第22話 逃げられない運命
「陛下をお待ちすることなど造作もございませんわ。
初めまして、クラメンティール国王陛下。ジュリー・オリバーにございます」
白色のドレスを優雅に揺らして恭しく頭をたれた令嬢。名をジュリーというらしい。
そう。婚約者探しなど実際は行われていない。
俺の婚約者は既に大臣たちの手によって勝手に決められている。
それがこのジュリー・オリバー公爵令嬢という訳だ。
大臣たちが選んだからにはきっと育ちも良く品のいい、何一つ欠点のない娘なのだろうが……
「(この全てを見透かしてくるような強気な目は嫌いだ)」
令嬢のアメジスト色の瞳は品を無くさないように見つめてくるけれど、その真ん中には俺の全てを見透かしてくるような強い意志が灯されていて。
俺は令嬢から目を逸らして、ソファに深く座り込んだ。
その時、視界の端にワインレッドが映って、目を凝らす。
「オリバー嬢、ドレスに汚れが……」
汚れていたのはドレスの下の方で。
それこそ背の低い子供か何かとぶつからなければつかないような場所にあった。
「あら嫌だわ、陛下にお会いするために一から仕立て上げたドレスですのに……
きっとホールで小柄な少女にぶつかった時についたんですわ。
一緒にマズルカのような不思議なステップを踏んでいた黒いフードを被った少年に気を取られていた私も悪いんですけれど」
「……今なんと?」
「え?ですから、ホールで少女とぶつかったと」
「その後です」
「あら、陛下もマズルカを好まれるんですのね。では、この後私と一曲いかがです?」
ああ、でもその前に私はお色直しを、と出ていったオリバー嬢には目もくれず、急いで来た道を引き返した。
リアムはマズルカが大好きだったのだ。
そして彼はよくお気に入りのフードがついた黒い服を着ていた。
きっとマズルカの音楽が流れれば、彼もホールに出てきて踊っているに違いない。
「(やはり俺の見立ては間違っていなかった!)」
このニ年ずっと強く望んでいた再会。
もう少しでそれが叶うかと思うと、嬉しくてたまらない。
ホールに続く廊下の一つ手前を曲がってオーケストラピットの中に入る。
「陛下⁈」
「ヴェルダット!!マズルカを演奏してくれ!」
「ワルツではなく?」
「ああ、いいからマズルカを!」
それまでホールを包んでいた緩やかなワルツの音楽が急に止まり、幼い頃に聞き親しんだマズルカが始まる。
来客たちはみな困惑した様子だけど、音楽がなり始めればまた楽しそうに踊ってくれた。
……これなら、きっと探し出せる。
「エリック様!ここで何を?オリバー嬢はどうされたのです」
「今お色直しをしているよ。すまない、ロドリック。大切な人を探してるんだ。後にしてくれ」
「……彼、ですか」
「あぁ。頼んだよ」
ロドリックに見つかりたくはなかったんだが、まぁ仕方ない。
色とりどりのドレスや鼻が曲がりそうなほどの香水の匂いに目眩がするけども、目を凝らす。
「ご機嫌麗しゅう存じます、陛下」
「あぁ、ご機嫌よう、伯爵」
「陛下!この後一曲わたくしといかがですか?」
「すまない、ご令嬢。人探しをしているので」
駄目だ、曲終わりに歩き始めたのは得策じゃなかった。
そろそろロドリックの時間稼ぎも厳しくなってくる頃だろうか。
一度応接間に戻って……いや。
「(見つけた)」
ホールの端で誰にも見つからないようにポルカを楽しんでいる黒いフードの青年と赤いケープの少女。
俺は迷うことなくホールに降りていって、彼の肩を叩いた。
「……陛下?」
「やっと見つけた。リアム、私の愛しい弟よ!!」
新しい曲が始まっていて良かった。
オーケストラの音楽にかき消されるくらいの声で再会を喜ぶ。
彼からも同じような反応が返ってくるかと思えば、肩に乗った俺の手をゆっくり落とした。
「陛下、何を仰っているのですか?初めまして、ですよね?」
「ねぇ、貴方。陛下とお知り合いだったの?」
「いや……きっと人違いだと思う。行こうか、アリスティア」
失礼します、と一礼して少女の手を取りホールを後にする少年。
追いかけたかったけど、彼が放った一言が俺の足を止めて歩き出せない。
"僕に兄はいません"
そう言った彼の瞳は曇っていて、俺の知っているリアムの瞳ではなかった。
あれはリアムじゃなかった?……いや、俺がリアムを見間違えるはずがない。
吸血鬼になった時に忘却魔法でも掛けられていたのだろうか。
…………ロドリックはあの時、月光に弱くなるとしか言ってなかった。
それに今日までに読んだどの文献にも忘却魔法の項目はなかったはずだ。
まさか、自分自身で……?
だが、確か忘却魔法は純血の魔族でさえ高度な魔法と聞いた。
今まで普通の少年だったリアムに使える訳がない。
隣りにいた少女も特段何かを持っているようには思えなかった。
では、どうしてあんな冷めた目をしていたのか。
「(…………俺を守るため、か?)」
ホールの端の暗いところに寄りかかって考え込む。
リアムが俺を忘れている理由が魔法でないとするならば、答えは一つ。
国王となった俺に吸血鬼の弟がいることがバレないようにするため。
「(そうか、些か浅はかすぎたな)」
リアムに会いたい気持ちが先行しすぎて、大事なところを見落としていた。
まずはどこか誰にもバレないように2人で会えるようにしなければ。
…………とりあえず、応接間に戻ろう。
ロドリックには特別なお礼をしないといけないな。
「……陛下!」
「オリバー嬢、お待たせいたしました」
……真紅のドレス、リアムの瞳の色と同じだ。
あぁ、はやくこの退屈な舞踏会を終わらせて”光の呪い”について調べたい。
邪険に扱うわけにもいかない……どうしたらいいだろうか。
「お気になさらないでくださいまし。ところで、酷く暗いお顔ですけれどご気分でも悪いのですか?」
「いえ。貴女が気にすることではありませんよ」
「……気にします。私たちは近い未来、夫婦となるのですよ。先程大臣様にお話をいただきました。だから隠し事はなさらないでくださいませ」
「(何を勝手なことを)」
結婚などするつもりなかったのに。
ちらりと右を見れば大臣の生暖かい笑顔、
左にはグイッと身体を寄せつけてくるオリバー嬢の切なげな顔。
もう、逃げられないな。
「……ダンスを」
「ええ、喜んで!」
リアムらしき青年を追いかけることを諦め、オリバー……いや、ジュリー嬢の手を取って華やかなダンスホールにまた足を踏み入れる。
隣を見れば満足そうに微笑む彼女と目があって、俺はもしかしたら嵌められたのかもしれないななどと考えた。
「(リアムに会うために開いた舞踏会だったはずなのに)」
俺たちの登場にホールは静まりかえり、来客たちは道を開ける。
「皆の衆、よく聞くのだ。私は今横にいるジュリー・オリバー嬢を妃とすることをここに決めた」
本心が出ないように。
誰からも好かれる国王であるために。
細心の注意を払って声を出せば、周りから聞こえる息を呑む音。
「(……皆、自分が妃になれるかもと思ってるものなんだな)」
ホールの真ん中、大きなシャンデリアの下でジュリーと向かい合う。
恭しく頭を下げれば、彼女も優雅にしゃがみ、胸元に飾られたダイヤモンドがシャンデリアの光を受けてより一層眩しくなる。
そして、俺たちのお辞儀を合図にオーケストラがワルツを奏ではじめた。
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