第8話『……忠告遅いよ』
どうしよう、どうしよう!
考えなきゃ、キヨがこんな風になったのは池のせいだから、とりあえず池から離れないと。でも池はもう何事もなかったかのように、さっきまでと同じ黒い水面をたたえているだけだ。
池からキヨを離したいのに、俺一人じゃ全然キヨを運べない。ここにコウが居てくれたら……涙が出てきた。
結局俺がついて来たって何もできないじゃないか。せっかくキヨが俺を選んでつれて来てくれたのに。
「何で俺をつれて来たんだよ……」
キヨの胸に耳を当ててみたら、ちゃんと鼓動は聞こえた。鼻に手を近づけると息も感じる。
よかった、とりあえず生きてる。腕や背中を持ち上げて何とか動かそうとしていたら、キヨの左腕のブレスレットが外れてしまった。キヨの大事なブレスレットが!
慌てて拾って自分のポケットにしまう。仲間に比べてあんなに貧弱な体のくせに、俺の力では一度に数センチしか動かせない。
「君、大丈夫かい?」
声に振り返ると、優しそうな大柄のエルフの男性が心配そうに見ていた。
「あの、友達が……」
俺はそう言いつつキヨに振り返った。どうする、何て言う??
本当のことを言うのがいいとは思えない。この人は知らないかもしれないけど、俺たちは脱獄中なんだ。
背後に男性が近づいて来たのを感じて、俺は咄嗟にキヨの目を閉じさせた。
「……調子悪くなっちゃったみたいで、急に倒れちゃったんだ。でも俺には運べなくて」
「それは大変だ。君たちが滞在しているところまで行かなくても、この近くにも客人を迎えられる部屋はあるから運んであげよう」
男性はそう言うと、ちょっとだけ池を気にして避けるようにしながらキヨを抱き上げた。やっぱり妖精国と同じで、来訪者をもてなすのはエルフの基本なんだ。俺は男性について立ち上がった。
「あ、ありがとう」
「友達が突然倒れてびっくりしちゃったんだね」
彼は歩きながらそう言った。俺は慌てて顔を拭った。
泣いてるところ見られてたんだ。でも恥ずかしいより悔しい気持ちのが強かった。全然何もできなかった。
男性は、広場から一ブロックくらい離れた家に着くと、扉を開けて中に入った。
ホントに近くにあったんだ。キヨを抱いていて両手が塞がっていたけど呪文も使わず魔法で扉を開けていた。そりゃエルフだもんな。
俺は彼について家に入る。彼はキヨを寝室のベッドに横たえた。
「ここは今滞在する人が居ないからね。どっちの部屋も使って構わないから、ゆっくり彼を休ませるといいよ」
どっちの部屋もってのは、きっと俺たちが今滞在してる所とここってことだよな。今滞在してるのは牢屋なんだけど。
「ホントにありがとう」
エルフの彼はにこにこ笑って、俺の頭を撫でた。やっぱり子どもだと思われてる感。
でもそれ以上何も言わずに出て行こうとした。友達が倒れてショックを受けてるのを、追いつめないようにしてくれてんのかな。
「ああ、それから」
彼は扉を出るところで振り返った。
「この辺を散策してたんだろうけど、あの池には近づかない方がいいよ。もしかすると友達も、あまり良くない気に触れたのかもしれないから」
そう言って、もう一度にっこり笑って出て行った。俺はがっくり肩を落とした。
「……忠告遅いよ」
それからキヨの寝ているベッドの脇に、椅子を引っ張ってきて座る。
さて、とりあえずキヨの安全は確保できたっぽい。けど、これから俺は何をすればいいんだ? まずみんなの所に戻って、この状況を伝え……
俺は愕然とした。
これ、これってまさか「キヨがいなくなっちゃう」ってヤツ、なのか……?
俺は眠っているキヨを見た。いやまさか……そりゃ意識を失ってるけど、それだけ、だよな? ちゃんと息もあるし、キヨは睡眠欲が激しいから、昨日の寝不足を解消しようとして……
俺は強く頭を振った。
そんなわけない、ちゃんと見たじゃないか、キヨの目。あんな風に白目が無くなって真っ黒になるなんて、普通じゃない。まるであの霧がキヨの目に入り込んじゃったみたいだった。俺は自分を抱きしめた。
どうしよう、この事をみんなに伝えなきゃならないのに、怖くてたまらない。
俺が、俺が何もできなかったせいで、不吉なお告げの状況に陥ったんだ。できるならみんなには言わずに、なんとかキヨを起こしたい。起こして、それからみんなが捕らえられたことも解決して、何事もなかったように戻りたい。
……そんなの不可能だってわかってるけど。キヨがどうしたら意識を取り戻すのかわからないし、捕らえられたことについてだって、何か掴んでるのはキヨだけなのだ。
俺は顔を上げた。それから気合いを入れるように両手で頬を叩く。
戻ろう、みんなの所へ。ちゃんと全部、正直に伝えなきゃ。それが仲間を信じるってことだ。
俺はキヨのブーツを脱がせてきちんと毛布を掛け、意識が戻った時のために枕元に水差しを置いて、それから部屋を出た。
路地も通りも全力で走って立ち止まらずに町はずれまでたどり着いた時には、しばらく何も言えないくらい息が上がっていた。
何とか息を落ち着かせて、走りながらずっと考えていた、なるべく短くよけいなことを言わない説明で、俺はみんなにキヨが意識を失ったことを伝えた。
「俺たちのことを知らないエルフの男性がゲストの部屋に連れてってくれたから、キヨはちゃんとベッドで寝てる」
格子の外から見たみんなは、やっぱり愕然とした顔をしていた。俺は唇を噛んだ。俺が何もできなかったから……
「俺が……あんなお告げ見たから、」
レツがそう呟いた瞬間、唐突にシマがレツの頭を引き寄せて胸に抱きしめた。
「ぜってー違う」
レツはシマの胸で何だか泣いているみたいだった。
もちろん、レツのせいなんかじゃない。お告げは否応なく勇者に訪れる。きっと勇者が見たくないお告げだっていっぱいある。それでも勇者はお告げをクリアしていく。ハヤは慰めるみたいにレツをぽんぽんと叩いた。
「お前も、えらかったな」
俺はコウに言われて顔を上げた。俺が? 何もできなかったのに?
「ちゃんと戻って、伝えただろ。逃げずに」
俺は一瞬で涙が溢れてきて、隠すように俯いた。俯いた俺の頭にコウの手がそっと触れた。
「それで、キヨリンは今すぐ目覚めそうな感じじゃないんだ?」
俺は下を向いたままごしごしと顔を擦って涙を誤魔化してから顔を上げた。うん、あんな風に目が真っ黒になってたら、ただ体調を崩しただけとは思えない。
ハヤはちょっとだけ嫌そうに顔をゆがめ、考えるように口元に手を寄せた。
「……それ、チカちゃんに伝えないと」
「そこまで、か?」
シマは何だか悔しそうに言った。
今までだって、心中覚悟の魔法とかぶっ倒れるまで消耗するバトルとかあったけど、それでもわざわざ連絡とかしたことないのに。
ああでも、もし本当に……いやそんな事あって欲しくないけど、でも最悪を考えたら、ハルさんには伝えるべきなのか。遠く離れて別々に旅をしているキヨの恋人。
レツがみんなが言わないことを振り切るみたいに、シマに抱きついたまま頭を振っている。
「僕が直接診てないから何とも言えないけどね……キヨリン、今日闇魔法使ったんだ」
俺は今朝、格子を焼き切った黒い炎を思い出した。思い出しただけで背筋がぞくりとした。あれ、闇魔法だったんだ……
ハヤはちょっとだけ、うんざりしたようにため息をつく。
「魔法を学んでても普通は触れないよ。禁忌じゃないけど、自分が持ってるマズい方の力を掴めないと発動はできない。できないし、できたらできたで、そっちが自分を食う恐れがあるって習う。だからみんな試さない」
そんなヤバい魔法を、キヨは使ったのか? っていうか今までも勉強してたってこと? でも禁忌に近い魔法だったら、何かそういう魅力があるんだろうか。絶対的な力を手に入れるとか。
でもハヤは、存在はするけど他の魔法に比べて圧倒的な力があるわけでもないから、そこまでの魅力はないと言った。ただ通常の魔法とは一線を画す特殊なものだという。
「制御できなかったらヤバいことにしかならないから、魔術やってたら恐れる意味でも必ず一度は学ぶけど、手を出すヤツはいないの」
モノにするのもめちゃくちゃ難しいしね、とハヤは小さく言った。それからそっと格子に手をかける。
「この格子、エルフの魔法だから確かに強い。でも何でも特性からわかる通り、逆を突けば勝ち目はある。この格子は生きてる、生まれる魔法だから逆を突くなら闇しかない。そして闇魔法が使えるなら、一瞬だけならエルフの魔法を凌駕することができるかもしれない。それをあの子は試した。わざわざ僕たちを光属性の結界で守らせてね」
ハヤはそう言って、深い深いため息をついた。キヨはいつだって、一番危ない手段は自分がとる。
「キヨくん、闇落ちしたってこと?」
ハヤはコウの言葉にちょっとだけ肩をすくめた。
「そうじゃない、と思う。あの時、僕もすぐキヨリンに光属性の回復かけたから、それに何の反応もしなかったのは、闇属性が残ってなかったからだと思うし。ただ」
「馴染みやすい可能性がある、か」
シマはぽつりと言った。キヨが闇魔法を使えたから、あの黒い霧に飲まれて染まってしまったってことなんだろうか。
嫌な感じのする真っ黒い霧の池。レツがシマの胸からそっと体を起こす。
「断ち切らなきゃ、そういうの。よくないよ」
レツは小さな声でそう呟いた。断ち切る……ものなのか?
「僕が触れた時はキヨリンの中の魔法だけだから何も感じなかった。でもあの池が何らかの闇の力を持っていたとして、それがキヨリンに影響してるなら、僕には絶対大丈夫とは言えない」
だからハルさんに伝えないとならないんだ。遠く離れたハルさんは、キヨがこんな風になってるなんて思ってもいないはず。
「でもどうやって知らせるんだ? 手紙にしたってハルさんどこにいるかわかんねーし」
「あ!」
俺はポケットを探った。キヨのブレスレット! いつもハルさんと通信するのに使ってるヤツ!
「これって使えるのかな」
俺がブレスレットを取り出すと、ハヤは格子から手を出して受け取った。
「魔法道具だからね、魔法の力さえあれば白黒関係なく使える。ただ二人が何か他人が使えない設定してなければだけど」
ハヤは言いながら目をつぶって集中し、小さく「お願い届いて」と呟いた。
「アンスルートミスル」
しばらく間があって、何かふわっと空気が動いた気がした。
『……あれ、王子?』
「ハルさん!」
いつもみたいに少しだけエコーのかかった声がみんなに降りかかった。よかった、ちゃんと繋がった!
でも何だかちょっとだけ、雑音が混じってる。相当遠いところにいるのかな。
『どうしたの? なんだかよく聞こえないとこにいるみたいね』
がさがさとした雑音の中からハルさんは言った。そう言えば距離は関係ないんだっけ。じゃあ何の雑音だろう。ハヤの魔法もキヨくらい強いのに。
ハヤはちょっとだけ息を吸って、意を決したみたいに口を開いた。
「チカちゃん、今すぐここへ来て。キヨリンが大変なの。場所は」
『わかった。大丈夫、そのブレスレットをヨシくんと一緒にしておいて』
その言葉のあとすぐに、明らかに通信が切れた感じがした。
いやハルさん、何にも聞いてませんけど……あまりの早さに、ハヤもちょっと驚いている。
「……キヨくん、愛されてるな」
まぁ、そういうことなんだろうな。たぶん二人でしか使ってない魔法道具を、ハヤが使ってきた時点で異変を感じてたのかもしれないけど。
でもここってエルフの街じゃんか、案内されなかったら入ることもできなかったりするのに、ホントに大丈夫なのかな。
「ま、そこはチカちゃんが何とかするんじゃん? こんな短いやり取りで当てつけられるとは思わなかった」
あーもうっ! と言いながらハヤは俺にブレスレットを押しつけた。あ、そっか、俺がキヨのところに戻さないとならないんだ。
「でもこれで繋がったんじゃない?」
コウが何だかのんびり言った。
みんな何も言わなかったけど、たぶん同じように思ってる。
やっぱり、俺たちが捕まって、ここで何かしなきゃならないことが、お告げの目的だったんだ。
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