第7話 種まき
今、俺の首に巻かれているのは『隷属の首輪』などと言う如何にもな名前の魔道具であるらしい。
確かにその名に相応しく、非常に微弱な魔力の波が俺の全身を支配しようと魔道具から発せられている。
「それで、こんな物を着けてまで、一体何をして欲しいのかな? わざわざ自由を奪うなんて面倒なことをするくらいだ。俺を殺したい訳じゃ無いんだろ?」
「人類の希望たる勇者を殺すなど絶対に有り得ません。しかし、貴方があの場で使用した復元の術は邪神の脅威を前にしても非常に危険であるのです。
そのため、そのような力を許可なく無差別に振るわれては困ると判断されたのです」
犯行の動機などわざわざ聞く必要もないのだが、あえて確認してみれば、案の定、若返りの術に関してだった。
たとえ世界は変わっても、不老の誘惑とは猛毒と変わらないらしい。
「それで隷属ね。なるほど、よく理解したよ。
とりあえず、いい加減裸のままっていうのもあれだからそろそろ服を着させて貰えないかな?」
こんな緊迫した場面でいつまでも全裸に首輪なんて姿では、いくらなんでも格好がつかない。
「……なんだか、随分と落ちつているのですね」
「いやいや、なんで君がそんな怪訝そうな顔をするのさ? 拘束されたのはこっちだぞ?
まぁ、いいや。ほら、早く服を着させてくれ」
その様に催促すると、ミーシャは俺が元々着ていた物とは異なる衣装を持ち出して、それを着させてくれる。
どうやらこの世界で使われている寝間着の様だ。
俺の世界のものと比べると、当たり前だが肌触りはあまり良くなく気心地も悪い。
この話が終わった後で、必ず
「……これで整いました。本日マギア様がお召になっていた衣服は後日洗濯してこちらのお部屋に置かせていただきます」
「あぁ、それは助かるよ。ついでに髪もびしょ濡れだから、タオルで拭き乾かしてくれないか?」
そう言って俺は浴室からでて、部屋に備え付けられた豪奢なベッドへと腰掛ける。
後ろからついてきていたミーシャは俺の髪を拭きやすい位置に陣取り、タオルを手にして思案顔で俺の顔を眺めている。
どうして俺がこんなにも落ち着いているのか、それが不思議でたまらない様子。
でも、それは仕方のない事だ。
俺はこの世界の言語を翻訳する際に、対象とした相手の思念を読み取る【
だから玉座の間でミーシャが俺をこの部屋へと案内するために近寄ってきたその時点で、こうなることは既に分かっていた。
彼女がずっと俺の隙を伺って隷属の首輪を巻こうとしていたことも、思念を読める俺には全てが筒抜けなのだ。
それを懇切丁寧に説明してやる気は無いが舐められるのは困るので、俺を敵に回すということがどういう事なのか、それを少し分からせてやろうとは思っている。
「なんだ? そんなに俺に焦りがないことが不思議なのか?」
「……当たり前です。知らぬ土地に兵として召喚された挙句こんな扱いを受けるなど、普通ならばもっと混乱するはずです」
「それを理解した上で君は俺にこんな扱いをしているのかい? 命令されたことしか出来ない傀儡の分際で、罪悪感と使命感の板挟みになるなんて、随分と愉快な葛藤を抱えているじゃないか」
「……ッ」
俺の言葉を皮肉と捉えたのか、苦々しい表情を露わにするミーシャ。
──私だって、好きでこんな事をしているんじゃない!
ミーシャが直接それを言葉に出すことは無いが、彼女の思念から得られる情報は誤魔化せない。
「そんなに苦々しく感じるのなら、何故こんなことをした? 例え権力を振りかざされたとしても断る術などいくらでもあったはずだ」
「……私には何に変えても護らなければいけないものがあるのです。それを護る為ならば、私はどんな事でもやり遂げます」
俺の疑問に意味深な言葉を返すミーシャ。
――あぁ、なんだ。家族を人質にされているのか。そんなくだらない理由でやりたくも無いことをやるなんて、馬鹿な女だな。
思念を読み取り、ミーシャの抱えた理由とやらを読み解いた俺は、そんな感想を抱いた。
家族などと言っても、結局はただ血縁があると言うだけの他人だ。
利用する価値があればとことん利用すればいいし、こちらの足を引っ張る様ならば切り捨ててやればいい。
そんな単純で合理的な判断を出来ない時点で、負け犬の人生を歩むことは決定している。
だがこの女、与えた仕事をこなすだけの傀儡にするにはもってこいの人材であるのは間違いがない。
ミーシャに今回の仕事を与えた人間も、その事を良く理解しているからこそ、こんな作戦を決行したのであろう。
そもそも、あの時、玉座の間であれだけの力を見せ付けたのだ。
まともな思考をもつ奴ならば、隷属の首輪程度で俺を抑えることが出来るわけ無いと分かるはずだ。
その証拠に彼女の思念をどれだけ覗いても、黒幕に関する情報は一切ない。
俺に殺されようが利用されようが困らない、便利な捨て駒。それがこの女の扱いだ。
だが、俺は知っている。と言うよりは何度も経験したから分かっている。
こう言う馬鹿みたいな真っ直ぐな正義感を抱えた奴を放置することが、後々にどんな事態を招くのかということを。
こういう奴は、何故か必ずといっていいほどに運命と言うやつに愛され、俺の目的の障害として立ち塞がってくる。
俺の世界に存在した、勇者や英雄と呼ばれた連中がそうだった。
こちらがどんなに奴らの心を折り、肉体を痛めつけたとしても平然と立ち上がり、敵対して地の果てまでも追ってくる。
鬱陶しくなって直接命を奪ったとしても、その意志を次ぐ第二第三の存在が新たな障害となって俺の前に現れる。
俺はもう、二度と封印などと言う地獄を味わいたくないし、手痛い反撃で何か不利益を受けるのも嫌なのだ。
だから、俺はこの存在を放置などしない。
危険の芽は直ぐに取り除き、むしろ味方や手駒に引き込んで俺に敵対しないように利用する。
それが悠久の時を
「護りたいもの、ね。何か深い事情がありそうな言葉だ。なんだったら君の抱えている問題、俺が解決してやろうか?」
利用するには信用を得るのが一番手っ取り早い。
隷属の首輪の例もあるように、魔術で肉体も精神も支配すると言う手もあるが、その方法は万が一にも破られる可能性が存在する以上、本命の策として使わないに越したことはない。
本人の意思による傀儡化。それが一番危険を排除するのに使える有効打なのだ。
「……問題を解決? ……一体、今の貴方に何が出来るというのですか? 先程から余裕を装ってはいますが、その隷属の首輪は貴方の魔力を封じ、自由を奪う。
今の貴方は私と同じ、命じたことしか行えない、ただの傀儡です」
「へぇ、この首輪にそんな力があったんだ。でも、残念。俺には通用しない」
この首輪にどんな効果があるのか、そんなものはミーシャが俺に近寄ってきたその瞬間から知ってはいたが、あえて知らない振りをする。
そして、体内の魔力を操作して首に付けられた隷属の首輪に干渉し、その拘束を解除してやる。
呆気なく外れた首輪を指先で回転させながらミーシャの方を向けば、驚愕の表情で俺を見つめる彼女と目が合った。
「……ッ!!」
ミーシャがスカートの裾からナイフを引き抜き、それを俺目掛けて突き出してくる。
咄嗟に攻撃できる当たり、ある程度の戦闘訓練を積んでいるらしい。
たけどまぁ、動きが遅い。
俺に攻撃を当てたいのならばせめて音速は超えてないと。
俺は軽く上体を仰け反らせ、ナイフが当たるまでの距離を引き伸ばして隙を作る。
魔術の発動に必要な時間はその一瞬で十分だ。
「──【
俺の首元で寸止めされたナイフの刃先を指で摘みながら、苦言を呈する。
ミーシャは自由の効かなくなった肉体に、困惑した様子で目を見開いている。
「こ、これは……!? どうして動けないの!?」
「おいおい、君が俺にやろうとしてた事をただやり返しているだけじゃないか。自分は良くて人はダメだなんて、そんな理不尽なこと言わないでくれよ?」
「一体、私に何をしたの!?」
困惑に恐怖の感情も滲ませて、ミーシャが俺に問いかける。
その答えは既に述べているのだが、彼女にはそれが伝わらなかったらしい。
「君には【支配】の魔術をかけた。これはとても便利な術でね、読んで字のごとく、術の対象者の全てを支配することができるんだ」
魔術の対象となる人間が自分よりもあらゆる能力で格下でなければならいという厄介な制約もあるが、この世界の人類であれば全ての者が俺の術から逃れることは出来ないだろう。
「そんなこと、魔道具がなければできるはずがない!」
むしろ魔道具にできているのだから魔術に出来ないはずがない。
ミーシャの言葉からも分かる通り、俺の世界の魔術理論とこの世界の魔法とでは隔絶した技術の差があるのだろう。
「実際に君は僕に支配されているんだ。その身でそれを体験しているんだ。もうそんなの疑うまでもなく真実だろ? さぁ、こんな物騒なものは捨てて、早く髪の毛を乾かしてくれ」
「くッ、身体が、勝手に!?」
俺に命じられるままにミーシャはナイフを床へと投げ捨て、代わりに手にしたタオルで俺の髪をゆっくりと吹き始める。
コントロールの効かない肉体に戸惑った声を出しつつも、その手はしっかりと俺の髪の水分を拭き上げていく。
「理解したかい? 君はもう、俺には逆らえない」
「……それでどうするの? こんなことをしても、私は何も話さないわよ?」
落ち着きを取り戻したのか、それとも単純に諦めが着いたのか、ミーシャの声から困惑や恐怖の感情が消え失せる。
だけど無駄なのだ。どんなに覚悟を固めたところで、俺の支配からは抜け出せない。
「ありがとうミーシャ、髪はだいたい乾いたからもういいよ。ところで、君のご主人様は誰かな?」
「だから、私は何も話さないと──ッ!? ……申し訳ございません。私のご主人様はマギア・ブーティス様。貴方様でございます」
ムスッとした表情から一転、凛とした表情で俺に一礼をするミーシャ。
【支配】の威力を高めれば、肉体だけでなく精神にまでその影響力は肥大する。
術に嵌っている間は絶対の忠誠を捧げてくれるのだが、何をきっかけにして術が解けるか分からないので万能な魔術と言う訳では無い。
だからこそ、これはあくまでも種に過ぎないのだ。
「そうか、俺がお前の主人か。お前は俺に絶対の忠誠を違うのか? その身は、その心は、全て俺のモノか?」
「もちろんでございます。私の心も、肉体も、全てがブーティス様のもの。どうぞ、如何様にも扱いください」
「ふむ、ならば今、ここで俺にその身を捧げろ。わざわざやり方を説明する必要はないよな?」
俺の言葉に頬を染め、ミーシャはうつむき加減で首を縦に振る。
そして、ゆっくりとスカートを捲り上げ、文明レベルに則した古臭く、色気もない下着を露わにする。
そして、仰向けのままベッドに倒れ込み──
「どうぞ、ご自由に、なさってくださいませ」
「──はい、そこまで」
と、ここで俺は指を鳴らして術を解く。
その瞬間、ミーシャはベッドから飛び上がり、すぐさま乱れた服装を整える。
支配されている間の記憶は残るので、それまでの痴態を全て理解しているのだ。
「で、どうする? これでもまだ俺の力を疑うか?」
「……何が言いたいのですか?」
「さっきも言っただろう? 君が抱えている問題、俺が解決してあげようかと。今ので俺に何ができるのかも理解しただろうしな」
「……」
「信用が出来ないのかな? でもよく考えて見るといい。あのまま俺が支配を続けていれば、君は文字通り丸裸になっていた。隠し抜きたい秘密も含めて全てね。
だけど、俺はそれを敢えてしなかったし、今後君にあの術を行使するつもりもない。俺は君に信用をしてもらいたいだけだからね」
「……私を助けて、一体貴方になんの得があると言うのですか?」
「損得なんてどうでもいいのさ。目の前で困っている人がいる。勇者が動くのに、それ以上の理由は必要ないだろ?」
全くもって反吐の出る台詞だが、俺の知っている
もちろん俺は勇者でもないし、むしろ下心しかないので【魅了】の魔術も併せて発動しているのだが。
「……マギア様」
種は蒔いた。後は水をやり、収穫できる時を待つ。
まぁ、それももう時間の問題だろうけど。
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