第28話 取引

城に戻って、管轄の書庫の中。


「リュクシーの家系図は……」


陛下に渡したはずの彼女に纏わる報告書は、書斎の机の上にそのままになっていた。

便箋が広がっていた形跡もあるが、陛下は何を考えている?


まぁそれは後々分かればいいか。


今はこの少女……アリスティア・シュゼットについて。


シュゼット、という名前は父から何回か聞いたことがある。

確か、治癒のリュクシーの生き残りで、その中でも一番能力値が高いと言われていたはずだ。



「シュゼット……シュゼット、………………あった」



家系図の一番最後にしっかりと名前が刻まれている。


名前の横には◎がついている。

エリック様の横にもついていたことから、適性検査を突破して、単なるリュクシーであることが証明されたのだろう。


それが、こうして吸血鬼になった者と出会い、仲良くしているのだから、現実は非情なものだ。



さて、リュクシーであることの確証が得られた。

となると、あの屋敷はしっかり見えることだろう。



元来リュクシーの血液には、吸血鬼に見つかりやすいという特徴がある。

リュクシーの血液を接種することで力が増幅されるというのだ。


申し訳ないが、弟君を抹消するための囮になってもらおう。



私の部下として、情報班に入ってもらうのが一番だが、形は何だって良い。


陛下自ら手紙を送ったということは、遅かれ早かれ会うことになる。

まずは、陛下にバレないように計画を遂行しなければ……



「あら?ロドリック様、ここで何をなさってるのです?」


「王妃様……ご機嫌麗しゅう存じます」



最悪だ……今此処で一番会いたくなかったのに。


計画がバレるわけにはいかない、いや、それとも。

陛下からの命も遂行できるか…………仕方ない、このまま話を続けよう。



「王妃様、最近熱心に調べ物をされているようですが、何か新しい関心事でも?」



王妃様が手に持っているのは、”血華戦争に関する研究報告”の文字が。

どうやってそれを持ち出したのだろうか。


その書類たちは私達騎士団管轄の書庫に保管されているもののはずだ。


書いてあるのは、血華戦争の経緯全て。


ただの王妃として、陛下に近づきたいだけなら、そんな知識は必要ないはず。

王妃は何を考えている?



まさか、考えていることは同じ……か?



「そちらの、資料。私の許可がないと閲覧が出来ないものですが……」



「あら?優秀な騎士団員の方が、見せてくださったんですのよ。

名前、なんと言ったかしら…………ごめんなさい、覚えてないわ」


騎士団の中でも階級が下がれば下がるほど、自尊心が高いものや、困窮する家族たちの生活を支えるために入団した者が増える。


大方、王妃から爵位や報酬などをチラつかされて揺らいだんだろう。


雇用主の私やエリック様よりも、そちらに流されたのか……不愉快だな。

ただ、犯人探しをするほどではないし、これからは侍女という監視役も王妃に着く。

そのうち分かっていくだろう。



「私が見たら不味いことでも?私はただ、どうしたら陛下のお役に立てるかなと、考えているだけなのよ、ロドリック様」


「いえ、そういうわけでは。流石は王妃様でいらっしゃる。そのお心遣いに陛下もきっとお喜びになるはずです」



「私だって王妃ですもの。王妃の仕事は国民を守ること。吸血鬼がまだこの国にいるなんてことが皆にしれたら平和になんて暮らせないわ。


だったら責任を持って状況を理解しないと。魔力も何もないただの王妃にできることはそれくらいでしょう?」



厄介だ。大変に厄介だ。


王妃と話しているときは狐につままれているような気になる。


きっと本当に王妃としての責務を全うしようとしているわけではないだろう。



大方、陛下の知らぬところで弟君を殺させ、悲しみにくれるエリック様に漬け込みたいのだろう。


とはいえ、彼を抹消するという第一目的は私と同じ。

最終目的が、利己的か否かの違いだけだな。



心理戦は得意ではないのだが……仕方ない。



「それは、素晴らしいお心がけですね。流石エリック様の奥方様、そしてこの国の王妃様でいらっしゃる。


ただ、国民を守るのは我々王国騎士団にお任せください。

危険なことは屈強な近衛騎士、そして兵士達が全て、解決いたしますから。


王妃様が危険に巻き込まれては、私達の責任問題になりますし…………


そうだ、他のお困りごとはございませんか?

私は騎士団長でもありますが、陛下の側近として事務作業も行っています。


何でもお取次ぎいたしますよ。

そうですね…………例えば新しい侍女が必要とか」



王妃の侍女たちは全て、言い方は悪いが彼女の手駒。


目論見通りアリスティアが王宮に来るならば、侍女という名の王妃の監視役だろう。

ある程度、エリック様の考えは分かっている。


彼女が中に入れば、王妃の真の考えも知ることができる。



「……新しい侍女?そんな話がありますの?」


「ええ、王妃様の周りにいらっしゃるのは皆様リーズ王国のご出身ではなかったでしょう?


ですから、王妃様がお出かけなさる際や、エリック様との橋渡しのためにも、こちら側の人間を一人 侍女にしてはどうか、と陛下が」


「陛下が……その方は、エリック様直々に選出なさるの?」



なるほど。王妃はよほど陛下にというところに固執しているようだ。

王妃は大臣殿に推薦されて、許嫁になったのだったか……無理もない。


彼女の計画のミソはそこだな。



「……いえ。私が選びます」


「そう…………いいわ、貴方と取引してあげる」



ッ、………やられた


バサリ、床に落とされた資料は表紙だけ作られた偽物。


この女、見た目とは裏腹に頭がキレるのか?用心してはいたが、私よりも周到のようだ。



「取引?何でしょう」


「ロドリック、貴方が本当にしたい話はそれじゃない。


だから、私と本音で話をしましょ。


私の目的は陛下の弟を殺すこと。それは貴方も同じはず。

だけど私には魔力もないし力もない。


だから貴方の力を借りたいの。


そうね……貴方の目標は、彼を処分すること。違くて?」



仕方ない、ここは下手にでよう。



「……えぇ、そうですよ。


奇遇ですね、王妃様のお考えと一緒だ」


「白々しいこと。まぁいいわ。


その、新しく来る侍女がちょうどいいわ。その娘を生贄に、吸血鬼をおびき出して、襲わせましょう。そこに貴方が到着して、彼女を救助する。


そうすれば、貴方には王妃の侍女を守るという大義名分ができるでしょう?

相手が例え国王陛下の弟、だとしても罪には問われないはずよ。


協力してくれるなら、もし万が一の時には私が手助けしてあげるわ」


「…………いいでしょう。


ただし、一つこちらからも条件が」



ここまではあくまで王妃のペースだ。

呑み込まれてたまるか。



「なぁに?」


妖しげに眉を釣り上げるその仕草は、言葉通り魔性の女が一等似合う。

この調子で、あの色ボケした国務大臣のことも手球に取ったのだろう。


手慣れている。



「そうですね。では、今後一切の手出しを控えてもらいましょう。


騎士団員を唆して単独行動に出るのもお止めください。

私には、私のやり方がある。


こちらのテリトリーを無闇矢鱈と荒らされるのは好ましくありません。

今仰った手順で、私が実施します。


王妃様は、結果が出るまで待っていただければ、それで」



ネズミのようにコソコソと嗅ぎ回られては落ち着かない。


あまり納得の言っていないというような顔をしているが、無視だ。

この会話を”取引”だと題したのは、王妃が先。



「いかがです?」


「……いいわ、それじゃあ上手くやるのよ」



カツカツ、とヒールの音を甲高く鳴らしながら王妃はそのまま部屋を出ていった。



さて、まずは陛下の意識を変えよう。


まだ陛下は吸血鬼になった者を戻せると思い込んでいる。

しかし、それは不可能だ。



もう二度と戻ってくることはない。

光の呪いは、術者が死ななければ解くことはできない。


被術者が死んだ場合は、その者が持っていた闇の祝福が暴発して終わる。



そのためにも、とにかくアリスティアというあの少女を上手く使わなければ。

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