第6話 罠

「国王様、身体の方はいかがですか?」


「……こ、これは、お主がやったのか?」


「はい。その通りでございます」


 驚愕の表情を浮かべながら皺の両手をマジマジと見つめる国王陛下の質問に答える。


 どうやら、俺の悪戯は大成功のようだ。


思っていた通り、この世界には若返りの魔術は存在していないらしい。


「これが俺が開発した治癒魔術を超越した秘術、復元魔術です。効果は実感していただいた通りで、細胞を活性化させて自然回復力を高める治癒とは異なり、細胞そのモノを元の健康な状態に戻してしまうというものです。副作用は一切なく、使い方をコントロールすれば、この様に術の対象者を若返らせることも可能となります」


  実際には復元できるのはと肉体のみで、その身に宿る魂までは復元することは出来ない。


だから魂の方に限界が来れば普通に死ぬ。例え若々しい肉体だとしても問答無用で死に滅ぶ。


それはつまり不老の実現とは程遠い、不完全な魔術であるということなのだが、それは言わなくていいだろう。


完全なる不老の術は俺だけが使えればそれでいい。


そもそも俺が不利になるような事をわざわざ教えてやる必要は無いしな。


「この様な魔法が存在するとは……。マギアよ、そなたの力は良く理解した。そなたの身の安全、及びに生活の保証については我がヴァルガルディア王家が必ずや保証することを約束しよう。ぜひ、その力を我らが人類のために役立ててくれ」


 玉座から立ち上がった国王陛下が改めて俺の手を握りしめ、潤いを取り戻した声でそう発言した。


なんか生活の保証どころか身の安全まで保証されてしまった。


この王様、興奮しすぎてるみたいだけど自分が何を言っているのか理解しているのだろうか?


邪神と戦わせる駒となる人間に身の安全などあるわけ無いだろうに。


まぁ、守ってくれると言うのであれば、ありがたくその恩恵を受け取るのだが。


「──皆の者! 此度の勇者召喚は大成功であったと言えよう! 我らが勇者の誕生に、人類全ての希望に盛大な拍手を送るのだ!」


 威厳が溢れつつも若干の疲れが見て取れた老人の姿から、力と野心に満ち溢れた20代後半位の若者の姿に変化した国王陛下がその場にいた勇者以外の者たちへと拍手を求める。


しかし、周囲の人々は若返りを果たした国王の姿に、驚きと動揺を隠せない様子で口をポカンと開けたまま動けないでいた。


国王はその貴族の様子に若干の苛つきを感じたようだが、自分自身が一番興奮をしているようなので、特に他の貴族たちに対しては怒鳴ったりはしていない。


「お褒めに預かり光栄の極みでございます陛下。このマギア、陛下の期待に添えるよう、微力を尽くしたく思います」


 柔らかな微笑みを携えながら一礼をする。


そんな俺の仕草に満足したのか、国王は大袈裟に頷きながらそばに控えていた使用人になにかの指示を出す。


「それでは勇者たちも落ち着きたい頃であろう。各自、部屋を用意してある。そちらでしばしの休息をしてもらいたい。さぁ、勇者たちを部屋へと案内するのだ」


 国王の言葉で使用人達がそばに集まり俺を含めた勇者たちをそれぞれの部屋へと案内してくれる。


部屋を出るまでにいくつもの視線が俺へと注がれるが、色々と思惑を感じるねっとりとした視線が随分と多い。


まあ、こいつらにどんな思惑があろうともどうでもいいんだけど。


 こんな短時間ではあるが、この世界の人間たちの力量はだいたい把握した。


文明レベルは低く、化学も魔術も中世レベル。


挙句にあの場に居た人間たちの魔力も俺に比べたら誰も彼もが驚くほどの微量である。


種族的に魔力量が多いはずの耳長族エルフですらあの程度。


あれでは邪神と名付けられた魔力生命体にも対応できないことも頷ける。


それに、異世界から召喚されたと言う勇者達。


見るからに戦争も経験したこともない、いたって平凡な子供達だ。


今のところ、俺の敵になりそうな存在がここには誰一人として存在しない。


 どんな世界に飛ばされたのかと思ったら、俺にとっては都合が良すぎる最高の世界じゃないか。


☆★☆★


「こちらがマギア様のお部屋でござます」


 深く頭を下げながら、俺をここまで案内してくれた女性がそう告げる。


彼女によって開けられた部屋はそこそこの広さであり、豪奢なテーブルとこれまた豪華なベットが備え付けられていた。


所詮は中世程度の文明レベルであるため、俺が元々いた世界のものと比べると家具の出来も大したものでは無い。


だがまぁ、予想外の5人目の勇者という事で慌てて用意したであろう部屋としては、十分に努力したことは見て取れる。


「……マギア様。私は本日よりマギア様の部屋付きメイドになりますミーシャと申します。以後よろしくお願い致します」


 ミーシャと名乗った女性が深く礼をしてそう自己紹介をする。


どうやら今後は彼女が俺の世話を見てくれるらしい。


恐らくだが、他の勇者たちにもこんな感じで傍付きの使用人が割り振られているのだろう。


「あぁ、ミーシャ。これからよろしく頼むよ。とりあえず、俺はこの後どうすればいい? もうこの後はこれといった予定も無いのかな?」


 一応これでも大昔には国の要職についていた経験もあり、使用人など見慣れてもいるし扱い慣れてもいる。


「はい、マギア様。この後の予定は特にございません。勇者様たちはしっかりと休息し、明日からの訓練や任務に備えていただくとのことです」


「本格的に動くのは明日からでいいのか。じゃあとりあえずなにか食事を持ってきてくれないかな? それとお湯を浴びたいのだけど、この世界には入浴の文化はあるのかい?」


 もういつぶりかも忘れてしまったが、食事も風呂も久しく経験していない。


あの地獄の空間次元の狭間では飢えることも汚れることもなかったが、娯楽の全てが奪われていたからな。


どんなものでもいいから人間らしい、当たり前のことを経験したい。


「お食事ですね。ただいまご用意させていただきます。それと入浴ですが、この部屋に備え付けの設備がございます。もしよろしければお食事の前に済まされますか?」


 メイドの指し示す方向にはドアがあり、そこが風呂場になっているようだ。


中世程度の文明レベルにしてはなかなかやるでは無いか。


 別に汚れている訳では無いが食事が運ばれて来るまでにも多少の時間があるだろう。


それならば、食事の準備が整うのを待ってる間に入浴を済ませた方が効率的か。


「ならまずは風呂に入ろうか。その間に食事の準備も整うだろ?」


「はい、そのように手配致します。それでは入浴の準備を致します」


 そう言うと、ミーシャは1度部屋の外へと出てそこで控えていた何人かの使用人に指示を出し戻ってくる。


その後は風呂場へと行き、テキパキと入浴の準備を進めた。


どうやら彼女は魔力を扱うことが可能なようで、浴槽に魔力で生成したお湯を張っている。


水道の設備もない、中世の文明レベルでどのように風呂の準備をするのかと思ったら魔力によるゴリ押しであった。


「お湯の準備が整いました。さぁ、お召し物をお脱ぎいただくため、こちらへお越しくださいませ」


 準備が整ったようなので俺は彼女の言葉に従い風呂場へと向かう。


「もしよろしければ脱衣のお手伝いを致しますが、いかがなさいますか?」


 使用人としては至極当然の行いであるのだろう、ミーシャは特に恥じらう様子もなくそんな事を尋ねてくる。


だが生憎とこの世界の貴族たちとは違い、俺は脱ぐのに手伝いが必要なほど手間のかかる服装はしていない。


「いや、服は自分で脱げるからそれには及ばない」


「承知致しました。それではお背中を流させていただきますので、ご準備が整いましたらお声がけくださいませ。どうかごゆるりとお寛ぎ下さいませ」 


「あぁ、ありがとう。じゃあ必要になったら声をかけるよ」


 風呂場の入口の近くに控えたミーシャを尻目に、俺は上着を脱ぎ捨て上半身を露わにする。


「……っ」


 その時、俺の裸体を見たミーシャが一瞬驚いた様に息を漏らしたため、そちらに視線を向けてみる。


「どうかした?」


「い、いえ、その……、マギア様は異世界の魔導士様であると伝え聞いていたもので……」


 俺の問にミーシャがどこか遠慮がちにそう答える。


「あぁ、確かにその通りだけど……。それで何を驚いたの?」


「魔法の行使を生業とするお人で、そのように鍛え抜かれた戦士の如き肉体を持つお方は見たことがありませんでしたので……」


「あぁ、そういうこと。俺の元々居た世界では魔導士だろうが戦士だろうが、戦闘で生き残るためにはそれなり以上の身体能力が必要不可欠だったからね」


 そもそもが産まれる前に遺伝子を操作して身体を含め、あらゆる能力の高い人間を作るのが当たり前の世界である。


特別な努力など積まなくともこの程度の肉体は維持できるし、身体強化の魔術を行使すればいつでも強靭な肉体を作り上げることが可能である。


俺から言わせれば、魔力を扱えてなお貧相な肉体であることを良しとする意味がわからない。


「……マギア様はこの世界と同じように、とても過酷な世界からおいで下さったのですね」


「まぁ、その言葉を否定することは出来ないね」


 1度国同士の争いが起きれば戦場は宇宙だったし、大体は惑星そのものが敗戦国諸共に消えて無くなる。


一度に戦死する人数だって、きっとこの世界の全ての生命体を合わせても足りないくらいであっただろう。


だから正直、この世界の状況と同じようにと言われると、圧倒的に向こうの世界の方が酷い状況だと言えるのだが、別にそれをミーシャに言う必要は無いので適当に彼女の言葉に頷いておく。


それに何より、必要な犠牲であったとは言えそんな過酷な状況を作り上げた一端は俺にもあるしな。


俺が破壊した星々も、実験に耐えきれずに死んでいった人々も、ただの戦争なんかで無益に散るよりは俺の実験の一助になれた方が余程意味のある終わりを迎えることができたのだ。


とりあえずはそれで納得してもらいたい。


 さて、そんなことより風呂だ風呂。


湯船に浸かる前には身を清めることがマナーではあるが、久しぶりの風呂なのだ。我慢できるわけがない。


俺は残りの衣服を脱ぎ捨て、浴槽に飛び込むように湯船に浸かる。


「あぁ……。気持ちいなぁ」


「湯加減はいかがでしょうか?」


「あぁ、丁度いい温度で最高だよ」


 湯の加減を確認するミーシャに答えながら何十億年ぶりかも分からない入浴を堪能する。


 それから数十分の時が過ぎ、ある程度の満足感を得た俺は湯船から上がり、浴槽の近くに用意されていた椅子へと腰掛けた。


質はあまり良くないが、石鹸は存在してるようで手ぬぐいで泡立て身体を清める。


清潔さを保つだけなら『清浄 クリーニング』の魔術で十分なのだが、それではあまりにも味気が無い。


石鹸で身体を擦るという、この作業も風呂の醍醐味の1つなのだ。


「ミーシャ、そろそろ背中の方を頼むよ」


「承知致しました。それでは失礼致します」


 俺の言葉に従ってミーシャが手馴れた様子で手ぬぐいを泡立て背中を擦る。


痛くもなく痒くもない絶妙な力加減だ。


「それでは流します」


 桶を手にしたミーシャがゆっくりとお湯をかけて、背中に着いた泡を洗い流していく。


実に久しぶりの風呂であったが中々に気持ちのいいものであった。


それにミーシャは俺の世界基準で言っても標準レベルの容姿をしている。


つまるところ、この世界で言えばかなりの美人だ。

しかも、遺伝子調整を施していない天然ものの美人である。


そんな女性に背中を流してもらえるなど男冥利に尽きるというものだ。


 そんな呑気な事を考えていた正にその時。


俺の首に何かを巻き付けられる感覚と共に、何か邪な魔力の波動が俺の体内に流れ込んだ。


「……マギア様。大変申し訳ございません」


「……ミーシャ、これはどう言うつもりかな?」


 何かを実行した犯人が自分であると秒で白状したミーシャに問いを飛ばす。


ピッタリと背後を陣取られているために彼女の表情を読み取ることは出来ないが、謝罪の言葉を告げるその声音からは罪悪感がひしひしと伝わってくる。


「これは隷属れいぞくの首輪と呼ばれるこの世界の魔道具です。貴方の力は強大で、手放しで扱っていい存在であるとは認められませんでした」


「ふーん、それは君が? それとも君にそんな指示を出した上の人間が?」


「……それを申し上げる権限は私にはございません」


 それは言外に、彼女にこうするよう指示を出した人間がいると言うことを伝えている様なものだが、それをハッキリと言葉に出すことは、何らからかの禁則事項に触れてしまうのであろう。


 それにしても、こんな見え透いたハニートラップを仕掛けてくるとは。


やはりこの国の人類に俺の敵はようだ。



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