第7話『妄想力の差だよね』
「……ホントだ。ダメみたい」
「えーなんでなんで!」
レツは驚いて声を上げた。キヨは小さくため息をつく。
俺たちは朝ご飯のスープを食べ終えて、どっちにしろこの状況を何とかするには外へ出て探索の必要があるって話になったのだけど、そこでキヨが「たぶん格子が開かないと思う」と言ったのだ。
昨日はあんなにすんなり開けられたってのに、同じ魔法をハヤがかけてみたけど格子はまったく動かなかった。
レツは今日なら外に出られると思っていたから、拗ねるように口を尖らせている。
「なんで? 団長、同じ魔法かけてんだよね?」
シマは間近で見て格子を握って揺すってみた。ハヤも困った顔で頷く。
「っつか何でキヨはわかったの?」
レツに聞かれてキヨはちょっとだけ視線を外した。
「……俺たちが蔓の枷を外していたのにあのエルフが何も突っ込まなかったから、かな」
あー、そっか。逃げられないってわかってたから、枷を外していても気にしなかったんだ。ハヤはキヨをチラッと見た。
「でもそしたらどうする? ここに居るだけじゃ何もできないよ」
レツはちょっとだけ焦ったように言う。やっぱり、お告げの映像を気にしてるのかな。
キヨは腕を組んでうーんと唸って上を見上げる。
「コウ、ちょっと格子殴って強度見て」
壊れるならそれでもいいから、とキヨは言った。コウはちょっと気乗りしない顔をしたけど、小さく息をついて頷いた。
そっと立ち上がって左手で格子を握り、右手を引いて一瞬集中すると、目にも止まらない速さの一撃を格子に打った。左手を添えていたけど、格子全体ががさりと揺れた。
「……だめだね」
コウは一撃だけでよけいな攻撃をしなかった。格子はいくつか枝が折れていたけど、完全に壊れるにはいたらなかった。生木だから弾力があるんだ。
そして気付いたら、折れた枝を支えるように別の枝が伸びてきていた。うわ、めっちゃ生きてる。
「だめか……できればそっちのが痛みは少ないんだけど」
「キヨくん、俺の手、石じゃないからね?」
それなりに痛いよ? とコウが言うと、ハヤが笑ってコウが振っている右手を取って治癒の魔法をかけた。
「いや、それじゃなくて、」
キヨはそう言いながらもう頭は別の事を考えているようで、ぶつぶつと「だとしたらどっちだ」とか口の中で言っていた。
俺は何だかわからなくて説明を求めるようにシマとレツを見たけど、二人ともきょとんとして目をぱちぱちしていた。
いや、ホントにキヨしか頭使わないな、このパーティー。
「でもほら、昨日探索に出たのはキヨだし」
「キヨしか知らない情報があるんだし」
でもその情報、共有しようとしてないじゃん。
「キヨが考えるのが一番ムダがないし」
「同じ情報でも同じ結論が出せるかどうか」
「妄想力の差だよね」
レツもシマも、結局は上手いこと言ってキヨに任せっきりなんじゃんか。
まぁ、そうは言ってもキヨが巻き込んだら、それなりに立ち回れるんだろうけど。あ、レツはそうでもないか。
「よし、じゃあ団長」
キヨが呼んだので、ハヤはハイっと挙手して応えた。
「防御の結界敷いて、光属性のやつ」
ハヤはここで? と聞いた。キヨは黙って頷く。
「あ、ここの半分くらいでいいから。あとみんなそっち側に入って」
みんなとりあえず言われるままにハヤの後ろ側へ移動する。ハヤは小さく息を吸って集中した。きらきらした光がハヤを包む。
いつものより白っぽい光がなんだか神々しい。
「お前はこっち」
キヨはそう言うと、魔法陣を眺める俺の襟首を掴んで引っ張った。ぐえ、首が締まるだろ! でもキヨは気にした風もなく、俺を傍らに立たせた。
「いいか、絶対に俺に触れるなよ。俺が格子を抜けてもすぐには追うな。格子が閉まり始めてから、昨日やったみたいに抜け出せ」
……昨日って、二人はとっくに離れてて俺が抜けるの見てなかったはずなのに、この何でもお見通しなのホント気持ち悪いな!
でもキヨはまったく俺を見ないまま格子を両手で握ると、深く息を吸って集中した。キヨがそんなに集中するって、かなり難しい魔法なのかな。
俺はちょっとだけキヨを伺うように近づいた。
すると唐突にざわりと悪寒が走った。何、これ……ちょっとだけ、キヨから黒い影が浮いて見える。気持ち悪い……
「……アンドゥルシーファレヒヴァ」
いつもの低い声が更に掠れて聞こえた。
呪文を唱えた瞬間、格子を握るキヨの手から黒い炎が溢れ出た。えっ、炎が黒いってどういうこと?!
黒い炎は瞬く間に格子を焼き、人が通れる大きさになったところでキヨがふわりと格子を出る。焼け落ちた枝には黒い影がまとわりついていたけど、明らかに焦げた跡なんかじゃなかった。嫌悪感が俺を捕らえていて、俺はなんだか動けなかった。
すると今度はみるみるうちに、新たな枝が伸びて格子を再生し始めた。
新しい枝には黒い影がない。新芽が伸びるように閉まってくる格子には、さっきの黒くて邪悪な感じがしなかった。今なら!
俺は格子が閉まりきる前に頭から突っ込んで前転しながら飛び出した。
「キヨリン!」
あっという間に再生完了した格子に、ハヤが飛びついた。
「ちょっと、今の」
「だから防御しといてもらっただろ」
ハヤは言葉を飲み込んで格子をがしがし揺らす。今の、なんだったんだろう。
ハヤは何だか納得いかない顔をしていたけど、格子から腕を伸ばしてキヨに触れ、回復魔法でもかけてるようだった。柔らかい光がキヨに染み込んでいく。
「……二度とやらないでよ」
「ありがとう」
キヨはちょっとだけ笑って応えた。それから俺の頭を軽く叩いて促すと、街に向かって歩き出した。俺は格子の中の四人を振り返る。
「いってらっしゃい」
ハヤが諦めたみたいにため息をついて言った。格子から出したままの手を軽く振る。
たぶんキヨが俺を選んで連れ出したのには意味がある。キヨが意味もなく俺を選ぶハズはない。
「キヨのこと、お願い」
レツはそう言って格子を握った。きっとお告げを気にしてる。
俺は強く頷いて、それからキヨを追った。
キヨは俺に、昨日行った広場に案内しろと言った。あの女の子が消えた場所だ。うーん、ちゃんと道案内できるかな。
「一度歩いた道なんだからわかるだろ」
キヨは当たり前のように言った。
いや、それが通用するのはキヨみたいな人間だけです……だいたい着くまでは彼女についてっただけだし、帰りはハヤと目的もなく歩いてたんだから。
キヨはもう、まったく隠れる素振りも見せずに歩いていた。明らかに黒魔術師の格好だから、ミント色のエルフの間ではかなり異質だ。
俺たち脱獄してきてんだけど、この人わかってんのかな。俺は何となく後ろを気にした。
「……出てきちゃって、大丈夫だったのかな」
一応俺たちは囚人なのだ。あんな風に脱獄しちゃって、まぁ脱獄自体は二回目なんだけど、寝ている間と違って起きてるエルフは俺たちの気を察知できるはずだし、牢に残ったみんなに危害を加えたりしないだろうか。
「たぶん」
キヨは言葉少なに答えた。え、それってやっぱりレツを撃った矢が偽物だったから、ハヤと同じように命の危険は無いと思ってるとか?
そうは言っても一応捕らえられたってのに。でもとりあえず通りを歩いている時に、エルフが俺たちを止めることはなかった。俺たちが囚人って知らない、とかあるかな?
「何で俺を連れてきたんだ?」
俺はキヨに遅れないようについて行きながら言った。キヨはチラリと俺を見る。
「いつもだったら絶対足手まといっつって置いてこうとするのに」
「広場を知ってるのはお前だろ」
キヨは視線を外してから軽く言った。
それはそうだけど、それだったらハヤでもよかったじゃん。でも何となく、ホントの事を言ってない感じがした。また何か隠してる。でもそれは確証が無くてまだ言えないことなのかもしれないから、強く聞き出せない。
でもそういうこと、ちゃんと話してもらっておかないと、いざって時に困ったりしそうなのに。
キヨはいつだっていろいろ調べていろいろ考えて、それで答えに導いてくれるけど、みんながわかってた方が簡単に済んだりしないんだろうか。
キヨは昨夜と同じように通りから路地に入る。
あ、そう言えばこんなところで曲がったっけな。キヨたちがどんどん行っちゃうから、暗い夜道をついてくのが大変だった。今は明るいから森の小径風味の路地も行く先が見えてる。夜光虫とヒカリゴケの時とはまったく違って、気持ちのよい散歩道って感じ。
すれ違うエルフたちも、人間の俺と目が合うとちょっとだけ驚いた顔をするけど、悪意が感じられないからか何も言わずにスルーしていた。
「さて、この辺か」
キヨはそう言って立ち止まった。
うん、まさに俺が転けた角ですね……この人、俺が転けたのも知ってるんじゃないだろうか。
キヨが黙って俺を見るから、俺はちょっとだけ周りを見回した。
「えーと、こっち」
俺はぶっ倒れた自分が立ち上がって、それから彼女がふわふわ歩き出した方向を思い出しながら歩き出した。
そうそう、ここの路地の扉を彼女が触れながら歩いてたっけ。俺は何となく彼女の真似をして扉に触れながら歩いた。
「お前、何やってんの?」
! み、見られてた! うわ、超恥ずかしい……
「いや、あの、その……昨日の彼女が、こうやっててですね……なんか、模様がキレイだからかなーとか」
慌てすぎて丁寧語になってる俺を、キヨは怪訝な顔で見る。
「あ、この文様って守りの魔法なんだってね! 昨日ハヤが言ってたんだけど」
俺はさらに話題を変えた。眉間に皺を寄せたキヨの視線が痛い……
「守りなのは知ってる」
キヨは小さくそう言って扉を見た。
魔法だからキヨだって勉強してるよね。守りとか結界とかは白魔術だけど、キヨはどっちも勉強してるんだもんな。
「何から守ってんだろうな」
それは……あらゆる災いからじゃね? 家なんだし、普通そういうもんだろ。俺がそう言うと、キヨは視線を外して歩き出した。
それからしばらく行くと広場に出た。
広場って言うのは語弊があったかもしれない。周りに建物があって真ん中に開けているのが広場だとしたら、ここは完全な町はずれだ。
広がった場所のこちら側はエルフの家の木が立ち並んでいるけど、向こうは普通の木々の広がる森だった。まぁ木々が無くて広く開けたところではある。
っていうか、俺が案内しなくてもキヨだけで着けた……よな。俺が先に歩いてたのは最初だけで、結局ほぼ一緒に歩いてたじゃんか。
キヨを見上げると、なんだか真剣な顔で広場の奥を見ていた。視線の先には、あの池がある。
「あれか」
キヨは池を見たまま言った。うん。俺は頷いたけど、何となく俺に聞いたんじゃなかったような気がした。
昼間だってのに、あの池はやっぱり黒かった。木の陰が濃いのか? でも池以外は普通の木陰だ。
開けている割りには思ったより日が差し込んでる感じがしない。池の近くはなんとなく薄暗い感じがする。
キヨは少しだけ立ち止まっていたけど、それからおもむろに池に近づいた。
池の縁はエルフの家と同じ木だった。何だか胸がざわざわと落ち着かない。黒い部分は、目を凝らしても黒だった。霧のようにもみえるし、タールのように濃くも見える。アレは一体何なんだろう。
何となく嫌な気持ちで池を眺める俺を、キヨは確認するように見た。それから池を見る。
「昼間は影響ないか、いや、夜も……」
キヨは小さくそう言った。一体キヨには何がわかってるんだろう。
キヨは池の縁に手をかけて、ぐいっと池の中を覗き込んだ。そんな気味の悪いとこに、よく頭から突っ込んで覗けるよな……真っ黒い闇色を覗き込んで、キヨは小さく呟いた。
「……エルフだけか」
すると突然、真っ黒が池を立ち上った。なにこれなにこれ!
俺は腰を抜かしてその場にしゃがみこんだ。縁から体を乗り出していたキヨはその真っ黒く立ち上る霧に飲まれて、それからどさりと池の縁に倒れた。
「キヨ!」
キヨが倒れた時には、もう黒い霧はどこにもなかった。あんなにものすごい勢いで逆流する滝みたいだったのに、森にも空にも何もない。
俺は慌ててキヨに取りすがる。キヨは完全に意識を失っていた。
そして開いたままのキヨの目は、白目まで真っ黒に染まっていた。
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