第24話 信頼と疑念

「ふっ……あははっ、エリック様は本当に演技がお上手でいらっしゃいますね。どこでその技を身につけたのです?私にも教えて頂きたい」


「笑うなロドリック。お前だって、いつにも増して張り切っていたじゃないか」



見知ったロドリックと二人。


口調も崩れ、漸く肩の力が抜けた。



「だって面白くて。今までもたくさんの人を手玉に取ってきましたが、今度は女性。しかも大臣殿に勧められた婚約者を騙すなんて。


このロドリック、久しぶりに胸が踊りました」



書斎に置いた小さなカップボードから、青い装飾の施されたティーカップを取ってそう答えるロドリック。


顔を見ずとも、声色は恐ろしいほどに弾んでいて、本当に楽しんでいることが伝わってくる。



「ったく、この姿を騎士団の若い者たちに見せてやりたいな」


「おやめください。さもないと彼女を連れ戻しますよ」


「それは困る。せっかく上手いこと追い出したというのに」



一口暖かいアールグレイティーを飲んで、彼に向き直る。



「それで?突然入ってきたからには何か急用でもあるのか?」


「ええ、彼のことで」


いつのまにか腕には書類が抱えられていて、眉間には皺が寄っていた。



「まさか……あの青年のことを調べたのか?」


「もちろん。勤勉なエリック様のことですからね、どうせ今日も遅くまで調べを進めること思いまして。私がここにいる理由の一つは、貴方の心労を減らして役に立つことですから」



ニコリ



…………こいつの人好きの良い笑みには背筋が寒くなる。


今の返事だって、”好奇心が抑えられなかった”と捉えて同義だろう。


役に立つことの方が今は多いが、もしもロドリックが俺を裏切った時には負かすのが難しいかもしれないなどと考えてしまう。


そのくらいロドリックのことは信頼もしているし、同時に疑ってもいる。


リアムのこともあるしな。油断は大敵だ。



「そうか、助かるよ」


「では、調査結果を。端的に申しますが、彼についての情報は何も出てきませんでした。ですので、彼は弟君のリアム様で間違いないかと」


「何も?それはどういうことだ」


吸血鬼になったとはいえ、リアムだって国民だったわけだから情報が残っているはず。


国務大臣以上の人間しか触れないデータベースにもなかったということか?


誰かが、意図的に彼の存在をなかったことに……?



「まさか、王国令に基づいて処罰を受けたものは除籍されるのか?」


「……ええ、その通りです」


目を合わせないロドリック。


その反応じゃ、除籍の手続きを踏んだのも自分だと白状しているようなものじゃないか。


……いや、この際誰がやったかなんてどうだっていい。


その事実を今までなぜ隠していたのか。

どうして俺は知ることができなかったのか。


あぁ、すごく腹が立つ。

結局俺は純血が産まれるまでの間の繋ぎ目でしかないということか?



「なぜそれを、今まで俺に教えなかった。この2年の間、蓄えてきた知識の中にないものだ……理由を」



王位継承者として立ち入りが許された書庫で毎日公務の合間を縫って調べてきた。


なのに、どんな古書を捲っても、歴史書を読み漁っても何の情報も得られなかった。


それどころか、ある一定の時代の本は全て書庫には残っていなかった。

管理人に話を聞いても、知らない、元々なかったんじゃないか、と聞く耳を持たなかった。



国王の力を振り翳して、どうにか探し出そうと考えたこともある。


でもそれは何というか、道理が通ってない気がしていた。

その力はリアムを助けることに使うべきだから。


それに、王家に入ればリアムを助けられると信じていたから、この険しい道を選んだのに。


何度傷つけられても、笑い物にされても、挫けずにやってきたのに。



まさか、情報が消されているとは思いもしなかったよ。


どうせ、俺のことを守るためだとか、そんなありきたりな理由なんだろうけど。


そんなのどうだっていい。必要ない。




「……ロドリック」


「先代の、お考えです。貴方を完璧な国王にするためです」



……完璧な国王、?何だよ、それ。



「過去に縛られたままの貴方じゃ、この国を守り導くことはできません。ならば、あらゆる情報と記録を隠せと仰せになりました。

調べる手を尽くせば、何もできないと諦めるだろうと先代は仰られていました。


そのため、私が処刑したあの日の詳細も今まで黙っていたのです」


「諦める?俺が?目の前で弟をあんな風にされて、そのまま別れを惜しむこともなく新しい地に身を置いて、努力を重ねてきた俺が?


笑わせる。

結局先代も、ただの王様だったんだな」



違う、こんなことが言いたいんじゃない。


あぁロドリックの顔も険しくなった。



でも一度回り出した口は止まることを知らなかった。


「誰が何と言おうと俺は諦めない。


そもそも皆が求める完璧な国王とは何だ。

優しく民に接し、周辺諸国と温厚な関係を保ちつつ時に厳しく血の流れない攻防戦を繰り返す。


そして誰もが羨むような美しい令嬢と結婚し、優秀な世継ぎを産ませ、頃合いを見計らって勇退する。

国民のサンドバッグになるか、尊敬の眼差しで見られ銅像を建てられるかだって、その時の彼らの気分次第だろう。


そんな人に流されてばかりの国王が完璧な国王なのか?成し遂げたい密かな自分だけの欲があるのは、不出来な国王なのか?」


「……あまり、亡くなった方の悪口を言うのは感心しませんよ。


それに、完璧な国王を求めるのは先代と国民だけに限らない。私をはじめ、貴方の下で働いているすべての人がそう思っています」


「なぜ、?」


「それは、愛ゆえですよ。エリック様。


貴方は仰られるように純血じゃない。先代の子ではなく、あくまで先代の妹の子息。

それが突然帰ってきて、次の国王だと紹介される。

喜ばしく思わない人だっています。しかし、それに従うのが私たち使用人です。

そうでないと、食い扶持がなくなって家族が、愛する人が、困る。それは一番避けたいことです、分かるでしょう?


だから、貴方に愛を持って接するためにも、貴方が先代のような国王になることを望む人が多いのですよ」



愛を持って、か。


考えたこともなかった。俺に愛というか尊敬とかそういう綺麗な感情を向けているのはロドリックくらいだと思っていたし、実際そうだろう。


ロドリックが言うことは一理ある。



…‥仕方ない、ここは一つ大人になろう。

もう成人も迎えたんだ、いつまでも子供のままでいられるわけじゃない。



「……すまなかった、少し気が立っていたようだ」


「私に謝る必要はありません。


それに私は、これでも先代に”いつかエリック様には気づかれる”と進言していたのですよ」



そこまで言い切ると彼はベストの内ポケットから小さな鍵を取り出した。



「それは」


「地下書庫に入れる鍵です。貴方が知りたい情報がここに沢山あるはずですよ」



白手袋の上に置かれた錆びついた小さな鍵。


何かを隠している場所へ繋がりそうな見た目に錆ついた金色は欠かせないのだろうか、このままの見た目で本に出てきてもおかしくないな。



「ここに入れる者は?」


「国王とその補佐、そして魔族の長です。先程、エリック様に謁見した青年がいましたでしょう?彼が多分、この世代の長になる者なのでしょう」


「そうか……では、彼を明日ここへ。話がしたい」


「わかりました。手配します」



これで俺に授けられたその”光の呪い”についても聞くことができる。


しかし、ロドリック……王妃と同じくらい何を考えているのかわからない。


リアムのことをよく思っていないのは確かだ。

それに、騎士団長に戻ったこともある、国から情報が消された青年一人を誰にも気づかれないように抹殺することなんて容易いだろう。


凶暴化した彼奴から守ってくれたのがロドリックであるというのも、また事実。

彼がいなければ、今頃俺はここにいなかったはずだ。



手放しで他人を信頼するのは国王として悪手だ、と先代が教えてくれた。



仕方ない。

俺一人でもリアムのことを助けられるように、力をつけなければ。



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