第5話 悪魔の御業
「──私の名前はマギア・ブーティスと申します。元の世界では国家公認魔導士として祖国に使えておりました」
私が誤って召喚してしまったかも知れない5人目の勇者は、自身をマギアと名乗った。
そう言えば、ここに案内するまでの道すがら、彼に名前を尋ねる時間くらいはいくらでもあった。
それなのに、私としたことが彼の名前を知ろうともしていなかった。
召喚失敗の責任を自身が思っている以上に感がじてしまっていたのかも知れない。
マギアの見た目は私の一番下の弟よりも幼く、恐らく15歳程度だと思う。
この世界ではちょうど成人を迎えるくらいの年齢なのだけれど、まさかそんな年齢で魔導士を努めていたなんて。
あくまでもこの世界での話だけど、魔導士とはその名の通り、魔導を極めた者の総称。いわば魔法のプロフェッショナルのこと。
彼の世界の魔導士のレベルが低いのか、彼自身のレベルがその世界基準でも高いのか、今の所は分からない。
だけど、【翻訳】などという高難易度の魔法をなんの手順もなく使えた辺り、恐らく後者なのではないかと私は思っている。
「地水火風に光と闇、空間に治癒と様々な分野を研究しておりました。戦闘では特に
彼の自己紹介は続く。
恐ろしさを感じるほどに整った、中性的で綺麗な顔に、声変わりをする前の少年が持つ美しい声音。
私は国王陛下の長女、第一王女=リーフィア・フォン・ヴァルガルディアとして数多くの貴族の殿方や他国の王子たちとも関わって来た。
だけど、彼ほどの美貌と美声の持ち主は、未だかつて見たことがない。
第一の勇者であるミツキ殿を召喚したときにも、彼の容姿の整い様に衝撃が走ったけど、こうしてしっかりと見たマギア殿から感じたそれは、その衝撃が全て消し飛び上書きされてしまうほどのものだった。
「また、治癒については肉体の再生と復元はもちろんのこと、状態異常のみならず、あらゆる病に対しても治療を可能としております」
そして今、悪魔の様な──いえ、天使のような甘い微笑みを携えながら、目上の者にも物怖じ無い堂々とした様子で自身の能力を語る彼の姿は、私の目だけでなく他の者にもひどく
その証拠に、彼を先程までは召喚の失敗として冷ややかな目で見つめていた貴族連中やお父様──国王陛下でまでもが熱を帯びた視線を彼に向け始めている。
勇者たち、特にココア殿とヒナノ殿の2人の女性に関しては、頬を真っ赤にしてマギア殿の容姿に見惚れてしまっている。
あんなはしたない顔、殿方の前で晒すものではない。
そうは思うのだが、かくいう私ですら油断すると彼の夜空の様に澄んだ、美しい漆黒の瞳に吸い込まれてトロけそうになってしまう。
マギア・ブーティス。本当に不思議な魅力を持った人間だ。
経歴や能力を聞いていても決して召喚魔法に失敗してこの世界に招いてしまったとは到底思えない。
むしろ他の4人こそが失敗で、彼こそが真に一人の勇者なのでは無いか。
私の心にはそんな疑問とも確信とも呼べる思考が浮かび初めていた。
☆★☆★
リーフィアや国王を始めとする、この場にいる人間の思考が全て俺と言う人間を認め始めてきた辺りで、発動していた【集団魅了】の魔術を停止させた。
予定ではもう少し俺という人間の有用性を説明してから魔術をストップさせるつもりだったのだが……。
……この世界の人間の精神魔術耐性が低すぎて、これ以上続けると俺を崇拝する集団に成り代わってしまう恐れがあったため、停止せざるを得なかった。
【
確かに、俺の見た目は勇者たちやこの世界を基準にして見ても、かなり整っている方ではあるのだろう。
だけど、それは俺の世界の遺伝子操作技術が発達していて、生まれる前に親が子供の顔を美しく作り上げることが可能だからこそなのだ。
むしろ元の世界じゃ醜悪な見た目の人間を探す方が大変なくらいだからな。
それらを踏まえても、この世界の魔術技術はやはり拙するぎるようだ。
しっかりと計算してからでないと、精神干渉系の魔法を発動するのは効果があり過ぎて危険だ。
今後はもっと注意して使っていかなくてはならない。
まぁ、今回はそのデータが取れたとでも思えば儲けものだろう。
「──これらが私の概ねの能力です。私も、一人を除く他の三人の勇者方同様、この世界に召喚された以上は邪神との戦闘には協力したいと考えております。しかしながら、ここはあくまで私のいた世界とは異なる世界。なんの準備もなくこちらに来てしまったため、ある程度生活の基盤が整うまではこちらでの生活について国王陛下自らに保証していただきたいのです」
ざっと自身の経歴を盛り込んだ自己紹介を終わらせて、こちらの要求も伝える。
ちなみに、俺が言ったことに嘘は一切ない。嘘を探知する魔術がこの世界にあるとは思えないが、念のための対策である。
元の世界では、勇者たちに追いかけ回される前までは祖国に魔導師として仕えていたし、宣言した魔術については全て高いレベルで使用も可能だ。
あくまでも俺の正体の一部を話しただけで、それが全てでは無いというだけだ。
「ふむ、それだけの能力があるのならば即戦力として大いに邪神との戦闘に役にたつであろう。それに、先程も言ったように戦闘への参加の有無に関係なく勇者たちの生活については我が保証するため安心して欲しい。それよりも、一つだけマギア殿に尋ねたいのだが、よろしいだろうか?」
「何なりとお申し付け下さいませ」
「見た目からしてそなたは他の勇者たち同様、10代、それも彼らよりも少しだけ若いくらいに見えるのだが、いったい、何歳なのだ?」
俺の見た目に関して国王がそんな質問を飛ばしてくるが、俺はその質問の答えに一瞬、迷ってしまう。
【
だから、魔術が発動して肉体と魂が作り変えられた今の肉体は15歳くらいというのが正解なのだろう。
まぁ、精神年齢は数十億歳ですが肉体はたぶん15歳ですとか訳の分からない話をするよりも、身も心も15歳の設定で押し通した方が話が楽になるよな。
「……ちょうど、ここに召喚される直前くらいに15歳となったところでございました」
「なに……? では、もしやそなたは生誕の義の最中にこの世界へと召喚されてしまったということか? それはなんとも、悪いことをしてしまった」
「いえ、気にしないで下さい。私の為に開かれる生誕の義など、ありませんでしたので」
そもそもが次元の狭間にいた最中の出来事であったため、生誕の義など行われるはずもないし、そもそも次元の狭間に送られる以前から俺自身が俺の誕生日を忘れてしまっている。
彼らが気を病む必要など一切ないのだ。
むしろ、国王の突拍子もない発言がどこか可笑しくて、思わず笑みを浮かべてしまったくらいまである。
「そ、そうか。その若さで魔導士と呼ばれるほどだ。我が想像する以上の苦労と努力を積み重ねてきたのだろうな」
しかし、そんな俺の笑みがどこか悲しげなものに感じてしまったのか、国王が更に申し訳無さそうな表情をして言葉を返してきた。
本当に気にしなくていいのだが、どうやら国王は【魅了】の魔術の影響で、すでに俺に対して小さなことで罪悪感を感じてしまうほどには心を開いてしまっているらしい。
これなら俺の考えていた
「さて、国王陛下。一通り私の能力については説明させていただきました。が、しかし、それでは信憑性に欠というもの。私がいかに有用かということを、女神様から力を与えられた他の勇者同様、一つ魔術を披露することによって証明したいと思います」
「なに……? しかし、この場で攻撃魔法を放つなど認めることはできぬぞ? それに、我らが宮廷魔導士が総動員で発動、管理しておる魔封じの結界が常時展開している故、魔法の発動自体ができぬはずじゃが……」
当然の疑問を口にする国王陛下であるが、こんなところで殲滅術式をぶちかますほど俺はアホじゃないので安心して欲しい。
俺がこれからやるのは攻撃ではなく治癒の方だ。
それと、魔封じの結界とやらについては、さっきから俺の魔術を一切防げていないので、術式の構築からやり直したほうが良いと思うよ。
「ご安心を。これから行うのは治癒術式の方です。……失礼ながら国王様。その逞しき肉体を見る限り、屈強たる戦士であるとお見受け致しますが、いかがでしょうか?」
玉座に座り、分厚い服装を身にまといながらでも分かる筋肉に国王陛下が昔、戦いに赴く戦士であったと見切りをつけてそう質問する。
「ふむ、かれこれもう、40年は昔の事であるがな。しかし、それがどうかしたのか?」
俺の質問に対して意図が分からぬと言った様子でそう答える国王陛下。
40年くらい昔という言葉や、顔にあるシワ、声の
この世界の人間の俺の魔術に対する抵抗力を考えると、もっと細かい数字が欲しいのだが、高齢の王族に対して詳しい年齢を聞くなど失礼にも程があるため、断念する。
まぁ、魔力操作と魔力量にさえ気をつければ大きな失敗はしないであろう。
そう高を括って右手の人指し指に魔力を集中させて、目的の魔術を発動するための陣を空中に刻む。
青白い光を淡く発する幾何学模様の円陣が、空中に次々と出現していくのを一つ一つ丁寧に確認しながら王の座る玉座へと近づいていく。
「国王様。私を信じ、この手を握ってはくれませぬか?」
そう言って、俺が魔法陣を刻むのとは反対の左手を差し出すと、横から黒いブカブカとしたローブを着用した老人が飛び出してきて叫んだ。
「いけませぬぞ陛下!! この者は得体の知れぬ魔法を発動しようとしております!! それも、この魔封じの結界の中でも発動できるほどの魔力を込めたものですぞ! いくらなんでも危険すぎます!!」
そりゃあ、怪しいのは分かるよ。
この老人、服装とかを見たところ、この国の魔道士みたいだし、国王に話しかけられるくらいだからそれなりの地位も持っているんだろう。
そんな人物が、自分の目の前で怪しげな魔術の発動しようとしているのを確認したら、すぐに止めに掛かるに決まっている。
だってそれが彼らの仕事だもん。
でも、残念ながら、さっきの【魅了】の影響で、国王陛下のなかの俺に対する信頼度はちょっと高めになっているんだよね。
その証拠に──
「……よい、その者、マギアは他の勇者同様に自身の力を我らに示そうとしているに過ぎぬのだ。彼ら4名が女神から授かりし武具であったのに対し、魔導士たる彼はそれが魔法であると言うだけだ。それに、彼が発する陣からは攻撃の魔法を発動する際の邪なる気配が一切感じない。それはお前が一番よく分かっておるだろう?」
こうしてたった今会ったばかりの俺を庇うかのような発言をしている当たり、かなり顕著である。
「──確かに……、そうでございますが……。しかし陛下……」
「口説いぞ。我が認めると言ったのだ。異論は認めぬ。……邪魔が入ってすまぬな、マギア殿。さぁ、そなたの力を我らに見せてくれ!」
言い淀む老齢の魔導士に国王陛下がピシャリと言い捨てる。
そして、俺の伸ばした手のひらをごつく、シワだらけの両の手で包み込むように握ってくる。
正直言って、気持ち悪いから触らないで欲しいのだが、自分で握れと言っておいて触るなでは、国王陛下があまりにも
だから、さっさと術式を発動することで一刻も早く離れることにする。
「信じて頂きありがとうございます。決して後悔はさせません。──【
呪文を唱えると同時に俺の左手から魔力が放出され、空中に展開されていた魔法陣の発光が更に強くなる。
そして、魔術対象に指定した国王の元へと魔法陣が移動して、彼を包み込むような動きをすると、徐々にその光が弱まっていった。
「──……なん、だと……!?」
一番始めにその変化に気づいたのは、老齢の魔導士であった。
顎が外れてしまうのではないかと言うほどに、口を大きく開いて驚愕の表情を浮かべている。
「こ、これは……!? 何ということだ……!」
そして、自身の変化に気づいた国王が、握っていた俺の手から自らの手を離し、震えた声でそう呟く。
その声は思わず出てしまったと言う感じの声音ではあったが、先程までに比べたらかなり若々しく、潤いを感じさせるものに変わっていた。
事態に気づいた他の貴族や勇者たちが近くの者と会話をはじめて、先程まで厳格な雰囲気で包まれていた謁見の間が、ザワザワと騒がしくなる。
どうやら俺の悪戯は大成功したらしい。これからの展開が楽しみだ。
爽やかに微笑みながら、俺は困惑した様子の国王陛下へと声をかけた。
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