第15話 決着

 治癒士からの回復支援を受け、体勢を立て直した三人の前衛がジリジリと間合いを詰めてくる。


ただ俺に攻撃を加える隙をはかるだけでなく、後衛からの術による支援のタイミングも合わせているのだろう。


 どうやらしっかりと連携を重ねて戦うスタイルに戦術を切り替えたようだ。


「――風神よ、彼の者達に疾風の加護を与えたまえ【ヴェントスアリア】!」


 先程は俺の目から逃れるようにコソコソと行動していた治癒士の女が手にした大杖を掲げて呪文を告げる。


すると、三人の前衛が薄緑色の光を発して急速に間合いを詰めてきた。


 先程よりも彼らの移動速度が明らかに上がっていることから鑑みて、治癒士が放ったのは身体強化魔法であるようだ。


「今度は油断しないわよ! みんな、私に合わせて!」


 先陣を切るのは先程と同じくショートソードを手にした女騎士であった。


だが、初回の突撃とは異なり、彼女を守るように男の騎士が二人でその両隣を陣取っていた。


 背後に控えているよりは余程フォローしやすい位置取りではある。


だが、その分男騎士二人が女騎士の間合いを潰してしまうため、攻撃の軌道が読みやすくなることがその陣形のデメリットだ。


「さっきのお返しよ!」


 気合いの一声を上げて縦からの振り下ろしの斬撃を繰り出す女騎士。


当然その軌道は予測できていたため、俺は手にした炎の槍をその斬撃の軌道上に移動して彼女の攻撃を迎え撃つ。


「こちらも行くぞ!」


「喰らえ!」


 女騎士の攻撃へと対処に動いたその瞬間に彼女の両隣にいた男騎士それぞれが、手にしたロングソードで各々の斬撃を放ってきた。


両者ともに回避しずらい絶妙な軌道を描く斬撃を放っており、こちらの命を本気で取りに来ていることが伺い知れる。


「こんな模擬戦闘でそんな殺気を放つなよ。所詮はお遊びなんだからさ、っと」


 不敵な笑みを浮かべつつ、手首のスナップで槍を回転させて三人の斬撃を軽く打ち払う。


「――チッ! 散開しろ!」


 攻撃が通用しないと見るや、すぐさま前衛の三人がその場から離脱する。


追撃しようかと迷ったが、魔力の気配を感じたためその場に留まることにする。


「――【アクアバレッド】!」


「ふむ、炎に対して水と来るか。君の術のままだったらそれで簡単に相殺できたんだろうね。だけど、この槍はもう俺のものだ。その程度の浅知恵じゃあ、このは消せないよ」


 魔術士の男による援護射撃のために放たれた五つの水の弾丸を炎の槍を横凪に振るって蒸発させる。


 元の術士が込めた魔力のままであったならば術同士が相殺してしまうため、絶対に不可能な芸当だ。


だが、俺が魔力を込め直し、完全なるとしてこの世界に定着させた今の槍ならば、いとも容易くこんなことが出来てしまう。


 術士としての格の違いを見せつけつつ、本来の魔法がどう言うものかをこの世界の人間たちに知らしめる良い機会であった。


もっとも、今この場にいる人間の中で、真の魔法とこの世界で一般的に使われている魔法との違いを理解できる奴がいるとは思えんがな。


「応戦ばかりしてたんじゃ、見学してるギャラリーたちも飽きるだろう。そろそろ俺も攻めに転じるとするか」


「……来るぞ! 構えろ!」


 前衛三人の中で先程から中心的に指示を出していた男が仲間たちに警告する。


しかし、いくら警戒したところで、彼ら如きの実力では認識を大きく超える速度には対応出来るはずがない。


 先ずは一歩踏み出す。


それと同時に槍を振るい、一番近くに居た女騎士の右脚を切断する。


 傷口から鮮血は飛び散ることは無い。炎の槍が切断面を瞬間的に焼き切っているからだ。


大量出血で殺す心配がないから楽でいい。


「――……えっ?」


「心配しなくても大丈夫。後でちゃんと元に戻してあげるから」


 突然の事態に情けない声が女騎士から上がる。


そして、片脚を無くした事でバランスを崩す女騎士の横を通り抜けながら、困惑を隠せないでいる彼女に優しさを込めた声で言葉を掛けておく。


 次に二歩目。


どちらにしようかと迷ったが、さっきと同じでいいやと適当に決め、女騎士の切断された右脚に視線を向けて唖然としていた男の一人に向かって槍を振るう。


 宙を舞う右腕と左足。

肉の焼ける焦げ臭い香りがモウモウと辺りに漂い始める。


 続けて三歩目。


次々と倒れゆく仲間たちを見て後衛に何やら新しい指示を出そうとしていた男に肉薄。


ジュっと言う肉の焼ける小気味の良い音を立てながら、右と左、両方の脚が男の肉体から分離する。


「さて、この退屈な時間ももう終わらせることにしようか」


 流れゆく異常事態の数々に、声も出せないでいる前衛組を無視してミツキの控える後衛組の方へと足を進める。


コイツらを倒せばこのくだらない模擬戦闘は終わりを迎える。


 なんの参考にもならない、ただただ俺の力を証明するだけの退屈な時間になってしまった。


だが、最後に俺に舐めた態度をとったクソガキにお灸を据えてトラウマを植え付けて、憂さ晴らしをするとしよう。


「やぁ、あっという間だったけど、そろそろ終わりにさせて貰うよ?」


 刹那の合間にミツキへと急接近し、あえておちょくるような声を出し、彼を挑発する。


キレたところで何が出来る訳でもないのだが、怒りに身を任せて殴りかかった相手にボコボコにされるなんてことになれば、それはなんとも情けないことだろうか。


完璧に心をへし折ってこそ、俺の仕返しは達成される。


 やられたことは、その時の気分によっては百倍にしてやり返す。それが俺の信条なのだ。


「……なっ、なんなんだよっ!? お前は!?」


「うわぁ、君、完全にビビってるじゃんか」


 さて、ミツキはどんな反応を見せてくれるのかと思い、目の前であえて隙を晒して挑発してみたわけなのだが、当の本人は声を震わせて完全にビビっていた。


漏れ出る思念も俺に対する恐怖と、これから先の展開に対する絶望で満ち溢れている。


 うん、どうせこうなるとは分かってはいたが、正直言ってがっかりだ。

 

 一応は勇者としてこの場にたっているのだから、多少はそれらしく負けん気を見せてもらいたかった。


まぁ、所詮は名ばかりの勇者。

平和ボケした子供なんぞに実戦の空気が耐えられるわけが無いか。


 さて、怒りに任せて斬りかかって来るのであればデコピンでもして実力の差を完膚なきまでに叩きつけ、ミツキの心をへし折ってやろうと思っていたのだが、どうやら既に心はへし折れている様子だ。


 それならばもうお仕置はこの辺にして、後は親切心で実戦の厳しさを教えてやるとするか。


 戦闘に負ければどれだけ痛いのか、それを知ることが出来ればこれからの訓練にもより一層のやる気を見せてくれるだろう。


「クソっ! 【ファイアボー】――ぐぁッ!」


「――うぁっ!?」


 ミツキの前で晒していた隙をついて俺に攻撃魔術を放とうとしていた男魔術師の肩に槍を突き刺し呪文を強制的に中断させる。


「──……あぅっ!?」


ちょこまかと動き回り、回復支援を行おうとしていた治癒士の女の両足を切断し、動きを封じた。


 これしきの外的刺激で術を中断するなんて、魔術師としてはなんとも情けない奴らだ。


まぁ、俺の世界とこの世界とでは強さの基準が違い過ぎるので、俺の常識に当てはめるだけ無駄なことか。


 無様にうずくまる二人の術士を尻目にミツキ視線を向け直す。


「さて、覚悟は出来てるかな? まさか、女神に選ばれた勇者の君が仲間を見捨てて命乞いなんてしないよね? その神から与えられた剣はただのオシャレじゃないんだろ?」


 槍を大きく振り回し、無駄に威圧感を放ちながら笑顔を浮かべてミツキに声をかける。


「――や、やめろ! 謝る! 謝るから! 頼むからもうやめてくれ!」


 あまりの恐怖に顔面を真っ青にし、涙を流して許しを乞うミツキ。


あまりの無様さに笑いが込み上げてくる。


だが、ここで笑ってしまえば見物している人間からの印象が悪くなるのでここは我慢だ。


「──来るなっ! 来るなー!!」


「あまり笑わせるなよ。思わず攻撃を止めてしまったぞ。だけどそうだな。痛みに悶え苦しむお前の無様な姿は、もっと面白いんだろうなぁ」


笑いを堪えるのに必死で思わず攻撃するのを止めそうになるが、痛みに悶え苦しむこいつの姿を想像して、震えるミツキの四肢を燃え盛る炎の槍で切り飛ばして見た。


そうしてあっという間に間抜けな達磨の出来上がる。


 狂気。絶望。驚愕。恐怖。


おおよそ考えられる全てのネガティブな感情が一緒くたに詰め込まれたかのような表情に覆われ、俺が元の世界で飽きるほど見てきた、人間が見せる表情の中で最高に面白い顔へとミツキの顔面が変貌していく。


「……あっ、あぁあああ――――――――!!」


 広い訓練場にミツキの声にならない叫び声が響き渡る。


 あぁ、久しく見ていなかったが、やはり俺は人が見せるこの顔が大好きだ。


 俺と言う存在を強く認識し、絶対に敵わない強者としてその人間の本能にまで刻まれる。


 優越感が満たされ、自尊心が高められる。


 他者を従わせ、圧倒的な上位者として君臨する。


 こんな最高で幸福な気分は、他の娯楽ではなかなか味わえない。


「――そこまで! これ以上は続行不可能とさせていただきますぞ!」


 悶絶して叫び続けるミツキの様子に慌てたような演技をしながら、戦闘を止めるようウェンリルが指示を出した。


 止めるべきタイミングはもっと早くにあったはずであるが、そこは俺の忠実な下僕。


こいつは俺の気が済むまで事の成り行きを見守り、俺が満足するまでは絶対に邪魔をしてこないのだ。


「急ぎ怪我人を救護室に運び込むのだ! 城の治癒士達も呼び集めよ!」


 ウェンリルが訓練場の舞台外に配備していた部下たちに指示を出し、怪我人を運ぶための担架を持ってこさせる。


この世界の技術では切断した部位の欠損は回復できないであろうが、恐らく死なない程度に回復させるつもりなのだろう。


延命処置は時間との勝負なので、彼の部下たちの慌てた様子がそのことを物語っている。


 さて、ミツキの痛がる姿は存分に堪能させてもらったので、そろそろ見学はこのくらいにして約束を果たしてやるとしよう。


「【集団肉体復原コンシリアティオ・コルポルム】」


 対象を選択し、復元の魔術を発動させる。


「……な、なんということだ。こんなこと有り得ない……」


「神の奇跡だ……」


「これではまさに、古の聖者様ではないか……」


 その光景を見ていた人間が、一人、また一人と口々に感想を呟いていく。


 術を発動させた直後、担架で担ぎ上げられたミツキやお供の騎士たちは、切断されて焼け焦げた傷痕から新たな手足が出現し、それぞれの欠損した部位が補われていった。


 それはまるで、ちぎれたトカゲの尻尾が再生するのを早送りで見ている様であり、見るもの全てを圧巻させた。


 これならば俺の魔導士として魔術を見物できると期待していた観客達にも十分な見世物になることだろう。


 これにて俺の力を見せつけるための戦闘訓練は終了し、俺という存在の価値をこの世界の重鎮たちに再認識させる結果で幕を閉じた。


 今後に配属されるであろう作戦地域ではどうか分からないが、少なくともこの城の人間に関しては俺に舐めた態度を取ってくる輩はいなくなることになるだろう。


 6人の人間たちが完全に回復したのを確認して俺は辺りを見回す。


訓練場の入口付近に控えていたミーシャを発見し、そちらに向かって歩み始める。


「マギア様、大変お疲れ様でした」


 合流して直ぐにそんな労いの言葉をかけてくるミーシャ。


「正直言って準備運動にもならなかったよ。それよりちょっと小腹が空いた。部屋に戻っておやつにしよう」


 爽やかな笑みを浮かべて彼女の労いに返事をし、小腹が空いたことを伝えておく。


 太陽の傾き加減からして時刻はちょうどおやつ時である。


この後になにか予定があるのかは知らないが、兎にも角にもおやつの時間だ。


「承知致しました。部屋に戻り次第、なにか軽食を召し上がれるよう手配致します」


 一礼し、俺の背後に三歩下がって追従するミーシャ。


 俺の魔術により欠損部位が回復するという信じられない光景を目の当たりにし、唖然としている人間たちを背景にして、俺はミーシャと共に訓練場を後にするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る