第3話『……囚人に飯、持ってくるかな』

 連行された俺たちはエルフの街に入ることができた。


 一応ね、行きたかったっていう希望は叶えられたわけだ。ただこんな形ではなかったけども。みんな蔓をよったロープで後ろ手に縛られている。


 キヨなら魔法で切るとかできるんじゃねーのかな、そう思ってチラッとキヨを見たら、ハヤが拗ねるみたいな顔でキヨの肩に顎を載せたとこだった。キヨはめんどくさそうな顔で肩を揺すって逃げるけど、ハヤはもう一度キヨに近づいて顔を擦り寄せる。

 そこ二人、何いちゃいちゃしてんの。


「おいお前、大人しくしろ、遊んでるんじゃない」


 エルフの男性はそう言ってハヤを引き戻した。ハヤはあからさまに膨れていたけど、エルフの男性はちょっと苦笑していてあんまり深刻そうにしてなかった。

 まぁね、二人がじゃれてるだけってのは、エルフには読めちゃってるんだろうね。全く、何やってんだか。


 エルフの街は、やっぱり妖精国にあったような木の建物が並んでいた。

 自然に育った木がそのまま家になっている。一部屋分はありそうな太い幹に並ぶ扉。一つ一つはそんなに大きくないし、街の規模自体が妖精国のよりも全然小さい。人間の街に喩えるなら街道沿いの小さな宿場町くらいだ。

 それでも豊かな緑に囲まれているし、街の感じは同じだと思った。


 ただこちらの街に、子どもたちの嬌声はない。妖精国の街に自然と流れていた、誰かが奏でる音楽も聞こえてこなかった。

 時折遠くに鳥の声は聞こえる。何というか、あの街よりも静かだ。


 俺たちを連行しているエルフは三人の男性、それから一団を引き連れているあの女性。パッと見の体格差では明らかにこっちに分がありそうなんだけど、なんせエルフには強大な魔法の力がある。

 コウと、もしかしたらシマなら腕力で勝てるかもしれないけど、どっちにしろ魔法でやり返されたら勝ち目なんか無い。エルフって、攻撃魔法とかも使えるのかな。


 ハヤがキヨにじゃれついた以外は、俺たちは黙ってエルフたちに従っていた。

 小さな街の印象は正しく、しばらく行くと木の家の並ぶ街を抜け、普通の森になった。その町はずれに大きな洞を抱く木が立っていた。

 洞の前にはざっくりした格子の形に枝が這っている。これ、もしかして牢屋……?


「入れ」


 そう言ってエルフの女性が格子に手を置くと、するすると枝が開いて人が通れる隙間ができた。うわ、こいつ、動くぞ。


 俺たちはちょっとだけ視線を交わしたけど、結局何も言わずに一人ずつ洞に入る。最後に残ったキヨは、真っ直ぐにエルフの女性を見た。

 キヨは無表情だったけど、何だか彼女を見下しているみたいだった。その視線を受けて、彼女は少しだけ悔しそうに視線を外した。


 でも結局キヨは何も言わずに洞に入ってきた。枝はやっぱり自動的に格子に戻って、俺たちは外へ出られなくなった。

 エルフの四人は何も言わずに俺たちを見て、それから見張りも置かずに街へ戻っていった。


「で?」

「で、じゃねぇよ」


 十分な時間を取ってエルフの彼らが遠くなってから、シマがキヨにそう聞いた。いや時間取ったところで、彼らが本気になったら俺たちの会話なんか聞こえちゃうんだろうけど。


「なんだ、何かわかってて黙ってついてきたんじゃないのか」

「わかるわけないだろ、お前と同じタイミングで捕らえられてて。だいたいこの街は目的地じゃねぇだろ」

 あー、行き先だったら何か調べてたかもしれないって事なのかな。でも地図にも載ってないエルフの街じゃ、いくらキヨでも調べようがないよな。


「でも逃げるのはダメなんだー?」

 ハヤはそう言ってわざとらしくキヨにもたれ掛かった。え、そんな事言ってたっけ?

「キヨリンが余計なことすんなっていうから大人しくしてたのに」

「そんな事してみろ、よけい怪しまれるだろうが。こっちに落ち度は無いってのに」

「え、そんな話してた?」


 俺がそう言うと、ハヤは俺を見たまま寄りかかったキヨに頭を擦りつけた。キヨはうんざり顔のままハヤの頭を肩で押し返す。

 ……あれ、もしかして、あのじゃれてたのが? それってお互い聞きたい事と聞かれてる事がわかってなければ通じないヤツでは……しかもエルフの人は全然怪しんでなかったし。この二人、ある意味エルフを騙せてたってことか。


「一体なんなんですかね」


 コウはボンヤリとそう言った。みんなわけがわからなくて、格子から遠いエルフの街と森を眺めた。俺は後ろ手に縛られたまま座り直そうとして剣がつっかえて転がりそうになった。


 あれ、そう言えば俺、剣を奪われてない。囚人なのに?

 レツを見てみたけど、レツの剣も腰に差したままだ。そりゃエルフにはあんなに簡単にハヤの魔法を解ける力があるんだ、俺たちが剣を振るったところで痛くも痒くもないのかもしれない。


「あ、そうだ。団長、このロープ取って」

 キヨは唐突にそう言って後ろ手のロープを見せた。ハヤは訳がわからないって顔をする。

「そういうのはキヨリンのが得意じゃん」

「ぶっ壊すのは俺でもできるけど、そうしない方が良さそうだから。癒しの力をロープに与えて緩めてみて」


 そう言いながら、さっき動いた格子の枝を頭で指す。

 ハヤはちょっと唇をゆがめて難しい顔で考えてから目を閉じて集中すると、後ろ手の自分のロープに小さく魔法をかけた。

 横から覗いてみたら、蔓が少しだけ動いて、それからするりと腕から落ちた。すごい!


「なるほど、蔓のロープは生きてたんだ」

 自分の蔓を解いてもらいながらシマはそう言った。

 エルフが使う生きた植物のロープじゃ、キヨがぶっ壊したら確かに心証悪くなりそう。っていうか、逆効果もありそう。よけい締まるみたいな。


「っつっても、訳もわからない状況で脱獄しちゃうのは、あんまり良くないかもだなー」


 うん、あの街に味方がいるとは限らない。街を連れて行かれる俺たちを見るエルフは、みんな視線を逸らしていたっけ。


「なんで捕まっちゃったんだろうねー」

 レツは格子の枝を指でつついた。さっきは自動的に動いたってのに、今は元々そういう風にできてるみたいに堅い枝になっている。

 これだってキヨの魔法ならぶっ壊せそうだけど、エルフのものだからそうはいかないのかな。


ハヤは洞の壁に寄りかかっているキヨを見て、わざわざ隣に座ってから思いっきりもたれ掛かった。キヨは不機嫌そうに見る。


「お前、重い」

「キヨリン、何かいい手ある?」

 キヨは小さく息をついた。あるの?!

「ねぇよ、だいたい何で捕まったのかわかんねーんじゃ、」

「調べに行くしかないよねぇ」


 ハヤは面白そうに言って笑ってキヨを見た。

 え? いやいやいや、脱獄もできんのに無理でしょ? そりゃキヨはわかんない事に巻き込まれたら、全部わかるとこにいたい人だけど、こんな状況でそれは。

 キヨはそう言うハヤをめんどくさそうに見た。


「人の街ならともかく、相手はエルフだぞ。どこにいたってバレるってのに、味方もいない状況でどうしろって」

「でもエルフがここまでやるのって、結構切羽詰まってると思わない?」


 ハヤはなんだか面白がってるみたいだ。

 妖精国で聞いた通りなら、エルフは争いを好まない種族だ。太古の昔から絶大な魔法の力を持っていて、何もしなくても平和に生きていけるから争う必要がない。実際妖精国で会ったエルフたちは、みんな平和的で友好的だった。

 こんな風にいきなり襲ってきて捕らえるなんて、全然エルフらしくない。キヨは小さくため息をついた。


「お前がわかってんなら、お前が行けよ」

「やだよ、キヨリンだってわかってるじゃん。それでも動こうとしないなら、コウちゃんに聞いて」


 え? コウ? 俺はコウを見た。コウは洞の隅であぐらをかいて座っている。コウが何かしたっけ?

 コウはちょっとだけとぼけるように眉を上げてから「あー」と小さく言った。


「あの矢、偽物だったよ」

「……それって、レツを撃ったやつ?」

 コウはシマに聞かれて頷いた。

「俺が弾いて完全に壊れる程度のだったから。たぶん避けられなくても大したケガにはならなかったかも」


 一応、レツくんの胸当て狙いだったし、とコウが言うと、レツは自分の厚くて固い革の胸当てに触れた。ハヤはにやにやしてキヨを見る。

 そうか、キヨがイマイチ乗り切れてないのは、エルフがレツを本気で狙ったと思ったからなのか。仲間に危害を加えるヤツをキヨは許さない。

 キヨはやっぱり拗ねたみたいに視線を外した。


 あれ、でも待てよ、キヨが乗り気じゃないのはエルフを敵と思ってるからだとして、それって俺たちの脱獄には関係ないじゃん。キヨはハヤから視線を外したまま、格子の外を見ていた。


「お腹空いたよ」

 レツがぽつりとそう言った。

 荷物は全部馬に積んでたから、ここに食べ物はない。そう言えば、そろそろ夕飯の時間だな。いつもだったら今日のキャンプ地を決めて、薪にする枝を集めたりしてる頃だ。


「……囚人に飯、持ってくるかな」

「そこまで人道に外れてないでしょ」


 人道っつかエルフだけどね。

 でもキヨの言葉にそう応えたハヤは、何だか嬉しそうに笑っていた。

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