第43話 満月に背いた優しい嘘

『……全く、リアムもすこーしくらい嘘つけばよかったのにね』



ゆらりと揺れる蝋燭に照らされたリアムの顔は、今までに見たことのないくらい安らかだった。


周りには寂しそうに笑うサーシャと、不機嫌そうなライル、そっぽを向くベラ、心配そうな顔のエリザベス、それにくっついているチェルシーと、そして体育座りで膝を抱えるギル。


基本的に個人行動を好んでいた吸血鬼がこれだけ集まって暮らしていること自体珍しいのに、ただ1人の仲間の死を弔おうとしている。



しかし、正しい弔い方を知っている者はこの場に誰もいなかった。



『リアムさんに、人間生活のことをもっと聞いておくべきでしたわ』


『そう、ですね……小説に載っていた通り、見様見真似で数本の蝋燭に、よく分からない花で飾られた寝台を用意しましたが、合っているのか分かりません』



せめてもの祈りを込めて、とでも言うようにチェルシーは寝台へ手を伸ばして異能を口にしたがライルに止められてしまった。



『それよりサーシャ。嘘ってどういうことだ?リアムなら、ちゃんと演ってたろ』



スルリとリアムの頬を撫でていたサーシャに視線が集まる。

返ってきた視線からはあまり感情が読み取れなかった。



『……最後に、あの子に掛けたリアムだけの異能。


自分を忘れてもらうために掛けた祝福みたいだったけど、真実を話す必要は別になかったでしょ?

むしろ、ボクらが発する言葉は時として、より強い祝福わざわいになる時だってある。それはリアムにも説明してた。


だったら、忘れないでとか、ずっと好きでいて、って言えば、数%の可能性で祝福に打ち勝てたかもしれない。



そしたら、今頃リアムは……』


『死ななかったかもしれねぇな。


でも、それはオレたちのエゴだ。リアムがそうしたのは、心からあの娘のことを愛していた、ただそんだけの理由だろ。



……所詮、オレたちは真実の愛ってモノに打ち勝てるわけじゃねーんだからよ』



ライルの言う通り。


サーシャの言うことも一理ある。でも、リアムが選ばなかったのは、彼が完全な吸血鬼にはなりきれなかったからだ。



兄であるエリック国王陛下は、完全になりきった。

そこにどんな理由があったとしても彼は彼なりにケジメをつけたのだ。



愛は最大の呪いであり、祝福。


あの時、愛してるを口にしたのはリアムだけだった。もしもアリスティアが、同じく愛を口に出していたら無事では済まなかっただろう。


だから、多分きっとこれでいいんだ。


俺はポケットから少しピンクの混じった黒曜石を取った。

……これはもう、必要ないかもしれないな。



『……それでさ、さっきから隅っこにいるアンタは何をしてるの』



『おっと、バレてたか』


『当たり前でしょ。アンタの魔力の残穢を追えない奴はここに今いないのよ。


それで、今何を考えているの』



鋭いを視線を寄越すベラに続いて、今度は皆の視線が俺に集まった。


全部、話すかァ……ちょっと、いや大分?面倒だけど。

リアムには苦しまずに眠れるように、ギルが異能を掛けてくれたようだし。



『リアムを運んで来るなり、どこかへ行ったかと思えば、もう帰ってきてたの。


手に持ってるのは……ルージュブローチ?真っ黒だね』



『……なァ、お前ら。これと俺のありったけの魔力さえあれば、リアムを元に戻せる。


そうすれば俺たちは変わらず、ここで自由気ままに暮らせるし、此奴も一緒だ。

でも、』


『勿体ぶってないで、早く仰られてください』




『リアムは、完全にこちら側……吸血鬼になりきってしまう。


それにやった事がねぇから、上手く行く保証もない。どうする?』



あの時、実はリアムの祝福が暴発していた。



もちろんあの娘は走り去っていたし、最後の力でリアムが蔦の壁を作っていたから無事だろう。

それに、このルージュブローチがほとんど吸収していたのだ。



つまりここには、リアムの力がほぼ全て眠っていることになる。



これさえあれば、リアムを復活させることは多分容易いが、人間だった時の感覚や記憶は徐々に薄れていく。


リアムの力に俺の魔力を混ぜ込むから、此奴の中に少しでも眠るリュクシーの力があるとはいえ勝てるわけがない。


次に目覚めた時はめでたく俺たちと同じ吸血鬼だ。



『それを此奴が望むかは分からない。


ただ、此奴さえ居れば俺たちはいつまでだって皆でいられる。

だから、』


『そんなこと言ったって、出来ないくせに』



えいっと言うようにサーシャが俺の額を叩いた。


同じようにライルも肩を強めにど突かれる。

他の奴らは何もしてこなかったけど、エリザベスのあのニコニコ顔は、きっと後で何かされるだろう。



『全く……ボクらが気付いてないとでも思ったのかよ。レオが、リアムのために密か〜に動いてたこと、ボクらだってわかってるよ』


『当たり前ですわ!!レオさん、彼が来てから楽しそうでしたもの。


きっと初めは本当に彼を復讐に使おうと思っていたのでしょうし、私たちもそうでした。

でも、いつからか貴方のリアムを見る目は柔らかくなっていきましたわ。


毎晩遅くまでお部屋の電気が付いていたことも、私知ってましてよ?』



『無理して横暴な態度取ってたみたいだけどさぁ、ずっとライル兄さんたちと心配してたんだよね』


『ばっ、お前、ギル!!オレは心配なんてしてねぇよ!!』



『そこのバカ兄弟、うるさい。


それから、そこの大馬鹿野郎。早く戻ってらっしゃい』


『あはは、皆さん結構怒ってらっしゃいますね、?

レオさん!頑張ってくださいね……!』




…………あぁ、なんてカッコ悪い。


ここまで頑張ってきた事が少しずつ崩れていくようなそんな心地だ。



サーシャやエリザベスの言う通り、俺は自分にできる事・使えるモノはなんでも使って、此奴を光の下へ戻してやろうと思っていた。


そうするには、一度こちら側に引き込む必要があって、小細工を沢山して、ちょっとずつ寄せていたんだ。


サーシャ達にも発破をかけて、あの日の復讐をしようって計画した。


この森には彼以外に何人か子供が送られてきたんだよ。

正直計画を遂行できるなら誰でも良かったから、俺は全員に力を乗せたけど、みんな死んでしまった。


正確には死んだというか、俺が吸収したんだけど。



でも、リアムは驚くことに俺の魔力を耐えたどころか、受け入れて呑み込もうとしていて……


久しぶりにスムーズに動く体とか、有り余るほどの魔力に楽しくなって、それであそこまで暴れてしまった訳なんだけど。



あわよくば抵抗することを諦めて、俺たち側に返ればいいのにとも思っていた。



だけど、リアムはどこまで行っても人間であることを忘れようとはしなかった。


俺たちの魔力がそこら中に満ちている屋敷に暮らしても、俺たちと話をしていても、彼奴の中には確固たる信念が残り続けていたんだ。



『だから、あんなことをしたの?』


『あんなことって……まさか、突然騎士団が攻め入ってきたのは、レオさんの作戦だったのですか⁈』



『そうだよ、チェルシー。まぁ正確にはレオの思惑と騎士団達の計画が重なって起きた不幸、と言っておいた方がいいかな?』



そう。


いつからか俺は、リアムをただの器とは思えなくなっていた。


このままの状態で、彼奴が幸せならそれでいいと思うようになったんだ。

俺と同じように人間の娘に恋をしていたようだけど、リアムは賢い奴だよ。


あの娘を傷つけるわけでもなく、自分の身に悲劇が降りかからないようにしていたんだからな。



それを見て、俺は決めた。


自分を犠牲にしてでも、リアムを元に戻してやろうと思った。



純血の俺たちとは違って、混血のリアムには唯一戻れる方法があった。


それは、魔力を持つリュクシーの肉を喰らうこと。

そして彼奴の魔力と相性がぴったり合ってしまった俺が、完全に滅びること。



だから、俺はわざと国中に吸血鬼が暴れているという情報を流して討伐に来させようとした。


その戦闘の中で、リアムを乗っ取って、国王に噛みつけば、全てが終わる。

そのはずだった。



『…………でもさ、リアムは身体の主導権を全く俺に譲ろうとしなかった。


それどころか、自分自身で立ち向かっていったんだよ。

だから俺の計画はパァだ。


それで残ったのは、この石一つだけ。

もちろんこれで命を元に戻すことはできる。でも、それは』


『リアムが望んでないこと、だろ?


ったく、お前はいつも1人で勝手に暴れやがって……いつかオレたちに見限られても知らねーぞ』



『ライル兄さんも人の事まーったく言えないのにねぇ』


『こら、ギル!またライルさんに怒られますよ!』



『ねぇ、レオ。


ボクらは、家族だ。もちろんリアムも含めて。

だからきっとどこへ行っても一緒だし、ボクにとってはもう一度皆を見つける事なんて何よりも容易い事だよ』



『そうね。きっとこの屋敷も明日にはお偉い騎士たちに魔封印されてしまうんだろうから、仲良くここでお休みなさいだよ、馬鹿』


『それはそれで、なんだか楽しそうですわね!』



キャッキャと場に似つかわないほど明るい声が響く。


『ほら、言っただろ?大丈夫だって、オレらがなんとかするからってさ』


『…………君は見かけによらず律儀だねぇ、あの日の約束。ちゃんと守ってくれてたんだな』



あの時、俺の手を握って"絶対に何とかしてやるから"と叫んでくれたのもライルだった。


まさか覚えていてくれるなんて……思いもしなかったよ。



『お前が、そうやってまた穏やかに笑ってくれんなら、オレが何だってしてやる。


最近のお前は、オレ達が知ってるレオじゃなかったからな』


『あぁ、悪かったよ。


もう1人で暴れることはやめるさ。また次があるとしたら、今度は俺がお前らを守ってみせる』



どうだか、なんて言ってリアムの方に戻っていくライル。

その後ろ姿は少しだけ嬉しそうに見えて、ちょっとだけ俺も心が上向いた。



窓の外が明るい。きっと今日は満月なのだろう。


リアムは、もう二度と目を覚さない。

このまま無事に封印されれば御の字。



まぁそれは俺たちも同じか。


光の呪いが込められた封印魔法に耐えられず、死ぬ場合だってある。




でもきっと、コイツらと一緒ならばそれも悪くないかもしれないな。


カーテンをサッと閉めて、俺もリアムの元へ戻った。













ハッピーエンドでも、バッドエンドでもない俺たちの物語。


名前をつけるとするならば、それは…………














嘘つき達のアリア        完結

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嘘つきたちのアリア 月野 蒼 @bluemoon00

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