第11話 説明会
一夜が経ってこの世界に召喚されてから迎える初めての朝が来た。
召喚初日から悪党退治に美人姉妹の救出と、実に勇者らしいスタートダッシュを切れたのではないだろうか。
眩い朝日が差し込む窓際に設置されたテーブルセットに腰掛けて、朝のコーヒータイムと洒落込みながら昨夜のことをそう振り返る。
この世界でもコーヒーは存在するらしく、朝の目覚めたと同時にミーシャに頼んで用意してもらった。
ちなみに味はあんまり美味しくない。
昨日の晩御飯を食べた時点で食事やら娯楽やらに関してはもう諦めることにしていたが、飲めないわけではないので飲んでみることにしたのだ。
「ミーシャ。リアーナの様子はどうだ?」
昨夜は一睡もせずに妹の様子を見守っていたらしいミーシャへ尋ねる。
「……昨夜からあまり変化は見られません。本当に大丈夫なのでしょうか……」
俺の問いかけにミーシャは不安そうな表情でそう答えた。
あれだけの傷を負っていた上に、かなりの衰弱状態であったのだ。
当然、目覚めはその分遅くなる。
「身体はもう健康体なんだ。後は弱っていた分の体力が戻れば目も覚めるさ」
俺はミーシャの不安を少しでも和らげるため、そう声を掛けた。
「そうだといいのですが……」
だが俺の言葉も虚しく、ミーシャの表情から不安の色が和らぐことは無かった。
まぁ、たった一人の家族だからな。
心配が尽きないというその気持ちは理解出来る。
俺はそんな気持ちを抱いたことは無いけど。
そんな言葉は冗談でも口に出さず、俺は暗くなった雰囲気を紛らわすために話題を変える。
「そういえば、今日の予定はどうなっているんだ?」
「はい、本日は午後から勇者様たちで集まって頂き、今後の訓練や作戦行動についてのご説明がなされる予定です」
俺の質問に淀みなく回答を述べるミーシャ。
「ふむ、訓練か……」
この世界の人間ごときに学ぶことなど皆無であるのだが、一体俺に何をさせるつもりなんだろうか。
この世界の魔術など、覚えたところで何の役にも立たないぞ。
「はい。訓練です。……正直、マギア様にそのような物が必要であるとは思えませんが、他の勇者様方は全くと言っていいほど戦闘経験がないそうなので、訓練が実施されることが決まったそうです。どちらかと言えば、マギア様は今後の作戦行動についての話が主になると思われます」
「なるほど。確かに勇者と呼ぶにはあまりにもお粗末な連中だったからな」
もしかすると俺にも訓練とやら課せられるのかもしれないが、あくまでも戦闘面での実力を証明する程度と考えて良さそうだ。
後方支援能力については昨日の王を使ったデモンストレーションで実力を存分に発揮したからな。
もしも戦闘能力も確認したいということならば、存分に分からせてやる次第である。
さっさと邪神とやらの影響力を削って、俺もこの世界のことを見て回らないといけないしな。
こうして自由の身になった以上、事を焦る必要はない。
だが、やりたいことをやるのに手をこまねくこともないのだ。
邪神だろうが魔人だろうが、神やその眷属如きが俺の敵には成り得ないからな。
☆★☆★
リアーナが寝ている様子をミーシャと眺めつつ、朝食を取ったり朝風呂を浴びたりとまったりとした時を過ごしていたところ予定の時刻になった。
ミーシャと共に部屋を出て、集合場所の部屋へと移動を開始する。
長い廊下を歩くこと数分、机と椅子が並べられた大広間へと到着した。
部屋の中にはすでに人が集まっており、俺の到着が最後だったようだ。
「これで全ての勇者様方が揃ったようですな。ではマギア様、どうぞこちらにお座りください」
部屋の中入ると二代目ウェンリルがいた。
どうやら諸々の説明はこいつがしてくれるらしい。
ウェンリルによって指定された席に腰掛け、それとなく奴とその周りにいる部下たちの様子を探ってみる。
誰も目の前の老人が別人に入れ替わってるとは気づいていないらしい。
上手く擬態ができているようで何よりだ。
「――ねぇ、君。えっと、確かマギアくん、だったよね?」
そんなふうに周りを観察していると、不意に隣から声をかけられる。
声の方向に顔ごと視線を向けると、小動物の様なクリクリとした大きな瞳に溢れんばかりの好奇心を宿した勇者――ヒナノ・サツキがいた。
「マギアであってるよ。そういう君はヒナノだったね?」
「そうそう! 名前、覚えてくれてたんだ!」
俺が名前を呼んだことで安心したように微笑むヒナノ。
俺としては特に用がある訳では無いが、ここで勇者たちと交流を持つのも悪い選択ではない。
「こちらこそ、名前を覚えてくれたみたいで光栄だよ」
「あんなにすごい魔法を使えるんだもんそりゃ覚えるよ! ねぇ、あの魔法、私たちでも練習すれば覚えられるかな!?」
あの魔法というのはもしかしなくても
結論から言うと、勇者達に限らずこの世界の人間に俺の世界の魔術を再現すること不可能だ。
彼らでは魔術を発動できるだけの魔力を持っていない。
それに、そもそもの問題として、彼らでは『魔術』を行使する時の負荷に脳が耐えられないのだ。
例え魔力の問題が解決出来て、魔術の発動を試みたところで脳味噌が破裂して死ぬのが関の山である。
だけど、それを馬鹿正直に伝えても彼女の気分を害すだけだ。
であるならば、ここは曖昧な返事で適当に誤魔化せば良い。
「確実とは言えないけど、努力次第では習得出来るかもしれないね」
「ほんと!? どうすればいいの!?」
随分と食い気味で追求してくるヒナノだが、欲望を隠そうともしないその姿勢には親近感が湧く。
だが残念。どうせ無駄だと分かっている人間に魔術を教えてやるほど、俺はお人よしではないのだ。
さて、ヒナノの追求をどう回避しようか。
そんな事を考えていると、俺たちの会話に男が割り込んできた。
「おい咲月、少し落ち着けよ。そんなにがっついたら普通に引かれんぞ?」
そう気やすい口調で言葉を挟むのは勇者の一人であるフウタ・シラクガだった。
彼は呆れたような表情を浮かべて彼女を眺めている。
「今はマギア君と話してるんだから風太は黙ってて! 大体、私たちに巻き込まれただけとか言って戦うつもりも無いくせに何でここに来てるのよ?」
フウタの言葉に反応してヒナノが眉の辺りに皺を寄せて言い返す。
恐らくだが、二人の間にはそれなりの交友があるのだろう。互いに交わす言葉に遠慮が無い。
そういえば俺以外の勇者たちは皆同郷の人間であると言っていた。
服装などを見たところそれなりに発達した文明レベルを持っているようではある。
だが魔術に関する知識が全くと言ってなさそうな辺り、俺の世界よりは遥かに劣った世界であるのだろう。
「いや、戦うつもりがなくてもここには来なきゃいけないだろ。何がきっかけで追い出されるかも分からないんだし」
「またそんな人を疑う事を言って! 王様だって生活を支えてくれるって言ってたじゃん!」
「むしろ何でそんなに信用できんだよ? ……そもそもお前そんなキャラじゃなかっただろが。絶対おかしいって」
「おかしいのは風太じゃん! せっかく女神様が世界を救うための力を授けてくれたのにそれを使わないなんてさ!」
俺をそっちのけにして会話を続ける二人。
上手く話題を逸らしてくれた事には感謝をするが、俺を完全に無視して二人の世界にこもってしまうのでは寂しいじゃないか。
疎外感を感じるのは嫌なので二人の会話に割って入る事にする。
「君はフウタだったね。俺はマギア・ブーティス。よろしく」
口論に発達しそうな雰囲気を発する二人の会話を遮るようにフウタに声をかける。
「ん? あぁ、よろしくなマギア」
ヒナノに向けていた視線を俺に向き直してフウタが挨拶を返してくる。
随分と素っ気のない返事だが、こちらを拒否している様子は無い。
それならばこのまま会話に混ざり込んでも問題はないだろう。
「二人は随分と仲がいいみたいだね。同郷とは聞いていたけど、もしかして元々交友があったのかな?」
「あー、俺とコイツは……というか、俺たち四人はみんな同じ高校の同級生なんだ。……高校って言って理解できるか?」
フウタの言う高校とは恐らくは『学問』を学ぶための専門の機関の事を言っているのであろう。
それならば俺の世界にも当たり前のように存在していたし、そこで教鞭を握っていた時期もある。
まぁ、色々
あれはいい思い出だった。
「学校のことだろ? もちろん理解できるよ。俺の世界にも似たようなものはあったからね」
「やっぱりマギア君の世界はここより進んでるんだね!」
ほとんど確信を持った言い方でヒナノがそう尋ねてくる。
俺の服装を見ればこの世界の文明とはかけ離れた素材が使われているのは一目で分かる。
彼女の思考を読むまでもなくそれを参考にしたのであろう。
「あぁ、ここよりは遥かに文明が進んだ世界であることは間違いよ。そっちはどうなんだ? 聞いた話によると元の世界では魔法もなければ戦争もなかったんだろ?」
ヒナノの疑問に返答しつつ、こちらからも質問を投げかける。
そんな俺の問いに答えたのはフウタだった。
「魔力とか魔法なんてファンタジーな代物はなかったが、戦争自体はあったぞ。まぁ、昔だったりよその国の話だったりするから俺たちが実際に経験するなんてことは無かったけどな」
やはり彼らの世界では魔力というものに馴染みがなかったらしい。
魔力自体は世界を構成するのに必要不可欠な物質であるので、認識できないだけで彼らの世界にも存在はしていたはずだ。
そうでなければ異世界召喚などという魔法的な干渉ができないし、彼らの体内に内蔵されている魔力の存在を説明できなくなる。
それを彼らに説明しても話がややこしくなるだけなので、特に言及はしないがな。
「平和な国で生まれ育ったのか。それはいい事だ。きっと皆の故郷は素晴らしいところだったんだろうね」
そんなことは露ほどにも思わないが、にこやかな表情を浮かべて適当に褒めておくことにする。
人当たりを柔らかく魅せるだけで他者の好感度など簡単に上げることができるのだ。
「それでは、これより今後の訓練と邪神との戦闘における戦闘作戦の内容について説明させていただきます」
俺たちが雑談に花を咲かせていると、前方からそんな声が掛かった。
声に反応してそちらの方向に顔を向けると、ウェンリルが言葉を続けるところだった。
今回の集まりではコイツが中心となって話を進めていくらしい。
俺は彼の口から流れる情報に耳を傾けた。
二代目ウェンリルにとっては成り代わってすぐの大仕事になる訳だが、その様子を見ている限りボロを出すことも無く説明を進めている。
「邪神の復活に伴う世界の危機については昨日に国王陛下よりご説明を賜わりました通りですが、今から話すのは今後、如何にして邪神の勢力を減らしていくかになります」
淡々とした様子で話を進めていくウェンリル。
事前に話すことは決まっているらしく、まるでセリフでも読んでいるかのような滑らかさで言葉を続けていく。
「邪神の影響が及んだ地域では、通常の環境が大きく歪んでしまい、人が住めるものではなくなってしまっています。また、それに伴い魔物たちが大量に出現し、それを操る魔族達にも大きなアドバンテージを与えてしまっているのです。そこで、皆様方、勇者様たち役割は、これらの魔物や魔族どもを討伐し、影響を受けた地域を浄化することです」
長々とした説明ではあるが、要は邪神に侵略され、侵された土地を取り戻せと言うことか。
まぁ、なんの捻りもなく分かりやすい目標ではあるな。
「そして、魔族達に指示を出し支配する魔王や魔人といった邪神に近しい存在を討滅する。そうすることで敵側の戦力を削っていき最終的には邪神を再び封印することが最終的な目的となります」
「ちょっと待ってください。なんで封印なんです? 邪神も倒せばいいじゃないですか」
そんな強気な発言をするのは俺とは一番離れた位置に座っていた勇者――ミツキだった。
ヒナノやフウタとは席が近かったためにある程度の言葉を交わすことが出来たが、ミツキともう一人――ココアとは未だに交流をはかることが出来なかった。
ミツキとココア、その残りの二人がどんな為人をしているのか不明であったのだが、これはいいチャンスなのかもしれない。
こうして積極的に発言してくれるのであれば、ゆっくりと観察して彼の為人を確認してみよう。
「邪神を倒してしまえばもう復活もしないのでしょ? だったら平和の為にも倒した方がいいに決まってるじゃないですか」
自分ならばそれが出来るとでも言うように、自信に満ち溢れた表情でそう宣うミツキ。
「ミツキ殿のお気持ちはよく理解できます。しかし残念ながら例え勇者としての力を手にした者であっても、通常の攻撃手段では邪神を討ち滅ぼすのは不可能なのです。我が世界の歴史がそれを証明してしまっておりますからな」
ウェンリルが白く染った髭を撫でながらミツキの言葉に返答する。
「だけど、俺たちには女神様から与えられた専用の武器があります。それに勇者としての力も合わされば、絶対に邪神だって倒せるはずです!」
机を両掌で叩きつけ、席から立ち上がりながらミツキはそう言い返した。
コイツどんだけ興奮してるんだ。自身の力を薄らと否定されたのがそんなに悔しかったのか。
だが、どうやら彼の自信の源は神から授かった武器だったらしい。
勇者に限らず戦士であるならば己の武器に自信を持つのは大事なことだし悪いことでは無い。
でもお前、そもそも殺し合いの経験もないじゃないか。
気分だけはもう立派な勇者気取りとか、はっきり言って恥ずかしすぎるぞ。
それにこの勇者様、一つだけ大きな勘違いをしている。
あいつら
そんな分かりきった事実にも気付けずに、自信満々にら邪神を倒すなどと見得を切るミツキを心の中で嘲笑し、コイツの評価を更に低く見積ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます