? キヨリン追っかけてあんな距離ピンポイントで飛ぶとか、たった一人で旅してモンスター対処できるとか、普通じゃないから」
おお、そうだった。頑丈なお城の結界すり抜けて、キヨの目の前に現れるとか出来る人なんだった。こんなだけどって結構失礼な言い方だけど、当のハルさんはにこにこしてる。
あれ、そう言えばハルさん、俺たちと一緒に5レクス越えちゃったけど大丈夫だったの!?
「ああ、ハルチカさんは印無いから」
キヨがそう言うと、ハルさんは左手をひらひら見せた。ホントだ! 冒険者の印がない……!
「でもそれだと、ギルドに登録できないじゃん!」
「登録しなきゃいいだろ」
ええええ、登録しなかったら冒険者の旅に入れないし、雇って貰う給金も決まらないじゃん。
あ、でもゴールドを稼ぐ冒険の旅に出なかったらいいのか? だけど前にギルドでシーフや吟遊詩人も登録するって説明されたよな。
「つっても、冒険者として旅に参加したがる吟遊詩人のが、何かおかしくね?」
たまにいるけどなーと言いながら、シマは皿を片付けて立ち上がった。
言われてみれば旅の仲間になる吟遊詩人て、目的がわかんないな。諸国の物語を集めるのに安全に旅したいとか? でもそしたらパーティー側からしたらメリット無いし。
そりゃハルさんは吟遊詩人だけど、魔術を学んで青魔術師にまでなってるんだから、最初は魔術師として働いたりしなかったのかな。ハルさんっていつから吟遊詩人なんだろ。俺はキヨにもっと食べるよう言ってるハルさんを見た。
人前に出る職業だからめちゃくちゃ人当たりがいいけど、謎が多い。
ご飯を食べたら寝るだけだ。みんなちょっとだけのんびりお茶したりするけど、基本的には何もすることはない。今は見張りの必要がないから、早めに寝るとかも必要ない。モンスターの襲来さえなかったら、ホントにのんびりした旅路だ。
この前突発的にお告げをクリアしちゃったから、勇者の旅的に次のお告げがないとかって不安もないし。
「はーい、今日のベッドですー今日は大サービスで二頭!」
シマが言いながらモンスターを連れて戻ってきた。
ものすごく毛の長い馬みたいなモンスターで、初めて見た時は生きたモップかと思った。座り込んでいると枯れ葉や木々に擬態してて、パッと見はのんびりしてそうなのに攻撃時はすごい勢いで突進してくる。地面につくほどの長い毛でものすごく頑強な足を隠しているのだ。でも座っていると長い毛は自然の毛布になっていた。
「もふもふ!」
レツは一番にモンスターに抱きついた。触れてみると、モンスターの毛は想像以上にふわふわだった。これやっぱ寒い地方だからなのかな。
シマが連れてくるとバトル時の怖さは忘れてしまう。顔を上げてみたら、ハルさんが明らかにそわっとした表情で見ていた。チラチラとキヨを伺って、めちゃくちゃそわそわしてる。
「……行ってくれば?」
「え、ヨシくんは」
「いや俺はいいし」
キヨがシマが連れてきたモンスターと一緒に寝たことは今まで一度もない。
最初は怖かったけど今は大丈夫とわかったし、毎晩連れてくるわけじゃないから温かい毛に包まれて寝られるのは貴重なのにな。
ハルさんはちょっとだけ逡巡してたけど、「じゃ、お言葉に甘えて」とか言ってモンスターに近づくと、そっと寄りかかった。
「もふ!」
「でしょー、最高だよね」
レツは自分の事のように自慢した。ハルさんも幸せそうに笑う。そうなんだよ、固い地面に毛布だけで寝る毎日だと、このあったかふわふわが最高なんだ……
「えー、キヨリン、チカちゃんが一緒でもダメとかおかしくない?!」
ハヤがもふもふから顔を上げて言う。やっぱキヨがモンスターと一緒に寝ないのはハルさんが禁止してると思ってたんだ。本人違うって言ってたのに。
「そういう問題じゃねぇって」
「あっ、他の人とくっつくからだっけ」
「今日は二頭いるからキヨくんとハルさんで使えば」
「ちょ、二人のためのベッドとか」
「あんなことやこんなこと始めたら、いくらシマのモンスターでも!」
「そんなの見せられたら俺がこの子たちを抑えておける自信がっ」
「見 る の 前 提 か」
「お前らなぁ……」
キヨは突っ込んだけどハルさんはあははと笑ってるだけだった。あんなことやこんなこと……俺は顔が熱くなってちょっと違う方を向いた。
「シマが抑えられなくなるのは、こっちのモンスターじゃねぇだろ」
キヨの言葉に、一瞬の間があってハヤとレツが大爆笑した。コウは道具を片付けながら「キーヨーくーん?」と教育的指導っぽい声を出す。えっ、これ何かそういうの?
「いやでもちょっと待って、それキヨリンオカズ確定だから盛大なブーメラン」
ハヤが言うと今度はシマも含めて大爆笑を始め、キヨはちょっとぎょっとした顔をした。暴れる三人にモンスターが困ったように首を傾げて見る。えーと、おかず?
「え、それはちょっとやだな」
ハルさんがそう言うと、シマは笑ったまま「無いから無いから」と手を合わせて体を投げ出す勢いでハルさんに頭を下げた。キヨは視線を外してお茶を飲んでいる。一体何がイヤで何が無いんだろう。
「っつかチカちゃん、一緒に寝ててムラムラしないの?」
ハヤの言葉にキヨが盛大にお茶を噴いてむせた。コウが慌てて背中をさする。ちょっと、何聞いてんだよ! 俺は顔を隠すように毛に潜り込んだ。
「一緒っても並んで寝てるだけですよ」
「今までずっと離れてたのが、今これだけ毎日一緒に過ごしてて何もないってのはすでに不健康だと思いますー」
ハヤは不満そうに言った。いやなんでハヤが不満そうなんだよ。その後ろでシマとレツがにやにやして見ている。
ハルさんは「うーん」と言いながらちょっとだけ視線を上げた。
「まぁ、ヨシくんの可愛いとこ人に見せたくないし」
ハルさんがそう言うとキヨは再度盛大にむせていた。カップを受け取るコウに涙目で「気管に入っ、」とか言ってる。
あのキヨが可愛いとか、ハルさんも盲目ってヤツか……それからハルさんはにっこり笑ってハヤに向く。
「それと、王子のセリフも盛大なブーメランだからね」
間があってから、「うわーーーー!!」とハヤが叫んだ。レツとシマは再度爆笑する。
「ちょっとキヨリン、ダッシュでウタラゼプに着く方法ないの?! 早く街に着かないと、僕の沽券に関わるんだけど!」
キヨは口を拭いながら不機嫌そうに「ねぇよ」と答えていた。ブーメランがなんで沽券に関わるんだ。
結局キヨはハルさんが誘ってもシマのモンスターを枕にして寝ることはなかった。
翌朝俺が起きた時にはハルさんはもういなかった。キヨを起こしに行ったのかなって思ったけど、ハルさんが寝てたところには寝ていた後があまりついてなかった。
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