第13話 模擬戦闘

 なんだか大変な事になってんなぁー、と言うのが今の俺の素直な感想。


 光希みつきとは中学の時からの付き合いだから、もうそこそこの付き合いになる。


結構前からコイツって変にプライド高いとこあるよなぁとか思っていたが、今日のアイツは少し――いや、かなり異常だった。


 明らかにお偉いさんと思われるウェンリルとか言う爺さん相手に吠えてみたり、明らかに歳下のマギアにまであの態度。


そもそも、若返りなんて言うとんでもない魔法を使える人間が普通なわけが無いだろうに。


そんな相手に喧嘩売るとか馬鹿としか言いようがない。


 まぁ、さっき話した感じでは、そんなに変な奴とも思えなかったけど。


……むしろ顔が整い過ぎてるわ、話し方も嫌味がないわで嫉妬の対象にもならんかった。


「ねぇ、風太……、あれ、本当に止めなくていいのかな?」


 俺の隣に立っている咲月さつきが心配そうな声で伝えてくる。


だけどそんな事を俺に言われても、もうどうすることも出来ないんだよなぁ。


見物の為なのか、いつの間にか人が集まってきている。


しかもあれ、絶対王様とその家族だよな?


というか、エルフとかドワーフとか、いろんな種族のお偉いさんがたがまで大集合しているのではないだろうか?


 こんなんもう止められるわけないでしょ。

俺はもう知らんよ。


「いや、無茶振り止めろよ」


「ですよねぇ〜」


 俺の言葉に苦笑を浮かべる咲月。


こいつ、はなから期待してなかったな。

そんな彼女にジト目を向けて睨みつけるフリをする。


しかし、俺の視線など気にした様子もなく咲月は辺りをキョロキョロと見渡している。


都会に初めて出てきた田舎モンみたいな動きだ。


「……とういうかさ、ここって本当に訓練場なの? これどう見ても闘技場じゃん」


 そんな言葉に釣られて、俺もその場を見渡してみる。


確かに咲月の言う通り、俺たちが城の兵士たちに案内されたこの場所は、巨大な石畳のアリーナ――まさに闘技場と呼ぶしか表現出来ない場所だった。


 石畳には無数の傷や凹みが刻まれており、そこで幾度の戦闘が行われたことが伺い知れる。


そして、四方を高くそびえる観客席に囲まれており、多くの観客を収容できることが一目で分かった。


「確かにこれは、闘技場だな……。お前ら明日からこんなとこで訓練すんのかよ。……なんと言うか、頑張れよ?」


「……アンタも参加しなさいよ」


 俺の心からの応援にジト目で答えた咲月がそんな事を言ってくる。


考えるまでもなく答えは決まっている。


「絶対に嫌だ」


 俺ができうる中でも最大級の爽やかな笑顔を顔面に貼り付けてそう吐き捨てる。


 咲月に限らず、光希にも五十嵐いがらしにも話している事だが、もっと理性を働かせて常識的に考えてみて欲しい。


 こんなラノベとかネット小説で起きる様な展開が身近で巻き起こり、テンションが上がってしまうのは良く分かる。


だが、冷静な視線で俺たちの現状を鑑みて欲しい。


俺たちは今、日本でも無い、ましてや地球ですら無い異世界に突然呼び出されて、戦争の道具に成れと言われているのだ。


 まともな思考回路を持っていれば、普通は誰でも断るに決まっている。


むしろ、二つ返事で戦うことを決める方が頭がおかしいだろう。


 それは例え、女神なんて言うとんでもない存在に直接頼まれたとしてもだ。


むしろ、神なんだから自分が治める世界くらい、自らのチカラでなんとかすればいいだろうに。


 なんで一般人の、それもただの子供に過ぎない俺たちが、他所の世界の命運をかけた戦いに命を賭けなければならないか。


全くもって訳が分からない。


「はぁ……、もう私からはなんにも言えないわ」


 俺の拒絶の反応にやれやれと言った様子で肩を竦める咲月。


誰に何をどう言われても俺自身の身の保証が約束されている限り、自分から動くつもりは無い。


その保証が無くなり、戦闘を強制させられると言うならば、この城から逃げ出してどこかに身を潜めてやろうとまで思っているくらいだ。


 例え役立たずの無駄飯喰らいと罵られようとも、俺はニートになってやる。


「なんか、変に清々しい顔してるとこ悪いけど、そろそろ始まるみたいだよ」


「……おいおい、6対1かよ。いくらなんでもハンデがデカすぎやしないか?」


 咲月の言葉に思考を中断してアリーナの中央へと視線を向ける。


そこにはマギアと光希が20メートルほどの距離を間において、向かい合う形で立っていた。


 両者の間には障害物は特になく、どちらかが駆け寄ればすぐにでも肉薄して接近戦に持ち込める。


魔法をメインにすると言っていたマギアにはかなり不利な状況なのでは無いかと思う。


しかも、マギアが1人で悠然と佇んでいるのに対して、光希の周りには輝かしい鎧を纏った2人のゴツイ男と絵に書いたような女騎士が1人、明らかに魔法使いと思われるローブを身に付けた男と女。


合わせて5人の助っ人が護衛するかのよう光希を囲んでいた。


 人数差で見ても武器の差で見てもマギアに勝ち目は無い。


だが、マギアと向かい合う光希は誰がどう見ても緊張した様子で視線を泳がせていた。


神から与えられた聖剣まで持ち出して、それを両手でしっかりと握りしめて中段に構えてもいるが、素人目に見ても剣先がブレていて手元が震えているのが分かる。


 光希の奴、今更になって喧嘩を買ったこと後悔してんだろうなぁ。


普通のガキ同士の殴り合いならまだしも、あんなガチな武器を持ち出したら、いくら模擬戦でも普通にマギアを殺せてしまう。


それを防ぐためにも周りにお付きの兵士達が5人も配備されているのかもしれないが、その兵士たちも見るからにガチ装備。


あんなん、当事者だったら俺でも焦る。


ましてやあそこに立っているのはプライドが高いだけのボンボンの坊ちゃんだからな。


 周りにイケメンと持て囃され、医者の父と元モデルの母とか言うアホみたいに高スペックな両親を持つ、正に神に選ばれたかのような人生を歩む男。


正義感に溢れていて誰にでも優しく、運動神経抜群で、頭脳明晰。


それが皆が語る星龍 光希と言う男だ。


 だけど、俺は知っている。


というか、長い付き合いの中でこの男を観察し続けて気づいてしまったのだ。


 コイツは自分が恵まれていることを理解していて、それを鼻にかけて世界の主人公を気取っているだけのクソナルシスト野郎であると言うことを。


光希にとって人助けは自分が目立つための行為でしかないのだ。


だから、人目が無ければどんなに困った人間がいても平気で無視をする。


正に偽善者を体現したような奴だ。


 そんな光希が勇者と呼ばれていい気になっているところに、マギアみたいなもっととんでもない存在が現れてしまったのだ。


プライドが高く器の小さい充希が嫉妬に狂うのも頷ける。


「両者とも、準備はよろしいですかな?」


 それから数分後、場内の緊張感が高まるのを待っていたかのように、ウェンリルがマギアと光希の両名に問いかける。


「えぇ、もちろんです。いつでも始めてもらって構いませんよ」


「……っ!」


 爽やかな笑顔で余裕たっぷりな様子で返事を返すマギアとは裏腹に、不安げな態度を隠そうともしないで視線を泳がせて返事もしない光希。


二人の表情が対照的すぎて呆れてしまうが、状況だけ見れば、アホみたいにパニクってる光希の方が圧倒的に有利と言う事実に笑えてしまう。


 光希の奴、最初は思いの外に大事になってしまった事にビビっているのかと思ったのだが、何か違う理由があるみたいだな。


「ふむ、両名ともに準備が整っているようですな。それではこれより、マギア様とミツキ様による模擬戦闘を始めて頂きます。ではしばし合図をお待ちくだされ」


 ウェンリルさんの合図に光希を囲む兵士達がそれぞれの武器を手に取り、如何にも戦闘慣れした様子で臨戦態勢をとる。


一方のマギアは余裕の笑みを浮かべてはいるが、戦闘の構えを取ったり武器を持ち出す様子はない。


ただ自然体で立っているだけだ。


 これからどんな戦いが始まるのか、光希に対しては特に期待することは無いが、あれ程に余裕綽々な様子のマギアの実力には興味がある。


彼がどんな戦い方をするのか、どんな凄い魔法を使ってくれるのか、そんな期待を胸に俺は戦闘が開始されるのを待つことにした。


☆★☆★


「それでは模擬戦闘――始め!」


 ウェンリルの合図によって戦いの火蓋が落とされる。


 さて、ようやく始まったな。


ミツキ君には存分に恥をかいてもらおうじゃないか。


 まずは彼に掛けていた【恐慌パニカム】の魔術を解く。


この術は読んで字のごとく、対象者に強い不安感と恐怖感を与える魔術である。


それなりの修羅場や死線を潜り抜けてきた本物の戦士にはあまり意味は無いが、ミツキのような戦闘経験もない素人には効果覿面だ。


試合が始まる前から嫌がらせのつもりで術を掛けていたのだが、こちらが想定していた以上に奴は不安と恐怖で震えていた。


目の前にいた俺でも分かる程に目が泳ぎ、身体も震えていたからな。


周りにいたお付の騎士たちにもバレバレである。


 戦闘が始まる前からビビって震える勇者。


さてさて、歴戦の猛者達からすれば、彼の姿はどのように見えたのだろうか。


試合開始前も開始後も、勇者とのコミュニケーションが一切無かった辺りに彼らの失望の度合いも見て取れる。


 事実、彼らはミツキの指示など仰ぐことも無く自身の判断で俺へと肉薄して来ている。


「魔法使いとは聞いていたが、魔法を専門とするのならばもっと距離を離して戦闘を行うべきでしたね! これでは詠唱する間もなく終わってしまいますよ!」


 前衛の三人のうち、一番身軽で機動力がありそうな装備を身にまとった女騎士が俺へと迫りつつ声を上げる。


その後ろ側には残りの二人の男も控えていて、しっかりと追撃の構えを取っていた。


 20メートルと言う距離をあっという間に詰め寄ってきた女騎士は、軽そうなショートソードを横凪に振るって俺へと鋭い一撃を放ってくる。


 空気を切り裂き鋭い音を発しながら、俺の身体へと迫り来る攻撃に対してどう対処しようかと悩む。


ふと、彼らの素性について先程ウェンリルから伝え聞いたことを思い出した。


 ウェンリルに指示を出し、ミツキのために集めさせた騎士たちは、騎士団の中でも精鋭中の精鋭である専属近衛兵ロイヤルガードと言う部署の構成員らしい。


彼らは普段、その名の通り王族の護衛や要人警護と言った任務を与えられており、礼節と家柄はもちろんの事、個人としての強さについても一級品の逸材達との事だ。


 だが、それはあくまでもこの世界の基準でだ。


俺の元いた世界の基準では、雑兵レベルにも値しない。


 俺の世界では肉体の遺伝子的な改良に加えて、魔術による身体能力の強化とパワードスーツによる動きの補助が成されている。


そのため、一つ一つの行動がどんな雑兵でも軽く音速の域を超えてくる。


そして、レーザー銃や光属性魔術による遠距離攻撃も多彩なため、戦場で生き残るには光の速さにも対応しなければならないのだ。


 当然と言えば当然なのだが、文明レベルが違い過ぎるこの世界の住人に、そのレベルに到達している者はいない。


ゆえにこそ、そこにどれだけの殺気を込められていようとも、目の前から迫り来る一撃になど焦るまでもなく対応出来てしまう。


 どう対処するのがギャラリーに対して好印象を与え、かつミツキに大恥をかかせられるかと悩んだのだが……。


まぁ、ここはやはり圧倒的な力の差を見せつけるのが一番か。


金、暴力、権力。どんな世界であろうとも、圧倒的な力という物は全ての人を魅了してしまうものなのだ。


「――悪いけど、詠唱の必要も無いかな」


 斬撃が俺の服に当たる刹那のタイミング。


俺は軽く右腕を振り上げて、横凪に振るわれたショートソードの腹をアッパーカットの要領でパシリと殴りつけた。


たったそれだけの行動で女騎士の握る剣は真上へと弾かれる。


おまけにしっかりと剣の柄を握っていた彼女の右手も一緒にだ。


「――なっ!? 素手でって、嘘でしょ!? だけど、まだっ!」


 右手を振り上げた体勢のまま、驚きの表情を露わにする女騎士。


そこで固まらず、弾かれた剣を俺に向けて振り下ろそうとする姿勢に、選ばれた精鋭としての誇りを感じさせる。


 だが、現実とは、というか俺と言う人間とは、真に非情であるのだ。


俺は振り上げた右腕を一度引き戻し、健気な反抗を試みる彼女のガラ空きの脇腹にそのまま叩きつける。


いわゆるボディーブローと言うやつだ。


「が……はッ!?」


 腰の回転を利用した鋭い打撃が無防備な彼女の脇腹にめり込み、その身に纏う立派な鎧が俺の拳の形に凹む。


そして、ショートソードを振り下ろすことも無く、女騎士は苦悶の表情を浮かべたまま、どさりと地面に崩れ落ちた。


 随分と呆気のない戦闘であったが、まずは一人目だ。


この調子で次もどんどん倒して行こうと思う。


 魔導士と言う呼び名に相応しい派手な魔術を期待していたギャラリーの奴らには申し訳ないが、これから俺によって行われる、『コイツら弱すぎて魔力を使うまでもないムーブ』を是非とも楽しんでいって欲しい。


 気分は拳闘士。

蹴って殴ってぶっ飛ばす。

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