第29話 少しずつ

「…………何やら騒がしいな」


あれから少し経ったある日、陛下の執務室で王妃についての報告をしていた時だった。


扉がバンッと乱雑に開かれて、一人の近衛騎士が入ってきた。



「ロドリック様、大変です‼」


「なんです、騒々しい。陛下の前ですよ、居直りなさい」



騎士服も所々着崩されていて、火急の用事であることが伺えるが些か気に障る。


開けっ放しになったドアを閉めさせ、姿勢を直させる。

手に握られているのは……新聞か?



「まず、名前と所属、それから要件を」


「は、はい。第四班所属、従騎士のリューク・ワイルドです。


口で言うよりも、こちらを見ていただいた方がご理解に難しくないと思いますので」



臆することなく陛下の執務机に広げられた新聞。

見出しには「吸血鬼の再来か、東の森に広がる不穏な空気」の文字が。


まさか、と思って目を凝らせば、そこには吸血鬼に襲われたような痕の残る男性の死体。

どうやら、死後かなり経っているモノのようだ。それが今更、発見された、だと?


いよいよ状況判断が難しくなってきた。



陛下も同じように怪訝な表情で記事を凝視している。



「……この新聞を、どこで」


「あ、はい!えっと、今朝買い出しに街へ出かけたところ、市場にて少年が配っていまして……あんなにも人々が群がっているのは初めて見たもので、貰ってきたんです。


よく見れば吸血鬼についての報道だったので、すぐにでも陛下に知らせを、と思いまして」



従騎士はまだ見習い所属。

街へ食料や武器の研磨剤を買いに行くのも任務の一つ。


そこでまさか、こんな記事を持って来るとは驚いた。



吸血鬼による被害は、すぐに騎士団そして私の元へ知らせが来る。

死亡被害ならば尚更だ。


数年前に近衛兵たちが見つけたときは、事後報告になった時もあったが、今回も同じ類だろうか。


それとも、先の吸血鬼の罠か?



「この知らせをいち早く持ってきたのは、褒めましょう。ただ、作法を学ぶ必要があるようですね……まぁ、良いでしょう。鍛錬に戻りなさい」


「は、はい!失礼いたします!」


入ってきた時と同様に大きな音を立てて戻っていくリューク。


ふぅ、と一つ息をついて陛下に向き直った。



「ロドリック。これ、どう思う」


「そうですね……先日の鏡ですが、アレも吸血鬼の罠だったと報告をしました。

今回も私の耳に入ってない事案のことですし、同じように考えるのが妥当でしょう。



それに」


「それに?」


「今、実体を持って活動できるのは、陛下の弟君しかいません。


ですから、もし被害が出ているのだとしたら……」



私が言いたいことがわかったのだろう、陛下は不服そうに眉を顰めたあと、寂しそうにこちらへ視線を寄越した。


この先を淡々と口に出すのは、流石の私でも度胸がいる。


今、このタイミングが陛下を正常に引き戻すによい好機というのは分かっている。

しかし私だって感情のある人間だ。


さて、どうしたものか……



「陛下、その、」


「あの鏡を見ていた時、写り込んだのはリアム以外の吸血鬼だったと報告したな?

そして、彼らが実体を伴っているとも」


「はい、その通りです」


「では、リアムではない、本物の吸血鬼たちが力を増幅させるために森へ迷い込んだ男性を襲ったという見方は、できないのか?」



…………正直に、伝えるしかなさそうだ。


「それはあり得ません」


「何故、!なぜ、そう言い切れる」



「血華戦争で討伐された吸血鬼たちは、簡単に言うと今は魂の状態で森の中に棲み着いているということになります。


しかし、彼らが持っている力を行使するには媒介が必要。

それはモノや魔道具なんかではなく…………



彼らの力に耐えうるだけの同胞、つまり。陛下の弟君にあたるでしょう」



以前も、陛下と口論になったのは弟神についてのことだった。


私はやはり騎士団長として、陛下と国民を守る義務を背負う者として、悪は取り除くべきと考えている。


しかし、やはり陛下は未だ家族だった者という感覚が抜けきれていないのだろう。

今だって、皆が職務を終え王宮が寝静まった後も、陛下の執務室には灯りがついていることが多い。



それが無理もないことだというのも重々承知している。私だって、もし家族の誰かがいきなり吸血鬼になって、自分の知らぬどこかへ追放され、終には殺される運命にある。と知ればこうなるだろう。



同僚であり宮廷医のフィルノット氏も、あの後血液を研究し続けているみたいだが、元に戻る可能性は極めて少ない、ほぼ0%だと言っていた。


その事実だって、陛下は、エリック様はご存じなのだろうか。



「……知っているよ」


「エリック様?」


「口に出さなくとも、お前が考えていることは大体わかるようになってきた、と言っただろう?



もうリアムが元のように太陽の下を歩けないということくらい、俺だって理解している。

それでも、やはり、古い文献を捲る手を止めることはできない。


今の科学者や、魔族では知らないことがないかと、幾冊も読み終えた。……でも、手がかりは何も掴めていない。


そろそろ諦めて、現実と向き合うべきなのだろうな。国王としても、エリック・ゼアライトとしても」



久しぶりに旧姓、いや本姓を聞いた。


今だって愛おしそうに首元のペンダントをさすっている。



「エリック様が、現実と向き合おうとして下さっているのは、側近としてとても嬉しいことです。


でも、憔悴する貴方を見たい訳ではない。

身体が悲鳴を上げる前に、頼ってくださいね」


「……あぁ、もちろんだよ。


手始めに、そうだな。一度断りの連絡を入れたパルテア公国との外交、出席しよう。

先方の皇帝はあまり好きではないが、幾分顔を出していない。


そろそろ出しておかないと、お飾りの国王だと疑われてしまいそうだからな。

王妃にもそう伝えておいてくれ」



あとは頼んだよ、とふらり何処かへ出ていくエリック様。


もう少しタイミングを見て、少しずつ変えていくつもりだったが、これは無理もない。




エリック様の悲痛に歪む顔は、あの夜のことを思い出して気分が悪い。


あの時の選択はあれが正しかった。



しかし、陛下のことを思えば彼を地下牢に閉じ込め、境はあれど会える環境にすることを選択するべきだったのではと過ることもある。



…………そうか、これだ。


彼を捕縛し、地下牢へ入れて、さらに光の呪いを強める。


それにあの屋敷と吸血鬼たちは、彼の存在で姿形を保ってるのだ。


彼が離れれば、そのうちまた消える。

そうすればエリック様が悲しいニュースに心を痛めることもないだろう。



この新聞記事が真実か否かだってどうでもいい。


鈍く回る私の頭では、これが最善策であった。

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