第26話 鏡に映る君
「お話中失礼いたします。骨董商の方が珍しい魔道具を持って来たので、ミネルバさんに見て頂きたく……」
入って来たのはロドリックだった。
手に何やら鏡のようなものを持っているが……あれは何だ。
「あぁ、ジェラルド様お久しぶりです」
「おや、そちらは祖父の名前です。私はロドリックですが……と、名前を言っていませんでしたか?」
「これは失礼しました。お顔が似ている者ですから、つい」
会話についていけてないのは、俺だけではない、はずだ。
珍しくロドリックも目をパチパチと数回瞬きさせ、動揺しているようだ。
「それで、魔道具というのは……?」
「あぁ、すみません。こちらになります」
「これは……!確かに、珍しいですね。久しぶりにお目にかかりました。こちらは所謂人見の鏡、使用者の見せたいものを映してくれる魔道具ですが、ご存じでないですか?」
人見の鏡……学院の授業で聞いたことがあるな。
実際に使ったことも見たこともなかったが、もしかすればこれでリアムに会えるのだろうか。
「ミネルバ。これは今の俺に扱えるのか?」
「はい!陛下には強力な光の魔法が宿っているようですし、きっと扱えると思いますよ」
どうぞ、と手渡された鏡を強く握って覗き込む。
すると……
「……リアム」
鏡面がふるりと動いて、何やら難しそうな顔で本を覗き込んでいるリアムが映った。
昔から読書好きだったからな。彼にとって天気の悪い今日は読書日和だろう。
大きくなったな……外ではない、ということは誰かに保護されて無事に過ごしているみたいだな。
5年も経てば顔つきも精悍になって、少し父様の面影が見える。背も伸びただろうか。
見える範囲に大きな傷はなさそうだ……良かった。
「少しでも声が聞こえればいいのにな」
「それは難しいですよ。あくまで鏡ですからね、見ている間も魔力を使っていますから、気をつけて」
すぐに終えてしまうのは勿体無い。もう少しだけ見ていよう、久しぶりの再会なんだ。それくらいは許してほしい。
「怪しい物だったらどうしようかと思っていましたが……陛下に喜んで頂けて良かったです」
「ロドリック様もリュクシーの一員なのですから、触れた時にわかるでしょう。平気だったなら問題ないのでは?」
「そうですが、何も無いことが一番ですからね」
背中で2人が話しているのも気にせず、ずっと鏡を見てしまう。
リアムの動きに合わせて画角が変わっていくのも面白い。
お、一冊読み終えたようだ。
何やら首を傾げているから、あまり好きな内容ではなかったのかもしれないな。
「ん?今そこに人影が……」
「何か見えましたか?」
「あぁ、今一瞬だけ背の高い男が映ったような気がしたんだが……」
本棚を漁るリアムの少し後ろに、銀髪の背の高い男がいた気がする、、、だが鏡面が徐々にぼやけてきてしまった。
心なしか頭も少しぼうっとする。
これが魔力の使いすぎということなのか?
刹那、俺の手の中から鏡が引き抜かれた。
「陛下、もう限界ですね。続きはまたいずれ……っ⁈」
「どうかなさいましたか、ミネルバさん、……って、これはッ⁈」
2人の顔色が少し悪くなる。
魔族同士、何か通ずるものがあるのか?何でもいいが、俺にも教えて欲しい。
リアムに関わることなら尚更だ。
「どうしたんだ、2人とも。顔色が悪いが、鏡に何か映ったのか?リアムに何か?」
「い、いえ。弟君ではありません。ですが、すみません、陛下。至急、解決しなければならない事案が起きました。僕はここで失礼させて頂きます」
「あ、あぁ……って、もういない」
一瞬のうちに消えたミネルバ。
隣のロドリックは呆然としたような表情で床と睨めっこしている。
「ロドリック?何かあったのか?具合が悪いなら、今日はもう下がっても……」
「いえ、大丈夫です。少し驚いてしまって……」
「あのロドリックが驚く?本当に何があったんだ、俺には理解し得ないことか?」
鏡はミネルバが持っていってしまったから確かめようにもできない。
ならば、この男から聞くしか無いのだが……今はそっとしておくべきだろうか。機能しなさそうだ。
あの時リアムの横にいた少女についての調査結果を聞きたかったんだが……仕方ないな。
「ロドリック、今日はもう「陛下、少女についての調べはついています。あちらの書類の山がそれです。
私は、一度自室に戻らさせて頂きます」
……あ、あぁ。感謝する、ゆっくり休めよ」
足取りはしっかりしているから大丈夫そうだが、ミネルバといい2人とも何を見たのだ?
鏡に映った青年か、屋敷に心当たりでもあるのだろうか。それについての文献は何を読めば……あ。
部屋に掛けられた時計はもう夕方を指していた。
今日は確か王妃の我儘で一緒に夕食を取る日だったからな。
時間に間に合わなければ、きっと面倒なことになる。
調査結果を読んで、今日は終わりだ。
「ええっと……?彼女の名は、アリスティア・シュゼット。王国の東の外れに祖母と暮らしていて、王立アーデルハイドアカデミーに通っている、か」
アーデルハイドアカデミーといえば、優秀な令嬢たちの通う学園だ。
あまり利発そうには見えなかったが、見た目で判断するのは良く無いな。
あそこは規律正しく教育を行なっていると聞いた、
まぁ、それは何だっていい。リアムだって気にしていないのだから、俺がどうこう思うところじゃない。
それよりも。
"彼女の祖母は治癒のリュクシーであり、キーン家とも親交があった"
この一文の方が気になる。
治癒のリュクシーということは、俺のお祖母様と同じだ。
そして、彼女も母親を亡くしている。
どこか親近感を感じてしまうのは仕方ないだろう。
それに、彼女自身がその能力を継いでいるのかも気になるところだ。
ともかく、俺の計画にはぴったりな人材だということはよくわかった。
「この部屋に便箋は……あった」
少し汚れた机の引き出しには、真新しい便箋が入っている。
きっと前にこの部屋にいた者が調査結果を書き出すのに使っていたのだろう。僥倖、僥倖。
王家の印が入った便箋を二枚取り出し筆を走らせる。
宛名はもちろん、アリスティア・シュゼットだ。
彼女を皇后付きの侍女にする。
リアムと再開した時から考えていた計画。
今いる王妃の侍女たちは、彼女が自分のテリトリーから連れて来た味方だ。
謂わば彼女の操り人形状態、このままでは何が起こるか分からない。
そのために監視役が必要で、同時に吸血鬼のことを調べてもらおうと思っていた。
いくら成り立ての国王と言っても政務や公務は沢山ある。全ての時間を書庫での活動に費やしてはいられないのだ。
ここに入れるのは決まった人間だけ、だが裏を返せばその人間が認めたものは入っても構わないということだ。
地下倉庫には色んな小部屋がある。
その調査の一端をロドリックと一緒に担ってもらおう。
舞踏会に来るほどリアムと親しいなら喜んで引き受けてくれるはずだ。
アーデルハイドに在学しているならば、それを相応に知識もあるだろうし、何より彼女はリュクシーの血を引いている。
「ロドリック、これをポストマンに……っていないんだったな」
仕方ない。自分の足で出しに行こう。
書庫の鍵穴はしっかりと回った。
ドアノブを引いてみたが、開かないことも確認済みだ。
さて、ポストオフィスへ行くにはどちらだったか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます