第9話『お前、あの子の言葉わかったの?』
ハルさんがどんな速さでここまで来れるかわからないし、ブレスレットを頼りに飛んできたらキヨがいなくて俺たちがいたってことになると残念さ極まりないから、俺はまたダッシュでキヨのところまで行き、キヨの左手にブレスレットを着けてから、また牢まで戻ってきた。
キヨは倒れた時と変わらず、深い眠りについているようだった。目を覚ます気配はないけど、今すぐ容態が急変する感じもない。
もうとっくにお昼を過ぎていた。昼食を持ってきたエルフには、みんなの外套を丸めて奥に盛って、キヨと俺は寝ている事にしたらしい。でもエルフはそんなこと気にしなかったようだ。
「キヨが昨日の夜に掴めたことってなんなんだ?」
シマに聞かれて、俺とハヤは同じように眉間に皺を寄せた。
「迷子の世話してて僕は何も見てないんだよね」
自分だって何もやってないのを俺のせいにすんなよ! 格子の外からハヤにグーパンチする。
「でもキヨがいないんだから、みんなで考えないと」
レツはそう言ってみんなを見回す。
でもなー……キヨ、考えがまとまらないうちは全然情報共有しないから、何にもわかんないんだよなー。
「とにかくキヨが気になったりしたことを推測してくしかないよな。お前キヨと話してて何かあったか」
いやそう言われても。俺はスプーンを咥えたまま、今日歩きながら話したことを思い返す。
「みんな大丈夫かなって言ったら、『たぶん』って言ってた」
それは脱獄がバレて、みんなに危害を加えられたりしないかなって意味で話したことだ。あんな闇魔法を使ったんだからエルフは気付いてるはずなのに。
「エルフの街で闇魔法使ってんのに、大丈夫って思ってたんだ……」
ハヤは首を傾げた。あれ、それも何かヒントになるの?
「あとは、なんで俺を連れてきたのかって聞いたら、広場を知ってるからって」
でもそれならハヤだって知ってるんだ、俺よりハヤを連れて行った方が絶対助けになるはずなのに。
「あの穴抜けられるのがお前だけだからじゃね?」
コウはとぼけたように言う。
闇魔法で開けた格子に触れないように、エルフの魔法が盛り返して狭くなった時に抜けられるのは、体の大きいハヤじゃ難しい。
なんか、俺がチビだって言われてるみたいで癪だけど。
「あとは……これって会話はしてないかな。扉の模様が守りの魔法ってのは、キヨも知ってたよ」
俺がそう言うとハヤはちょっと違う方を見ていて、今気付いたように俺を見て微笑んだ。レツに「何の話?」と聞かれてハヤは、エルフの家々の扉に守りの魔法の文様が描かれていたと説明した。
そりゃ闇魔法まで勉強してるキヨだから、守りの魔法の文様くらい知ってるよな。
「やっぱり、キヨリンがお子様を連れてったのには意味がある気がする」
え、そう? 俺はハヤを見た。
「ここで闇魔法使っても、残された僕たちに危害が及ばないと考えたのは、お子様がキヨと一緒にいて居ないからなんじゃないかな……」
ハヤはちょっとだけ考えながら言った。
それだと、俺が残ってたら問題あったみたいだけど。でも実際俺たちが出て行ったあとに、エルフが確認に来たりはしてなかったらしい。
「でも俺何も聞かれてないし、別に何もしなかったよ?」
キヨと二人で広場まで行って、あの池を覗いただけなんだ。しかも池を覗いたのはキヨだけで、俺は近くまで行ったけど覗く勇気はなかった。
「……見習いを連れて行くのが目的」
コウはちょっとぼんやりしながら言った。どこへ?
「だからその池だろ」
あの池? 黒い霧の立ち上る邪悪な感じのする池に、なんで連れて行こうとしたんだ? そりゃ邪悪な感じはしたけど、キヨはそれを知らなかったんだ。
昨日、あの池を見たのは俺とハヤだけでっていうか、
「……なんでキヨはあの池に行きたがったんだろ」
そう言えば、あそこ行く理由があったか? 俺はあの子について行ったらあそこに辿り着いただけだ。それにハヤは俺を捜していた。だから俺もハヤも、あの広場に目的があって行ったわけじゃない。
それなのに、なんでキヨはあそこに行きたかったんだ?
「これは確証はないんだが」
シマは何となく思い出そうとするように、視線を明後日の方向へ向けて言った。
「キヨがその場所が気になったのは、たぶん連行されてる時だと思う」
「なんで?」
レツが聞くと、シマはちょっとだけ難しい顔をした。
「連行されてる時に、俺たちを見てるエルフがいただろ。その何人かが、俺たちとどこかを見たんだ。俺たちを見て、それから視線をどこかへ送る。俺は、連行されてるくらいだし何かあるんだろなとしか思わなかったけど、たぶんキヨはその視線の先を覚えていて確認しようとしたんじゃね?」
それなら、昨夜まるで目的地がわかっているように路地を進んでいたことの説明がつく。エルフの人たちが送った視線があの路地の方角だとしたら、キヨはその奥に何かがあると思って探したんだ。
そしてその奥に、あの広場があった。
でも昨日の時点で、嫌な感じのする池があるって話をした覚えはない。そうだ、昨夜は暗かったから池が黒く見えたって話しただけだ。
「……ハヤも、あの池、嫌な感じした?」
俺は今更思い付いたように言った。そういえば、俺はずっと何だか嫌な感じがすると思ってたけど、ハヤはどうだったんだろう。
するとハヤはそれこそ不味いモノでも食べたみたいに顔をゆがめた。
「池もなにも、あの子がまず違和感ありありだったんだけど」
レツが「そんなに?」と聞いた。あのエルフの子が? だって彼女、別に怪しいところなんてなかったじゃん。
「見た目は普通に可愛いエルフの少女なんだよ。でもなんていうか……よく見えないの。暗かったこともあるけどこっちの目がピント合わない感じで、すっごいストレス。何もしゃべらないし」
ハヤは手放すみたいに片手を振った。
え、彼女普通にしゃべってたよな? 転けた後から俺と彼女は普通に話しながら歩いてたし。それに彼女が消える前、ハヤに答えてたじゃんか。
するとハヤは驚いた顔で俺を見て、それから嫌そうに眉根を寄せた。
「お前、あの子の言葉わかったの?」
え……何言って……
「あの子がしゃべったかもしれない時、僕には枯れ葉が擦れるみたいなガサガサした音が聞こえただけ。言葉じゃなかったよ」
俺は愕然としてハヤを見た。
いや、だって……普通にわかる言葉だった、よ? ハヤにだって、
「何て言ってたんだ?」
コウがそう言って俺を見たので、俺はゆっくり彼を見た。
あの時ハヤが、遅くまで起きてると怖いものに襲われちゃうかもって言って、そんで彼女が、
『だいじょうぶ』
「……みんなが怖がっているのは、私だから……って」
それって、どういうことなんだ?
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