第13話『あんまりにやけると気持ち悪い』
「ええええええ!!」
驚いて声を上げたのは俺とレツとシマだ。キヨはむしろ絶句している。
「え、いや、ちょっと……なに」
キヨはどもりながら、何だか赤くなった。
「だからね、もうこんな危険なことしないで欲しい。また遠く離れたところで、もう戻らないかもしれない状況に陥るとか、ちょっと耐えられそうにない」
ハルさんは穏やかな表情だったけど、口調からして真剣だった。
ああ、そうか……普通そうだよな。
キヨは優秀だからこれまでの仕事でそこまでの危険はなかったかもしれないけど、勇者の旅は5レクスを越えるし、実際ハルさんが知らないだけでキヨは結構ヤバいことになったりしてる。そんなの、普通に耐えられないはずなんだ。
俺は意識の戻らないキヨの手を握るハルさんを思い出していた。
「いや、でも……」
キヨは言いながら俯いた。長い前髪が完全に顔を隠す。俺と一緒に声を上げてしまったレツたちも、突っ込めなくなっていた。
――― 旅を離れる、とか
もし……もしこれがホントのお告げだったら? これでキヨが旅を離れることが、お告げが告げていたことなんて事は、ないのか……? そんなのイヤだけど。
でもハルさんの気持ちもわかる。だけど……やっぱり離れて欲しくない。俺はみんなを伺った。みんな何も言えずにいる。
「チカちゃんが僕たちの前でそれを聞くのは、一応僕たちを思いやってくれてるんだろうなとは思うけど」
ハルさんは少しだけ笑った。
キヨと二人の時に決断を迫らなかったのは、俺たちの影響のないところで決めないように、なのかな。
「でも正直に言うけど、残念ながらキヨリンいなかったらこのパーティー路頭に迷うんだからね」
ハヤは何だか堂々と言い切った。ええ……
「でも王子もシマくんも、普通に仕事には出てたでしょ?」
ハルさんはそう言ってハヤを見た。
ハヤとシマは冒険者の旅の仕事に出ていた。だから旅仕事自体はこれが初めてじゃないし、だとしたら絶対路頭に迷うとは言えない。
「でも、キヨがいないとお告げのクリアなんて絶対無理だよ」
レツは力強く頷いて言った。
いや、勇者自らそれ言っちゃうか……ハルさんは苦笑している。そう言えば前にハルさん自身がそう言ってたのにね。キヨは俯いたままため息をついた。
「そりゃ俺もいつかは一緒にって思ってるし、ハルチカさんが心配してくれるのも嬉しいし……それに今回、俺がいなくてもクリアできたし……」
「はぁ?! 何言ってんの? キヨリンがいなくて丸1日かけてやっとなんとか追いついたんだからね?!」
「それもキヨがヒントを残してくれてたキヨの思考を辿っただけだし」
「結局キヨくんに説明してもらってやっと繋がったわけで」
「もう全然わかってないよね!」
この人たち、どれだけ自分下げれば気が済むんだ……それだけ、キヨに離れて欲しくないからなんだろうけど。
キヨは顔を上げない。長い前髪が下がってお化けみたいだ。キヨはそのままハルさんに寄りかかった。
「あーーーーーーーむり、決めらんない」
キヨは俯いたままそう言った。ハルさんは俯いて寄りかかるキヨを見ている。
「わかってる、今が一番わがままな形ってことは。俺が望む冒険とハルチカさんの両方を取ってられる。でも比べてどっち取るとかでなくて、どっちが欠けても、しんどい」
そう言ってキヨは顔を上げた。今までで一番情けない顔をしてる。
「たぶん今旅を離れても、ずっとこいつらが気になると思う。こいつらを選んでも、ずっとハルチカさんを裏切った気になると思う」
ハルさんはちょっとだけ寂しそうに笑って、片手をキヨの頭に載せた。
「しょうがないな、じゃあちょっとだけ考える時間をあげる」
キヨはそう言うハルさんに首を傾げた。
「次の目的地まで一緒に行くよ。俺も旅の途中だったから、こっちに飛んだ時に荷物は持ってきてるし」
「え、マジで!」
それからキヨはみんなを見た。
ハヤはその視線を受けてレツに振った。キヨもレツを見る。レツは嬉しそうな顔をして、思いっきり頷いた。
「みんなで旅に出よ!」
「はい、勇者命令出ましたー」
シマがそう言うと、みんな嬉しそうに笑ってお茶のカップを掲げて乾杯した。
よかった、とりあえずキヨは旅に残る。
「次の目的地まで、首の皮一枚ってとこだけどな」
コウが小さくそう言ったけど、表情は安心しているみたいだった。
旅に戻るので午前中の散策とは違って、旅の準備の買い物をする事になった。
もともとこの街に長居するつもりはなかったけど、メンバーにハルさんも増えたからその分の食料も買わなきゃならない。
「ハルさんって大食い?」
コウは真顔でキヨに聞いた。
「いや、普通じゃね? っつか本人に聞けば」
キヨに言われてコウはちょっとだけ複雑な顔をする。
もしや人見知り発動……そうか、今までもハルさんに会う事はあったけど、意外と一緒に時間過ごす事ってなかったよな。大体キヨが何かあって、荷物そのままに飛んできてくれただけだったりしたから。
「キヨリン、あんまりパーティーの風紀を乱すようなことしちゃだめだからね」
ハヤがキヨの肩を組んで小声で言う。キヨは「はぁ?」とか言ってハヤを睨んだ。
いや、いくらなんでもキャンプ生活でそれは、ない……よな? 俺は野菜を真剣に見ている振りして視線を外した。
「あ、それ美味しそうだね」
「うわあ!」
唐突にハルさんに声をかけられて、飛び上がるほど驚いた。いや、俺が動揺するのもなんだか変なんだけど!
ハルさんは何も知らずに「何かあった?」とか聞いてる。いや何もないです何もないです。
キヨは興味なさそうに俺を見たけど、ハヤはにやにや笑っていた。くっそー……
それから俺たちは馬小屋に行き、旅の支度を整えた。
俺たちの荷物は何一つ欠けることなく保管されていた。馬はエルフの森の自然に触れて、やっぱりちょっと高級になった感じがした。
荷物を保管していてくれたエルフの人たちは、町はずれから気持ちよく俺たちを見送ってくれた。一体何て言われて保管してたんだろ……
そう言えば街であったエルフたちも、俺たちに不審の目を向ける人はいなかったな。連行されて街に入ったってのに、あれを目撃した人以外は全然知らされてなかったのかもしれない。
「いや、連行されてた時も、不審な目で見られてたかわかんねーよ」
キヨは森の道を歩きながら言った。連行されてたのに?
「たぶんエルフが見てたのは、お前だよ」
へ? 俺?
「街でもそうだっただろ、すれ違うエルフがお前見て驚いてた。子どもだからな」
あ……そう言えば、路地を歩いていて目が合ったエルフが、何だか驚いてたことがあった。あれは俺が子どもだったから、なのか。いや、俺は子どもじゃねーけど!
「いや子どもにしか通じない言葉がわかっちゃった時点で、子ども確定だよねー。大人には雑音にしか聞こえないんだし」
ハヤは乱暴に俺の頭を撫でた。俺は頭を振って逃げる。
「だったらシマだって子どもになっちゃうじゃん!」
「いやー俺は言葉には聞こえてなかったからなー」
シマはそう言って手綱を持ったままの手を頭の後ろで組んだ。ずるい! あんなに自然に会話してたくせに!
「そう言えば街で聞いたんだけどね、子どもが生まれて外へ出るような年齢になると、大人になるまで別の街に住むようにした人もいたみたい」
だからそんな子どもたちも戻ってくるねとハルさんは言った。
あの子に誘われないように、街から離れて暮らす選択をした人もいたんだ。でもそれってどれだけの期間なんだろう。外で思いっきり遊ぶころに親元を離れて、大人になるまで離ればなれとか……俺はチラッとみんなを見た。
でも、みんなは孤児なんだよな。離ればなれとかって距離じゃない。
「なんだ、子どもはおうちが恋しくなったのか?」
キヨは俺を見ていじわるそうに笑って言った。ハルさんが「小さい子には優しく」と言って咎める。黙ってキヨの足を枝で叩いたら、笑って逃げるみたいに先に行った。いつまでも子ども扱いしやがって。
「キヨくん、ブチギレてたくせに」
コウが俺の隣で小さく言った。え? 俺がコウを見上げると、コウは黙って眉を上げた。
あれ、あの朝のキヨがブチギレてたのって……エルフが俺を犠牲にしようとしてたのに気付いたから? だからあんな風にブチギレたのか? 仲間に危害を加えるヤツに容赦ないキヨが??
……え、ちょっと待って、それって俺、キヨに仲間って認められてるってことみたいだけど、ちょっとなんか……
「見習い、あんまりにやけると気持ち悪い」
コウはそう言ったけど、俺はちょっとすぐ真顔に戻せるか自信なかった。胸の奥がくすぐったい。
「おーい、置いてっちゃうよー」
レツが最前線で手を振っている。
俺はにやけてしまう顔を両手で叩いてから、遅れないように走り出した。
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