第4話 仮初の勇者たち

 なぜ勇者召喚を行ったのかという理由が判明したことで、国王の話にすでに俺の興味を失っていた。


俺は元来の性格上、じっとしている暇があったら魔導の研究のために資料を漁り、実験に勤しむ生活を送ってきた。


次元の狭間では何も出来ないクソみたいな時間を、体感として何十億年と経験した。


だが、やはりこうして自由の身となった今、俺にじっとしていることへの耐性が全くと言っていいほどに備わっていないことが良く分かる。


「──長々と話してしまい、誠に申し訳なかった。しかし、それだけこちらも必死であるということは理解していただきたい」


 長い時間を説明に費やしていた国王が、そう言って頭を下げる。


その姿を見て周りの貴族がざわつき始め、隣にいたリーフィアすらも驚愕に満ちた表情を浮かべる。


勝手に召喚された側としてはそれくらい当たり前だろうと思うのかも知れないが、権力者──ここでは貴族と呼ばれる様な奴らは、どの世界共通でプライドと見栄の塊が服を着て歩いているような存在だ。


国王と呼ばれる貴族のトップに立つような人間が、どこの馬の骨とも知れない異世界人に頭を下げるなんて普通はありえない。


まぁ、俺としてはさっさとこの生産性のない無駄な会話が、一刻も早く終わってくれるならそれでいいんだけど。


「──ここまで一方的に説明をさせて頂いたが、突然の召喚で疑問や混乱は尽きぬことだろう。この後も、このアビシオ・フォン・ヴァルガルディアの名に掛けて、勇者の皆が理解できる様、何度でも説明させていただく所存である。だが、こちらばかりが会話を続けるのも些か理不尽であろう。もしよければ、次はそなた達のことを聞かせてはもらえぬだろうか?」


 下げていた頭を上げて、国王がこちらに問いかける様に言葉を発した。


ふむ、自己紹介か、どうしたものか。


そうして俺が悩んでいると、一番右側にいた背の高い、彫りは浅いが一番整った顔つきの少年(というか、他の3人の勇者たちも皆堀は浅いけど美男美女である)が国王に向かって声を掛けた。


「俺は星龍 光輝──、あっ、こっちの世界風に言えばミツキ セイリュウになるのか。とにかく俺はミツキと言います。国王陛下の話し、こっちに飛ばされる前に会った、女神と名乗る女性よりもかなり分かりやすかったです!」


「──何……? ミツキとやら。お主はまさか創造の女神──クレシア様とお会いしたのか?」


 ミツキ少年が発した女神という単語を聞いて、国王陛下の眼光が、獲物を狙う肉食獣の様に鋭くなる。


どうやら、文明レベルがかなり低いらしいこの世界では、神やら女神やらの存在を未だに天上人の様なものだと信じているらしい。


 神や女神などとは所詮、魔力生命体と呼ばれる人間の願望やら信仰心やらが魔力で具現化しただけの存在だ。


言ってしまえば、核となる欲望を与えてくれる生物がいなければ、生まれることすら出来ない寄生虫。


この様に圧倒的なまでの優位さが人類にはあるのだから、こちらが一方的に利用することはあっても、奴らに利用されることなどありえないのだ。


「はい。俺を含めて、最後に来た5人目の子、以外の4人は、確かに今、王様が言ったクレシアと名乗る女神さまに出会い、自分の代わりにこの世界を救ってくれと頼まれ、邪神との戦いに役立つ力というものを与えられました」


「それは誠であるか!? なんと言うことだ! 巫女たちが神託を授かったと言うのは本当であったのか!!」


 ミツキくんの言葉を聞き、あからさまに表情を明るくして喜ぶ国王。


自分の代わりだとか、力を与えて、とういう部分に魔力生命体の無能さが滲み出てるなという感じだ。


まぁ、ここでそんなことを言っては空気をぶち壊すどころの騒ぎじゃ済まなさそうなので、黙ってことの成り行きを見守ることにする。


「ミツキ殿、いや、他の3人の勇者殿も、それぞれの名前と女神によりどの様な力を与えられたのかを教えてはくれぬか!?」


 さらっと俺の存在をスルーして、4人の勇者に注目する国王。


そんな主の姿に引っ張られてか、この場にいる全ての人間が、最初に召喚された4人へと期待のこもった視線を向ける。


そして、そんな彼らの期待のこもった眼差しを知ってか知らずか、勇者たちが改めて自己紹介を始めた。


「俺の与えられた力はこの【聖剣アークライト】。魔を打ち払い、人々に希望の光を届ける神のつるぎです!」


 そう言ってミツキ少年は光り輝く派手な装飾のロングソードを右手に出現させた。


確かに込められた魔力は高めだし、”魔”、というか”闇”の属性に対して高い優位性を持っているようだ。


あと微弱だが、【勇気拡散ブレイズディフィジョン】の魔術効果がかかっているため、希望を届けるというのもあながち嘘では無いようだ。


俺が知っている勇者たちの聖剣、神剣に比べるとかなり質は低いけど、素人が持つにしては丁度いいレベルの武器なんじゃないだろうか。


頑丈そうだし切れ味は良さそうだし。


本人の戦闘技術バトルセンスとか関係なしに、適当に当てるだけでもそのへんの雑魚なら倒せそうだ。


 周囲の人々の驚きを尻目に、女神から力を与えられた勇者たちの自己紹介は続く。


「私は心愛 五十嵐ココア イガラシと申します。女神様からはこの、【神杖エーテルハート】を授かりました。全ての傷を回復し、戦場に癒しと活力を届けるそうです」


 ミツキくんの隣に立っていた少女が、不死鳥と呼ばれる火の鳥フェニックスと思われる神獣を模した装飾が施された、淡い光を発する大杖を両手に構えてそう宣言した。


相変わらずそこそこ高めの魔力と、闇属性に対する特攻の呪符が込められている以外は、回復に特化した魔術効果しか込められていない、普通の武器である。


 ココアと名乗った少女自身は黒髪ロングで大人しそうな巨乳の美少女ということで、聖女と呼ばれるに相応しい見た目はしていると思う。


「アタシは陽菜乃 咲月ひなの さつき! 女神様からはこの【神魔弓エンジェルウィング】を与えられたよ! アタシに何ができるかはまだ分からないけど、力を与えられた以上、一生懸命に頑張るよ!」


 ココアさんの隣に立っていた、黒髪ショートの健康的な小麦色の肌をした、ボーイッシュな様相の美少女がクリクリとし猫目をキラリと光らせて、溌剌はつらつとした様子で自己紹介をした。


ヒナノと名乗る少女も、女神から与えられたと言う天使の羽を模した、神秘的な見た目の魔弓を構えている。


魔弓と言うこともあり、弦の様なものはなく、魔力を込めることで矢自体を魔力で具現化して放つ構造であるのだろう。


命中精度に高い補正を与えるものと、放った矢が広範囲に分裂して広がる様になる魔術効果が込められている。


広範囲の攻撃には持ってこいの武器と言えるだろうが、このままだと破壊力がイマイチで、より高い威力を出すにはかなりの量の魔力が要求されてしまう。


それらの点から見ても、彼女の魔弓はあまり使い勝手のいい武器とは言えないな。


 最後は俺のすぐ隣にいた目つきの悪い、ちょっと地味目な少年だ。


顔の造形は他の勇者たちと同様に整ってはいるが、一番目に話していたミツキくんと比較すると、やや見劣りしてしまう。


そんな彼が、右手に黄金の輝きを放つ、人一人を簡単に覆い隠せるほどの大きさの盾を出現させて自己紹介を始めた。


「……名前は風大 白陸ふうた しらくが。女神からはこの盾を貰った。確か名前は【聖盾セイレリウム】というらしい。そして最後に言っておく。俺は他の三人に巻き込まれただけの一般人だ。女神やアンタらがなんと言おうが勇者として戦う気なんて無いから、そこのところよろしく頼む」


 ボソボソと覇気の感じさせない声音でそんなことを言うフウタと名乗った少年。


その自己紹介は流石に不味いんじゃないかと思い、彼の方を振り向くが、どうやら彼は本気で戦う気が無いと発言しているようだ。


覗き見たその顔は真剣そのもので、鋭く怖そうに見える目つきが更に拍車がかかって、見るものを威圧しているように感じさせる。


見たところ、フウタくんが持つ盾には攻撃の役に立つ様な術式は一切備わっておらず、本当にただただ何かを守ることに特化した物のようだ。


俺の勘ではあるが、わざわざ戦いたくないとここで宣言しなくとも、的確にフウタくんの適正を見極めた指揮官の下に付けば、後方で盾に魔力を注いで立っているだけでいいと指示するはずである。


なぜなら、前線に出て邪魔なデクの棒になるよりも、後方にいる指揮官等のお偉方どもを守っていた方がよっぽど道具の使い方として有用だからだ。


 フウタくんの様に自分の意見を言うことは大事なことだし、後々のことを考えると誰かに利用されないために意思表示をすることは必要なことなのだが、こういう公の場面では相手に自身の有用性を分からせて、交渉を優位に持っていけるよう動いた方が賢いやり方だと思う。


だが、他の三人の勇者たちに比べれば、この場の雰囲気に流されなかったフウタくんの方が思慮深く感じるし、人に対しての警戒心がしっかりと備わっているようで、俺は好感が持てる。


そして何より、が他の勇者より遥かに高いのであろう所も評価できる。


 フウタくんを見てヒソヒソと何かを話し合う、この場にいる他の連中がどう思っているかは知らないけどね。


「ふむ……、フウタ殿。お主の言葉は最もである。我らもお主たちを無理に戦わせる様なことは決してしないと約束しよう。もちろん、戦いに参加したりしないからと言って罰を与える気も、この世界での暮らしに不自由を与えるつもりも無い。あくまでもお主たちの自主性に任せて邪神との戦いに望んでもらう。──それに、此度の勇者召喚にはいくつかのイレギュラーも発生している様であるしな。なにぶん、召喚陣そのものが古の時代の物だ。フウタ殿の様に巻き込まれて召喚されてしまった者もおる。こちらの失敗した責任を、お主たちに取らせるようなことはせぬ」


 王様の発した言葉の前半はフウタくんに向けてのメッセージであるようだが、後半に関しては完全に視線が俺の方に向いていた。


見れば、他の貴族どもも後ろに控えている使用人かなにかから事情を聞いているらしく、俺に向ける目にはなんの期待もこもらない、冷ややかな視線を向けて来る。


しかし、そんな古い時代の術式を現物のままで使う気になるこの世界の住人の神経にも驚きではあるが、何よりもこの俺を失敗した人材扱いする神経には腹が立つ。


次元の狭間から無理やりに召喚に介入した俺が腹を立てるのもお門違いなのかも知れないが、この稀代の大魔導士を召喚しておいて、それを失敗と呼ぶなど言語道断だ。


そもそもとして、こんな仮初の勇者もどきと比較されること自体に酷く不愉快な気分になる。


「──恐れながら国王陛下。私も自身の紹介をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 彼らが向けてくる失望の眼差しを腹立たしく感じながらも、その感情を抑えて俺は国王陛下に甲斐甲斐しく声を掛ける。


次元の狭間に封印される前の俺であれば、実験の材料として脳みそだけ残して、ここにいる全員の身体を八つ裂きにしているところなのだが、やりすぎた行いには手痛い反撃が待っていると知ったのが今の俺だ。


八つ裂きにするにせよ、実験材料として使うにせよ、こちらの悪意が気づかれないようにこっそりと相手を骨抜きにしてから実行しなくてはいけないのだ。


耳に優しい甘美な言葉で召喚主に都合の良い契約を結ばせて、後々に魂までもを貪る”悪魔”にでもなった気分である。


「5番目に召喚された勇者であるか。……ふむ、よろしい。ぜひとも我らにそなたのことを教えてはくれぬか? リーフェイから聞いたところによると、他の4人の勇者とは異なり、高度な魔法の心得があると聞いたが……」


 国王の言葉にこの場にいる全員の視線が俺に集まった。


ふむふむ、いい調子だ。その調子で俺に注目していろ。


おまえらに今から、目に物見せてやるよ。


 ちょっとしたを思いついた俺は、【集団魅了グラップルチャーム】の魔術をこっそりと発動させながら、俺を見る者全てに好感を持たせる様な悪魔の笑みを携えて口を開いた。

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