Ⅱ 勇者になるハズの俺がしょうがなく見習いとして入ったのは、ゆるふわ勇者とチートな仲間。

さい

第1章 妖精の街

第1話『だから、みんなで行きたいなって思って』

 空は高く、雲はうっすらとたなびき、心地よい風が吹いている。


 ああ、今日はいい天気だな……こんな日はのんびりと、おいしいご飯でも持って、気持ちのよい丘でピクニックなんか最高だな……俺はそんな事を考えながら、草のそよぐ大地を背に天を仰いでいた。


「何サボってんだ」


 唐突に足を蹴られて現実に戻される。

 いって! お前、もうちょっと優しくしろよ! でも蹴った本人はすぐに戻って行ってしまった。

「はいはい、一応ちびっこもターンの頭数入ってるからねー」

 苦笑した彼が片腕を開くように動かすと、きらきら光る金色の粒が俺に降りかかった。あー、生き返る。俺はじっくり味わってから勢いをつけて飛び起きた。っていうかちびっこってなんだよ!


 泥の固まりに空洞みたいな目の付いたモンスター。切っても切っても崩れるだけで、手応えがありゃしない。そのクセやたら硬い泥玉を投げつけて俺のことを吹っ飛ばす。

「うっりゃーーーー!!」

 俺はモンスター前で間合いを取るみんなの間をすり抜けて、片足上げて俺を踏み潰そうとするモンスターを切り上げた。




「よし」

 左手の印を確認。きらきらとホログラムのような印が、一度光ってから落ち着いた。

 うん、ちゃんとポイント稼いでる。俺は息をついてからゴールドをしまうとみんなのところに戻った。

 いつもの旅。モンスターを倒しながら進む、俺たち勇者一行のいつもの旅だ。


 俺たちのパーティーは幼なじみの5人が集まってるだけなのだけど、剣士のレツ、獣使いのシマ、白魔術師のハヤ、黒魔術師のキヨ、武闘家のコウと、バランスがいい。

 そしてその剣士が勇者レツ。


「ふぁー大変だったねぇ」

 レツはいつものふにゃーってした笑顔で俺を迎えた。

 飛ばされた泥玉を顔で受けたので、拭ったとはいえ髪がまだ固まってる。シマがそれに気付いて、両手で擦って泥を落としてやっていた。


「レツ、口閉じろ。入るぞ」

「わわわ」


 レツは慌てて両手で口を覆う。

 この……何となく緊張感のない剣士がうちの勇者だ。

 ふわっとした黒髪は重めの印象、きれいな物や甘い物が大好きで、表情はいつもふにゃーってしてる。親しみはあるけど何となく……軽く見られちゃいそうな感じ。だいたいいつも、パーティーの中でレツが勇者だとは思われないもんな。剣士として鍛錬はしてるけどムキムキにはほど遠い。


 それでも今までの旅で色んなお告げをクリアしてるし、実はすごい過去があったのだけど、それはまた別の話。当人はいたって変わらず、いつもこんな感じだ。勇者の旅に出るまでは剣士として冒険に出たこともなく、なんとレベル0だった。

 今はちゃんとバトルに参加してるけど、他の仲間がハンパなく強いので未だその差を埋められる気はしない。


「浄化の魔法でキレイにしようか?」


 シマは固まった泥に苦戦しながら、声をかけたハヤにチラッと笑った。たぶん、乱暴にしたらレツが痛がるから取れないだけだと思うけど。

 茶髪の短髪。どっちかっていうと精悍な感じなんだけど、小さい丸めがねが親しみやすい印象を引き立てる。実際、情報収集とかでも飲み屋であっという間に知らない人と仲良くなってるもんな。


 獣使いだけど結構鍛えた体で仲間の中では二番目に長身だ。ちょっと年上だから仲間みんなのお兄ちゃん的存在ではあるのだけど、旅に出る前もレツとずっと一緒にいたからレツが一番懐いてる感じある。

 っていうか、他の仲間は懐くってキャラじゃない。


「別にそのくらいほっとけばいいだろ、泥自体に毒は無かったんだし」


 キヨはそう言ってバトルから離しておいた馬を引いてきた。合理性の固まりみたいな言い方、バトル中に吹っ飛ばされた俺を足蹴にしたやつだ。

 黒髪に切れ長の目。パッと見冷たい印象……っていうかほぼ見た目通りの性格。細身っていうかガリガリだけど黒魔術師だから何とかなってる。謎があると解明したくなる頭脳派で策士、このパーティーではある意味異質。いや、キヨみたいのがいないとお告げのクリアなんて無理みたいなとこあるんだけど。

 フルネームはヨシ・キヨだけどみんなキヨって呼んでる。キヨの方で呼ばないのは一人だけだ。ハヤは顔をしかめてキヨを見る。


「キヨリンは遠隔攻撃で汚れもしないんだから言う資格ナシ」


 白魔術師だからってわけじゃないけど、ハヤはキレイなものにこだわるよな。身につける魔法道具だってデザインにこだわってるし。まぁ本人がおそろしくレベルの高いキレイ顔のイケメンだから許されるところはある。

 仲間の中で一番の長身。ニックネームは団長。別に勇者じゃないのに団長って感じのオーラがある。カールした明るい金髪に濃い碧眼の、誰もが振り返るような美形だ。

 それに比べたら、俺なんかが汚れとかやたら気にしてても、キモいとか言われるのがオチだ。


 でもあの泥玉をまともに食らったのは俺とレツ、あと接近戦でぶちかました返り血(泥?)を浴びたコウくらいだよな。そのコウは汚れを簡単にはたくだけで気にした様子はなかった。


 プラチナブロンドの短髪をがしがし混ぜて砂を落としてるだけだ。

 身長は仲間の内で一番低いんだけど、毎日鍛錬を欠かさないから筋肉がすごい。でも全然重そうには見えないし、身のこなしは誰よりも軽い。きつめの三白眼で表情があんまり動かないから、第一印象は怖いしかない。絶対俺の事嫌ってると思ったし。

 ハヤの言葉に肩をすくめたキヨは、コウに布を投げていた。コウは布ををキャッチして「どもども」と小さく言って首筋を拭いた。


 シマ、キヨ、ハヤの三人は何というかとんでもないレベルの冒険者で、いやレベル表示自体は普通程度なんだけど、やれることがいちいちチートだ。

 勇者の旅に加わる前から冒険の仕事に出ていて、その頃は普通に有能な冒険者だった。それがレツと一緒に勇者の旅に出てからは、ハッキリ言っておかしい。おかしいレベルでチートなんだけど、本人たちはそれでどうこうしようとしてなくて、レツについて冒険している。


 普通あそこまで人並み外れた技術があったら、あっという間に利己的になりそうだけどな。あんな風に圧倒的な力があったら、勇者について行くのも物足りなくなりそう。コウはそんな三人とは違うけど、速攻型の武闘家だしストイックに鍛錬するタイプだから、レベルが上がるのがものすごく早い。

 とにかく勇者一行は、勇者以外がとんでもない。勇者以外が。


 でも当のレツは、そんな差もあんまり気にしてない。いやレベルを上げる努力はしてるけど、焦ったり卑屈になったりは全然しない。俺は浄化の魔法をかけるハヤの出した光の粒にはしゃぐレツを見た。


 やっぱそれって、みんな一緒の孤児院で育ってずっと友達だからってのがあるのかな。集められた孤児院でそれぞれの特性に沿った勉強をしてて、その頃からレベルの差は見えてたとこあるみたいだし。コウは孤児院の子じゃなかったけど、それでもずっと友達だったんだから今更なんだろうか。

 そう、勇者一行は、幼い頃からみんな一緒に育ってきた友達なんだ。


 そんで俺。


 俺は、彼らとは全然違う。

 俺は一応剣士で、勇者見習い。彼らが勇者の旅に出る時にパーティーに入れてもらっただけの、おまけだ。





 勇者の旅は、お告げを受けてそれをクリアするのが目的だ。お告げはいつも、勇者に訪れる。夢枕に立つって話だったけど、レツを見てるとそんなことはない。寝てる間じゃなくても、いつも突然やってくる。


「なんかねー、こう……ふわっと見えるんだよねー」

 レツは顔の前で片手をふわりと動かした。いや、全然わからんけども。

「視界がなくなっちゃうんじゃないんだけど、見えてるものと違う映像が現れて、あ、これお告げだわって感じがするんだ」


 でもそのお告げは、だいたい意味をなさない映像の場合が多い。だから何をすればクリアになるのか全然わからない。他のパーティーもそうなのかな。


「そう言えば、他の勇者一行に聞いた事ってねーな」


 シマは言いながら顔を上げた。

 まぁでも他の勇者一行に会うこと自体が珍しいけどね。またでもなきゃ一斉招集も無さそうだし、そうだとしたら旅の途中で巡り会わない限り、そんな話を聞く機会なんか無さそうだ。


「他は他でしょ」

 コウはそう言って俺の脇を抜けて前に出た。それはそうだけど、ちょっと気になるじゃん。


 お告げや勇者のシステムがどういうものなのかはわからない。勇者だけがそのお告げを受ける事ができるのだけど、じゃあなんで勇者が受けられるようになったのかもわからない。


 ただ、お告げをクリアすると、誰かのためになるのだ。でも誰のためになるかはお告げからはわからないし、本当にそれでクリアだったのかどうかもわからない。

 ただ勇者が(うちの場合はレツが)これでよかったんだなってわかるから、それでクリアってことになってる。結構曖昧だ。


 お告げを受けることができる勇者の印は、レツの左手にあるレベルの印の上に輝いていて、それがある限りレツはお告げを受けることになる。

 勇者の印がある限り、勇者一行は5レクスの境界を越えてもレベルの印が壊れる事はない。


 5レクスの結界は、この国ツェルダエステの人々を凶暴なモンスターから守っている。結界は妖精王とこの国の王様との間の契約で出来ているのだ。

 そりゃ結界の中にもモンスターはいるけど、5レクスの外のモンスターはもっと強くてもっとヤバいのだ。ただ冒険者の印は5レクスの境界を越えると壊れてしまう。印が無いとギルド登録できないから冒険者の仕事が受けられなくなる。


 でも勇者の一行はその境界を越える事ができるのだ。

 だからもっと強いモンスターと戦うことができるし、もっとレベルを上げることができる。


 俺たちは今、もともとの旅を始めたサフラエルから、もっと北にあるウタラゼプを目指していた。

 サフラエルからは街道がかなり迂回しているから、真っ直ぐ向かおうとしたら5レクスの外へ出る。しかも山越えの必要があるから馬は荷物を運ぶ二頭だけで、乗って移動はしていない。でもその方が剣士のレツや俺はバトルに参加しやすいからポイントも稼げるんだけどね。

 ウタラゼプに行こうと言い出したのはレツだ。


「いや……なんでまた」


 サフラエルの馴染みの飲み屋で飲んでいる時だった。俺とレツはソフトドリンクだけど。シマはそう言って、何となく絶句した。


 サフラエルにはしばらく前に到着して、一旦はみんな自分の部屋に帰ったりしていた。俺は行くところがないから宿に泊まらなきゃならなかったんだけど、サフラエルに実家のあるコウが滞在を勧めてくれた。コウ自身は別に部屋を借りていたから俺だけコウの実家に泊まったのだ。

 コウの家族はコウのお兄さん夫婦もご両親も家族みんな優しくしてくれて、俺はちょっと……ちょっとだけ、自分の家族に会いたくなった。


 俺は何となく言葉を継げなくなってるシマを見た。ウタラゼプって確か、シマの出身地だ。


「もしかして、お告げ?」

 ハヤがそっとレツを伺う。レツはその言葉にぶんぶんと首を振った。

「違うんだけど、違うけどあのね、あのー何となく……この前の旅で、みんなに関係のあるところに行ったじゃん?」

 そう言ってみんなを見回す。キヨはちらっとハヤを見た。

 前の旅ではハヤの生まれたマレナクロンと、キヨの生まれたクルスダールに行く機会があった。


「コウちゃんはここだから、もう来てるってことにすると、まだみんなで行ってないのって、シマのとこだけだと思うんだ」

 それを言ったらレツのブラウレスだって行ってないけどね。でもレツの場合はブラウレスじゃなくて、この前行ったエストフェルモーセンでカウントされるのかな。


「だから、みんなで行きたいなって思って」


 レツは同意を求めるみたいにみんなを見た。

 キヨは無表情でカップを傾けていて、ハヤはちょっと複雑な顔でコウに振った。コウも何となく真顔のままカップを煽る。


 それって……微妙なんじゃないのかな。シマはみんなより年上で、両親が亡くなったことも、その理由も全部わかってる。物心ついた時には孤児だったキヨやハヤとは違うのだ。そんな街にシマは、今更行きたいと思うんだろうか。


「……別にいい思い出ばっかじゃねぇよ」


 レツの言葉に、小さく笑ってシマはそう言った。

 シマの両親は、シマが隠れて飼っていたモンスターに殺された。シマを助けようとして。でもシマの両親を攻撃したモンスターも、怯えてシマを助けようとしてたんだ。

 シマは大事な両親と大事なモンスターをいっぺんに失ったのだ。それがシマのウタラゼプでの思い出。


「うん、だからね、みんなで行くの」


 レツは体ごとシマに向いた。シマはちょっとだけ呆けた顔でレツを見た。


「だからね、みんなでいい思い出にしに行くんだ。マレナクロンやクルスダールや、エストフェルモーセンみたいに」


 レツはそう言ってふにゃーって笑った。シマは驚いたように目を見開いた。


 もしかしてレツは、みんなが孤児になったって記憶しかない出身地を、楽しい思い出で上書きしようとしてるのか?

 この前の旅ではマレナクロンでもクルスダールでも、お告げをクリアして良かった思い出になってる。それと同じように、シマのウタラゼプも良かった思い出としていつも心に置けるようにするために、みんなで行こうと言うんだろうか。


「……そうだねぇ、クルスダールの花火は良かったもんねぇ」


 ハヤがそう言うと、レツは嬉しそうに何度も頷いた。

 大道芸祭りの最後の花火。祭りの大成功もあったけど、すごい花火だった。一生に一度見れるかってくらい派手なヤツ! 俺、またあの祭りに行きたい!


「マレナクロンじゃ、街に貢献したくらいだけどね」

「あ! でもほら、キヨの歌が聴けたし」

「あれは貴重」

「っつか、俺的にはイヤな思い出しかねぇんだが」

 キヨは真顔でそう返した。あー……


「うっそ! キヨリン大活躍過ぎてそっち目覚めちゃった感あるクセに!」

「流し目と」

「ギャップ萌えと」

「上着だけの裸の胸元からペンダント出すんだよ!」

「『ボクに触れたかったら、このペンダントに口付けて』」

「言ってねぇし、誰だそれ」


 うんざりして突っ込むキヨに爆笑するハヤレツコウを、いつもだったら一緒になって爆笑するシマが、何だか眩しそうに見ていた。


「……やっぱ、行きたくない?」

 シマは俺の声に気づいて「んー」と考えるように言ってから、ちょっとだけ俺に屈むと、

「ちょっと楽しみになって困ってる」

 そう言って、いたずらっぽく笑った。

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