第12話『満ちれば解ける』

 翌日、俺たちはエルフの街を散策した。


 みんなで朝ご飯を食べに行こうとしたら、キヨがまだぐっすり寝ていたからだ。

 昨日の今日でまだ回復できてないのかもしれない。まぁ、朝キヨが起きてこないのはいつものことだけど。


 ちゃちゃっと魔法で治しちゃえばいいのにって思ったけど、バトル中でもなくて体を休められる時は、そうした方がいいんだとハヤに言われた。

 前は無理にでも早く起こして寝坊体質を変えようとしていたハルさんも、今日は寝かせてあげるみたいだった。


「まさかとは思うけど、あれから盛り上がっちゃったとか」

 散策しながらハヤが言うと、シマとレツが嬌声を上げた。

「二度と会えないかもってシチュからの復活!」

「もう二度と離れたくない……」

「お互いの温もりを確かめ合うように」


 舞台役者のように大げさに両腕を広げたハヤに、シマが抱きついてレツが「くぅー!」とか言いながら跳ねる。お互いの、温もり……!


「団長、お子様が想像してる」

 コウはそう言って俺の頭を叩いた。っつか! ここで悪者なのは俺じゃないだろ!

「何にもわかってないのに、何を想像してんだか」

 ハヤはまるっきり見下すような顔で、鼻で笑って俺を見た。

 じゃ、じゃあ俺の想像は、ハヤの言うのと違う……のか? いや、そんなはずない、大人って汚い。


 俺たちは午前中街の店を散策した。

 小さな街だから、長時間買い物を楽しめる規模ではなかったけど、それでも細工の店なんかは人間の店よりもクオリティが高くて見応えがある。魔法道具はやっぱり段違いにいい品物が多いし。


 その後、俺たちが昼食をとっていると、キヨとハルさんが現れた。店内に七人同時に食事ができるテーブルは無かったのだけど、店員が机をくっつけて一緒に食事ができるようにしてくれた。

 シンプルにパンとスープを頼んだので、結局牢屋で食べていたものとあまり変わりなかった。そう言えば、普通に美味しかったし別に囚人用の手抜き料理って感じもしなかったもんな。


 食事をしていると、俺たちを捕らえたあのエルフの女性が現れた。店内に彼女の姿を確認した瞬間、コウが緊張したのがわかった。

 いつだってすぐ対応できるよう端に座るコウは、スプーンを持ったままだったけどもう動ける体勢になってる。女性は俺たちのテーブルの傍らに立った。


「別に説明はいいよ」

 女性が口を開く前に、キヨが言った。女性は驚いてキヨを見る。

「だいたいわかったから。とりあえずそっちも、もうこれ以上そんな事しなくていいし、今後の危険もない。これでいいだろ」


 え、わかったの?! っていうか何がわかったんだ?

 でもそう言われた彼女は、少しだけ逡巡してから小さく「ありがとう」と言った。

「馬と荷物は、街の端の馬小屋にあるから」

 そう言うと彼女は俺たちを見回して、少しだけ口を開いたけど何も言わずに店を出て行った。


 キヨと違って説明を求める俺たちは、全員無理矢理言葉を飲み込んだような顔でキヨを見た。キヨはそれを見てちょっとだけ首を傾げる。

「別に謝罪とかいらないだろ?」

「いやそうでなくて」

 シマはそう言ってため息をついた。

 うん、捕らえたことに対する謝罪とか、むしろ思いつきもしなかったけど。でもキヨはきょとんとしてみんなを見回した。


「なんで、もうわかってんだろ? 解決できたんだし」

「いやいやいやいや全然よ?」


 そりゃあの池で少女に会ってシマとレツがどうにかして、キヨが復活したんだから、お告げはクリアになったと思う。レツも昨日これでクリアって言ってたし。でもクリアイコール理解じゃないんだってば。


「そりゃキヨリンが推察したかなーとこまでは、何となく追えたけどさー」


 ハヤはスープにパンを付けながら言う。透き通ったコンソメっぽいスープは細かく刻んだ野菜が沈んでいる。

 でもそれ、昨日言わないまま出掛けたから、俺はわかってないんだけど。キヨは「俺が推察したところ」と言ってちょっとだけ視線を上げた。

「キヨが話してくれるのが一番わかりやすいから」

 レツは両手でパンを持ったまま言った。


「話してあげたら」

 ハルさんにそっと言われてキヨはちょっとだけ息をついた。

「キヨは何を調べてきたの?」

 キヨはこの街に『子どもがいない』って言ってた。それって、なんでそう思ったんだろう。

「俺があの夜街で見たのは、扉の守りの文様だよ」


 それなら俺も見た。ハヤが教えてくれたやつ。つまりキヨと同じ時に同じ物を見てたってことか。俺は何にも至らなかったけど。

 キヨはテーブルの上のパンくずを指先で転がした。

「結構な数の家が文様を描いてる。まぁ、家だしそんな事もあるかと思ったけど、考えてみればおかしいんだ」

「どうして?」

 キヨは眉を上げてレツを見る。


「だってエルフだぜ。太古からの種族で絶対的な魔法の力があって、なんで今更文様で家を守るんだ?」


 みんな思い至ったようにちょっとだけ体を引いた。……そうじゃん、エルフなんじゃん。文様に頼る必要なんてないはず。レツがうーんと唸る。


「文様がきれいだったから、扉に描いたとか」

「なら普通に模様でいいじゃん、魔法のルールに則る必要がない」

「じゃあ夜みんなが寝てる間を守りたいとか?」

 俺が言うと、キヨはちょっとだけ意外そうに俺を見た。


「俺もそう考えた。実際寝てる間の隙を狙って脱獄してたからな。でもすでに街全体がモンスターの脅威からも離れてんだ。何の脅威がある? そう思って家々を見ていたら、おかしな部屋を見つけた」


 調べるって言うから、図書館みたいなとこに忍び込むんだとばかり思ってた。街を調べるって、ホントに家を調べてたのか。


「それって?」

「主のいない子ども部屋」


 それが何かおかしいかな? 子どもが大きくなったから、使ってないとかじゃないのか? そりゃ俺の家族の家には子ども部屋なんてなかったし、あったとしても家を出るまでずっと使うだろうからそんな状況にはならないだろうけど。

 お金持ちとか、エルフなんて生活を気にしなくてもいいんだから、使わない子ども部屋があっても変じゃない気がするんだけど。


「その部屋は、べたべたに守りの文様の入ってた。家の扉に入ってるだけでも要らんだろって思ったのに、何かヤバいもんを外に出さない封印かよってレベルで壁に」

 そう言ってキヨは周囲の壁を示すように指をくるっと回した。

「部屋に子どもは寝てなかった。子どものものと思えるおもちゃとかはあったけど、しばらく使われてない感じで。だから俺は他にもそんな子ども部屋があるか見て回った」


 それであんな三階にいたんだな。一階の覗けるところに必ず子ども部屋があるとは限らない。レツはキヨを伺うように見る。


「他にも、あったんだ?」

「ああ、同じように文様だらけで主不在。しばらく使われてない感じの。でもこれだけあるとなると、この街は必ず子ども部屋を用意するんだなと思った。つまり、子ども部屋のない子どもはいない。親と寝ていて見つけられていない可能性は低い」


 エルフの家は、エルフの魔法で自然と育つ。

 家になるまでにどれだけ時間がかかるのかわからないけど、ゲストの部屋をあちこちに用意できるくらいなんだから、部屋を増築するのは難しくないのかもしれない。


「結局俺は眠ってる子どもを見つけられなかった。そうこうしてたら団長とお前が現れた。俺があの夜見たのはそこまで」

「でもあの時、なんか危険がありそうって言ってなかった?」


 キヨはあの時、関わると面倒そうだと言って手を引こうとしたんだ。レツがお告げを見なかったら、夜のうちに街を出ていたかもしれない。子どもがいなくて、なんで危険がありそうになっちゃうんだ?

 キヨはちらりと俺を見た。


「……子どもがいないのは、いなくなる理由があるからだろ」

 そう言うとお茶のカップを取って一口飲んだ。そりゃまぁ、そうだけど。

「夜に外へ出るように促されてたのはわかってるよな?」


 キヨは唐突に話題を変えた。俺たちはそれぞれ頷いた。

 昼間は強い魔法で格子を破れないようにしてあったこと。エルフの茶番。まぁ、それに気付いてたのがたった一晩明けた翌朝ってのが、キヨの妄想力があり得ないとこだけど。


「それってキヨリン、何で気付いたの?」

 そう言えばハヤは、キヨが本当の事を言わずに昼間は格子が開かないと言ったから、逆に夜になったら開けられるって気付いたんだっけ。

「それはお前らが教えてくれたんだよ」


 ハヤと俺は、同じ方向に首を傾げた。何か、言いましたっけ?

「俺が推察したことってこの時点のだろうから、逆に考えてここまできたんだろうな」

 キヨはそう言ってから「団長と、シマ?」と聞いた。ハヤは苦笑して「シマのが先」と答えた。え、何、どういうことなの。


「だから俺は、お前らが不思議な少女に会ったって言ったから、夜外に出るようにし向けられてたって思ったんだ」


 俺には会えなかったからなと、キヨは軽く付け加えた。


 あの子会ったから? 結果的に敵……みたいになっちゃったけど、俺が最初に話した時は何の害もなかったし、そんな風に話した覚えはなかったけど……

 俺がそう言うと、なぜかハヤが俺の頭を撫でた。どうして? 俺はハヤを見上げた。


「子どもがいない街で、夜、子どもが外に出ると、不思議な少女に会う」

 コウはぽつりとそう言った。子どもが、いない街……

「夜、子どもが外に出るようにしたんだ。子どもを含む旅人を捕らえて」


 それって、俺……?


「子どもを含む旅のパーティーなんてそうそう無いだろ。だから今までこんな事やってたかどうかわからない。だいたい目的がその子の退治なのか、ただの生け贄なのかもわかんねぇ。エルフがエルフの街の中で、守りの文様に頼るほどの相手だ。聞いたとこだと、その子の言葉は大人にはわからないって話だし、それならよけいにエルフの大人たちにはどうしようもなかったのかもしれない」


 キヨはそこまで言って、ぐいっとお茶を飲んだ。

 それが、キヨの言った本当の意味での茶番なのか……子どもの俺が、夜外に出るようにし向けた、意味のない拘留。エルフが守りの文様に頼るほどの危険。


 みんなが捕まったのって、俺がいたからなんだ……


「正直あの後外に出るのに、こいつを連れて行く方がいいのか、ちょっとわからなかったんだ。でも調べないと結局わかんねーし。前夜の時点で何も起こらなかったのは、引き込むのに時間をかけるからなのか、こいつだからなのか」


 無事に抜けられるかわかんねぇしと、キヨは小さな声で付け加えた。闇魔法で開けた穴。邪悪な炎で焼いた格子。

 『だとしたら、どっちだ』……それって、その比較だったのか。キヨはそこで、俺だからさらわれなかった方に賭けた。


「キヨリンの独り言、この子がちゃんと聞いてたから僕たちも当たって砕けられたんだけどね」


 ハヤはそう言ってお茶を飲む。昼間も夜も影響がなくてエルフだけって、そういう意味だったんだ。

 あの子はエルフだけを誘う。だからハヤは俺たちがやらなきゃならないって言ったのか。俺たちはエルフじゃなくて人間だから。

 圧倒的な力を持っていたから俺たちだって危うかったけど、エルフには俺たちよりも何か手の出せない存在だったのかもしれない。ハルさんも、とても古いって言ってたし。


 俺はシマを見た。ここから先は、シマしかわからない。

 シマはお茶のカップの中を見て、穏やかな顔をしていた。


「まぁ、あの子は、なんだろな……呪術系のモンスターって言っちゃえばそれまでなんだけど、もっとたぶん古いんだろうな」

「モンスターだったの?!」


 シマはちょっとだけ笑みを浮かべた。モンスターにしては強すぎる。いや、あんな風に魔法を使うモンスターなんて見たことない。それにどこから見てもエルフだった。それって、あの子がエルフを取り込むタイプだったから?


「そうだなぁ……元はわからん。今はエルフを引き込むだけの存在になってたけど、なんでそうなったのかはちゃんと掴めた気がしてない。ただ、誘って引き込むのに、あの少女の形を取って子どもにしか伝わらない言葉でやるのは、モンスターみたいな本能のままに無差別に襲う食欲とは思えなかった」


 池に繋がれた少女。あそこにいなきゃならない存在。それは何かの呪い?

「なんでシマには言葉がわかったんだ?」

 俺の言葉にシマは「んー」と言って、とぼけるみたいに首を傾げた。


「実は言葉ではわかってねぇ」

「ええええ!」


 あまりに驚いて立ち上がった。だってちゃんと会話になってたよ?! シマは「いしし」とか笑っている。

「まぁそう言ってるなってのはわかったって感じかなぁ。一言一句、言葉で受け取ってたっていうより、俺は心の動きを追ってたって方がしっくりくる」

 向こうには通じてたんだろ? と俺を見て言った。そりゃもう、ちゃんと会話になってたし。


 そう言えばシマは彼女と話しながら、指を鳴らしたり頬に触れたり、モンスターを仲間にする時みたいな方法を使っていた。俺は脱力するみたいに椅子に座った。


「あの子は、場所に縛られ自分と同じ存在を求めていた。ひっくり返せば、あそこに一人で居たくないんだ。だから自由にして自分から会いたい人に会いにいけるようにしたら満足か聞いたんだ」


 ……シマは最初から、彼女を倒すつもりはなかったんじゃないだろうか。

 シマが求めていたのはキヨを返してもらうことだった。キヨが戻ってもあの子に問題がないように、あの子を解き放ってあげると言っていたんだ。

 いや違う、あの子が最終的に、シマのすることで幸せを感じるかどうかを確認していた。シマは彼女が満ち足りてキヨを解放することを望んでいた。


「満ちれば解ける」


 ハルさんは独り言みたいにそう言った。

 その彼女を、解放できたのはレツだった。あの緑の光る紐、彼女を縛り付けていた縛めを断ち切ることができるのは勇者だったからなんだろう。


 俺はチラッとレツを見た。断ち切らなきゃって言ってたあの時、レツにはそういうのがわかっていたんだろうか。

 もちろん、彼女がそれを望めるように導けたのはシマの功績だけど、レツが呪縛を断ち切る事ができなかったら何も解決しなかったんだ。


「結構古い存在だったよ」

 ハルさんがお茶のカップに口を付けながらそっと言った。キヨが「ここに来る前にあの池に行ってたんだ」と続けた。ハルさんは、あの池で土地の記憶を読んできたのかな。

「想いは強いと、呪術みたいに残るとこあるからね」


 それは、マレナクロンの彼女みたいな……

 呪術系のモンスターは詳しい研究が進んでいない。想いが強いとモンスター化するなんてこと、あるんだろうか。何かそれって、ちょっとイヤだな。


「さて、そしたら話も一段落したので」

 ハルさんはそう言ってカップを置いた。それから隣のキヨを見る。キヨはきょとんとしてハルさんを見た。


「ヨシくん、ここで勇者の旅を離れてほしいんだ。俺と一緒に来てくれない?」

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