第5話『危険があるなら、面白いとか言ってられないじゃん』
「キヨはどこ行ったの?」
俺はできる限り小さい声で聞いた。ハヤはちょっとだけ首を傾げる。
「別行動」
それはわかってるんだけど。
俺たちは一応暗がりを選んで路地を進んでいた。つっても、誰もいないからのんびり深夜の散歩みたいだ。ハヤの歩き方は行き先があるように思えなかった。ハヤはわざとらしくため息をつく。
「お子様が迷子になっちゃったから、泣く泣くね」
う……それを言われると……でも俺が二人を見失ったのだって、二人が速く行っちゃったからなのに。
俺はちょっとだけ唇を尖らせて、ハヤを見ないように路地の家々を見た。
エルフの木の家は、基本的にはものすごく太い一本の木が階層に分かれている。別の木とくっついてさらに太くなっていたり、高い辺りで別の木と絡み合っていたり複雑だ。空中を繋ぐ渡り廊下があるから、外から入るための扉も地上だけにあるわけじゃない。
エルフの魔法で自然に育った建物だから、カンナで削って仕上げた平らなドア扉じゃないけど、ここのエルフたちは扉に模様を描いていた。
模様が綺麗だから、あの子は扉に触れてたのかな。よく見ると、いくつかの扉には小さな柊が飾られている。
「ふぅん、そっか」
ハヤは俺が見ていた扉を眺めて呟いた。何?
「ん、いや、エルフも守りの魔法とか使うんだなって」
そう言って扉に描かれた文様を辿るように指を動かした。これ、守りの魔法なんだ! ただの模様かと思った。
でも家の扉に描くのは確かにアリかもだよな。誰だって家の中は守りたいし。そう言えば柊って魔よけとかにも使うんじゃなかったっけ。
路地には夜光虫がふわふわ飛んでいるけど、エルフの家の中は暗く、やっぱり誰も起きてないようだった。キヨはどこを探ってるんだろう。
あれ待てよ、別行動って、好きに動いても戻った時にハヤがいなかったら牢の中に戻れないじゃん。
「ま、僕のが先に戻るのは目に見えてるでしょ。誰かと会うわけじゃない諜報活動なんてつまんないし」
じゃあ何で出てきたんだっつの。俺はちょっとだけ怪訝な顔でハヤを見た。ハヤはそれに気づいて笑う。
「キヨリンが何か掴めるんだったら、その方が面白くなるでしょ」
ハヤはそう言って微笑んだ。あ、そっか、ハヤがいなかったらあの牢から抜け出すことだって不可能なんだった。ハヤはそのために協力したのかな。
でもキヨよりハヤのが調べるのに乗り気だったような……っていうか俺たち牢に戻る必要なくね?
俺はすごい事に気付いて立ち止まった。
牢に戻る必要、ないじゃん。こんな風に出てこれちゃうんなら、みんなで脱獄して夜のうちにこの街を出ちゃえばいいんじゃないか。
エルフの街は寝静まっていて、路地にも通りにも誰もいない。あの子以外は。でも街を出るのにあの子がいたところは通らない。ハヤは立ち止まった俺を見る。
「どうかした?」
「今のうちに戻ってさ、みんなで牢を抜け出せば逃げられるんじゃないの?」
俺がそう言うと、ハヤはうーんと唸った。
「……それ、あんまり面白くないなぁ」
いや、面白いとかでなくてですね……判断基準それ? だって俺たち理由もわからないまま捕らえられて牢屋に入れられたんだよ?
面白くなくても逃げるでしょ普通!
「えー、何でもいいなら面白い方がいいよ。人生楽しんだ方がよくない?」
ハヤは歩きながらなんだか楽しそうに笑った。……それって、レツを狙った矢が偽物だったから、命の危険は無いと考えてるってことなんだろうか。
それにしたって捕らえられてんのに、面白いかどうかとか、あーもう、チートレベルはこれだから……俺はどうにも返せなくて天を仰いだ。
ら、木の家の三階部分の渡り廊下にキヨがいた。
え、あんな所に? すると俺たちに気づいたキヨが、渡り廊下の柵を掴んでひょいと越えて宙に舞ったのだ。うわあ!
「キっ……」
叫びかけた口をハヤの手に塞がれた。だってキヨが!
慌てて上を指して見上げたら、キヨは身軽に渡り廊下の枝を掴んで飛び、その下の階の枝に移って張り出したテラスに降り、また柵を越えて階下の枝に移り、あっという間に地上の俺たちのところへ降りてきた。ほとんど軽業師だ。
……え? どゆこと? 貧弱で立ち回りは一切しないキヨが??
でもハヤはなんだか苦笑してキヨを迎えた。
「降りるのだけは速いよね」
まだできたんだ? と言って俺から手を離す。キヨは「軽いから」と小さく答えた。
え、これってみんな知ってること? 普段のバトルじゃこんな風に木に登って降りてくるなんてやらないし。小さい頃の遊びとかで得意だったんだろうか。っつか降りるのだけはって事は登るのは遅いのかな。
っていうか先に言ってよ、マジびびったじゃんか!
キヨはきょとんとした顔で俺を見た。ハヤは俺とキヨを見て笑う。
「そんで、何かわかった?」
ハヤに言われてキヨはちょっとだけ顔をしかめた。
キヨが調べるんじゃどこか図書館みたいなところに忍び込んでると思ったのに、なんで普通の家のところにいたんだろう。
「気になることはあった……かな」
あったんだ。こんな夜更けに誰もいない街を巡って、何がわかるってんだろう。絶対キヨの脳みそおかしい。
「ちゃんと調べたら何か出てくるかもだけど、資料的なものが街のどこにあるかわかんねぇな。片っ端から家捜しする時間もねぇし」
キヨはそう言って腕組みをした。
時間があったらやる気なのか。それはそれでヤバい人なんだけど、もしかしてそれで家の中を覗いてたとか……あり得るな。
それからキヨはちょっとだけ視線を上げた。
「……ただこれ、俺たちがどうにかできるもんなのか、ちょっとわかんねー。意外と面倒かもしれない」
それってやっぱり、このままみんなで逃げた方がいいってこと? 俺はキヨとハヤを見比べた。
ハヤは面白い方がいいって言うけど、よけいな危険に踏み込む必要はない。
「キヨリンがそう言うってことは、何か危険があるかもしれないってこと?」
キヨはそれには答えずに、顔をゆがめた。たぶん確証はないんだろう。
「危険があるなら、面白いとか言ってられないじゃん」
ハヤを見上げて言うと、ちょっとだけ肩をすくめて見せた。やっぱり今回は無理に関わらないで安全に街を出るべきだよな。
キヨも小さくため息をついて、何となく合意したようだった。キヨはわからないことがあったら気になるタイプだけど、わざわざ仲間を危険にさらすタイプじゃない。
「それじゃ、とりあえず今夜はここまでにする? なんだかんだで見張り一回分くらい起きちゃってるよ」
みんなで逃げるならそれも詰めたいし、とハヤが言うと、ちょっとだけ納得いかない顔をしながらもキヨは頷いた。やっぱ気にはなるんだな。
それから揃って町はずれの牢に向かう。結局普通に通りを歩いていても、あの子以外のエルフと遭遇することはなかった。
町はずれの牢まで戻り、ハヤの魔法で格子を開いて洞に入ると、なぜだか三人とも起きていた。あれ、結局みんな起きちゃったの?
「キヨは?!」
レツが勢い込んで聞く。キヨなら後ろに、
「キヨ!」
ハヤの開いた格子を抜けたキヨは、唐突に突っ込んできたレツに思いっきり押し倒された。キヨ、やっぱレツより弱いんだ……
「いって……なんだよお前」
キヨは格子にぶつけたらしき頭をさすりながら、胸に抱きついているレツを見る。ハヤだったら力ずくで引きはがそうとするのに、レツにはしないんだな。
「なんか、お告げみたいよ」
コウがそんなレツを見やってぽつりと言った。
お告げがきたの?! キヨもちょっと驚いてコウを見た。でも肝心のレツがキヨに抱きついたままだ。
シマは難しい顔で見ている。ハヤも洞に入ると、格子の枝を元に戻した。
「……おい、どうしたんだよ」
キヨはちょっとだけ心配するように、そっと言った。レツはゆっくり顔を上げた。なんだか泣き出しそうな顔。
「キヨが、キヨがいなくなっちゃう」
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