第3話 世界の情勢

「姫様、先程のご無礼をお許し頂けませんでしょうか。状況が呑み込めず、混乱していたのです」


「えっ!? 貴方、こちらの言葉が通じるのですか!?」


 先程まで言葉が通じる様子のなかった俺が突然に意思疎通が可能な言語で話し始めたためか、銀髪の美女が驚いた様子で声を上げる。


思念を読み取る【思念盗取シークステイン】に重ねて、言語を共通化する【翻訳トランスレイト】を使えば知らない言語であっても実用レベルで会話をすることも造作無い。


俺の言葉が相手にどう伝わっているのかは分からないが、言葉の意味をそのまま相手に伝えているので、コミュニケーションを取るのには一切の支障はないだろう。


「恐れ多くも、翻訳の魔術を使用させていただきました。あぁ、もちろん、身体や精神には一切の異常は発生いたしませんので、ご安心下さい」


 多少へりくだりすぎかなとも思うところだが、手を取ったくらいで周りの兵士が激怒するし、ましてや姫とまで言われるくらいだ。


彼女が権力者であることはまず間違いがないだろう。


俺の経験上、権力者にはにこやかにして媚びへつらい、それなりの利益を与えていればいい。


それだけでこちらの都合がいいようにコントロールができるようになるのだから。


「……そう、だったのですね。ですが、翻訳の魔法などという高度なものを使えると言うことは、貴方は他の勇者様方とは異なる世界から召喚されたということでしょうか?」


「他の勇者、というのがどなたを指しているのかは分かりませんが、私がこの世界へ召喚された時には、その場に居たのは私だけでした。いやはや、突然の召喚でしたので何事かと思ってしまいましたよ」


 次元の狭間を彷徨っていて、脱出するために無理やりそちらの術式に干渉しました、とは言わず、あくまでも突然召喚されたと押し切ることにする。


この世界の魔術に対する知識がどの程度のものなのかがまだ分からないので、あまり下手なことは言わない方がいいと思ったのだ。


そうでなくとも、次元の狭間を彷徨う存在など、ロクでも無いものと認識されるに決まっているからな。


「……やはり、イレギュラーの五人目。召喚の術式に一部ミスがあったのかしら……」


 ボソリとこちらに聞こえない位の声量で目の前の女性がそう呟く。


残念ながら、俺は引き続き思念も盗み読んでいるので丸聞こえである。


「しかし経緯はどうであれ、異界の人間を召喚するほどの状況です。余程の緊急事態とお見受け致します。よろしければ私にもそちらの事情をお聞かせ頂けませんか?」


 丸聞こえな彼女の呟きをあえて無視して更に言葉を続ける。


これには今後の俺の身の振り方を決める目的があるのと、ただ単純に、どれだけ追い込まれた状況になったら異世界の人間を勇者として召喚しなければならないのか、気になったからというのもある。


「突然の召喚で、訳も分からぬ状況だと言うのに……。貴方様のお心遣い、本当に感謝致しますわ。では、お言葉に甘えて、こちらの、この世界の状況を説明させていただきますので、場所を移動致します。──兵よ! 直ぐにこの方へ向けた武器を下ろしなさい! 玉座の間へと案内致しますわよ」


 そんな彼女の一声で、兵士たちのそれまでの警戒態勢が冗談だったかのように武器が下ろされる。


権力者に媚びておくと、このような時に非常に役に立つのだ。


もちろん、媚びる必要が無くなれば、態度も変わってくるのだが。


 兵士たちの先導のもと、俺はかび臭くて埃まみれの部屋を後にした。



☆★☆★



 俺が召喚された部屋は地下室だったようで、木製の扉を通ると、その先にはランタンが等間隔で壁に設置された薄暗い螺旋階段があった。


そして、その階段を登り、それから広い廊下を歩いて案内されたのは、一際派手でかつ頑丈そうな大きな扉が取り付けられた広い部屋だった。


 先導していた兵士が扉の左右に立ち並び、ギギギと音を鳴らしながら重苦しいその扉を開閉する。


「ここからは、わたくしが案内致します」


 扉が完全に開ききったのを確認した銀髪の姫が、俺の方へと振り向いて、そう言った。


俺はその指示に従って、早過ぎず、遅過ぎずの絶妙なペースで歩く、彼女の後ろ姿を追いかける。


歩く度にぽよぽよと揺れる銀色のポニーテールに意識を向けつつ、チラりと部屋全体の雰囲気も確認してみる。


 淡い白色の石材を使った落ち着きのある壁に、暗く、重みのあるダークグレーの石床。


その床の中心にはワインレッドのカーペットが伸びており、その終着点にはかなり座り心地の悪そうな碧色の玉座のような椅子が設置されていた。


 椅子には宝石の散りばめられた王冠を被った厳つい雰囲気を身に纏う老人が腰かけており、その目の前には4人の男女が落ち着きの無い様子で佇んでいる。


部屋の隅々には動きずらそうなマントやらダサい色をした派手な服装の男たちが、しっかりと整列をして並んでいた。


 ここまでで得られた情報をまとめるに、この世界の文明レベルは俺の時代で言うところの中世程度のもののようだ。


玉座に座る偉そうな老人を見て分かる通り、ここでは人族ヒューマンが王政を敷いているらしい。


しかし、貴族と思われる連中の中には、極端に背が低く、筋骨隆々なことで知られる土人族ドワーフや、高い魔力と人間離れした美貌を持つことで知られる耳長族エルフ、その身に獣の特徴を宿した獣人族アニマといった多様な種族の人間がいることから、人族至上主義、という訳ではないようだ。


 俺のいた世界では、これらの種族は仲違いをしていて、完全に異なる星々で棲み分けられていた。


互いに領土不干渉を敷いており、1歩でも他種族の領土に侵入しようものなら、即刻星を巻き込んだ星間戦争が勃発していたほどだ。


まぁ、やりすぎた俺を討伐するために、あの最強の勇者がその仲を取り持って、種族関係なく攻めてきたおかけで多少は種族間の交流も盛んになったのだが。


共通の敵を作る、と言う意味では、俺も種族間の友情を育むきっかけになっていたのだった。


感謝どころか憎悪しかされなかったけど。


閑話休題。


 さて、遠い過去の記憶は置いておいて、今は眼前に迫った、玉座に座る人間へと意識を戻そう。


玉座の前までたどり着いた姫はその場で跪き、臣下の礼を取る。


兵士たちに姫と呼ばれていたので、彼女も目の前で偉そうに座る人間の身内であるのだろうがそこは貴族。

たとえ身内であっても礼儀は重んじるらしい。


「父──……、国王陛下。遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。ただいま、このリーフィア、第5の勇者様をお連れ致しました。他の勇者様同様、この先のご説明をお願い致しますわ」


 俺も彼女に見習って跪こうか悩んでいると、こちらを気にした様子もなく目の前の人物へと言葉を掛け始めた。


目の前の人物を国王陛下と呼んでいた事や、その国王陛下のことを彼女が父上といいかけていた事や、そんな目の前で跪いている美女の名前が”リーフィア”と言うのだとか、様々な情報が詰め込まれた言葉であった。


だけど、なによりも一番大事なのは、この先の説明とやらだ。


なぜ勇者召喚などと称して異世界人をこの世界に呼ぶ羽目になったのか、俺はそれが一番気になっていた。


「──うむ。リーフィアよ。勇者殿の案内、ご苦労であった。面を上げ、お主もこちらへ参れ」


  洗礼されたテノール歌手のような重低音の声音に、威厳をたっぷりと詰め込んで、国王陛下と呼ばれた男性は言葉を発する。


彼の指示に対してリーフィアは一言返事をすると、機敏な動きで立ち上がり、玉座の方へと移動してこちらに顔を向き直した。


リーフィアが白銀の白雪の様な銀髪であるのに対して、国王は太陽の光の様なハッキリとした金髪であったが、やはり二人は親子で間違いないのであろう。


こうして横に並ぶと国王とリーフィアの鼻や口元が似ていることが分かった。


目元に関しては父親の方は鋭く尖った刃物の様な眼光であるのに対して、娘の方は柔らかく温かみのある瞳であることから、おそらく母方の遺伝ではないかと予想を立てる。


「──さて、勇者の皆様方、これで全員揃ったようだ。これから今の皆の状況、及びにこの世界についての説明を始めさせていただく。当然、混乱や疑問もあるであろうが、まずはこちらの話を聞いていただきたい」


 有無を言わさぬ力強い声音で国王がそう話す。


俺はチラリと横に並んでいた他の勇者たちの様子を伺う。


男女が2名ずつで計4人、皆、俺と同じ様に黒髪黒目であった。


年齢は10代後半位の少年少女たちであり、立ち振舞や顔つきからは、勇者と呼ぶにはあまりにも素人臭さが滲み出ている。


魔力については4人揃ってかなりの内容量を有しているようだ。


だが、それを隠す様子もなく垂れ流しにしているあたり、魔導士としても、戦士としても、未熟な者どもなのだろう。


そんな感じで、俺が他の勇者たちの品定めをしている間にも国王の話は続いていた。


 やたらと話が長く、貴族様特有の回りくどい言い回しも多々あったのだが、かなり要約して言えば……


・太古の時代に封印されていた邪神が復活の兆しを見せる。


・邪神の眷属である魔人どもが復活して魔王率いる魔族を操って人間の国に戦争を仕掛けてきている。


・魔族には魔物と心を通わせて使役する力があるため、人類側はかなり不利な戦況になっている。


・邪神の手下どもにかなりの領土を奪われ、追い詰められた人類は、人族、耳長族、土人族、獣人族を中心とした新たな連合国家──グランヴィクトリアを建国


・種族を超えた協力体制を築き上げるも、抗戦虚しく人類はかなり窮地に追い詰められている。


・最後の希望を掛けて古の時代より人族の間に言い伝えられていた、”勇者召喚”を行うことを決意した。


 ──とまぁ、こんな感じの流れになるのだろうか。


 如何にもな理由過ぎて拍子抜けしてしまった。


”邪神”の復活だとか大層なことを言っているが、結局はの暴走に巻き込まれ、それに対処する方法を模索してこなかったことへのツケが回ってきたのだ。


聞いている限り、”邪神”とはこの世界の全ての生命体がもつ”悪意”と呼称される”負の感情”が、世界の魔力と絡みつき誕生した存在のことだろう。


故に、一番ラクな対処法は、この世界の生命体を全て殺害するか、精神を破壊して悪意も何も感じない廃人とすることだ。


 俺の居た世界でも似たような存在が過去何度も現れたていたが、魂の循環機構に悪意を浄化するシステムを組み込むことで、魔力生命体の暴走を抑え込むという方法で解決していた。


必要となる術式が複雑かつ困難なものではあったが、一番合理的であり、世界に対しての影響も少ない良い手法であったと思う。


ついでに、その素晴らしき術式を考案し、完成させたのは若かりし日の俺だ。


それが切っ掛けで魂の研究にのめり込む事になるのだが、その話は今は関係ない。


 とりあえず国王の話からは、この世界の人間どもが実に情けない理由で異世界人を頼りにしていたということと、文明レベルも魔導技術もかなり古いものであるということが分かった。


まぁ、その低レベルのおかげで俺はこうして自由を得た訳だから、文句は言うまい。


むしろ、感謝し、恩返しに邪神の討伐を請け負ってやってもいいとすら思えている。


もちろん、全てが終わったらこの世界で好き勝手に生きさせて貰うがな。


あっ、手痛い反撃はもう勘弁なんで、こっそりバレない様にやるつもりだけど。


 前の世界では権力に媚びず、名誉も富も名声も殴り捨てて好き勝手に生きたことが全ての失敗だった。


俺はただただ魔導の真髄を求めるために、日夜研究に明け暮れ、魔術実験に己の全てを費やして来ただけなのに、あの世界の権力者たちは”勇者”などと言う最低最悪の”殺し屋”を送りつけてきた。


だからこそ、俺はその失敗を踏まえて、この世界では権力に媚びへつらい、富も名誉も名声も、全てを手に入れてから好き勝手に生きてやる。


 そんな決意を胸に秘め、俺は国王が行っている無駄に長たらしい説明を、左から右に聞き流すのだった。

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