六年前

 選手達の練習の声が響くキャリアーズ2軍練習グランド。その中で伊吹選手は黙々とグランド外周を走り続けていた。


 日本一3連覇翌年の春季キャンプ開始の時、伊吹は肘に違和感を持っていた。

 毎年の登板過多により彼の肘は悲鳴をあげていた。

 肘を庇いながら練習していると、今度は肩に負担がかかってしまった。

 オープン戦が始まる頃には、去年までの球速やコントロールは失ってしまった。


 リーグ開幕戦の一軍メンバーに伊吹の名前は無かった。


 以降は、肘の手術の次は肩の故障、肩が良くなると腰が、と次々に彼の体を蝕んでいた。

 ついに丸3年間、公式戦で一球も投げることが出来なかった。


 故障してから4年目、背番号は59になっていた。それでも彼は直向きに練習を続け、復帰のチャンスを待っていた。



 リーグ最終戦に彼は一軍のベンチにいた。やっと掴んだ最後のチャンスであった。


 伊吹が故障したキャリアーズは絶対的守護神がいなくなったことで、優勝争いどころかAクラスにも入れない程の低迷期に入っていた。

 今シーズンもすでにBクラスが決定して、大鳳おおとり監督の更迭が球団から発表されていた。

 シーズン最終戦も敗色濃厚で、チームの士気も下がっていた。

 伊吹は敗戦処理のマウンドへ上がった。


「キャリアーズ選手の交代をお知らせします」

「ピッチャーの千代田に代わりまして、ピッチャー……」


 もう、誰も彼の名を期待してはいなかった。

『神の左腕』の名は、すでに過去の記憶でしか無かった。

 騒ぎが続く中、次の言葉が続く。


「伊吹、背番号59!」


 疑問と不満の声が上がるキャリアーズ応援団席、歓喜の声が上がる相手側応援団席。

 両側の歓声の真ん中に『59』の数字を背負った男が立っていた。


 磯浜キャリアーズ 背番号59番 伊吹 ただし 27才 敗戦処理投手

 彼は最後の力を振り絞って投球を始めた。



 1アウトも取れずに彼は降板した。

 怒声やヤジが降り注ぐ中、彼はベンチに戻った。

『神の左腕』はこの日、完全に亡くなったのだ。


 シーズンオフに彼は自由契約 クビ になった。

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