第2話『この辺、森が濃いからエルフが住んでるかもね』

 ウタラゼプまでの旅は、たぶん三~四週間だろうって話だった。馬で行けないし、山を越えるからだ。そう言えば今までの旅は険しい山を越えたことないんだよな。

 じゃあ街道に沿って行けばって思うんだけど、それだとものすごい迂回しないとならないから、徒歩で行くんじゃ数倍かかるんじゃないかって言われて、結局山越え5レクス越えに落ち着いた。


 キヨはコンパスを見て太陽の位置を確かめてから、また歩き出した。

「順調?」

 覗き込んだハヤに、「ん」と小さく答える。まだ5レクスの境界を越えてないからモンスターはそこまで強くない。


 サフラエルを出てまだ一週間も経ってないけど、丘陵地帯はとうに過ぎて辺りは森に囲まれていた。頻繁に方角を確かめないと、あっという間に迷子になりそう。うっそうと茂る森は木漏れ日が少なく、昼間だってのにちょっと暗い。木立が途切れたところがやけに明るく感じる。

 そして湿気が高いからか、意外と泥のモンスターが現れる。ただの泥がモンスターになるなんて全然知らなかった。


「まぁ、モンスター化する要因とかって、厳密にはわかってねぇからなぁ」

 シマはのんびりと言った。

 モンスターなんて、普通の動物が変な風に進化したもんだとばかり思ってた。いつもシマが仲間にするのは、ほ乳類や鳥類ばっかりだし。それは心が通わせやすいからだっけ?


「肉食の動物の進化した形……ならわかりやすいんだがな、ゾンビ系もいるし何が元になってるのかわからんのもいるし、結局のところ明確な研究は進んでないっぽい」

 シマは言いながら分厚い革の手袋をはめ直した。

「やっぱ研究とかあるんだ」

「まぁな。けど、俺はどっちかっつーと実践派だし、必要性が高い研究対象は主に理解の及ばないゾンビや呪術系のだから、俺はあんまり興味ねーんだよな」


 呪術系。あれか、本来自分で動けない植物や泥みたいな、肉食でもない存在が人を襲うヤツか。そう言うのは獣使いでも仲間にできないんだ?

「獣使いって名前からでもわかりそうだろ」

 コウは俺の頭を棍で軽く叩いた。

 でも、結局はモンスター使いなんだから、出来る人とかいるかもじゃーん。するとシマはうーんと唸って考えるように上を向いた。


「あっちのモンスターはダメだな、訓練のしようがなくて。まず目が合わない」


 獣使いはモンスターと心通わせる必要があるんだから、モンスターに心が無かったらダメか。いつもモンスターと目を合わせて味方にするシマのやり方が普通なら、目が合わないのって致命的だ。

 じゃ逆に目が合っちゃったら可能なのかな。仲間になりたそうにこっちを見てたりしたら。

「俺は合った事がねーからなぁ。ただもしそんな事があったら試してみたい気はするけど。でも心の動き方が人とは違うんだったら、結局無理くさいけどな」

 シマは面白そうに笑って言った。シマが今まで出てた旅とかでも、そんなモンスターに会った事がないんじゃ望み薄かなぁ。


「あと死骸が残るのと残らないのとあるだろ、倒した時に消えちゃうヤツ」

「あ、それ気になってた! 全部消えるんだと思ったら、そうでもないよね?」


 レツは体ごと振り返る。

 そう言えば、ゴールドを残して消えるモンスターと、ゴールドは残すものの死骸がそのまま倒れているモンスターがいる。俺たちは死骸を利用するわけじゃないから、そのまま放置しちゃうけど。


「一応モンスター研究では、循環するものは残るんじゃないかって言われてる」

「循環」

 レツはそう言ってコウを見た。コウは「巡り巡って戻ること」と、指でぐるっと円を書いて言う。

 さっきの泥モンスターはべちゃって潰れたけど、循環してるんだろうか。それに前にワニみたいなモンスターは消えてしまった。あっちの方が、生き物っぽいし循環しそうなのに。


「何か循環できないものを持ってたんだろ。毒にしろ特性にしろ」

 キヨはちょっとだけ首を傾げながら言った。

「そ、種族で決まってるわけでもない。モンスターは個体進化するからな。でも呪術タイプのがそっち系が多くて、倒すと消えちゃうから研究のしようがない。生け捕りしないとならないけど、生け捕りするにはそれなりのレベルの冒険者じゃないとならないから。結局は人手不足だな」

 俺はやる気ねぇしと言ってシマは歩き出した。レツが「動物系のがかわいいもんね」とか言ってる。


「あー、毒や幻覚治療の研究も、それで足止め喰らってるとこあるんだよねー」

 なんだかわざとらしく肩を落としてハヤも言う。

 そうか、白魔術師っつっても医療系に強いハヤだから、そういう人を治療する研究とかも勉強してるんだな。


 っていうか、キヨはいつも街に行けば図書館に詰めっぱなしで勉強ってイメージあったけど、こっちの二人も勉強してるんじゃん!

 もともとチートだけど、やっぱそれだけじゃないってことか……剣士だと、書物で勉強って感じはないけど、毎日の鍛錬が大事ってことなんだろうな。

 俺はちょっとだけ、腰の剣を握りなおした。





「この辺、森が濃いからエルフが住んでるかもね」

 ハヤは森を見回した。

 そう言えばエルフって、人から離れた森の奥に住んでるんだった! 妖精国じゃなくてもそうやって暮らしてるんだったら、この辺は5レクスの境界近いし、可能性あるかも。


「あーなんか、めっちゃありそう」

 それに答えたのがシマだったので、ちょっとだけびっくりした。え、なんで?

「馬の感じ」

 シマは引いている馬の肩を軽く叩く。


 前に妖精国に行って馬が自然の姿を現した時みたいなヤツ? いつもは俺たちに引かれてモンスターに遭って怯えていることが多い馬が、なんか違う雰囲気をとらえてるんだろうか。


「この辺のエルフってどんな感じかな……」

「みんな緑のエルフ服着て、美しい装飾品に飾られ……」

「奇跡みたいな木の家と、美しい音楽と……」

 レツとシマとハヤは、既に一度は妖精国に行った事あるってのに、同じ顔してほうっとため息をついていた。


「エルフを脅かすつもりはないって、伝わってるといいけどな」

「まぁ、合コンしなければ」

 珍しくコウがそう突っ込んだので、シマとレツが爆笑した。まだ引っ張るか。


「でもエルフって、みんな同じって思っていいのかな」

 コウがのんびりそう言うので、みんなはきょとんとしてコウを見た。

「いや、あの辺のエルフは都会的っつーか、人の街にも出てきてたけど、この辺は田舎だし、むしろ人に興味があるタイプじゃない場合も」


 コウの言葉に、はしゃいでた三人が情けない顔で「ええーー」と言った。

 まぁ確かに王都に比べたらとんでもなく田舎なわけで、そういう田舎の森の奥に住むエルフなら人に興味津々なタイプじゃないとかありそう。もともと人を避けて森の奥に住んでるとかだったら更に。


「キヨリンその辺調べてないの?」

「エルフの住むところなんて人間の地図に載ってねぇよ。だいたい妖精国だって、あの森にあるって知られてるだけで、地図にはなかったんだし」


 エルフは太古の種族で、人間と違ってものすごい魔法の力を持っている。離れたところからでも人の悪意とかを感じちゃうから、そういう人には妖精国は開かれないんだよね。何日も彷徨ったところで、妖精の街に行くことはできない。だから地図に載せても意味はない。


「せっかくなら行きたかったのになー」

 レツはうーんと伸びをしながら言った。

 いや、この森にあると決まったわけじゃないけど。


 すると突然コウがレツの前へ飛び出し、棍で何かを弾いた。同じタイミングでハヤが俺たちの前に魔法陣を展開する。え、それ防御結界?!


「動かないで」


 声は上から降ってきた。

 俺はびっくりしてレツを見ていたし、レツは伸びの途中で微妙に両手を挙げたままだった。ただ俺とレツ以外はすでに戦闘態勢を取っていて、声は彼らに掛けられたんだなって思った。みんな、周囲を警戒する態勢を取っている。


 そんな俺たちの前に、緑の服を着たエルフが身軽に降り立った。

 妖精国で見たズルズルしたチュニックじゃない、短いチュニックをベルトで留めてあって動きやすそうな服。色素の薄い金髪を後ろにまとめた、やっぱり見た目はエルフ特有のものすごい美人の女性だった。


「いきなり撃ってきといて、やり返さずにいるのはこっちの優しさなんだけど」


 キヨはそれこそ全世界を呪えそうなくらい不機嫌な顔でそう言った。

 そりゃコウが弾かなかったらあの矢はレツを捉えていたかもしれないけど、いくらキヨでもエルフの魔法にかなうわけないじゃん、余計なケンカ売らないで……エルフの女性は俺たちに近づいて来ると、一人ずつ俺たちを見てから片手を上げた。


「あっ」


 たったそれだけの動作でハヤの魔法陣がふわりと消えた。

 途端に森の中から同じようなエルフが現れて、訳もわからずあっという間に俺たちは捕まってしまった。


 あれっ、エルフって、争いを嫌う種族じゃなかったですかね……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る