第10話 救出

 これからは新たな人生を歩むことになる元ウェンリルを二代目ウェンリルに任せ、俺とミーシャは彼女の妹が囚われているらしい城の隠し地下牢へと向かっていた。


 ちなみに、元ウェンリルはこのまま二代目ウェンリルの手によって城下町の路地裏へと捨てられることになる。


現在の世界情勢では親を無くした子供も珍しくないらしく、素性のしれない子供が路地に転がっていることなど珍しくもない。


運が良ければ孤児院にでも拾われ、悪ければそのままスラムの住人としてのたれ死ぬか、タチの悪い大人に拾われて使い潰されることになるだろう。


「どうやら着いたみたいだな」


「……ここに、妹が」


 家族の安否を心配し、不安げな表情で俯くミーシャ。


「奴の記憶を覗いた限りでは、心身が無事であるとは言いきれないが、少なくとも命までは奪われていないらしい。ようやくここまで来たんだ。さっさと救ってやろう」


 そんな彼女を少しでも励ましてやろうと声をかけるも、期待したほどの効果は得られない。


「さてと、これが入口か……」


 地下牢の入口を塞ぐ見た目からして強固そうな金属製の扉。


力を込めて押してもびくともしないことから、鍵はしっかりと閉じられているようだ。


それに、魔力の痕跡も確認できることから、魔術による封印までもが施されているらしい。


 まぁ、この程度の防壁じゃ俺には関係ないんだけどな。


「頑丈そうな扉だが、これじゃあ障害にもならないな――【衝撃インパクト】」


 扉に掌を当て、魔術を発動させる。


これは属性の込められていない純粋な魔力の衝撃波を前方に飛ばす魔術で、距離が近ければ近いほど威力も高くなる超近距離型の攻撃魔術だ。


 硬い金属製の扉が重く鈍い音を発しながら、くの字に折れ曲がって前方へと吹き飛んでいく。


 開け放たれた入口から中を見渡す。


ウェンリルの記憶にあった通り、見張りなどは置いていないらしい。


「――リアーナ!! ここにいるの!?」


 俺の横を駆け抜けてミーシャが妹の名前を叫びながら地下牢へと突入する。


そんなに広くもない部屋だ。


そう焦らずともすぐに見つかると思うが、長年の思いが爆発したのであろうことは理解できるので、黙って見送ることにする。


「リアーナっ!? しっかりしてリアーナ!! ――マ、マギア様っ! お願いします! リアーナを助けてくださいっ!!」


 一つの牢屋の前でミーシャが立ち止まり、俺を呼び寄せる。


どうやらあの場所に彼女の妹――リアーナが捕まっているらしい。


 俺はミーシャの声に答えてリアーナが閉じ込められている牢屋へと近寄る。


寄れば寄るほど酷い悪臭が鼻につく。


『心身が無事であるとは言いきれない』とはよく言ったもので、環境は最悪みたいだな。


「ふむ。これは酷いな。一先ずここを開けるか。――【解錠アンロック】」


 鍵のかかった牢屋の扉を魔術でこじ開け中に入る。


ちなみに、さっきのように扉を吹き飛ばさなかったのは中にいるリアーナに影響を与えないためだ。


【解錠】はその名の通り、ただ鍵を解錠するだけの術であるため、こういう時に便利なのだ。


「リアーナっ、ごめんね……! 遅くなって本当にごめんね」


 牢屋の中央にうずくまる様にして倒れるリアーナにミーシャが駆け寄りゆっくりと抱き起こす。


涙で顔をぐしゃぐしゃにして懸命に声をかけるも、反応は無い。


「裂傷に火傷、爪は剥がされ脱走防止に脚の腱まで切断されている。この状態でよく生きているな」


 ミーシャの妹と言うだけあって絶世の美女であった面影は確認できるが、度重なる暴力によってもはやその原型はない。


 何故こんなにもリアーナが酷い姿なのか、ウェンリルから奪った記憶を確認してみれば、実に小悪党らしい理由が見えてきた。


 ウェンリル自らによる魔法の実験、彼の配下である騎士たちによる憂さ晴らしのための暴力の数々。


 死なないように必要最低限の処置は施されていたようだが、捕まってからの数年間、リアーナはそんな理不尽な虐待をほぼ毎日その身に受けていたようだ。


「マギア様……、お願いします。リアーナを……、リアーナを助けて……」


 リアーナの想像以上の惨状に放心した様子で声を絞り出しているミーシャ。


「そのためにここまで来たんだからな。それに、ギリギリとは言えまだ息はある。死んでさえいなければ、いくらでも治してやるさ。――【肉体復元フィジ・リレイション】」


 国王を若返えらせる際にも使った復元魔法を発動させる。


この世界の人間にとっては神秘の奇跡に見えるのかもしれないが、俺からすると単なる治癒魔法の一つに過ぎないので出し惜しみするつもりもない。


「――あぁ、リアーナ……!」


 術が発動し、リアーナの傷だらけの肉体が新たな細胞へと置き換わっていく。


治癒はそれから数秒ほどで完了した。


浅く繰り返されていた呼吸が安定し、深くゆっくりとした寝息に変わる。


 火傷でただれた皮膚も、剥がされた爪も、余すことなく全てを元通りに癒してやった。


「よし、回復したぞ。後は安静にしていれば時期に目覚めるだろうさ」


「マギア様……! ……本当に、本当に……! ありがとう……ございました」


 横たわるリアーナを強く抱き締め、その大きく美しい瞳からぽろぽろと涙を流して感謝の言葉を述べるミーシャ。


「気にする必要は無いさ」


 ミーシャの言葉に微笑みつつ、俺は静かにそう言った。


「さぁ、こんなところでは彼女もろくに休めないだろ。早く部屋に戻ろう」


 ミーシャに先を促し、リアーナを連れて地下牢を後にする。


 だいぶ時間がかかってしまったが、ミーシャの望みは全て叶えた。


後はどれだけ忠誠心を得られるかだが……

まぁ、気にするだけ無駄なことか。


 彼女から漏れ出る思念の渦が俺への忠義と感謝で溢れかえっている。


 この世界に来てまだ数時間しか経っていないが、俺は最初の部下を手に入れた。


☆★☆★


 帰りは余計な遠回りをする必要がなかったためか、行きとは比較にならないほど早く俺に割りあてられた部屋に辿り着くことが出来た。


部屋に入るとすぐにリアーナをベッドへと横にするようミーシャに指示を出す。


「……何から何まで、ありがとうございます」


 妹を安静に休ませることができると分かり、安堵の表情を浮かべて礼を述べるミーシャ。


別に気にするなと伝え、俺は部屋に置かれていた大きめのソファーへと横になる。


 夜も更け、悪党退治も一段落ついた。


後はリアーナの目が覚めるまで待つだけなのだが、俺の見立てでは、今の彼女の状態ではもう数時間は目を覚まさないだろう。


ならば、あとの看病はミーシャに任せ、俺は寝ることにする。


 このソファー、寝心地はそこまで良くないが、俺レベルの魔導師となれば研究の合間に仮眠をとる機会も多かった。


そのため、どんな環境でも眠ることが出来るよう身体も最適化してされているから、この程度の硬さなら睡眠の妨げにもならないのだ。


「ミーシャ、俺はもう寝る。もし何か用があれば遠慮なく起こしてくれ」


「承知致しました。おやすみなさいませ、マギア様」


「あぁ、おやすみ」


 リアーナの横で深く頭を下げるミーシャに、手を振りつつおやすみの挨拶をして目を閉じる。


 長い一日にも感じたが、あの牢獄次元の狭間で過ごした何も出来ない無の時間に比べれば、ここに召喚されてからの数時間は全てが新鮮で楽しい時間であった。


自由とはこんなに素晴らしいものなのかと、再度の実感を胸に抱きながら俺の意識は睡眠の闇へと沈んでいった。

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