ロドリック・キーンの苦悩
第27話 好機
これはまずいことになった。
人見の鏡に少しだけ映ったのは、あの時祖父が封印したであろう吸血鬼の1人。
生前聞いた話の中にいた外見にそっくりだった。
封印したはずなのに実体を伴って、自由に動き回っているということは……
陛下の弟君が身を寄せているのは東の森にある廃墟だろう。
確か、あそこは100年前に吸血鬼の王が住んでいた場所。
吸血鬼の残穢が残っていて、強化されていたとしてもおかしくない。
100年前の悲劇が繰り返されないように、どうにかしなければ。
とにかく現実を見なければ何もできない。
東の森へ出向こう。
……誘き寄せられている気もする、一度武器庫へ寄って魔法具を持っていった方がいいかもしれないな。
だが、実際に行ってみないことには始まらない。
ローブを羽織り直して、緊急事態に備えて精霊王様から授けられたロッドを手に
自身を東の森へと飛ばした。
「いつ来てもここは鬱蒼としていて、気が滅入るな……」
「おや、ロドリック様?貴方もここに?」
「ミネルバさん!……考えることは同じ、ということですね。しかし貴方がいるのは心強い」
これは僥倖。
私も一応リュクシーではあるが、魔族と一緒であれば何か起きても対処できる。
陰鬱な森の中、ロッドの光を頼りに奥へと歩いていく。
隣のミネルバさんは何やら考え込んでいる様子だが、それでもロッドに込める魔力量に変化がないのが流石魔族の長といったところか。
「ミネルバさん。すごく初歩的な質問ですが、私達に彼らの存在を認識することはできるのでしょうか。
そもそも、人見の鏡に映ったのもすごく疑問があります。あれは見たいもの見せるものですから」
陛下の弟君が映ったのは納得だ。
彼は吸血鬼だが、人間としての自我もまだ残っている。
ただ、彼らは違う。
それに、吸血鬼を視認できるのは彼らに近い血を持っている者か、闇の魔法に明るい者だけだと学んだ。
東の森に来たはいいが、何もできずに帰ることになるのだけは避けたい。
「ロドリック様。人見の鏡は骨董商から受け取ったのですね?
その方に普段と何か変わったことはありませんでしたか?」
「そうですね……特段変わったところは見受けられませんでしたよ。
いつも来られる方と同じでした。
ただ、その方の胸元に付いているブローチが少し黒ずんでいるのが気になりました。
いつもそのブローチを磨いていらして、よく話してくださいましたから、珍しいな、と」
先代の時から王宮に出入りしている爺さんだけど、正直そろそろ隠居してもらってもいいんじゃないのかって思ってる。
骨董なんてものにエリック様が興味があるとは思えない。
〈それは、闇の精霊王による祝福……つまり、吸血鬼によるなりすましの可能性が大いにあるな。
リュクシーの末裔ともあろう者が、それに気が付けないだなんて落ちぶれたモノだな〉
「っリュドミラ様⁉」
〈ミネルバ、何があった。
ここは、かつて我が手で封印したアヤツらの屋敷ではないか。
今のところ闇の魔力が働いたという知らせは届いていない。しかし、ミネルバが我を呼び出すほどの事象……器、か?〉
「……はい。そのように思っています」
「どういうことですか?すみません、私にもわかるように話して頂けますか?」
リュドミラ、リュドミラ……まさか光の精霊王か?
今は声だけしか聞こえないが、本当に存在したとは。
ミネルバさんと何やら話しているが、話が見えない。
……あのブローチは単なる汚れではなくて、別の魔力による影響だったということなのか。
「憶測ですが、彼らは陛下の弟君を使って復活、そして我々への復讐を望んでいるのではないかと思います。
100年前にジェラルド様が討伐した吸血鬼は強大な魔力を持っていました。”闇の祝福”を発現していて、制圧に苦労したことを覚えています。
その後、この地域一体を精霊王様が封印した訳ですが…………」
〈あの少年、存在が少々厄介だ。
彼の者のお陰で状況が一変した。
吸血鬼に順応し、それも血筋にリュクシーが含まれていれば尚更いい。
爺さんに習わなかったのか、小僧。
つまり、其奴諸共、この場で封印しなければならん〉
「……封印、ですか」
それが、現状できる最大の対策なのだろう。
光の精霊王様にもう一度封印の力を強めてもらい、屋敷から出られないようにする。
そうすれば、彼らのことを探る時間ができる。
だが、陛下のことを考えれば、はいそうですか、とは言えない。
考えろ。
私が陛下の側近として、この国を守る騎士団の長としてできることを。
封印の中で彼だけを救い、城の地下牢へと閉じ込める。
王宮には精霊王が掛けた強い加護がある。
一言二言、陛下と会話したあとで秘匿的に抹消する、これが1つ目だ。
もしくは、陛下の前で凶暴化させ、陛下自身の光の呪いの発現を急がせるか……
いや、これは現実的ではないか。
となると、あの時横に立っていた少女が切り札、か。
彼女はきっとリュクシーだ、私とは違う治癒型だと思うが、それでも構わない。
何にせよ弟君を引き抜かないことには話は変わらないな。
「……ロドリック様、下がって」
気がつけば、私達は屋敷の前に立っていた。
ミネルバさんがロッドを地面に向けて足元に魔法陣を召喚した。
「【精霊王リュドミラ。研鑽されし孤高の光、我の呼び声に応え、今我が前に現れよ】」
パァァッと眩いほどの光が放たれ、一瞬目を閉じる。
〈久しぶりに感じる外の空気はいいな。我らも彼奴等と同じように受胎できれば良いんだがな……まぁ良い。【オプスキュリテ・カシェ】〉
リュドミラ様が屋敷へ向け魔力を放った時、
「まずい……!リュドミラ様、これは罠です、!」
〈……なに?〉
目の前に暗闇が広がった。
『おや、久しいな……ミネルバ、それにリュドミラも』
〈貴様、!いや、今は仮の姿に魂を宿しているだけだろうが、何故生きている〉
ゆっくりと開いた扉から出てきたのは、陛下の弟君の形をした……吸血鬼。
〈何が目的だ。人見の鏡に吸血鬼の貴様らが映るはずはない。あれに魔力でも込めたか?〉
『流石精霊王様でいらっしゃる。そうだよ、アレは俺の魔力が込められた鏡。一瞬でも吸血鬼の姿が映れば、魔族として此処に来るしかなくなるだろう?』
「クソッ……私が気づいていれば」
あの時の骨董商は、吸血鬼だった。
今、目の前にいる奴と同じだろう。
此奴の魔力が込められた人見の鏡だったから、吸血鬼が映った。
つまり、陛下の弟君の受胎も徐々に進んでいるということだ。
〈何が目的だ。その力、闇の精霊王にも加担してもらっていると見える〉
『いいや、それは関係ない。俺たちの力が強化されたのは単にあのガキのおかげだ。
アイツには才能がある。そこの堅物、お前も見ただろう?ガキが俺に順応しているのを』
リュクシーの私にも吸血鬼との会話ができてる、不味いな。
「一旦引きましょう、これじゃあ埒が明かない」
〈待て、ミネルバ。先刻、罠と言ったな。それはどういうことだ〉
「貴方の掛けた新しい魔術で、リュクシーに此処の存在が見えるようになってます。誘き寄せに使われたッ……!」
『流石魔族だなァ、よくわかってる。いいぜ、ヤり合うならそれでも』
これは、チャンスだ。
「陛下の弟君と話がしたい、一度出ていけ」
『…………流石は堅物。理性は十分ってところかァ?』
その時、周囲に広がっていた重苦しい雰囲気が薄くなった。
しかし目の前にはもう誰もいない。
逃げられた、ようだ。
〈つまらない奴らだ〉
「……ロドリック様、どういった狙いですか」
「ミネルバさん。これは好機です。私に考えがあります、おまかせ頂けますか?
そちらの鏡の処理、頼みましたよ」
私は私の責務を全うしなければ。
その中でどんな犠牲があったとしても。
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