管理社会の興亡〜管理社会だと判明した世界で、エルフと共に世界を導きます〜

@2258319

第1話

これは、とある探訪記である。

焚き火の暖かさが、谷底からくる、冷えた風で疲れた心を癒してくれる。この暗がりでは、数メートル先も見えない。ここは、街外れたエルフの里。皆原始的な暮らしで生きている。水面に映る月は揺れて、まるで私たちの心を映し出すみたい。

「フーリ、遅れるわよ」

「わかってるって!もう行くよ」

今日は年一回の、巨大樹への参拝の日だ。松明に火を灯し、巨大樹の根元にある洞穴へ篝火を捧げるのだ。

「おや、フーリじゃないか」 

「ミトスおばさん!久しぶりね」 

おばさんは養育共同体の班にいるから、私たちとあまり会うことはない。かくいう私もそこで育てられた。この街には、共同で養育を行う面がある。女社会が機能し、複数人の子供を複数人で育てることで子育ての大変さを軽減したのである。案外うまくいっているらしい。

突然雨が降ってきた。だが、エルフは傘という概念を考えつきこそしたものの、実用はしていないようだ。雨は神からの祝福であり、濡れて行くことは縁起の良いことであるとほんのり信じているらしい。すでに巨大樹には長い列ができていた。ここでフーリと僕は少し立ち話をした。

「原始的でしょ?この村。育児は共同体でやるし、参拝はするし」 

「そうだね......」

「よかったら明日資本主義街道の裏口に行ってみない?面白いものを見せてあげる」

「資本主義街道......?」

「私たちの、もう一つの世界よ。文化は全く違うけどね」

そんな会話をしているうちに、大樹のうろ、中心部の穴に着いた。木が燃えないよう細心の注意を払いながら、ろうそくに火を灯した後、礼をして帰った。

翌日、フーリに手を引かれて行ったのは人間の街とさほど変わらない、文明の街だった。もっとも、メインストリートを少し見学したあとは、下町の見学が主だった。家と家、施設と施設の間にダクトやケーブルが通り、人を寄せ付けない。大きな表と裏の、裏の部分を見たような心持ちになり、僕はなんとも言えない気になった。

「こんな景色があるなんてね」

「最近急激に発展したからね、この街は。特に電子ネットワークが発達したら、ケーブルまみれになってしまった」


どうもアンバランスな街だ。先進的なディスプレイを見かけたと思ったら、旧時代的なダクトや電線もいたるところにある。

「ここの街は、この街の住人は、技術の発展に飲み込まれた......言い換えれば、人でなく、科学技術が主役の社会を作ってしまったんだ。それは人に適したものではなかったってこと。」

人間とは違う世界線に生きているはずのエルフが、たとえ一部分でも自分たちと同じような考えをして、文明を発展させたことに僕は驚いていた。「私の属する養育共同体、そしてミトスおばさんの共同体は原始的。でも技術に対して否定的なわけじゃない。むしろ技術の発展に頼った社会を作るべきと考えていた。けれど私はそれに懐疑的だったの」

フーリが語ることは、いろいろな意味で驚きだった。エルフも人間も変わらないのだと感じたし、また彼女の考え方が僕の考えを柔らかくほぐしてくれた気もする。

「自分には分からないよ」

僕はそう言った。それは今の僕が何を言うこともできないほど複雑で矛盾した考えだった。

「いずれ分かる時が来るよ」

フーリが返した言葉が、その日の夜の暗闇の中、ゆっくりと頭の中に鳴り響いていた。


翌朝、僕はまた巨大樹へ参拝に行った、はずだった。だがそこに広がっていたのは、戦争の災禍に覆われた町であった。


「私たちが、この町を守らないと。」

ミトスおばさんはそう言った。

「この共同体と、子供たちを守らなくちゃね。」

フーリはそう言った。僕は、二人について行くことを決心した。そこから先は戦争一辺倒だった。僕は小さなレジスタンス組織の一員として前線で戦ったが、多くは語れない。しかし僕たちは逃げなかったことだけは確かだ。戦争が終わり、巨大樹の庇護を受けて僕たちはだんだんと日常に還っていった。そして、またあの参拝の日がやってきた。




いつものように行列に並んでいく。巨大な空洞を通り、下っていくとその中心には洞穴がある。そこを過ぎれば巨大樹のうろにたどり着くのだが、僕はふと疑問に思い、上ってみることにした。何か珍しいものがあるかもしれない。もっともらしい言い訳は後からつけたのだが……


上に上がった僕は、また見慣れない光景を目にした。電子ディスプレイがやたらに目に付くのだ。照明から監視カメラまで、ありとあらゆるものが旧時代的なディスプレイで統一されている。

「どこかで見たような……」

そう思いつつうろを上っていくと、やっと巨大樹の本体、つまり巨大樹の幹に着いた。やはりここにもディスプレイがたくさんついていた。言いようのない違和感と恐怖感が僕を包んでいく。そして同時に既視感も……。

「いた!どこ行ってたのよ」「えっ」

フーリだった。僕がいないのを心配したらしい。

「ごめん、ちょっと上ってみてたんだ」

「ちょっと!ここきたらダメって言われてるでしょ?」

「そりゃわかってるけど......見てよこれ」

「......何これ」

幹の内部に入った。一見ただの壁にしか見えなかったが、その実それは扉であるらしく、開けた途端梯子が現れ、僕たちの体はそれに吸い込まれていくようだった。そうして入った部屋にはコンピューター端末がたくさんあった。

「ここは……もしかして、巨大樹のコントロール室?」

「いや、巨大樹だけじゃない......かもしれない」

おそらく、巨大樹を中心として集められたデータがここにあるのだ。そしてそれはここで調整されているのだろうと僕は思った。この部屋は巨大樹の中でありながら、外部から接続された端末を扱えるようだから、多分そうなのだろう。そうやって調査していくうち、僕たちはある文書に行き当たった。それにはこう書いてあった:「戦争は平和なり、

自由は隷属なり、無知は力なり」

この瞬間、悪寒が僕の胸をすり抜けていった。これは1984年そのものじゃないか!誰がこんなことを......

何かおかしいと思ってた、よく考えたら、あれもこれも、管理社会の一端じゃないか!養育共同体や参拝の儀式だって、奇妙な合理化と監視化の足跡がいくつもあった。原始的にしては時間ぴったりに養育される共同体、反抗心を封じる象徴としての参拝。

全部は思い出せないが、それらすべてが恐ろしい陰謀に思えた。一体誰がこのシステムを作ったんだ?

「おかしいと思ってたのよ!一体いつから!」

フーリが叫ぶ。僕は怖くなった。だがその時だった、後ろから物音がして、僕たちは振り返った。そこにいたのは3人の男たちだった。男のうちの一人はエルフだ。もう一人は人間だが、もう一人は……何者だろう?人間なのだが異様なオーラをまとっていて、風貌も不穏さを思わせるものだった。


「おやおや、ここは立ち入り禁止のはずだがね」

エルフの老人が言った。どうやら僕やフーリよりも年上らしい。

「あんたたち、何者なの!私たちをどうするつもり!?」

フーリが叫んだ。だが男たちはただにやにやするだけだった。その時もう一人の、あの不穏な男が口を開いた。その口調は不気味なほど落ち着いている。まるでこの状況を楽しんでいるかのようだ。

「私たちは遠い世界からやってきた者です」男は言った。「平和という文化を持つ世界から来ました」

平和……僕も平和を愛した。そして、それを広めようとした。だがそれは幻想だったのだろうか?「さて、この世界を平和にするためにはどうすればいいのでしょう?」

「......戦争ですよ、おわかりかな」人間が言った。

人間の思想が反映されている!やはりそうだ!あの「1984年」の文言を読んだ時から僕はうすうす気づいていたのだ!世界政府をつくり、情報統制や管理をして争いをなくしたのだと!」


でもどうやってこの世界にやって来たんだ!?それにあの本に書いてあったのは……

「その本は、管理社会が浸透しつつあった1984年のことを予言して記したものですよね」さっきのエルフの男が答えた。「あなたが読んだのはその本の中でもさらに古いものですね。巨大樹の幹の中心部にあったでしょう?」

確かにそうだ……なぜそれを知っている?なぜこの世界に来れたんだ?そしてあの文書の意味するところは……もしかして!

「あなたたちは……戦争を起こそうとして......実際に起こした」

「ほう、なかなか察しがいいですね」

男が言った。

「戦争によって、この星からかなりの人が消え去ってしまうでしょう……もっとも、あなたには分からないかもしれませんが」


人間たちの目的は、戦争を起こすことだった。世界政府によって平和に導かれた社会に、もう一度戦争を引き起こそうというのだ。そしてその結果社会が混乱すれば……管理社会による支配が容易になるのではないか?そう考えたのだ。

だが彼らの思惑は外れた。巨大樹を中心とした共同体の人々は皆争いを嫌う穏健的な性格を有していたからだ。しかしそこに一抹の違和感や恐怖感を抱き始めていたのだが……彼らはそれを巧みに利用し、世界支配のための管理社会へと転換していったのだ。

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