第4話『これから深夜デートしてくるから、子どもは大人しく寝てなさい』
何となく気配を感じて目が覚めた。
今日はいつものキャンプと違って見張りの必要もないし、毛布はないけど洞の中には乾いた枯れ葉が貯まっていて自然のクッションができていたし、寒さを感じなかったから朝までモンスターの心配せずに寝れるってみんなも言ってたのに。もったいない。
「あれ、起きちゃった?」
小さく呟く声に顔を上げると、ハヤが笑っていた。あれ、起きてるの?
「いいよ、寝てて」
ハヤはそう言ってウィンクしたけど、その背後に気づいて俺はがばりと起きあがった。え、ちょっとなんで、
(なんで開いてるの?!)
俺は声じゃない声で叫んだ。ハヤの背後の格子が、エルフがやった時と同じように開いていたのだ。
「おい、早くしろ」
声にハヤの向こうを見ると、もうすでに格子を抜けて外に出ているキヨがいた。えええええ、どういう状況?
「これから深夜デートしてくるから、子どもは大人しく寝てなさい」
ハヤは軽やかに格子を抜けた。っつか絶対ウソだし、自分たちばっか脱獄して何か探るとかずるい!
俺はするすると戻る枝が完全に格子に戻る前に飛び出すと、転がるように二人を追った。二人は木の陰になっているところを進み、すでに街の通りを伺いながら建物の影に潜んでいた。二人の後ろに滑り込む。
俺を確認したキヨは、心底嫌そうな顔をした。絶対そういう顔すると思ったけどね!
「あーあ、せっかく二人っきりだと思ったのにー」
ハヤはキヨに背後から抱きついた。
キヨは通りを伺っていて、視線を動かさずほとんど興味なさそうに「やめろ」と言いながら、ぞんざいに腕を剥がそうとした。
「キヨリン、本気で逃げないならマジで押し倒すけど?」
うええええ、どうしよう! 俺は一瞬ついてきたのを後悔した。キヨが腕力で勝てるわけないじゃん、コウがいないと止める人がいないんですけど!
「お前が調べろっつったんだろうが」
「キヨリンがご飯の後っていうから待ってたのに、全然なんだもん」
いや、そんな事言ってたっけ?
ちょっと遅い時間にエルフの男性が俺たちに食事を持ってきてくれた。食事と言っても、前に妖精国で買った何倍にも膨らむっていうパンだ。ハーブが利いてるのだけど、何だか味気なかった。まぁ、俺たち囚人なんだからしょうがないんだけど。
でも食事の時もそんな事話してなかったよな? ……もしや、囚人に飯持ってくるかなとか言ってた、あれが? 言外の会話多すぎだろ……
「……深夜にするなら、深夜のやり方があるじゃん?」
ハヤはキヨの耳元で囁く。
ままままさかハヤは本当にそういうつもりで抜け出したとかない……よな? 俺は両手で顔を隠して指の間から見た。
俺の考えをよそに、面倒くさそうにわざわざ振り返ったキヨに睨まれたハヤは、ちょっと膨れてから大人しく手を引いた。
危なかった……いや、俺も大人だから冗談だってわかってたけど。ホントに、わかってたけど。
「いくら魔法の力が強いっつっても、寝てる間くらいはよけいな気を張ってないだろ」
あーなるほど! 普段起きてる時なら、いくらでも俺たちの気の流れを読んでしまうエルフだけど、寝てる間までそんな情報を察知してられないよな。それならちょっとくらい、忍び込むことも可能なのかも。
「でも、忍び込んで調べてわかるのかな」
っつか、どこに忍び込むんだ? 俺たち捕まっただけで、この街の事も何も知らないのに。
それに今はエルフも寝静まった深夜だ。誰かに聞けるわけでもない。
「まぁそれは」
キヨはそう言うと、するりと影から出た。
ハヤと俺もそれに続く。通りは誰もいなかった。連行される時もそんなに多くのエルフが通りに出てたわけじゃなかったけど、やっぱりこの街、なんだか寂れて見える。妖精国の街のような、なんというか、安定した平和っぽさが感じられない。
あの、百年前も百年後も変わらずこんな感じなんだろうなっていう幸せな雰囲気。それは今が深夜で、ボンヤリとしたヒカリゴケの灯りと、夜光虫が飛んでるだけの中を進んでいるからかもしれないけど。
見上げる空は背の高いエルフの木々で覆われていて月明かりさえまばらな感じだ。隠密行動だからハヤの魔法で光を出すわけにもいかない。
するとキヨは、路地を覗いてからおもむろに道を曲がった。ちょっと、どこ行くの!
キヨはちょっとだけ辺りを見回しながら、ずんずん路地を進んでしまう。まるで目的地をわかってて進んでるみたいだ。
いやでも俺たち、連行されて通ったのはさっきの通りだけだし、こんなとこ入った事もないよね? それなのになんであんな風に進んでいけるんだ?
エルフの家々は自然に育った木だから、路地と言っても太い木が立ち並ぶ間をすり抜けて行くだけだ。メインの通りは、建物の木々の根元に柵や花壇があって通りっぽい感じがある。
でも路地はどっちかっていうと森の小径に近い。キヨとハヤはなんだか迷い無くどんどん進んで、ふいっと木の陰を曲がってしまった。ちょっと、置いてかないでよ!
「あっ」
思わず声が出た時には、俺は派手に転んでいた。
二人を追って焦っていたから、曲がったすぐのところにあった根っこに気づかなかったのだ。ヤバい、エルフに気づかれちゃう?!
俺は両手で口を覆って、とりあえずそっと顔だけ上げた。が、二人はすでにそこに居なかった。え、うそ、マジで置いてかれちゃった……?
「誰?」
小さな声が聞こえて、俺はそっちを見た。そこにいたのはエルフの女の子だった。俺と同じくらいの年、かな。もうちょっと小さいかも?
ミント色のふわっとしたワンピースを着ていて、飾りみたいな文字の入ったチョーカーをしている。エルフだからもう当たり前だけど美少女だった。
でも何だか目がうつろだ。いきなり俺みたいのが目の前で転けてるから、びっくりしたのかな。
「どうしたの?」
彼女はそう言って、かっこ悪くぶっ倒れている俺の横にしゃがんだ。こんな美少女の前で俺は……今更かっこよく立ち上がる事もできないから、そっと体を起こした。
「ちょっと、引っかかって転んだだけだよ」
俺は何でもないように、服についた砂を払った。ちょっと脱獄してきてってのは言わなくていいよな……俺はチラッと彼女を見た。
不思議そうな顔で俺を見ている彼女は、俺が普通の人間だってわかってる……よな。エルフじゃないんだから、こんなところにいるのがおかしいって事も。
でも彼女は何も言わず、ちょっとだけ視線を落とした。
「あなた、ケガしてる」
そう言われて手のひらを見ると、じんわりと赤く血が滲んでいた。たぶん転んだ時に擦りむいたんだ。
「平気さ、なめとけば治る」
俺はちょっとだけ強がって言った。擦り傷くらい、バトルでいくらでも付けてるし。
彼女は俺の手のひらをしばらく見ていたが、おもむろに両手でそっと包んだ。えっ!
「あ、あのっ」
ちょ、ちょっと、女の子が、俺の手握ってるんだけど!
なにこれどういう……顔がめっちゃ熱くなってんだけど、もしかして赤くなってたりしないよな? 俺は振り払う事もできずに彼女から視線を外した。
振り払えるわけ、ないじゃないか……こんな可愛い子が、
「なめたら治るの?」
彼女は罪のない顔で俺を見上げた。
な、なめなくていいけどね! 慌てて手を引っ込める。
「そういうんじゃねーってば!」
手のひらの血は彼女から隠してお尻で拭う。
彼女は「ふーん」と言って、俺から視線を外して歩き出した。なめて……もらうべきだったか。いやいや何考えてんだ俺は!
俺は何となく彼女を追った。別に……意味はないんだけど。
「君は、なんでこんなところにいるんだ?」
俺は彼女について行きながら聞いた。しかもこんな時間に。彼女はふわふわと散歩でもするみたいに路地を歩いていく。
エルフが寝静まった頃だから俺たちは牢を抜けてきたんだってのに、こんな小さい子が起きてるなんて、エルフって実は夜更かしなのかな。それだとキヨが困るんだけど。
「ここにいなきゃならないの」
歩きながらそう言った。ここって、この街って事かな。まぁ住んでるんだったら普通だよな。
でもいなきゃならないって言い方は、ちょっと街より外へ出たいって気持ちがあるのかも。だからこんな風に夜中に散歩してるのかな。
彼女は路地に面した扉を、いつもそうしているように一つずつ触れていく。彼女が触れると、夜光虫みたいな小さな光が弾けた。いたずら?
「まだ子どもだからだろ? 大人になったら旅に出たりできるんじゃね?」
俺は彼女に追いついて並んだ。彼女はちょっとだけ俺を見上げて、それから首を振った。
「そうじゃないの。ずっとここにいるの」
ずっと? どういう意味だろう。意味がわからなくて彼女をまじまじと見た。
すると飾りと思っていたチョーカーから、緑色に光る紐のようなものが繋がっているのが見えた。
俺はなんとなく、その光の紐を辿ってみた。彼女は俺の視線に気づいたように、光の紐が続く方へ歩いていく。俺は黙って彼女を追った。
路地を抜けると唐突に、ちょっとだけ開けたところに出た。広場の奥に、なんだか黒い池がある。
光の紐は彼女からずっと繋がって、その黒い池の中に落ち込んでいるようだった。池じゃなくて、木の家サイズの切り株か? 断面は真っ黒で穴が開いてるようだった。だから池に見えるのか。
貯まって見える水は真っ黒いけど。俺は何となく嫌な気持ちがした。
「君はエルフ、なんだよね?」
彼女はぼんやりと俺を見て、左右に首を傾げた。
「……わかんない」
明らかにエルフの見た目をした少女は、そう言って切り株を見た。
「あれは……」
「あれは……
かえるところ? 一体何が? っていうか、彼女は光の紐はあそこに繋がってるってのに。それじゃ彼女の家ってことなのか? あの真っ黒い池が?
「こんな時間にナンパするとか、見習いも隅に置けないね」
声に驚いて振り返ると、ハヤがちょっとだけ笑って立っていた。なんだよ、ハヤたちが置いてっちゃったからだろ!
俺はそう言いかけて口をつぐんだ。いくら子どもでも、エルフの彼女の前でよけいな事は言わない方がいい。黙った俺を、ハヤはちょっとだけ意外な顔をして見た。
「こんばんはお嬢さん、こんな夜更けにどうしたの?」
ハヤは別に不審なところはないみたいに、普通に彼女に話しかけた。脱獄してきてるってのに。でも彼女は不思議そうな顔でハヤを見るだけだった。
「遅くまで起きてると、怖いものに襲われちゃうかもしれないよ」
早くおうちにお帰り、とハヤは少し屈んで優しく言った。
でも彼女はハヤを見たまま、やっぱり不思議そうに首を振った。
「だいじょうぶ。みんなが怖がっているのは、私だから」
そう言うと彼女は、ハヤから離れるように軽く後ろへジャンプして、まるで空気みたいにふわりと浮いた。それって、エルフの力……?
驚いて見ている俺たちの前で彼女は、くるっと宙返りしたと思ったら、もうそこにはいなかった。消え……
「えーと、」
説明を求めてハヤを見てみたけど、珍しくハヤも驚いた顔をしていた。
俺たち、何と話してたんだ?
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