第25話 真実を探して

「エリック国王陛下、お目にかかれる光栄に感謝いたします。

僕が現在の魔族の長であるミネルバ・アンダーソンです、以後お見知りおきを」



舞踏会から数日経ったある日。


ロドリックの素早い手引のもと、俺は地下書庫で魔族の青年と会った。

彼の名前はミネルバと言うらしい。


濃紺のローブに身を包み、フードを目深に被っているから表情はよく読めない。

ただ俺の半歩後ろを静かに着いてきていることを見ると、攻撃の意思はなさそうだ。



「陛下の側近という方に案内されて伺いましたが……陛下ともあろう方が、僕に何の御用でしょうか?僕らのような魔族は基本的に隠れて暮らしているんです。

ですから、僕の家の周りでは王家に、それも陛下直々の勅命で呼び出されたと大騒ぎですよ」


「そうだったか……それは申し訳ないことをしたな。


今日呼び寄せたのは他でもなく、先の即位式で貴君が言っていた”光の呪い”について聞きたいんだ。それに、この書庫に入れる者は俺や補佐の他に君だと聞いた。真実を探す手伝いをしてほしいんだよ。


もちろん褒美はしっかり取らせよう。嫌ならば断ってくれても構わない。どうだ?」


「真実ですか……それは、陛下の吸血鬼になった弟君が関係していることですか?」



なぜ、それを知ってる。


リアムが吸血鬼になったことを知っているのはあの日あの場所にいた、ロドリックと宮廷医のフィルノット氏だけ。


俺に弟がいる、ということは知っている人も多いかもしれないが……にしても、魔族のこの青年が知っているのは何故だ。



「……陛下、そのように表情を崩されては図星を突かれているのだとすぐにバレてしまいますよ」


「っ、しかし」


「何故僕がそれを知っているのか、ですよね。


それは僕が魔族の一番上にいる一族の出身だからです。

僕の一族は王国の隅々にいますが、情報共有を適宜ふくろうなど各々が使役している動物を使って行っています。

その一つから、東の森で吸血鬼の魔力反応を見たと情報があり、視覚共有の魔法を使ったところ、陛下にそっくりな見た目の少年が一人佇んでいました。


そしてすぐに王室騎士団へ確認を取ったところ側近様より状況説明を頂いた、というのが事の顛末です」


本来はすぐにでも陛下へ謁見するべきだったのですが、、とミネルバは少しバツが悪そうな表情を見せた。



「そうだったのか……わかった。では早速だが、光の呪いについて説明を願いたい」


「そうですね、まず陛下は魔族についてはどれくらいご存じなのですか?」



スッと細められた視線で射抜かれたような心地だ。


俺は正直に首を横に振った。



「そういった情報の全ては隠されていたと、先日側近から聞いたよ。だから全くを持って知らない」


「そうでしたか……分かりました。では初めに僕らのことを知って頂きましょう!そうすれば、光の呪いについてもより理解が深まると思いますよ」



こちらへ、と連れられた先には地下書庫の中でも特に厳重そうな扉の前。


いくつかの小部屋に分かれている地下書庫だが、この扉は雰囲気がまるで違う。


100年、いやそれ以上経っていそうな錆びついた扉だ。ここに俺に隠されていた情報が眠っているのか……こんな場所、誰も近づかないだろうに。



「この扉には僕らが掛けた厳戒な施錠魔法が掛かっています。開けるには、鍵の持ち主であると認められなければいけません。


さぁ、陛下。扉の前に手を翳して頂けますか?」


「あぁ……これで、いいのか?」


はい、とでも言うようにミネルバがにこりと笑った。


その瞬間。


ブワァッと扉が白く光りだし、そのまま鍵穴へと吸い込まれていった。



「流石、陛下だ。順応が早いですね。これで大丈夫です、次からはそちらの鍵で開けることができますよ」



そうして開いた扉の先には……すごい数の文献に、資料。これほど集まっていれば、今までわからなかったことが全て理解できそうだ。



「魔族について知りたいときはこちらの棚を。光の呪いや、その他魔法についてはこちらにまとめてあるようですね」


「すごい量だな……ゆっくり見るには時間が惜しい。早速だが、魔族について説明をしてくれるか?」



本棚の近くには小さなデスクと1人掛けの丸椅子が2つ。


その片方を彼に勧めて、俺も席についた。



「まず魔族というのは、名の通り身体に魔力を保持している純血の者のことです。

基本的には皆何かしらの精霊王に祝福を授けられています。火や水、土、など……その形はそれぞれです。


僕は一番上の一族の出だとさっき言いましたが、唯一精霊王と会話ができ、形に囚われません。

ですので、魔族を取りまとめていて、こうして王家にも出入りすることができているのです。


そして、陛下たち王族の皆様は古来より光の精霊王の祝福を受けていて、血筋が濃いほど強い光魔法を使役できるようになるのです。


そして、その光魔法を使役する一族の名を”リュクシー”と呼び、古来から王家に仕えたり、リーズ王国の様々な場所で人助けのために魔力を使ってきました。

陛下の側近様は、攻撃型のリュクシーの出身だと思われますよ」



そうか、あの日同じような説明をしてくれていたな。


リュクシーがいることで吸血鬼たちが寄ってくるから、母様たちは王宮を追い出されたのだったか。



「では、光の呪いというのはリュクシーが皆使えるモノなのか?」


「いえ、リュクシーの中でも発現するものとしないものがいます。

そして、個々人に使える光の呪いは全てオリジナル、同じものは2つとしてありません。特殊能力とでも考えてくだされば結構です。


ですので、僕は陛下の即位式でロッドをお渡ししました。陛下にどれほどの力が備わっているのかを見るために。

結果はご存知の通り。陛下と光魔法の親和性はとても高いようです。陛下の血筋にはよほど精霊王に好かれていた方がいらっしゃるのでしょうね」



お祖母様がリュクシーの一員で、母様も母方の血を濃く継いだということだろう。


確かに思い返してみると母様はお祖母様によく似ていた。



では、俺もいつかは光の呪いを発現する、ということだろうか。ミネルバの文脈を辿れば、きっとそういうことだ。



「……だが、今まで俺は魔法を使ったことも視認したこともない。それは何故だ?」


「それは陛下が純血の魔族ではないからです。陛下自身には魔力はありません。媒介を得ることで使用することができます。

今までは……あぁ、そのペンダントですね。それが魔力を抑制していたようです。

そのため、陛下は光の呪いの発現には時間がかかるかと。親和性は高いので、発現しないというのはあり得ないかと思いますが。


ですので、光の精霊王様はロッドを託されたのでしょう。あれには十分な魔力量が積まれていますから。

ただ、扱いには注意しなければなりません。陛下のように慣れていない方が突然使うと身体に大きな負荷が掛かります。


いいですね?必ず周りに人がいる状況で使用しないとなりません。最悪の場合、陛下の命が危なくなる」


「そうか、わかった。どうにもならない時だけに、あのロッドと光の呪いに助けを求めるとするよ」


「ぜひそうしてください」



では、魔族の説明はこの辺で。と分厚い本が戻される。


その姿を見ながら俺の頭には一つの疑問が生まれていた。



「ミネルバ。俺に光の精霊王に祝福された濃い血が流れているのだとしたら、弟もそれは同じではないのか?


なぜリアムには吸血鬼の血が順応したのだ」


「それが、僕らにもわからないのです。


100年ぶりに吸血鬼に順応した者が現れた、それもリュクシーの血を引いているはずの陛下の弟君だと聞いて、僕たちは大騒ぎでした。

あらゆる文献を引っ張り出して探しましたが、そのような事例は過去にはありません」



今まで誰にも聞けなかったこと。


魔族の長を務めているミネルバなら何か知っているだろう、そう思ったのに彼もわからないとは……。


それじゃあ文献が隠されていなかったとしても、俺にわかることは少なかったかもしれないな。



試しに近くの本を一冊引き抜いてみるが、古代の文字が使われていて読み解くのに時間がかかってしまいそうだ。


まずは、比較的新しい資料を……と立ち上がったところで、ミネルバと目が合った。



「一つ、現段階で言えるとすれば」


「なんだ。何でもいい、俺に分からないことでも言ってみてくれ」



ミネルバは今までよりももっと深刻そうな表情をしていた。

状況が良くないことだけは今の俺にもわかった。



「魔法には、それぞれに相性があります。

火魔法は水魔法に弱く、水魔法は土魔法に弱い、といった具合です。


そして、光魔法と対にある闇魔法は謂わば対等です。両者共に弱点であり、強みである。


その点を踏まえて考えると……陛下にあれほどの光魔法の親和性があることを見るに、弟君にはほとんどない。代わりに闇魔法に好かれてしまったのかもしれません。



吸血鬼が使用していたのは闇魔法ですから」




そこまで話した時、書庫の扉が開いた。

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