第14話 魔導士の実力
脇腹へのダメージを受けて崩れ落ちる女騎士を尻目に、俺は前方へと駆け出した。
女騎士の後方には追撃を仕掛ける二人の剣士が控えて居る。
両者共に冷たい鋼のごとき殺気を撒き散らしてこちらを鋭く睨みつけているが、俺からすれば大した脅威にもなりはしない。
「――ッ! 魔導士が自ら近づいてくるだと!?」
俺の行動が相手の不意をついたのか、男のうちの片方が動揺を露わにする。
この世界の基準で言えば、敵へと積極的に距離を詰める魔導士など、定石から外れたものなのだろう。
「焦るなっ! 間合いに入ったら攻撃を合わせろ!」
もう片方の男が焦る相方を怒鳴りつけ、冷静に行動するよう指示を出しつつ手にしたロングソードを振りかぶる。
どうやらそのまま袈裟斬りを仕掛けてくるつもりらしい。
その攻撃に合わせるようにして、もう一人の男も鋭い突きを放とうと構えを取っている。
前後左右どちらに避けても、左右の男のどちらかの斬撃が当たるように計算された連携攻撃。
だが、残念。
たかだか二人で行う連携など、俺には通用しない。
避けることが出来ないのなら、避けずに対処するまでだ。
正直、避けるのも容易なのだが、相手の土俵に立ってやることで、強者の余裕というのを演出できる。
ギチリと柄が軋むほどの力を込めて柄を握り締め、袈裟斬りを仕掛けてくる男へと一歩間合いを詰める。
空気を切り裂く音を纏って男のロングソードが俺へと振り下ろされるのを確認し、俺は相手の攻撃の起点を潰すための掌底を柄頭へと放つ。
「……グゥッ!! ――なんだとっ!?」
「おぉ、持ち堪えたか。剣を弾き飛ばすつもりで打ち込んだんだがね。思いの外、力があるじゃないか」
剣を握り締めて大きく仰け反った体勢のまま、なんとか持ち堪えた男に賞賛の言葉を与える。
さて、次はどうするか……。
どう倒すのが一番目立ち、観客たちに好印象を与えるか、俺はその一点を考える。
「――馬鹿に、するなッ!」
「任せておけ!」
刹那の間に思考する俺を妨害するかの如く、身を仰け反らせたままで男が叫ぶ。
それを合図にして、突きの構えを取っていた男が動き出した。
「──喰らえ!」
気合いの声とともに俺の喉元目掛けて剣の切先が飛来する。
ビュンッと言う風の震える音が俺の耳に届くと同時、その場で回転して突きの軌道から逸れるように身体を動かす。
俺の首のすぐ横を、ロングソードの刃先が通り抜けていく。
普通の奴であれば、これに怯んで多少の隙を晒すのだろう。
だが、この程度で隙を晒してやるほど俺は甘くは無い。
「お前が喰らえ」
「……が、ぐッ!?」
攻撃を受け流すためにした回転の勢いを利用して、遠心力を加えた右手の裏拳を、突きを放ってきた男のこめかみへと叩きつける。
その一撃で男は派手に土煙を上げながら地面を転がり吹き飛んでいく。
そして、そのまま意識が飛んだのか、地面に倒れ伏したまま動かなくなった。
そんな無様な終わりを迎えた男に手でも合わせてやろうかとも思ったが、今は戦闘中。
いくら相手が格下でも、敵もそんな時間は与えてくれない。
「――このっ! よくもっ!」
「戦闘訓練なんだ、そう怒らないでくれよ。それに、攻撃が当たったのはあの男の弱さが原因だろ。俺に怒るのはお門違いだと思うがね?」
裏拳を放った直後で伸ばしたままだった右腕に、肘から先の部分を切断してやろうかと言う勢いでロングソードが振り下ろされる。
そんな見え見えの攻撃に対して、腕を下に降ろすことですんなり回避し、挑発的な笑みをあえて浮かべて男に言葉を伝えてやった。
「──貴様っ!」
仲間への侮蔑に過剰なまでの憤怒を顕にする男が、もはや闇雲と言っても差し支えない斬撃を振るってくる。
俺はその斬撃を紙一重で回避するという、如何にも派手で流麗に見える動きを観客達に披露する。
「ははは、そんな狙いも何も無い攻撃じゃ当たるものも当たらないぞ?」
観衆に向けて余裕のある態度を取ることも忘れない。
「うるさいっ! 黙っていろ!」
おっと、今のは挑発のつもりではなかったのだが……。
やはりこの世界の人間には、精神魔術が効きすぎるな。
高度な隠蔽の技術によって誰からも探知されないレベルにまで魔力を調節して発動させていた【
これ以上【狂化】を続ければ、目に入った人間を全て殺そうとする殺戮マシーンになりかねない。
「お待たせしました! こちらからも支援致します! 【ファイアランス】!」
相手の男魔術士のそんな言葉と共に、後方から紅蓮の炎に彩られた、燃え盛る槍が放たれた。
「……やっとかよ。支援が遅すぎるぞ全く」
呪文を完成させ、術を発動させるまでが長すぎてついボヤいてしまった。
目の前の男を適当に暴れさせて時間を稼いだこともあり、相手の後方支援の準備がようやく整ったようだ。
今行っているのはあくまでも模擬戦闘。ミツキに大恥をかかせるのが一番とは言え、俺の力を知らしめることも大事なことだ。
相手の全力を引き出す為にこんな接待みたいな時間稼ぎをしているわけなのだが、流石に詠唱が長すぎる。
もっとレベルを上げてくれないと俺が退屈しまうぞ。
「元々期待なんてしてないから別に構わないがね……」
溜息を一つ吐き、気を取り直して剣を振り回す男から視線を外してその後方へと目を向ける。
そこには灼熱に燃え盛る鋭い槍がこちらへと迫りきていた。
コントロールについては精鋭と言うだけあってしっかりしたもので、仲間の騎士には当たらない軌道が計算されているらしい。
速度はそれなり、込められた魔力もこの世界の基準で言えばかなりのものだ。
これに対処する方法はいくつもあるし、別段何もしなくともこの程度の魔力では俺には傷など付き様も無い。
だが、流石に何もしないで無傷で終わるというのも地味なので、なにか派手な方法で対処をしたいのだが……。
うん、この世界の常識を凌駕する方法だとこれが一番かな。
「タイミングはこんなものかな」
飛来する炎の槍に対応すべく、火の属性を付与した魔力を右手に集中させる。
本来であれば緻密な計算と相応の魔力が必要となる高等技術なのだが、今から対応するのは低レベルな魔術文明の攻撃呪文だ。
もう、力業で行けるだろ。
「――なっ!? 魔法を
「所謂魔力ジャックって小技なんだけど、その反応だと初めて目にするようだね。あぁ、君は一旦退場しちゃってね」
「ぐっ、……がっ!」
驚愕により隙だらけとなった男の腹部に蹴りを入れ、地面を転がし吹き飛ばす。
そして、俺は掴み取った炎の槍を回転させてその場で軽く演武を行なう。
元の世界で見た事のある槍術使いの動きをイメージして振り回しているのだが……、うん、やはり使い心地は良くないな。
この世界の奴らは『魔法』だなんて大層なことを言っているが、こいつらは魔力を世界に定着させることがてんで出来ていない。
これでは良くて、魔術もどきがいいところだ。
『魔法』とは元来、魔力を元にして世界の物理法則を捻じ曲げ、自らの魔力を世界に定着させる術のことを言うのだ。
この【ファイアランス】とか言う術も『魔法』と言うのならば、消えることの無い炎の槍を世界に顕現させなければならないのだ。
それをこの程度の完成度で魔法などとは……、全くもって片腹痛い。
まぁ、今はそこに触れる必要はないだろう。
使い勝手は別として、せっかく手に入れた派手な武器だ。
ここからは見た目通りの派手な戦いを繰り広げてやるとしよう。
俺はコソコソと動く相手側の女治癒士の動きを見て見ぬふりして言葉を発する。
「さて、武器も提供してもらったことだし、第2ラウンドと行こうか。あぁ、今度は気絶じゃ済まないかもしれないけど、例え手足が無くなろうとも生きている限りはいくらでも元通りに
治癒士の懸命な活躍により、回復の術を受けた前衛組がゾンビのようにモゾモゾと立ち上がり、武器を構える。
なんとも重畳なことに、彼らの心はまだ折れていないらしい。そういうことなら案山子として存分に役に立ってもらおうじゃないか。
俺は目の前に立ち塞がる騎士たちに笑みを向け、新しく手にした玩具を構え直した。
そういえばミツキのことをまだ痛めつけてなかったな。
まぁ、見たところただ突っ立ているだけで、戦闘自体について来れないようだし、後で適当にぶっ飛ばしとけばいいか。
まずは周りのお供を潰してやるとしよう。
☆★☆★
ヴァルガルディア王国国王――アビシオは目の前で行われる戦闘を愕然した様子で眺めていた。
本日勇者たちへの訓練計画、及びにマギア・ブーティスに対しての領土奪還作戦の説明などを一手に引き受けていたはずのウェンリルが、突然に執務室へとやって来て、マギアとミツキ・セイリュウの両名による模擬戦を行いたいなどと提言してきた。
初めにウェンリルからその言葉を聞かさた時は、一体何事かと唖然としたものだ。
だが、アビシオはそこでふと、これはかの魔導士の実力を拝見するのにはうってつけの機会であると考えついた。
ウェンリルも同意見であったのか、マギアの実力を引き出すため、数名の手練をミツキの配下に置き、共闘させることを提案してきたのだ。
おあつらえ向きに、マギア自身もそれを認めているという。
マギア曰く、実戦経験の一度もない素人とでは、まともな模擬戦闘になどならないとの事。
で、あるならば、その望みを叶えた上で彼に思う存分力を発揮して貰おうと考え、此度の模擬戦闘でミツキの支援に回るようにと選んだのが近衛師団の強者5名であったのだ。
もちろん、彼らにはそれぞれ全力で戦闘を行うように勅令を出している。
そのため、現在行われている戦闘に置いて、あの5人が手を抜くことなどありえない。
「……お父様、あれは本当に魔導士の動きなのでしょうか?」
公の場では無いためか、最低限の礼節を守った口調でアビシオの横にいたリーフィア・フォン・ヴァルガルシアが呟く。
「うむ……、少なくとも、我が知る中ではあれほどの身のこなしを素の身体能力でこなせる魔導士など見たことが無い。いや、たとえ歴戦の戦士でさえ、あの5人の騎士たちを相手にあれ程の流麗な武術を披露することは難しいであろう……」
そばに控えた娘の疑問に、ただ見たままの素直な感想を告げるアビシオ。
そんな風に答えた彼ではあるが、その声には普段の威厳は無く、会話をするのも億劫と言った様子で目を見開きマギアの動きを眺めていた。
それほどまでに、彼は今、目の前で繰り広げられる戦闘の光景に圧倒されていたのだ。
だが、それはアビシオだけではない。
その場に見学に来ていた者全てが訓練場の中心で行われる戦闘に目が釘付けになっていた。
彼らが期待していたのは、彼らの主君であるアビシオを若返らせた時のような、異界の魔導士による摩訶不思議な魔法であった。
だが、かの魔導士はそんな大それた魔法を使う代わりに、己の身体能力と卓越した戦闘技術で舞台を完全に支配している。
それに、大魔法とは呼べないが、相手の放った魔法を掴んでそのまま己の武器にするなどという、今までの人生で見たことも聞いたこともないような技まで使用して見せた。
「私も、あの様な戦いを行う人間は見たこともありません……。それに他者の魔法を掴む術があるなど聞いたこともありません。あれが、マギア殿の実力なのですね……」
リーフィアは己の父を全盛期の身体へと若返らせたマギアの力に疑いなど持っていなかった。
それはアビシオも同様で、マギアに対しての戦闘訓練を不要なものだと判断したのは何を隠そうアビシオ自身であったのだ。
マギアの回復魔法の凄まじさは、その恩恵を実際に経験したアビシオが一番良く理解している。
過去の戦にて傷つき、まともに機能することもなかった左脚。
それら全てがマギアの摩訶不思議な魔法によって文字通り元に戻ったのだ。
それも、遥昔、己に最も力が漲っていたあの頃の肉体にだ。
アビシオは臣下からは反対されることを理解しつつも、次回に計画されている砦奪還作戦では、自らが直接戦場へと赴き指揮を執ると決意していた。
しかもそれは捨て身の覚悟ではなく、確実な勝利を掴むためである。
今のアジシオは己が勝利を掴むことに絶対の自信を持てっていた。
それ程までに彼の肉体には若き伊吹が満ち足りているのだ。
マギアの回復魔法があれば、例え直接的な戦闘力などなくても戦場では十分な活躍ができる。
彼を後方支援に配置するだけで、傷つき苦しむ兵士たちを大勢救うことが出来るのだから。
だが、この模擬戦闘でマギアの評価は大きく変わることになる。
これだけの動きが出来る英雄を、ただの治癒士として後方に下げておくことなど絶対にありえない。
幾度の戦場を戦い抜き、多くの勝ち星を上げて来たことで、その来歴から人族の国を連合のトップへと押し上げた戦王――アビシオ・フォン・ヴァルガルディア。
彼は今、マギアを主軸とした邪神軍との戦いについて、戦略を練り直していた。
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