第23話 家族のこと

一曲踊り終わり、周りの好奇の目に疲れた俺は、ジュリー嬢を引き連れて静かな回廊に訪れた。


本当は1人になりたいのだが、それを許してくれるほど俺は甘やかされていないようだった。



天井窓の外はもう夕焼けに染まり始めているから、そろそろ花火が上がる頃だろう。


それにかこつけて、この令嬢も外へ出させようか。

そうすれば光の呪いについて調べ物する時間を確保できる。


幸い、時間を確認しているのはバレていなさそうだ。

回廊に飾られている肖像画に夢中になっている。



「素敵だわ……」


「ここには先代国王や前皇后の肖像画や著名な名画が飾られている。王妃になるんだ、一度は連れてきた方がいいかと思ってな」


「まぁ……この一つ空いたところには陛下の肖像画が?」


「ああ、そのようだ。先日長い時間かけて描いていたよ。俺にはそんなもの必要ないと思ったのだが……」


「いいえ!陛下の分も必要です。この先陛下が歩まれる道がどのようなものになるかはわかりませんが……陛下がこの国の王であったことを残すためにも大事なことですわ」


大きな瞳をパチリと合わせて、強く訴えてくるジュリー嬢。


「それにこんなことを申しては失礼にあたるかもしれないけれど、陛下が王家の一員になったという証明にもなるではありませんか」


今度は俺の方を一度も見ずに柔らかい声で話す彼女。


王家の、一員に…………これは本心で言ってくれているのか?



この国の人々は俺が先代国王の実の息子ではないことは知っている。

王宮に来てから少し経ったとき、先代が発表したのだ。


もちろん、王家の血は継いでいるから何も問題はない。



だけど、公務や王宮の伝統行事で忙しくしていたこの2年の間、どことなく感じていた疎外感。


俺のことを王位継承者と認めていない人に何度も出会い、悔しさを覚えたこともある。

近づいてくる人々は皆、次期国王の側近という立場を得たい私利私欲に塗れた者ばかり。


人間関係に疲れて、すべてを投げ出してしまいたいこともあった。


何度この王宮を抜け出して、リアムがいるであろう森に、父上が待っているであろう屋敷に逃げ帰ってしまおうと考えたことか。



ずっと一緒にいたの元に帰りたい。


そんな俺の願いを見抜いたのか、それともただ気に入られたいのか。



それはわからない。


でも、このままずっと”俺”を見てくれるのかもしれない。

彼女の一言に、俺は初めて自分の意思で彼女のシルクに包まれた手を取った。



「……家族の話をしても?」


「ええ、もちろん」



俺の過去を受け入れてくれるなら、俺も彼女に正面から向き合おう。



回廊の奥にあるドアを開いて、立ち入らせるつもりはなかった書斎に彼女を案内する。


扉の前で待っていた侍従たちをすべて捌けさせ、静かな沈黙が訪れた。



「……俺の家族はこの人たちだよ。これが父のウィリアム・ゼアライト、亡き母のレイア・ゼアライト、そして弟のリアム・ゼアライトだ」


机に伏せて置いていた写真立てを起こして彼らの写真を見せる。


随分前に撮ったものだから、かなり今と見た目が違うけれど、俺が持ってこれたのはこの一枚しかなかった。



「お義母様は王家の方でいらっしゃるのね」


「!……なぜ、それを?」


驚いた、こんな早く気づかれるなんて。



「回廊で、陛下がいっとう慈しんだご様子で見つめられていた方がこのお方ですもの。当たりでしょう?」


「君はすごく観察眼があるのだな……そう、俺の母は先代の腹違いの妹君にあたるそうだ。といっても、俺も2年前に初めて知ったのだけど」


「だから陛下が3代国王になられたのね!」


「……できることなら、なりたくはなかったんだがな」



ジュリーの顔を見ないまま、俺は静かなトーンであの夜のことを話し始めた。


リアムが吸血鬼になった、忌々しいあの夜を。



「…………なんて酷い」


「君とぶつかった少女と一緒にいた青年のことを覚えているか?


彼が酷く弟に似ていたんだ。だから、俺は慌てて彼を追いかけた。

2年、ずっとその時を待っていたんだ。弟との再会を夢みて、立派な国王になれるように努力してきた。


でも彼は、"僕に兄はいない"と冷めた目をしてつぶやいたよ。初めて見る瞳だった。

……今となってはあの青年が本当に弟だったのかすらも自信がない」



満面の笑みで映るリアムをそっと撫でる。


あまり見すぎると過去に引っ張られそうになるから、やめよう。

写真立ては元通り倒しておいたほうが良さそうだ。


だけどその手はジュリー嬢によって止められてしまった。



「倒す必要はありませんでしょう?……彼はきっと陛下を守ろうとしたのですよ。

決して陛下を忘れたわけではないですわ。


それに陛下が彼を弟君と思われたのなら、彼は絶対に弟君で間違いありません。

自信を持ってくださいませ」



この令嬢はかなり頭がキレる女性のようだ。


何もかもを見透かしてしまいそうな大きな瞳と、綺麗にルージュで彩られた唇から出てくる言葉には自信が満ち溢れている。


その瞳の奥底にはどんな深謀を隠しているのだろうか。



「……俺は君を誤解していたのかもしれない」


「誤解?」


「この5年、色んな人に会ってきた。ほとんど俺の”国王”という立場しか見ていない人ばかり。今日もそうだ。どれだけ容姿を褒められても、どれだけ手腕を褒められても、その目はいつもを見ていない。


貴女もそうだと思っていた」


「……私は、陛下のことをお慕いしております」



少し恥ずかしそうに頬を染めて、目を逸らすジュリー嬢。


その姿は先ほどまでの雌豹のような鋭さは隠され、年頃の娘といった感じでなんともいじらしい。


計算しつくされている、そう感じてしまった。



……政略結婚の国王夫妻など、仮面舞踏会と変わらない。


一芝居、打たせてもらおう。



「……貴女を信じてみても?」


「ええ。……きっとその吸血鬼になってしまった弟君とも再会できますわ。私も精一杯お支えいたします」



少しだけ俺たちの距離が縮まった瞬間、扉のノック音が鳴った。



「陛下、私です」


「ロドリックか、入れ」



静かにドアを開けて入ってきたロドリックの手にはいくつかの書類とポットが乗せられたトレーが鎮座している。



「すまない、ジュリー嬢。私はこれからのことを従者や大臣殿と話す必要がある。

……そろそろ花火が始まる時間か?」


「はい。ジュリー様、外にメイドが控えております。彼女たちと一緒に中庭へ向かわれてはいかがでしょう?とても綺麗に花火が楽しめますから」



ニコリと人当たりのいい笑顔で微笑んだロドリックに、少し不満そうな顔を見せるジュリー嬢。



「……陛下は、いらっしゃいませんの?」


「時間があれば是非行きたいのだが、あいにく目を通さねばならない書類が山積みのようだ。

私のことは気にせず楽しんでくるといい。


……次に会うのは、結婚式の前だな」


「!……えぇ、ごきげんよう。陛下」



俺の言葉にすっかり気を良くしたのか、艶やかなドレスの裾を優雅に翻して書斎を後にする。



キィ……とドアが閉まった瞬間、ロドリックが堪えきれないかのように笑い始めた。



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