第10話『茶番なんですか?』

 格子の枝は、問題なくするすると動いて人の通れる幅を開けた。

 ハヤはちょっとだけ小さく息をつく。ハヤが魔法で押さえてる間に、みんなは無言で牢を出た。


「陽が落ちるのが合図か」


 コウはそう言ってぐーっと体を伸ばした。洞の中は広かったけど、体を伸ばすには圧迫感がある。


 俺たちは一日中、キヨの見つけただろうヒントについて考えた。でも結局キヨが調べたところを誰も見てないから、すべてが憶測にしかならない。

 あの池には何かあるとは思うんだけど、何があるのかはまったく想像がつかなかった。


 それだって、キヨがあんな風になちゃったからそう思えるだけなんだけど。キヨが倒れなかったら、俺たちはあの池に何かあるとは思わなかったかもしれない。


 それから日の入りも近づいたのを見てハヤが「格子を開けるよ」と言ったのだ。

 闇魔法を使わないと開かないと思っていたのに、今度は昨夜同様ハヤの魔法で開いた。


「……何の合図かな」


 ハヤは小さくそう呟いた。格子を開けられるようになる合図じゃなくて? 昼間はエルフが起きてるから魔法が強くて、夜になったら弱まるとか。

 でもハヤはそれに答えずに街を見やった。

「とりあえず、キヨリンを診ないと」


 俺たちは揃って街に向かった。もう脱獄してるから捕まるみたいなことは気にしていられない。

 何となく気持ちが急いてみんな早足だ。案内する俺の方が遅れそうになる。


 キヨが寝ているゲストの部屋に着いて寝室に入ると、ベッドの脇にはハルさんがキヨの手を握って座っていた。

 久しぶりに見たハルさんは、何だか少しやつれて見える。


「さすがチカちゃん、どうやって来たの?」

 ハルさんはチラッとハヤを見てキヨの手を毛布の下に戻すと、髪をかき上げて立ち上がった。

「まぁ、こういう特殊能力ですから」


 ハルさんには同化の特殊能力がある。モノの記憶に触れたり同化することができて、そういうことから得た物語を詩にして国を巡っている吟遊詩人だ。同じように得た情報を売ったりする情報屋でもある。

 でも実は青魔術師レベルのすごい魔術師だ。今までもキヨが何かあった時に、ものすごい遠くから移動の魔法で飛んできたりしてた。


 エルフの街はエルフに開かれた人しか入ることはできない。

 ハルさんは妖精国にも頻繁に行っていて、妖精王やその前の妖精王とも名前で呼び合うくらいの友達だけど、エルフの国は王が全てのエルフを統べているわけじゃないから、王様が口を利いてくれたってわけでもなさそうだ。

 特殊能力と言ったのをみると、エルフの木々とかに触れて入れて貰ったりしたのかな。


「ハルさん……」

 レツはちょっとだけシマの後ろに隠れてたけど、そっと前に出た。ハルさんは不思議そうに見る。

「ごめんなさい、俺が変なお告げ見たの、キヨがいなくなっちゃうみたいな」

 レツはぺこんと頭を下げた。


「だからレツのせいじゃねーって」

「レツくんは悪くないよ」

「そうだよ、キヨリンだって絶対そんな風に言わない」

 でも、と言いつのるレツの頭に、ハルさんはぽんと片手を載せた。


「うん、ヨシくんはそんなこと言わないと思うよ。お告げは、勇者が選べるもんじゃない。レツくんのが辛かったよね」


 ハルさんの言葉にレツは今にも泣きそうに顔をゆがめた。ハルさんはそんなレツの頭をぽんぽんと撫でた。

「チカちゃんもチェックしただろうけど、一応僕も診るね」

 ハヤはそう言って寝ているキヨの傍らに近づいた。ハルさんはそれを見て、さっきまで座っていた椅子をハヤに引いた。

 ハヤは椅子に座るとキヨの体の上に両手をかざす。目を閉じて集中すると、何だか温かそうな光がキヨの周りに集まった。


 これはハヤの魔法……なんだよな。呪文も唱えていないし、何か固有の魔法を発動するっていうより、魔法を使うための力を引き出すとか言ってた感じに近い気がする。もしかしてこういう力を扱えるから、ハヤは医療系の白魔術に強いんだろうか。

 しばらくして光はすぅっと落ち着いて、ハヤは両手を下ろした。何だか呆気に取られてる。


「……なにこれ」

「うん」


 ハヤが言うと、ハルさんが答えた。え? キヨ大丈夫なの?

「体に問題はないよ。どこにも不調は見られない。ただ……落ちてる」

 あー何て言えばーと言いながらハヤは髪を混ぜた。


「落ちてるって」

「意識? 魂? なんだろう、体以外のキヨを構成するものが、違うところにある感じ。でもそれがどこかにいっちゃったとか消えてるんじゃなくて、体じゃないところに落ちちゃってんの。こう、びやーっと」


 レツに聞かれてハヤはベッドの下へ落ちるみたいに手を動かした。

 繋がってるけど、落ちちゃってる? するとハルさんが頷いた。


「どこかにリンクしてるね、これはたぶんとても古い」


 ハルさんはそう言って横たわるキヨの髪に触れた。

 ハルさんには、それが何かわかるんだろうか。キヨの魂が落ちちゃった原因が? 同化の特殊能力があるから、そういうことを感じられるのかな。

 ハヤは何だか不機嫌そうにキヨを見やる。


「王子様のキスで目を覚ますとかなら簡単なのに」

「王子、それ自分のことじゃないよね」


 ハルさんは律儀に半眼で突っ込んだ。いやハヤのこと王子って呼んでるのは、ハルさんだけだよ……ハヤは小さく息をついてハルさんを見上げる。


「チカちゃん、キスしてみた?」


 それこの状況で聞くか?! 俺はびっくりしてハヤを見た……のは、ハルさんを見れなかったからだ。俺のばか! 何この一瞬でそのシーン想像してんだよああああ顔が熱い……


「目覚めてくれるなら何回でもするんだけど」


 ハルさんの堂々とした当てつけに、さらに顔が熱くなった。この人たちは……

 ちらりとコウを見たら、ハルさんには突っ込めなくてとぼけるみたいに眉を上げた。


「ハルさん、今ここで起こってること、たぶんお告げがこれを意味するんだったら、俺たちが何とかしなきゃならないんだ」

 シマがそう言うと、ハルさんは見つめていたキヨから顔を上げた。

「でも正直、キヨがここまでで考えてくれたこともわかんねぇ。それにたぶん、キヨもまだ答えには行き着いてない気がする」


 まだ一晩しかこの街にいないのだ。俺はみんなを見回した。何となく悔しそうな顔。

 いつもはキヨに任せっきりだから、キヨがいなくなると目指す方向もわからない。そのキヨですら、全部がわかる前にこんなことになっちゃったんだ。


 理由もわからない。原因もわからない。方法もわからない。ただ、あの池でキヨがこうなっちゃったことを考えると、何かがあの池にあって、それを何とかしないとならないとは思う。


「チカちゃん、何か調べられる?」

 ハルさんはゆらゆらと首を左右に傾げた。濃い藍色の髪が揺れる。

「この時間だと、もう資料を置いてそうなところは閉まっちゃってるね」

 それを言われると、いつも忍び込んだりしてる俺たちとしては何も言い返せないんだけど。

「わかったところまで話してもらえる?」


 俺たちは捕まったところから順に、推測したことまでハルさんに話した。

 深夜に牢屋を抜け出して調べに出たこと、路地裏で不思議な少女に会ったこと、キヨが何かあると推測した方向に広場と池があったこと、翌日そこで真っ黒い霧に飲まれてキヨが意識を失ったこと、だからあの池になにかあるんじゃないかと思うこと……


 一通り話したけど、何だか何もわかってないことがはっきりしただけだ。キヨが俺を連れてった意味も結局わかってない。

 ハルさんはふんふんと頷いて熱心に聞いてくれたけど、思ったより簡単に終わってしまって、みんな言葉が継げなくなっていた。


「……まだあるよね」

 それまで黙って説明を聞いていたコウが言った。え、何か漏れがあった?

「『この街、子どもがいなくないか』」

「あ!」


 俺たちは顔を見合わせた。そうだ、キヨ確かにそう言ってた。

 でもその時はあの少女を見たって話になってうやむやになってたんだった。少女がいたから、子どもがいないってことにはならないと。でもキヨがそう掴んでたのなら、きっと何か意味がある。


「ほぼ唯一のキヨリンのヒントか……」


 ハヤは口元に手を当てて考え込んだ。

 キヨが一人で調べた時にどこまでの情報を得ていたのかわからないけど、それが導き出したのがあの一言だったはず。だとしたら『子どもがいない』って推察以降は、俺たちもキヨと同じものを見てるんだ。

 朝ご飯の時に、何かに気付いて苛ついていたキヨ。キヨが何かに思い至るまでに、何を見た?

 俺は今朝からのキヨを思い出そうと必死になった。


「……茶番」

「え?」


 レツが俺を覗き込む。いや、キヨが苛ついてた理由を探そうと思って。

「朝、キヨ何かブチギレてたじゃん。その理由」

 あの直前にエルフの男性が朝ご飯を持ってきていて、その男性にかけた言葉。あ、ハルさんの前でブチギレてたとか言っちゃったけど、大丈夫かな。


「茶番なんですか?」

 ハルさんはハヤに振る。ハヤはちょっとだけ眉を上げてから険しい顔をした。

「茶番……と言えばそうかも。僕たち確かにいきなり捕らえられたけど、理由は告げられないし見張りはいないし、ご飯も出してくれるからいることを認識されてるのに、結局一日中ほったらかしだった」

「でも朝飯の後に尋問の予定とかだったら、茶番と言い切るには早くね?」


 シマはそう言ってハヤを見た。あの時は今日一日何もされないと知らなかったから、この拘留の全てを茶番と言うには早すぎる。

 でも茶番と言ったキヨに、あのエルフは動揺してるように見えた。あれはキヨのはったりだったんだろうか。


「……あぁ、そっか」

 ハヤがぽつりと呟いた。みんなハヤを見る。ハヤはため息をつきながら片手で顔を拭った。

「うん、いやキヨリンのね、別のヒントがあって。それで僕格子を開けることに気付いたんだけど、そっか……それが茶番か」


 え、どういうこと? 全然意味わかんねんだけど。考えに沈みかけたハヤは、コウに小さく突かれて顔を上げた。

「えーと、キヨリンが昼間は格子が開かないって言ったじゃん? その根拠はエルフの男性が蔓の枷を気にしなかったからって言ったんだけど、あれウソなんだよね」

 うそ?! だって、実際俺たちは牢の中で蔓を外していて、それをあのエルフはスルーしてたのに。


「だって、気にしないのは『昼間だけ格子が開かないから』っておかしいでしょ。夜も開かないなら気にしないだろうけど、夜はすぐに開けられた。だからあれはキヨリンのウソ」


 ウソって言うか詭弁? とハヤは首を傾げた。ウソではないけど、ホントでもないってことなのかな。キヨはいつも、ウソはつかずに言い方でけむく。


「それで、昼間開かないってことは、夜になったらまた開けられるって意味なんだろうなって思ったの。キヨリンはそれに気付いてた……たぶん、それが茶番」

「夜になったら自由に出られる囚人ですか」


 たぶん見張りがいたら誰も外へは出なかったはず。でも見張りも置かずに放置された。しかも魔術師がいて、あの格子を開く魔法に気付いた。最初から出ることが前提の囚人。だから茶番……


「でもそれだと、昼間は絶対出られなくするのはおかしくない?」


 レツはそう言って見回す。日中は、街のエルフたちの目があるから、とか。


 ……いやそんなことはないんだ。キヨは堂々と通りを歩いていたけど、誰も止めなかった。あんなにエルフとはほど遠い真っ黒い格好していて、真っ黒い髪で一目で人間とわかるのに。

 俺はベッドに横たわるキヨを見た。そして夜は、通りに誰一人いない。夜だけ出られる理由……


「夜に出てほしかったんだろうね」


 ハルさんはちょっとだけ、物語を語る時みたいな優しい声で言った。それってエルフが、なんだろうか。


「うわ……」

 シマが誰ともなく声を上げた。

 それから何となく不愉快そうな顔でハヤに振る。ハヤはちょっとだけ怪訝な顔をしたけど、何かに気付いたように目を見開き、それから大きく息を吸って深いため息に変えた。何、ここ二人わかったの?


「何、わかったんなら教えてよ」

 俺がシマを突くと、シマは「いや、」と言って、俺から視線を外して言葉を濁した。絶対何か気付いてるじゃん!


「シマさん、キヨくんの秘密主義で今大変なんだから、共有した方が」

 コウは言いながらハヤにも視線を送る。ハヤも何だか複雑そうな顔をしていた。

「いや、ちょっと待って。マジでコレがキヨが辿り着いた仮説だとしたら、なんつーか……ちゃんとしてからじゃねーとダメだわ」


 それを確認しようとしてキヨはこんなになっちゃってんじゃないの? それにそんな秘密にしてる時間あるとは思えない。一刻も早くキヨを元に戻さないと、本当にその魂が落ちちゃってる状態が、いつまでも問題ないとは限らないのに。

 ハヤはうーんと唸って顔を上げた。


「あーちょっとこれは……どっちだ」


 どっちだ……? なんかそれ、最近どこかで聞いたような。

 ハヤが言ったのは、今仮説について情報共有する方がいいか、調べてからがいいかって意味だろうけど、俺はどこで聞いたんだっけ……?


「あ」

 俺が声を上げると、みんながこっちを見た。

「キヨが言ってたんだ、それ」

「どれ?」

「『だとしたらどっちだ』」


 コウが格子を壊せなかった後、闇魔法で焼き切る前に考えながらブツブツ言ってた。あれは何と何を比較してたんだろう。

 俺が闇魔法と言ったのを聞いて、ハルさんがちょっとだけ眉根を寄せたのが見えた。あ、よけいなこと言っちゃったかも。

 すると唐突にハヤが俺の両肩を掴んだ。


「見習い、今すぐ、キヨリンの言ったこと全部思い出して」


 ええええ、そんな無理だよ! それに今日キヨとの会話ならさんざん話したじゃんか。

「ちゃんとした会話じゃなくて、今みたいにキヨが呟いたりしたこととか、そういうので僕たちが聞いてないヤツ!」


 なんだか必死のハヤに、俺は集中して思い出そうとした。

 えーと、えーと、俺とキヨが出て行った間のことだよな、会話じゃないやつ……二人で歩いてて、扉に触れるあの子の真似をして、そんで、


――― 何から守ってんだろうな

――― 昼間は影響ないか、いや、夜も……

――― エルフだけか


「キヨがそう言ったら、黒い霧が逆流する滝みたいに立ち上ったんだ」


 たぶんこれで全部。ハヤは大きく息を吸って一度止め、それから一気に吐き出した。

「……シマ、これはちょっとひょっとするんだけど」

 ハヤは俺から手を離して立ち上がる。

「仮説段階で全然ターゲットが何かわかってないし、それこそ僕たちがクリアできるもんなのかまったくわからないんだけど」

 え、そこまでわかんないの? 俺はハヤとシマを見比べた。


「たぶん調べたところで関係者は口は割らない。それはシマも薄々思ってるでしょ。だから理由は後付けでいいから、当たって砕けるしか無い気がする」


 いやいやいや砕けちゃダメでしょ?! 俺はおろおろとみんなを見回した。

 シマはしばらく難しい顔をしていたけど、唐突にため息をついて頭をがしがしかいた。


「……まぁ、頭使うの柄じゃねぇしな」

「それはキヨくんの担当だから」

「キヨがいないんじゃ、動くしかないよ」


 みんなそれぞれ納得したように言った。いや、でも、相手が何かわかってないのに? ハヤはハルさんに振り返った。

「チカちゃん、ごめん、僕たち行くからキヨリンお願い。別にお願いされなくても見ててくれるだろうけど」

 ハルさんはちょっとだけ肩をすくめた。


「俺の手助けは必要ないみたいだね」

「明日まで待てるならちゃんと調べてもらいたかったけど、調べてわかっても何も変わらない気がするし。あと」

 ハヤはチラッと眠り続けるキヨを見た。

「キヨリンが見つけてくれたとこまでで、とりあえず僕たちがやるしかないってのはわかったから」


 それはお告げだからとかでなくて? ハルさんはそれを聞いて、何となく嬉しそうな笑みを浮かべてキヨを見やった。

「それじゃ、行きますか」

 コウがなんだかのんびり言って寝室を出ていった。シマとレツもあとに続く。


「気をつけてね」

「チカちゃん、寝てるキヨリンにいたずらしちゃダメだよ」

 いたずらって……! 俺は動揺を悟られないように下を向いてハヤの前を過ぎた。人形みたいにぎくしゃくして右手と右足が一緒に出てしまう。

「しませんよ、俺は紳士ですから」


 ちょっとだけ振り返るとハルさんは俺に小さく手を挙げてから、キヨの眠るベッドへ戻ってまたそっとキヨの手を握った。

 両手で包んだ手を額に当てて、まるで祈っているようだった。さっきまで全然心配してないみたいにみんなと話してたのに。


 黙ってハルさんを見つめていた俺を、ハヤがそっと頭を叩いて促した。

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