第三章 愛ゆえに
第21話 即位の儀
王宮に来て、今日で5年。ついにこの日が来てしまった。
俺が国王として即位する日。
「しっかり見守っててくださいね、母上と一緒に」
暖炉の上に掛けられた先代国王の肖像画の前に立ち深呼吸を一つ。
即位の儀まで時間があるというから1人にしてもらったものの、やはり落ち着かない。
ここに来てから沢山勉強した。
リーズ王国の内政、他国情勢、友好関係に経済……
毎日目まぐるしく知識を詰め込んでは陛下の執務に同伴して、経験を積んできた。
それに、リーズ王国の歴史も。
ある程度ゼアライト家にいた時から学んできたことばかりだったが、流石は王宮。
吸血鬼と対峙した元王国騎士団の老師に話を聞けたり、吸血鬼に対する処罰の方法も知った。
「("光の呪い"についてもっと詳しく調べなくてはいけない……あぁ、でも今日は一日無理か)」
「陛下、ご準備は宜しいですか?」
コンコンと控えめにノックがされて、礼服に身を包んだロドリックが姿を現した。
「お似合いですよ、陛下」
「君はやはり剣を携えている方が様になるな、ロドリック」
「そうでしょう。陛下が私を騎士団長に戻してくださって安心しました」
あの日からずっと俺の隣で支えてくれているロドリック。
一時は騎士団長を退いてまで、俺の側で働くと言って聞かなかったくらい、忠誠を誓ってくれている。
忠誠、というかリアムのことで負い目を感じているという方が正しいかもしれないな。
だからこそ、裏切ることはないだろうし、いざという時はあの冷酷さで俺を守ってくれることだろう。
吸血鬼について調べるときも何かと協力してくれていて、心強い存在だ。
「気が済むまで王国騎士団長でいてくれ、その方が俺も嬉しい」
「そう言って頂けて光栄です」
そろそろ行きますよ。とロドリックの先導について長い廊下を進んでいく。
「国王として、国民の前に立つならば口調も整える必要があるだろうか」
「そうですね……あまり乱暴な口調でなければ私は何でもいいと思います。
型にはまった国王にならなくても、エリック様がなりたい国王像をなぞっていけばいいのでは?」
それは確かにそうか。
無理に先代と同じにならなくてもいいのかもしれないな……。
「私でさえ王国騎士団長をやりながら、陛下の執務について回っています。
父が見たらきっと卒倒してしまいますよ、騎士としての任務に全力を注がないか!と怒られてしまうでしょうね」
「それも、ロドリックが今の王国兵たちを根気強く鍛錬させてきた結果だろう?」
「ええ、そうであって欲しいものです」
さぁ、こちらに。と金色の豪華な装飾が施された扉の前に立たされる。
ここを開ければ多くの貴族たちが待つ大広間だ。
……ペラペラとよく喋るロドリックに迎えにこさせて正解だった。
寡黙な国務大臣だったら逃げ出したくなっていたかもしれない。
ただでさえ、これからの人生に不安しかないのだから。
グッと右手を握りしめたとき、背中にトスッと衝撃が走った。
「ロドリック……?
「不敬罪で処罰しないでくださいね。私はただ悩める青年の背中を押しただけ、ですから」
そしてロドリックは一度頷いた後、大きく息を吸い込んで
「エリック・クラメンティール新国王陛下、即位!新国王に忠誠を!」
扉が開くと同時に高らかに宣言した。
「新国王陛下、万歳!!」
「エリック国王陛下〜!!」
「新国王陛下に忠誠を!」
眼の前に広がる群衆たちが口々に祝言を叫び出す。
大人も子供も誰もが笑顔で私のことを見ていた。
その瞬間、頭の上に乗った冠の重さに鼓動が早鐘を打つのを感じる。
落ち着け、エリック。だいじょうぶ、大丈夫だ。
「新国王陛下、こちらを」
先代の側近で右腕だったルブリス国務大臣が俺に、
俺は強くそれを握った。
途端に響き渡る破裂音にも近いような拍手の音。
「エリック新国王陛下、どうぞ我々の道を照らしてください。リーズ王国に平和と豊かな恵みを。
そして、そのお側で貴方をお守りする幸運を私に」
「ロドリック・キーン、其方を王国騎士団長に任命する。
その身を賭して、リーズ王国に永久の平和をもたらしなさい」
静かに膝をついたロドリックの肩を手渡された剣で三回触れる。
その時、剣についた赤いルベライトがふるりと揺れた。
「新国王陛下万歳!!万歳!!!」
ホールに響く割れんばかりの歓声。
ついに俺はこの国の王になったのだ。
「陛下、こちらを」
「これは……」
魔族でありながら王宮に勤める青年がトップに大きな飾りのついたロッドを渡してきた。
こんなの、どの肖像画にも写真にも残っていなかった。何に使うのだろうか。
「……こちらは僕たち魔族からの贈り物です。
先祖代々国王陛下になられた方々にお渡ししてきた魔道具で、その水晶を覗き込んで頂ければ、陛下にもたらされた魔法の力がわかるはずです……」
「なる、ほど……?それで、たった今真っ白に光出したわけだがこれは一体……?」
「白色の光……陛下にも光の妖精王からの加護が天与されているみたいですね。おめでとうございます。
この力は貴方様が困難に当たった時に、きっと役立つことでしょう」
では、僕はこれで。と一瞬にして魔族の青年は消えてしまった。
「ロドリック、どういうことか分かるか?」
「い、いえ。私にもさっぱり……ですが、光の妖精王からの加護、ということは私たちリュクシーと同じように何かしらの"光の呪い"が使えるようになったのでは?」
「なるほどな……とりあえず施錠魔法が掛けてあるみたいだし、執務室に置いてきてくれるか」
「ええ、もちろんです。では、陛下はそのまま逃げずに舞踏会へ臨まれてくださいね」
「…………分かってるさ」
俺の考えなんかお見通しってことか。
仕方ない、大人しく舞踏会に参加するとしよう。
……令嬢たちの香水がきついんだ。
顔を見せた後はバルコニーへ退散しても許される、よな。
この舞踏会は俺の婚約者……つまり王妃を決めるためにも開かれていて。
正直言ってかなり面倒だ。
皇后なんてものはお飾りで政治的権力は持たない。
ただ国王の体裁のためにあつらえるという古い考えに則って、今年も舞踏会を開催した。
しかし、いつもと違うことが一つだけ。
それは国中の娘を招いたこと。
本来ならばこの場に来れるのは貴族階級の出自の者だけ。
一国の王妃を決めるというのに平民の娘まで招くとは何を考えているんだと元老院たちには酷く怒られた。
でも、これは俺の一縷の希望なんだ。
もしかしたら、
あの時、森に追放されたリアムを見つけた誰かが保護してくれているかもしれない。
そこに年頃の娘でもいれば、一緒に舞踏会に来るだろうと。
叶うはずもない願いかもしれないが、俺は奇跡を信じてる。
「(しかし……これだけの人数の中から見つけるのは至難の業だな)」
バルコニーから覗いたホールは人が溢れかえっていて、人探しには不向きすぎる。
かと言って、大広間に下がっても俺が数歩歩けば、すぐに目を爛々とさせた令嬢たちに捕まって身動きが取れなくなってしまう。
同じような言葉で口々に俺の容姿を褒め称え、パーソナルスペースにぐいぐい押し入られるのだけは、今は勘弁だ。
「(……どうせ俺の立場にしか興味がないくせに)」
本当の俺を見てくれるものはもちろんここには誰もいない。
俺もこの令嬢たちの名前など何一つ知らないから同義だけど。
それに俺には今から一つやっかいな職務があるのだ。
「……オリバー公爵令嬢様がご到着されました」
「もう時間か……では、手配通りに」
「かしこまりました」
ロドリックに続いてバルコニーを後にし、重厚なカーテンで隠された応接間へ足を踏み入れる。
そこには上品な白いドレスを身につけた令嬢が既に座っていて。
「お会いできて光栄です、オリバー公爵令嬢様」
なんて、国王陛下の笑顔を貼り付けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます