第9話 悪党の末路
騎士の到着の合図を聞き、ようやくこの面倒な移動が終わるのかと人心地つく。
こんな夜更けだと言うのに、呆れてしまうほどに歩き回された。
いい加減さっさと終わらせて寝てしまいたいものだが、この世界で最初の部下を持つチャンスなのでもうひと踏ん張り頑張ろう。
件の部下候補であるミーシャを見ると、不安そうに胸を押さえて俯いている。
伝わってくる思念には、負の感情が溢れかえっていた。
ここは念押しの意味も込めて、励ましてやることにする。
俺は威力を調整しながら【
この魔術には不安や緊張を和らげ、気分を高揚させる効果がある。
俺の国では新米の兵士や新人社会人が真っ先に教わるおまじない的な術だ。
そういえば、女神とか言う寄生虫がこの魔術を込めた武器を似非勇者の一人に渡していたようだが、込めるのならばもっと実用的なものを込めてやればよかったのに。
まぁ、俺には関係の無い話だな。
俺はミーシャの方へと振り返り、その小さく震えている肩にそっと術を発動させた状態の掌を当て声をかける。
「ミーシャ、準備はできているね? 君の家族を救いに行くよ」
「……はい、マギア様。準備は整っております。いつ突入しても問題ありません」
術の効果が効いたのか、ミーシャの目に力が戻る。
それを確認した俺は騎士に合図を出して扉を開く段取りをさせる。
一連の合図を行ってから騎士が扉を開けると、案の定そこには玉座の間で俺の魔術の行使を邪魔しようとしてきたローブ姿の老人が待っていた。
時刻はもう夜更だと言うのに服装もあの時のままで、騎士の到着を待ち侘びていたようだ。
「おぉ、ようやく来よったか。いい加減、待ちくたびれてしまったぞ」
玉座の間で見た偉そうな態度はそのまま、卑らしさの滲み出る下品な笑みで隷属の首輪を装着した俺の姿を眺める。
「まさか、あの程度の罠にこうもあっさりと引っかかるとは……。異界の魔法がどれだけ凄かろうとも、所詮は若造と言ったところか。
全く、こんな間抜けな餓鬼共に世界の命運を託すなど、上の連中は何を考えているのだか」
俺が操られていないとは思ってもいない様子で、好き勝手に発言する王宮魔導士ウェンリル。
こんな演技にも気づかないで俺の実力を否定してくるのには笑えてくるが、この後のために我慢する。
「ふむ、お主もご苦労であったな。ここからはワシが其奴を預かるゆえ、もう下がってよいぞ」
「承知致しました。それでは後はお任せ致します」
事前の打ち合わせ通りに、騎士は俺を部屋に残したままその場から離れる素振りをする。
「若返りなどと言う、摩訶不思議な魔法もこうなってしまってはどうしようもあるまいな。これからはワシのため、たんまりと稼がせて貰うぞ」
ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべてこちらに近づいてくるウェンリル。
世界が滅ぶ寸前だと言うのに、金儲けをして意味などあるのかね。
年寄りでおまけに欲深いとは、全くもってどうしようもない奴である。
……欲の深さに関しては人の事を言えた義理ではないがな。
「さて、早速だが命令だ。愚かな勇者よ。ワシを若返えさせろ」
「……
ウェンリルの皺だらけの腕に自らの手を重ね、彼の望み通りに復元の魔術を発動させる。
もしこれが撃滅魔術だったなら、コイツは今ので死んでいた。
だが、この老人はそんなことを俺がするとは思ってもいないようだ。
いくらなんでも警戒心が無さすぎるな。
この『隷属の首輪』という魔道具、この世界ではそんなに価値のあるものなのだろうか?
俺の世界だったら、犯罪者の手錠にもなり得ない粗悪品だと思うのだが、それとは比較にならない程にこの世界の文明レベルが低すぎるのか。
「おぉ! 身体に活力が、魔力が溢れかえってくる!」
流石は魔導士と言うだけあって、術の途中でも自らの肉体が若く新鮮な物に作り変えられているというのを感知できているようだ。
だが、驚くのはまだ早い。
俺の術は未だに終わっていないのだから。
「──なっ!? も、もう良い! もう止めるのだ!!」
老人特有の
「──俺は寛大だからな。多少腹の立つ相手の望みでも、一つ位なら叶えてやるよ。お前の望みは若返らせろ、だ。どこで止めるかは俺が決めてやるよ」
「お前、まさか自我が残っているのか!?」
俺が操られてなどいないと気づいたらしく、慌てて腕を振りほどこうとしてくるウェンリル。
元々の腕力からして俺に劣るのに、既に5、6歳くらいの子供の姿にまで退化してしまった彼の力では、もはや抵抗することも出来ない。
「はははっ! 無様なのはどっちだウェンリル! そんな姿では大好きな金儲けもろくにできないじゃないか!」
「くそ! くそっ! なんでこんなことするんだよぉ!?」
幼児と化した事で思考能力までもが退化したのか、舌っ足らずな言葉遣いで混乱を表すウェンリル。
挙句、涙まで流している。
あぁ、なんて無様な姿なんだ。
自然と吊り上がってしまう口角を隠すことなく、俺は皮肉げな笑みを浮かべてその姿を眺めていた。
だが、いつまでもその姿を見物しているだけと言うわけにもいかない。
俺は笑みを浮かべたまま、未だ混乱したままの幼児の腕から手を離す。
「おい二人とも、もう入ってきていいぞ」
「流石はマギア様! 見事な手腕です!」
「……」
部屋に入って来て早々、俺の支配下にある騎士が褒めたたえてくるが、傀儡化した人間の反応などどうでもいいので無視をする。
そんなことよりも、ミーシャだ。
幼児化したウェンリルを彼女は黙したままに、目には怒りと悲しみを宿して睨みつけていた。
「ミーシャ、君はこの男をどうしたい? 社会的に見れば既に死んでる。そして今ならその息の根を止めるのも簡単に済むぞ」
俺の言葉にミーシャは一度目を閉じて考え込む。
ウェンリルによってこれまで受けてきた仕打ちを思い出し、様々な感情が渦となってその心を吹き荒らしている。
どんなに感情を隠そうとしても、思念を直接聞き取れる俺には隠せない。
「……いえ、もはやそのような子供に用はありません。妹の居場所を聞き出し、一刻も早い救助をお願いします」
今のウェンリルの状態であれば、ミーシャの感情のままに殺すことも容易に出来る。
それに俺の力の一端を知った今だ。
ここでこの男の殺害を実行したとしても、俺がその事実を如何様にでも誤魔化せると薄々とでも分かってもいる。
だがそれでも彼女はその暗い思いを打ち殺した。
それは立派であると同時に、やはり放置できない危険な相手であることを再認識させられる。
今すぐになにか危険がある、という訳では無い。
例えここでミーシャを殺したとしても、その意に沿わない支配で縛り付けたとしても、何ら俺に影響など無いかもしれない。
だが、彼女の人間性は英雄になりうる可能性が大いにあるのだ。
そういう人間に何度も何度も邪魔されてきた俺だからこそわかる経験則。
この手の輩は闇堕ちさせて服従させるのが一番の最適解なのだ。
だから俺は彼女の意志を尊重する。
絶対の服従を俺に誓うまで、甘い蜜を吸わせ続ける。
まぁ、もちろんマギア様の部下の座は超絶ホワイトなので安心して服従するといい。
俺への忠誠心が全ての感情(苦しみ含む)を喜びに変えてしまうので、実質ホワイトと変わらないだろう。
「そうか。ならコイツの後始末をしたら今度こそ君の妹を救い出しに行こうか」
後始末と言っても殺すわけじゃない。だが、実際に命を奪うことだけが他者に死を与える手段という訳でもない。
「もどせぇ! もどせよぉ!!」
俺の足にしがみ付き、無様に泣き続けるウェンリル。
幼児にまで退化させる前の時点で、こいつの持っていた記憶は全て【
「もう記憶は覗いたから、お前はもう必要ない。だが、命は奪わないでおいてやる。ミーシャに感謝しろよ」
「ミーシャってだれだよっ! ――うわっ!? な、なにすんだっ!」
喚くウェンリルの頭を鷲掴みにし、魔術を発動させる準備をする。
折角なので肉体だけでなく精神の方も若返らせてやろうと思う。こう見えて俺はサービス精神の塊なのだ。
自分の駒の名も覚えられないクズの様だし、今度の人生では悪巧みすら出来ない聖人にしてやるよ。
「それじゃあなウェンリル。今度の人生がお前にとって幸福に満ちたものになるかは分からないが、強く生きろよ。――【
この術は【
だがその効果は全く異なる。
【支配】はあくまでも対象者本来の性格を元に操るため、その効果に個人差が生まれてしまう。
全ての人間の最大の忠誠心が同じであるとは限らない。
主に死ねと言われて、平気でそれに応える人間もいれば、恐れ戦きその命令から逃げだす人間もいる。
その点、今使用した【人格創造】にはその個人差そのものを消し去る効果がある。
つまりは対象者の人格そのものを俺の都合のいいものに作り替え、どんな命令でも忠実に実行する完全なる傀儡を作り出すことが出来るのだ。
術の効果を聞けば【支配】の上位互換のように感じるかもしれないがそれは違う。
人格を作り替えるとはつまるところ元の人間とは全くの別人になると言うことである。
そのため、対象者の本来の人格を知っている人間の前に出せば、術に掛かっているという事がすぐに露見してしまうのである。
だから対象者がこれまでに築き上げてきた地位や人望を利用することが出来なくなると言うデメリットが発生するのだ。
用途に合わせて使い分けることで大きな効果を発揮する。
異なる術を組み合わせることで思いもよらない相乗効果を発生させる。
魔術とはそういうものであり、そうであるからこそ魔導を追求し探求したいという欲望に駆られるのだ
「――うぁっ……ぁ」
ウェンリルと言う人格はもうこれで完全に消し去った。
今ここにいるのはウェンリルだった頃の記憶も精神も失ったただの幼児。
いや、ただの幼児と呼ぶにはあまり異質か。
全ての人間に備わる悪感情と呼べる負の感情。
このガキはそれを感じる機能が備わっていないのだ。
運が良ければ聖人君子として崇められるかもしれない。
だが、運が悪ければ使い勝手のいい馬鹿として一生他人に虐げられ、搾取されるだけの人生が持っている。
命を奪うことだけが、死を意味する訳ではないという言葉の答えがこれである。
欲望に支配され、他者を支配し続けてきた人間の末路とは何時だってこんなものだ。
……俺もその末路を辿った人間の一人だからな。
こうして持ち直す事は出来たが、それでも悠久の時を無の空間で過ごす地獄を味合わされた。
今度は同じ失敗はしない。
だからこそ悪事はバレ無いようにし、英雄の素質の持ち主は全て俺の味方にすると決めたのだ。
「おい、お前に命令がある。俺の傍まで来い」
術の影響により放心状態のウェンリル
「何用でございましょうか、マギア様」
「大した命令じゃない。お前、今からウェンリルに成り代われ」
「……? それがマギア様のご命令とあれば謹んで拝命させていただきます。しかし、どのようにすれば……?」
俺の命令の内容に疑問符を浮かべた表情で首を傾げる騎士。
大男、それも中年のおっさんがそんな仕草をしても可愛らしくもなんともない。
「何も難しい話じゃない。俺がこれからお前の姿をウェンリルに変えるだけだからな。――【
そう告げると同時に俺は一つの魔術を発動し、傍に控えた騎士へと術をかける。
【肉体変容】――ただ単純に対象者の見た目を術者の望む姿に変容させるだけの呪文だ。
「むっ、これは……」
「うん、見た目はこれで完璧だな。後はウェンリルの記憶をお前に埋め込む。それを元に奴の行動を模倣するんだ。できるな?」
「もちろんでございます。それがマギア様のお役に立つのであらば、この身は今後、魔導士ウェンリルとして生涯を過ごす所存でございます」
「そうか。では頼んだぞ。――【
ウェンリルから解析した記憶が目に見える霧状の
そしてゆっくりとした速度でその靄は二代目ウェンリルと化した騎士の男の身体へと吸収されていく。
これで悪党退治は完了だ。
後はミーシャの妹の監禁場所へと向かうだけだな。
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